2009年12月05日

アメリカのフランスに対するイメージが著しく改善 29%から62%へ

12月3日付の「ル・モンド」紙 'L'image de la France aux Etats-Unis progresse considérablement' によると、アメリカのフランスに対するイメージが著しく改善したようだ。10月と11月に行われた2000人対する調査の結果、62%のアメリカ人がフランスに対して好意的だった。2003年の調査では29%だったが、その年は、フランスがイラク戦争に関してアメリカを厳しく批判していた時期である。その後、2005年46%、2007年48%と上昇していた。また民主党支持者(71%)の方が共和党支持者(53%)よりも、フランスに対して好意的という結果も出た。

アメリカ人はフランスに対して抱いていたわだかまりを忘れてしまったのだろう。2003年においてフランスはアメリカに極端に反感を持たれたが、それはイラクに関する対立から生まれたものだった。アメリカ人がフランス産のワインをヒステリックに割っていた光景もつい最近のことのように思えるが、その後のイラク戦争の泥沼化は、どうみてもフランス側に理がある。アメリカ人はフランス人の視点を評価することを学んだのかもしれない。もちろん、フランスが正義を通したとかいうキレイ事では全然ない。イラク戦争はフセインが外貨準備をドルからユーロに切り替えようとしたことが原因とも言われている。今もくすぶり続け、誰が最初に抜けるかチャンスを伺っているようにも見える「ドル離れ」の流れの中の出来事とも言えるのだろう(ドル円は先週84円台をつけたあと、今週末90円台まで一挙に戻した)。

アメリカにおけるサルコジ大統領のイメージも世論の建て直しに一役買っている。アメリカでのサルコジ大統領のイメージはすこぶる良く、アメリカと一緒にやっていこうという彼の意志が浸透している。思い出せば、サルコジ大統領は大統領就任直後、真っ先にアメリカに飛び、演説のなかで「アメリカを愛している」とまで言った。当然の巡り会わせとして、フランスのオバマ大統領の人気はヨーロッパのどの国よりも高いのである。




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2009年12月04日

フランス・テレコムで何が起こったのか?(2)

フランスの雑誌 Nouvel Observateur に掲載された「フランス・テレコムの自殺の波−オンラインの苦しみVague de suicides à France Télécom − Souffrances en ligne 」の続き。



orangestresse.jpgステファヌは毎週、他の何人かの同僚と同じようにメールで配置換えの提案を受け、それに暗に答えることを強く求められている。ステファヌは43歳。「私は老い始めていることを思い知らされた」。また別の日にはマネージャーが近いうちにリストラがあるかもしれないと言い、万力で締め付けられるように感じた。ある同僚のことが彼の頭から離れない。同僚がバカンスから帰ってきたとき、彼の机には他の誰かがいて、持ち物がダンボールに入れられ、階段の踊り場に放置されているのを見つけた。ステファヌは誰も守られていないことを知っている。フランステレコムにおいて、良い社員とは黙って去っていく社員なのだ。

「精神的な打撃を与えるために、管理職ならMOTに、平社員は店舗か10-14に送ると脅される」と、ティフェーヌは証言する。10-14とは、大量飼育の鶏のように一列に並び、不満な顧客の電話を受けるプラットフォームである。非常に辛いその業務は、販売の研修も、コミュニケーションの研修も受けていない技術者にとって拷問に近い。MOTは、「mission opérationnelle temporaire (一時的作業の任務)」の頭文字であり、最大で6ヶ月間、ときには本人の立派な資格にはそぐわないポストか、することのない暇なポストに割り当てられる。かつて多忙だった上級管理職のセバスチャンもそのようにして「1日3時間」の恥ずかしくて誰にも言えないようなポストに割り当てられた。

フランステレコムの社員たちは雇用の安定と安心のために公的な仕事に就いた。民営化が達成され、今彼らがいるのは柔軟性 flexibility-flexibilité という悪夢の中だ。シャンタルは名の通った部署を経た上級管理職であり、彼女は2年前から「任務」についている。社内での面談をおよそ100回受けたが、無駄に終わった。「彼らはシステム化されたハラスメントを確立した。私たちの間で、それは年長者殺しと呼ばれている」と彼女は言う。「マネージャーは服従させるために選ばれている。彼らを見ると、私は kapos (ナチスの強制収容所の班長)のことを思い出させる。その唯一の目的は人々を解雇することだ。もう一方の鎖の端では、サンディが働いている。今は店舗にいるが、その前はコールセンターにいた。彼女もまたマネージャーの役割がここ10年で変わってしまったと言う。「今、マネージャーは私たちを助けるためにいるのではありません。逆に、私たちに悪い評価を下すために欠点ばかりを洗い出します。そのため恐ろしい雰囲気になっています」。以前は、技術の知識を分け合う「リーダー」がいたと、元社員は言う。今は、人事を支配する「マネージャー」がいる。

