アニー・ジラルドの死を伝える記事はあっけないくらい小さかった。彼女の残した仕事より、晩年の境遇(アルツハイマー病を患っていた)が目につく短文。しかし、それもしかたないことなのかもしれない。今、どこのレンタルショップを探しても、華やかに活躍していたころのアニー・ジラルドの代表作は棚にならんでいない。誰、それ?と言われて「こんな人です」と差し出せる DVD がないなんて。

フランスでのアニー・ジラルドは、歌の世界のエディット・ピアフに比肩するとも評される、押しも押されぬ大女優。『パリ・ヴォーグ』90周年記念号で再録されたスター女優のインタビューでも、BB とリズの間に挟まれて登場していた。100本を超えるフィルモグラフィー(その多くが日本未公開)は、彼女がどれほどフランスの観客の心をつかんできたかを物語っている。
なにがアニー・ジラルドを「別格」にした? 役を選り好みしないひとだったから(特殊メイクをして、「猿女」と見せ物にされる毛深い女性を演じたこともあり)? 喜劇も悲劇もなんでも見事にこなす役者だったから? かざらないキャラクターも一役買っていたかもしれない(「シャネルやカルダンの服は持ってないけど、イヴ・サンローラン・リヴ・ゴーシュではちょくちょく買物するのよ。」)しかし、彼女がいわゆる「映画スター」と一線を画する存在になれたのは、仕事に対する確固たる姿勢のおかげではないかと思う。
インタビューで、アニーはこう語っている。「私は「アンチ-女優」なの。ファム・ファタルとか演じる役柄にはこだわらない。現場で、プロフェッショナル達と一緒に仕事するのがとにかく好き。監督は、私の中から自分たちが欲しい、リアルなオンナを引っ張りだすの。」女優として銀幕での神秘的なイメージを大事にするのでなく、時代と創り手が求めるいろんな「生身の女性」を生きることを喜びとする―そんな彼女が演じた女達はとても自然で魅力的だ。闊達にしゃべり、笑い、煙草をふかす姿もさまになる、醒めた面差しが印象的なちょっといい女。若くはない女性を演じるアニー・ジラルドが若いとき以上に輝くのは、重ねた年月もひっくるめて丸ごと差し出す彼女のいさぎよさのおかげかもしれない。
スクリーンの中のアニー・ジラルドと出会ったのは、テレビの深夜放送。70年代の代表作『愛のために死す』だった。ハイティーンの教え子と恋に落ちた、シングルマザーの女教師に降り掛かる悲劇を描いた実録もので、ひとまわりの年の差をものともせず、これでもかという不幸にめげず純愛をつらぬくストーリー。ひとつ間違えば見てられないようなウソっぽい代物になる類いのものだけれど、恋愛モノの枠を超え、通俗的な恋人達の物語がある種の崇高な戦いを思わせる作品となったのは、ひとえにアニーの作り上げたヒロインのリアるな手触りのおかげだった。ショートカットに知的なまなざし。ちょっと寂しげな微笑み。苦しさを内に秘めて若い恋人をはげまし抱擁する姿は、お芝居を超える説得力があった。
70年代は娯楽作を含む数々の映画に出演し精力的に仕事をしてきたアニーだったが、80年代以降は仕事のペースが落ちる。世代交代した監督達から声がかからなくなってしまった。1996年に、盟友クロード・ルルーシュの作品で助演して2度目のセザール賞を受賞したときのスピーチは、不遇の時を耐えた彼女の慟哭そのものだった。「私がいなくて寂しい、とフランス映画界が思ったかどうかはしりません。でも、私は、フランス映画のことをただひたすらに、思っていました。どうしようもなく、気がおかしくなりそうなくらいに」。
主演作品を気軽に見れない今、Youtube にアップされていたアニー・ジラルドならではの一場面を紹介しておきたい。ルルーシュ監督とタッグを組んだ『あの愛をふたたび』(1970年)のラストシーン、台詞なしの数分間。空港で相手(ジャン・ポール・ベルモント)を待つも彼はついに現れず、不倫の恋の終わりを知るという設定。千々に乱れる感情を胸にただ立ち尽くすアニーの表情が、とにかく絶品。大写しにされた彼女の表情のほろ苦さがあるからこそ、フランシス・レイのべったり甘くておセンチな音の奔流も活きるのだと思う。
http://youtu.be/A6WrT3qIf90アニー・ジラルドは歌も踊りも達者にこなすひとだった。駆け出しのころはレビューの舞台にも立ち、「女優になっていなかったら、ダンサーになって、フレッド・アステアとタップを踊りたかった」とインタビューで語っているほど。
歌声はやさしくて、演技とはまた別の魅力がある。
イタリア語で歌う彼女の歌はここで聴く事ができます。
http://youtu.be./hQs95KiGlFUファッション通信 NY-PARIS@GOYAAKOD

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posted by cyberbloom at 16:42| パリ |
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ファッション通信 NY-PARIS
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