企業文化の変化は根本的なものであると同時に急激である。「金融の論理が組織全体を支配してしまった」と『ストレスにさらされたオレンジOrange stressé 』(写真上↑Orange はフランス・テレコムの携帯ブランド)の著者、イヴァン・デュ・ロワ Ivan du Roy は分析する。それぞれの従業員は定められた目的を持ち、常に評価され、同僚との競合関係に置かれる。販売員は多くの使用契約を取らなければならないが、マネージャーは管轄の人員を減らさなければならない。

もちろん、このような雰囲気が直接的に自殺の原因になったとは言えない。しかし、落胆の空気が支配している。オフィスでは、最先端のテーマを扱った博士論文を書いている人間がコピー取りをしたり、ポリテクニシアン(理工科学校出身のエリート)が会議でオレンジジュースを配っているのを目にする。たくさん売るためにちょっと嘘をつくという思いつきに耐えられない無愛想な技術者が販売店に配属されていたりする。RH(ressources humaines 人的資源)の部署が廃止された、51歳のサンドラには、自宅から300キロ離れた職場が提示される。みんな身をかがめ、顔には失望の色が浮かぶ。誰もあえて語らない。なぜなら、サンドラが言うように「誰がマネージャーに告げ口するかわからないから」から。

しかし、みんな目撃している。女性は泣き崩れ、男性は精神的に参ってトイレに逃げ込むか、看護婦のところに行くのを。心筋梗塞を起こす者もいるし、指をコンセントに突っ込んで死んでやると言う者もいる。神経的な発作も起こっている。ある者は抗うつ剤の影響で、会議で一貫性のない発言をする。同僚のあいだで、起こっていることに不安になっている自分を見る不安の瞬間が多々ある。欠勤も相次いでいる。それは従業員一人当たり年間で平均4週間になる。抗うつ薬を飲んで働きに来る人たちもいる。嘱託医でさえ疲れ果てている。組合によると、企業の70人の従業員のうち10人が、苦痛に耐えられずに退職してしまっている。仕事の構造的な組織化によって生み出される被害をケアするのは「カウンセリングルーム」ではないはずだと、彼らは言う。「それはアスベストのようなものだ」と彼らの一人は言う。「これ以上病気にならないためには、それを廃止すべきだ。ここで病気の原因になっているのは、人事管理のやり方だ」。

7月14日、自殺したのは、移動体通信網の専門家で、マルセイユ出身のミシェル・ドゥパリ Michel Deparis だった。自分の行動をはっきりと示すために、彼は手紙を残した。「私は、フランス・テレコムの仕事が原因で自殺する。(・・・)多くの人がこう言うだろう。仕事以外に原因があると。しかし、違う。仕事が唯一の原因なのだ」。ミシェル・ドゥパリはマラソン選手だった。歯を食いしばることには慣れていたが、何よりも困難なレースが存在するのだ。



フランスの大企業は伝統的に経営者と従業員の立場がはっきり分かれている。最近は改善してきているようだが、大企業の経営者の半分近くがエナルク(enarque=ENA出身のエリート)の官僚によって占められていた時期もあり、現場の従業員が出世して経営側に回ることがほとんどない。そのため経営者は従業員のことはあまり考えないし(日本とは逆に福利厚生は国任せ)、従業員は将来経営側に回れると思っていないので、経営に対して無関心になる。確かにちょっと前までフランスといえば、サービスや接客の態度が悪く、見るからに労働生産性が低そうだった。それゆえ中間管理職といった現場とトップとをつなぐポストが存在してないか、あっても機能していないケースが多かった。しかし、国際経済の荒波に巻きこまれたフランス企業もどんどんアメリカ化している。もちろんそのため中間管理職といった会社内の調整役も必要になるのだが、フランスはこの部分が脆弱なので従業員は孤立化する傾向が強いのだろう。

アメリカ式の企業運営の最も象徴的な存在がコンサルタントである。上の記事の中でマネージャーと呼ばれている人々である。理論的には企業に対して客観的な助言や戦略を提供する役割を果たすことになっているが、実際は組織活動の再編の中でも不快な業務―つまり退職勧告、部署の廃止、残された業員の新たな任務の分配―を請け負っている。リチャード・セネットによると、経営者にとってのコンサルタントの効用は、何よりも企業内に権力が行使され、重大な変化が起こっているという信号を送ることができる。一方で企業の中枢に居座る重役たちは不快な決断に対する責任を免れる。我々ではなく、コンサルがやったことだと。そしてコンサルタントは企業に入ってきたと思えば、すぐに出て行く人々で最終的には責任を負わない。これだけコンサル業が政治力を発揮しているのは、命令と責任が結びつかないからである。これが最大の柔軟性なのだろう。

新興国を含めた厳しいグローバルな競争にさらされ、いっそうのコスト削減と、技術革新と市場の変化に迅速に対応するためのフレキシブルな組織が必要になった、というのが彼らの考え方のベースになっている。何よりも人件費を削減することが最大の問題としてクローズアップされる。今更だが、企業はもはや個人を支え、人間関係をはぐくむためにあるのではない。フランス・テレコムの内情がそれを赤裸々に語っている。企業はそれ自体のために、企業が存続するためにある。アメリカからもたらされた「金融の論理」とは、従業員のことを考えるよりも、配当を要求する株主に答えることだ。つまりEPS(一株あたりの利益)を上げることが最優先される。

そして現在、人間は労働の担い手というよりも、潜在的な能力を持った人的な資本とみなされている。労働者は新しい事態に対応するために、みずから能力を開発することを怠らない。そのために自己投資を続けなければならない。外資系の銀行に勤めている友人によると、今回の金融危機で多くの社員が解雇されたが、みんなそれをチャンスと捉え、大学院に入り直したり、新しい資格を取ったりして、更なるスキルアップを図るのだという。若い社員だけでなく、40代、50代の同僚さえもそういう自己投資に何百万円もかけることを厭わないようだ。つまり、そのときどきに何ができるかという、スキルのリストアップよりも、自分がどれだけ潜在力を高め続けられるか、それが評価の対象になる。

つまり現代の労働者は自分を事業主としてセルフ・プロデュースしながら、市場で競争し、常に生産力を高めていかなければならない。その手始めが、就職活動の際に求められる「就活力」なのだろう。日本では70年代以降、大学がエリート教育の場であることをやめ、大学新卒者の大量採用によって、大学生はサラリーマン予備軍と化した。その背後には終身雇用制度と年功序列賃金制度の確立があった。その時代の仕事はそんな過大な能力を要求するものではなかったし、むしろ頭を空っぽにして社畜になることが推奨された。そして就職の際には最低限の体裁と身振りを整えるマニュアルがあった。今は全く別の意味で大学と仕事が結びつかなくなっている。つまり、大学(縦割りの学科で構成される現状では)で何かを学んだとしても、それはある知識を詰め込み、ある技術を身につける、限定的な一段階にすぎなくなっている。





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2009年12月01日

皇帝ペンギン

皇帝ペンギン -La Marche de l'empereur-来年の正月の目玉映画のひとつとしてジャック・ペランの「オーシャンズ」が公開される。「WATARIDORI」で様々な渡り鳥の生態を記録したペラン監督が、世界中の海とそこに暮らす生命体を革新的な映像美で描いた海洋ドキュメンタリーだ。ハンドウイルカの大群、ザドウクジラの捕食、5万匹に及ぶクモガニの交尾、ウミガメの孵化など、自然界で起きる奇跡的なシーンの数々。日本版ナレーションを宮沢りえが担当したことも話題になっている。

フランスは自然界を舞台にしたドキュメンタリーの秀作を多く生み出しているが、リュック・ジャケ監督の「皇帝ペンギン La Marche de l'empereur 」もそのひとつに数えられるだろう。こちらは南極に住む皇帝ペンギンの産卵と育児を追った作品であるが、それは自然界で最も過酷な子育てとも言われる。

しかしそういう過酷な自然の中にあってもペンギンは何をすべきか知っている。やるべきことがプログラミングされているからだ。ペンギンたちは気の遠くなるような距離を歩き続け、極寒の吹雪の中で何日も立ち尽くし、その営みを何代にもわたって続けるのである。

分化し、専門化した本能は、それぞれの状況において何をすべきか、絶対的な確かさをもって指令を下す。分化した動物は生存目的と関係のない対象を知ることはない。人間のように対象を対象として捉えずに、行動系列の一部として把握する。動物にとって生態的に限定された環境で生きることは当然のことで、それに完全に対応した器質と本能を持っているので、不確実さや迷いが生じることもない。知覚は何らかの行動に結びつき、根拠のない行動、つまり知覚からの指令のない行動は存在しない。知覚と行動が完全に調和した円環の中を生きている。

ペンギンの生の営みに驚異と畏怖を感じるのは、ペンギンが自然の中に完全に組み込まれているからだ。またそのように人間が自然=ペンギンを対象化し、さらに表象しようとするのは、人間が自然と乖離し、自然から疎外されているからでもある。私たちの弱さの本質はそこにあるのだ。宇宙の果てについて思い巡らすのも、将来のことを考えて不安になるのも、人間だけなのだ。

ペンギンにはひとつの決まった仕事が待っている。しかし私たちは何をすべきか知らないし、自分の任務は何ひとつ決まっていない。これから仕事を探そうとしている若い人には羨ましいことだろう。ペンギンの姿を見ていると意外にも人間の労働について考えさせられる。人間は良くも悪くも可能性の生き物なのだ。動物はすべてがプログラムされているから可能性がない。

近代以前、生まれてから死ぬまで自分の生まれた村から出ることなく一生を終えた時代の人間は、ペンギンに近い存在だったのかもしれない。近代化とは人間をそういう反復と習慣に塗りこめられた動物的な環境から解放することだったが、人間を絡めとっていた(一方では安心と安定を与えていた)あらゆる文化的な網の目は次々とほどけ、よりどころのない世界に放り出されてしまった。私たちの周囲で渦巻く知覚=情報は、私たちの人生をますます不確実で、迷いに満ちたものにしている。

それでも歩くペンギンのコケティッシュな姿を見ると頬がゆるむし、柔かい毛に覆われたペンギンの赤ちゃんの愛らしさには癒される思いがする。不況の時代には動物や赤ちゃんのCMがうけるという話を聞いたことがある。過酷な状況に置かれたとき、人間は盲目的で絶対的な、本能のような感情に身を任せたくなるのだろう。それは現実逃避ではなく、過酷な状況を過酷だと思わないプログラミングへの志向性なのだ。個人的には、両足の上に卵を載せて温めていたお父さんペンギンが、卵を落として割ってしまったときの表情に言いようのない切なさを感じてしまったが、これも人間の勝手な感情移入に過ぎないのだろう。

LA MARCHE DE L'EMPEREUR - trailer
□フランスのエレクトロな歌姫、エミリー・シモンがサントラを担当



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2009年11月30日

11月の音楽 2つの国の言葉で聴く”Dream a little dream of me”

せちがらい世の中、ひとときでもゆったりのほほんとした気分にさせてくれる曲はないかな、と思いセレクトしたのが”Dream a little dream of me”。
 
ママス&パパスのオリジナルとばかり思いこんでいましたが、最初に世に出たのは何と1931年。リッキー・ネルソンのお父さんが最初に吹き込んだそうです。(聴くたびにそこはかとした昔懐かしさを感じていましたが、なるほど、そういう訳でしたか!)その後もポップス、ジャズ、ロックといろいろなジャンルで歌い継がれ、本国アメリカはもちろん世界中で親しまれています。
 
Carry on up the Charts: The Best of the Beautiful Southエトランゼの吐息


さてこの曲、フランス語のヴァージョンもあるんです。イギリスのバンド、ビューティフル・サウスが吹き込んだもの。メグ・ライアンがメグ・ライアンらしかった頃のチャーミングな映画『フレンチ・キス』で使われています。(最近では『プラダを着た悪魔』でもちらっと流れていましたね。)実は元々フランスのシャンソンだったんです、と言われても信じてしまうぐらい違和感のない仕上がりで、エンゾ・エンゾやシルヴィー・ヴァルタンといったフランス人のシンガーにも歌われています。
 
ちなみにフランス語ヴァージョンでは全く新しい歌詞が付いています。(タイトルも“les yeux ouverts”となりました。)オリジナルの歌詞が、現在進行形の甘い恋を歌うのに対し、フランス語の歌詞は「あなたとのあの素晴らしい思い出」をテーマとしたいささかビターな内容。どちらの歌詞をのっけてもまた違った世界が開けるのは、よくできたメロディのおかげでしょうか。

個人的な正調。ママ・キャスのたっぷりした歌声に包まれ夢見心地。
http://www.youtube.com/watch?v=ajwnmkEqYpo

ビューティフル・サウスのフランス語版。
http://www.youtube.com/watch?v=P1JhKQBSyuk

フランス人によるバージョン。エンゾ・エンゾの歌でどうぞ。
http://www.youtube.com/watch?v=wLpB9xx2sHE





GOYAAKOD@ファション通信NY-PARIS

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2009年11月28日

フランス・テレコムで何が起こったのか?(1)

下に訳出した記事はフランスの雑誌 Nouvel Observateur に掲載された「フランス・テレコムの自殺の波−オンラインの苦しみ Vague de suicides à France Télécom − Souffrances en ligne 」である。フランス・テレコムで相次いだ自殺(1年半のあいだに25人)は、今年フランスで起こった重大ニュースのひとつであることは間違いない。9月17日掲載のちょっと古い記事だが、アメリカ流の金融の論理のもとでリストラが進行するフランス・テレコム社内の重苦しい空気をリアルにリポートしている。フランス・テレコムで起こったことは、日本でとっくに起こっていることなのだろう。日本ではひとつの企業から何人の自殺者と数えられることはなく、年間3万人という自殺者のなかにひとくくりにされている。

抄訳に簡単な解説をつけて3回に分けての掲載予定だが、まずは第1回。



不安な経済/漂流する個人―新しい資本主義の労働・消費文化私たちの人生はどんな糸によって支えられているのだろうか。セバスチャンにとって、それは家族の写真だ。妻の優しい視線。娘たちの微笑み。彼はその写真を見て、会社の窓の外から飛び降りることを思いとどまり、自分の家に帰る。そこでは、彼はお払い箱にされようとしている厄介者でもないし、お荷物でもない。彼は家で会社の出来事を忘れようとするが、それはその後彼の日常的な運命となる。不安で、方向を見失い、無言の暴力がはびこり、みんなが悲しい顔をして、ストレスによって衰弱した同僚の数を数えながら恐怖におびえている。

フランス・テレコムの不安は、新年度の始まりを襲った新型インフルエンザに次ぐ、ふたつ目の伝染病だった。トロワではひとりの男が腹にナイフを突き立てた。それは彼のポストがなくなったと知らされたときだった。マルセイユ、ブザンソン、ラニヨン、パリで同じ事件が起こった。何人かの男たちは首を吊り、睡眠薬を飲んだ。若い女性は虚空に身を投げた。2008年の2月以来、23人が自殺で亡くなった。伝染することが恐れられている。首脳陣は問題を個人の精神的な脆さのせいにしたあと、国から強い圧力を受け、ようやく重い腰を上げた。

セバスチャンはそれでも、25年前にフランス・テレコムに入社したときの誇らしい気持ちを思い出す。技師の免状をポケットに入れ、素晴らしいキャリアが前途にあり、あらゆるネットワークが構築されようとしていた。彼は多いときで200人の部下を率いていた。技術的な問題に挑み、移動体通信網の構築に参加した。上級管理職だった彼は、いつの日か自分が陰のような存在になるとは思ってもみなかった。彼は全てが一変した瞬間をとてもよく覚えている。それは2006年のこと、管理職向けのセミナーだった。「会社側はいかにして私たちの仲間を緊張状態に置くかを説明しようとしていた。50歳付近が膨れ上がった従業員の年齢構成を示したピラミッドを私たちに見せつけることから始めた」と彼は思い出す。「司会者は言った、『問題がどこにあるかわかりますか?問題、それはあなた方です』」その日集められたおよそ百人の管理職は、その発言に驚いた。熱意のある人間は次のような方法に従うという条件で何とか切り抜けようとするだろう。「あなた方は、自分のチームのメンバーに、できるだけ早く会社を去るように働きかけるべきです。彼らに転職を勧めてください。例えば、家でホームステイを受け入れるとか、ダイビング・クラブを営むように。彼らをスケジュール的に追い詰めるか、彼らがミスを犯す現場を押さえるためにメールと通話を監視することをためらわないでください」。セバスチャンは思い出す、「私たちはあまりにも気分が悪くて、互いに顔を見ようともしなかった」。

自分が最初に追い出されようとしているひとりであることをセバスチャンははっきりと理解した。年齢と地位、そして給与が問題なのである。民間企業の首脳部にとって、方程式は単純である。情報通信の市場は非常に競争が激しい。株主は(フランス・テレコムは国が筆頭株主で27%を保有)配当を要求する。給与の全体を減らすことでコストを下げ、利益を出さなければならない。「私たちはもう、利用者のために働いているのではない。今や顧客を満足させるために闘っているのだ。私たちは全員、この要求に応じなければならない」、グループの最高経営責任者、ディディエ・ロンバールの右腕の一人、ルイ=ピエール・ヴェーヌは説明する。「私たちのうちの1万人は転職して満足している。他の者たちについては、それが困難なのでまだ私たちと一緒にいる。競合他社とは逆に、私たちは誰も解雇しなかったことを今一度申し上げておく」。2006年から2008年までに22000人分のポスト削減につながった「ネクスト計画」のあと、組合はそれでも、新たな人員削減計画があるのではないかと疑っている。ルイ=ピエール・ヴェーヌはそのことを激しく否定する。





現代の労働は際限のないフレキシビリティを特徴としている。ある仕事から別の仕事に移る柔軟性、ひとつのポストで様々な仕事を引き受ける柔軟性。そこで求められている能力は、不安定な状況に慣れ、一時的な変動に適応し、不慮の事態にすばやく反応し、任務を可能な限り遂行することだ。

技術革新のスピードが速く、先端の技術を学んでも、それがすぐに時代遅れになってしまう。同じように、一生使いまわせるような知識の体系などないのだろう。それゆえに、労働者が評価されるためには、そのときに身につけた技術やインプットした知識ではなく、一般的な学習能力を披露しなければならない。スキルとは、すでに習得されたものの活用能力ではなく、新しい状況に常に適応し、新しい何かをつねに習得できる「潜在能力」として再定義されてしまった。

現代の資本主義社会では学ぶことに終わりはない。学びは学校だけでなく、生産活動のあらゆる段階に存在する。労働は再教育の連続であり、人は教育に生涯つきまとわれることになる。生涯教育が行われる原因は、先に述べたようなフレキシビリティだが、それに加え、生産サイクルにおいて知識と情報の役割が増大したこともある。

リチャード・セネットはフレキシブルな組織が個人に及ぼす影響を次のように述べている(「不安な経済/漂流する個人―新しい資本主義の労働・消費文化」を参照)。

―組織がもはや長期的な枠組みを提供しないとすれば、個人は自らの人生を即興で紡ぎだすか、一貫した自己感覚抜きの状態に甘んじなければならない。
―新たに台頭した社会秩序は一芸に秀でるという職人的な理想に否定的な影響を及ぼした。現代の文化は職人芸に変わって過去の業績より潜在能力を高く評価する。
―いかに過去と決別するか。職場では地位を自分のものとして所有している人間はひとりも存在しない。過去のどんな業績も地位の保証にならない。

まさにフランス・テレコムの社員が置かれた状況とぴったりあてはまる。しかし人間は人生の一貫した物語を必要としているし、一芸や特殊なことに秀でていることに誇りを感じる。また過去の経験は自分を作り上げるかけがえのないものだ。この新しい組織の理想は明らかに人間を傷つけている。




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2009年11月23日

オリヴィエ・アサイヤス、話題の3本

NOISE [DVD]今年の夏、全国で上映されたオリヴィエ・アサイヤス Olivier Assayas の「NOISE」がDVD化される。この作品は、2005年6月にフランスのサン=ブリュー Saint-Brieucで開催されたアート・ロック・フェスティバルのライブドキュメント映像である。とりわけ、アメリカのソニック・ユース Sonic Youth のメンバー4人が、MIRROR/DASH(サーストン・ムーア&キム・ゴードン)、TEXT OF LIGHT(リー・ラナルド&スティーヴ・シェリー)という、2人ずつ2組のユニットに分かれて参加したことが話題になった。その2組のユニットは、ソニック・ユース以上にアヴァンギャルドでフリーキーなプレイを披露。また、新作を発表したばかりのジム・オルークがエンディングで音楽と映像を提供した。アサイヤス監督は実験的なモンタージュによって、不均質だが、ロック感にあふれる映像を演出している。

アサイヤスといえば、離婚したばかりのマギー・チャンと「クリーン」(2003年)を撮ったが、それが日本で先月公開されたばかりである。「クリーン」でマギー・チャンは主人公のエミリーを熱演し、第57回カンヌ映画祭主演女優賞を受賞している。

http://www.clean-movie.net/

夏時間の庭 [DVD]もう一本、「ノイズ」とは対極的な美を描く「夏時間の庭」。印象派の画家たちが魅せられたイル・ド・フランスの美しい庭が舞台。これはすでに今年の5月に日本で公開され、来月DVDが発売される。

http://natsujikan.net/

個人的には5分×18本のオムニバス映画「パリ、ジュテーム」の中の "Quartier Des Enfants Rouges" のスタイリッシュな映像に魅せられた。アメリカから撮影のためにパリにやってきた女優を演じるマギー・ギレンホールが素敵すぎる。

http://www.youtube.com/watch?v=00jJ6IHRflg

「NOISE」のように、アサイヤスは通常の映画の枠にとどまらない活躍をしている。2008年にはモダン・ダンスの振付師、アンジェリン・プレリョチャイ Angelin Preljocaj のバレエ「エルドラドEldorado 」を撮影したが、この作品は2007年に亡くなった現代音楽家、シュトックハウゼンとの出会いによって生まれた。




cyberbloom

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2009年11月21日

映画 「ジュリー&ジュリア」 I'm Julia Child. Bon appetit!

1949年パリにやってきたアメリカ人主婦ジュリアは退屈な毎日を打破するために、好きな「食べること」をいかそうと、「ル・コルドン・ブルー」で料理を習い始める。初めは包丁を握る手もおぼつかないジュリアなのだが、その明るさとバイタリティーでだんだんと周囲も巻き込みながら、アメリカにはそれまでなかった「家庭でも作れるフランス料理の料理本」を執筆するまでに・・・。

一方、現代のニューヨークに住むアラサーのジュリーは作家になる夢を半ばあきらめ、仕事に疲れる毎日をなんとか打破しようと、尊敬しているジュリア・チャイルドの執筆した本にのっているフランス料理全524品を1年で制覇してその様子をブログにすることを思いつく。



時代や環境は違うけれど、配偶者や友人たちに支えられながら夢に向かって、料理を作る2人を同時進行で描いていく映画です。

とにかく185cmという大柄のジュリア・チャイルドを好演していると評判のメリル・ストリ―プ。微妙にアメリカ人ということがマイナスに働く当時のパリの雰囲気の中で、美味しいものが食べたい、旦那さんにも友達にも作って食べさせてあげたい、そしてアメリカの人たちにも食べさせてあげたい・・・純粋な気持ちと情熱で成功を手にします。かたやジュリーは現代らしく、ブログで成功することがいつしか目的になってしまって純粋に料理が楽しめなくなり、挫折してしまいそうになりますが・・・

1950年代のパリと現代のニューヨークの街並み、食材を買いに行くフランスのマルシェと都会の「ディーン&デルーカ」、という様々なコントラストがとても興味深いです。

でも2人が愛用しているお鍋が共にル・クルーゼのオレンジ色のココットだったり、それぞれの優しく支える旦那さんが、奥さんが作った「ブッフ・ブルギニョン」(牛肉の赤ワイン煮込みブルゴーニュ風)を美味しそうに食べている様子は、時代や環境が違えど料理を作ることが与えてくれる幸せだったり、美味しい食卓を囲む幸せが普遍であることを教えてくれます。

私は勉強不足でジュリア・チャイルドを知りませんでしたが、当時コルドン・ブルーの家庭料理コース(ゆで卵のゆで方を学びましょう〜だったりする)ではない本講習をアメリカ人女性が男性ばかりのなかで挫けずに受ける、それは異例中の異例で、想像を超える努力だったのだろうなと思います。けれど彼女はそんな大変さの微塵も見せず、後にはアメリカのお茶の間の料理番組で明るくフランス料理の手ほどきをする。そしてそれは決して気取ったり、小難しいものだったりしない、シンプルな美味しさを伝えようとするものであって、それが彼女の素晴らしさなのでしょう。

ジュリーが深夜旦那さんとジュリアのDVDを見ているシーンがありますが、中にたぶん「サタデーナイトライブ」でダン・エイクロイドがジュリア・チャイルドをものまねしているコントが流れます。

内容はかなりブラックで笑ってしまいましたが、真似されるぐらい彼女はお茶の間の人気者だったんですね。

「ジュリー&ジュリア」を観れば、人が生きていくうえで本質的な食べるという行為を支える「料理」の中に、国によって異なる食文化や、以前に流行った番組「料理の鉄人」のようなエンターテイメント性や、料理を作り上げるという行為の芸術性、達成感そして分かち合うことの幸福感、色々な側面を発見することでしょう。そして、残念ながら最近は長らく人気のないフランス料理ですが、観終わった後には、きっと温かい香りの漂うビストロに行ってみたくなるのではないでしょうか?

□「ジュリー&ジュリア」(公式サイト、予告編)  http://www.julie-julia.jp/
料理で人生が変わる!(コルドン・ブルーHP)
□『ジュリー&ジュリア』(ジュリー・パルエル著、↓原作小説)


ジュリー&ジュリア (イソラ文庫)
ジュリー パウエル
早川書房
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おすすめ度の平均: 5.0
5 読むと元気が出る!
けどお腹がすくので注意!





mandoline@かんたんフレンチレシピ

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2009年11月19日

オニヨングラタンスープ Soupe à l’oignon gratinée

寒い日には温かいスープが食べたくなりますよね。いざ作ろうと思うと面倒な気がしますが、たまねぎを根気よくあめ色に炒めれば、あとは簡単!たまねぎの甘さがたまらないスープになります。

ガーリック・トーストを浮かべてオーブンで焼けば、お腹にも嬉しい「食べるスープ」になるので、是非試してみてください。

ogniongratin.jpg

*材料*(2人分)
たまねぎ oignon ・・・・・500g(小3個ぐらい)
ブイヨン bouillon ・・・・・600cc(インスタントなら規定量のお湯で溶かしたもの)
グリュイエルチーズ gruyère ・・・・・適量(ピザ用チーズでもよい)
バケット baguette ・・・・・2枚(8mmの厚さに切ったもの)
にんにく ail ・・・・・1片
サラダ油 huile
塩・こしょう sel, poivre

*作り方*
1.たまねぎは縦半分に切り、芯を取り除いて薄切りにする。フライパンにサラダ油を熱してたまねぎを入れて軽く塩をして強火にかける。しんなりしてきたら、中火に落としてあめ色になるまで、かき混ぜながらゆっくり炒める。
2.たまねぎを鍋に移し、ブイヨンを加え強火にかける。沸騰したら中火にして20分ぐらい煮込む。
3.8ミリの厚さに切ったバゲットを軽くトーストしたら、表面ににんにくの切り口をこすりつけてガーリック・トーストを作っておく。
4.オニオンスープは塩・こしょうで味をととのえ、耐熱性のあるスープ皿に注ぎ、ガーリック・トーストを浮かべ、上からグリュイエルチーズをたっぷりかけて200℃のオーブンで焼き、チーズに焼き色を付ける。(オーブントースターでも出来ます。)




mandoline

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posted by cyberbloom at 08:13| パリ 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | かんたんフレンチレシピ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月17日

秋に聴きたい3曲 Musique pour l'automne 2009

11月に入ってようやく秋らしくなってきました。この季節になるとなぜかしんみりとした音楽が聴きたくなります。cyberbloom さんはスペーシーな音を聴かれるそうですが、私はしんみりした音を選ぶことが多いです(我ながら単純すぎ・・・スペーシーな音は冬になると俄然聴きたくなります)。最近耳にして「秋」を感じた曲を3曲ご紹介します。

Nick Drake - At the Chime of the City Clock

Bryter Layterすばらしい才能を持ちながらも、世間にほとんど認められぬまま短い生涯を終えた不遇のシンガーソングライター、ニック・ドレイク。彼の死後、多くのミュージシャンたちに再発見され、残された3枚のアルバムは今ではどれも高い評価を確立しています。元ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのジョン・ケールも参加したセカンド・アルバム「ブライター・レイター Bryter Layter 」は、3枚中最もポップと言われる作品で、70年代の作品とは思えないような現代的なアレンジがされています。繊細でメランコリックな旋律とニックのはかなげなヴォーカルが融合した美しいブリティッシュ・フォークの名曲は、この季節になるとじっくり聴き込みたくなります。

At the Chime of the City Clock


Astor Piazzolla - Adios Nonino

Adios Noninoフィギュアスケートのシーズンが始まり、例のごとく各競技会を観ているのですが、タンゴをプログラムに使っている選手が何人もいて、そのなかでも「アディオス・ノニーノ」の使い方がとても印象的でした。アルゼンチン・タンゴに革命を起こしたと言われるアストル・ピアソラの代表作で、「ノニーノ」とは彼の父親の愛称です。巡業中に訃報に接し、旅費もなく故郷に帰ることのできなかったピアソラが、遠く離れたニューヨークで亡き父に捧げて作ったのがこの曲で、バンドネオンの音色がことさら哀愁を帯びて聞こえます。ピアソラのモダンタンゴの名曲の数々は、秋から冬にかけての風景にしっくりはまります。

Adios Nonino


Chet Baker - Born to be Blue

チェット・ベイカー・シングス学生時代、行きつけのレコード屋さんに、手始めにジャズを聴くなら何がいいかと尋ねたら、ちょうどその当時 LP が再発されたばかりの「チェット・ベイカー・シングス Chet Baker Sings 」を薦められました。チェット・ベイカーはトランペッターですが、ヴォーカリストとしても人気があり、その気怠くて色気のあるヴォーカルを初めて聴いたとき、まだまだ未熟者だった私はその大人びた空気に圧倒されたのを記憶しています。このアルバムに収められた、どこが「ファニー」なのかすら分からなくなっているほど暗い「 マイ・ファニー・ヴァレンタイン My Funny Valentine 」もいいのですが、その後ジャズ好きな友人に、「すっごいカッコいいんだ〜」と薦められた「ボーン・トゥ・ビー・ブルー」は、タイトルもずばりだし、陰のある彼の声が最も魅力的に聞こえる曲だと思います。この曲は Baby Breeze というアルバムに収録されています。

Born to be Blue



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posted by exquise at 17:57| パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | extra ordinary #2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月16日

Good work, kid! ニューヨーク ファッションシーンを見守る伝説のストリートフォトグラファー(2)

ビルさんのコラムに「登場」する人には3つのタイプがあります。US版ヴォーグの編集長アナ・ウィンターを初めとする、いわゆるセレブの方々。ファッションリーダーとして、一歩先行くことを意識している人達にとって、ビルさんに選ばれないことは由々しき事態なのだとか。(もっとも、テレビのない生活を送っているビルさんは、有名人と気づかずにシャッターを切っていることもたびたびですが。)

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次のタイプは、流行に流されず我が道をゆく本物のお洒落さん。コラムの常連である重役秘書嬢は、毎回チャレンジングな着こなしで、ビルさんを驚喜させてきました。4つ袖があるコートをお召しだったり、額縁をネックレス代わりに首にかけていたり。突飛だけれど、その人らしく見事に決まっている。ビルさんにとっては、立派な芸術家なのです。
 
そしてもっとも多いのが、一般のみなさん。ファッション業界とも縁がなく、マンハッタンで働き生活し、自分がお洒落な人間だとはつゆ思っていない人々。しかし、そんな彼・彼女が日常の一部としてクローゼットから選び身にまとっているものにこそ、その時々の人々の気分が反映され、思いがけなく共鳴し、トレンドになる。手持ちのアイテムで、その日の気分にびったりくる「ちょっといい感じ」な姿をつくる、誰もがやってる朝の儀式から、知らず知らずのうちにあたらしいものが生まれてくる。ストリートは、思いがけないものや「流行の発露」を見いだせる、スリリングな場所なのです。
 
ティーンエイジャーのころから街行く人を眺めるのが趣味だったビルさん。ファッションの源としてのストリートに目が向くようになったのは、60年代に見たフラワーチルドレンのデモのおかげだとか。ファッションショーの会場からでてきた時に目撃したデモ隊の着こなしは、自由で、色彩に溢れ、不思議な調和に満ちていて、さっき取材したばかりのハイファッションの印象が消し飛んでしまうほどのインパクトだったそうです。「僕の目は美しいもの、すばらしいものしか捉えない。こんな格好ぜんせんおしゃれじゃないですよ、って被写体になってくれる人は謙遜するけど、気がついていないだけ。本当に美しい物はあちらこちらにあるんだよ。」
 
運が良ければ、マンハッタンで取材中のビルさんに会えるかもしれません。高級百貨店バーグドルフ・グッドマンの近くの歩道で、青い上っ張りにボロボロのニコンをぶら下げたおじいさんがいたら、それがビルさんです。めでたく被写体になれるかどうかはわかりませんが、この伝説の人物に是非挨拶してみてください。

ニューヨークの初冬のファッションについて語るビルさん

パリからの番外編。参考になる方も多いかと。

いかにも好々爺な、ビルさんの語りがたまりません。話の中身は結構鋭くて、考現学が好きな方にも楽しんで頂けるとおもいます。  

(「ニューヨーカー」2009年3月号より)




GOYAAKOD@ファション通信NY-PARIS

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