クエンティン・タランティーノ『イングロリアス・バスターズ』
■ブラピというのは常に脇役に食われる気の毒な人だ。ベンジャミン・バトンでも達者な女優陣に食われ、今回も彼が取り立てて悪いのではないのだが、常々脇に来る人がうますぎる。顎を突き出して頑張ったのに今回は完全にハンス・ランダを演じたクリストフ・ヴァルツの映画だ。
■タランティーノは久しぶりに良かった。胸やけする行き過ぎのアクションや無理な展開が姿を潜め、ナチスドイツ占領下のフランスを舞台にしながら、昔の戦争映画と、家族を皆殺しにされたユダヤ少女の復讐という西部劇的展開を貼り合わせた作りに、必要最小限かつ的確なアクション。一見ミスマッチな音楽の組み合わせも粋だ。
■それにしてもユダヤ・ハンターであるランダ大佐の人物造形が最高だ。嫌味なくらい語学に長け身振りも優雅。冒頭のシーンでのフランス語から英語に切り替わる滑らかさ。乱暴な振る舞いなどみじんもないのに、ペンをインクつぼに浸す仕草一つでぞっとするほどの冷たい才気と残酷さを感じさせる。しかも笑い出したくなるおかしさをも感じさせる稀有なキャラクター。彼が現れると画面がぴりりとひき締まる。
■史実からすれば荒唐無稽な「嘘」なのだが、短編としても別々に楽しめる五つの章を、第二次大戦を舞台に最後まで飽きさせない復讐劇に仕立てたあたり、まさにお帰りなさい!タランティーノだ。彼の才気と、黄金時代の戦争映画を思い出しつつ痛快なでっちあげに酔える一本。
(黒カナリア)
オリヴィエ・アサイヤス『夏時間の庭』
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■今年はクリント・イーストウッドの新作が二本も(『
チェンジリング』、『
グラン・トリノ』)公開される奇跡的な年でした。本当はこの二本のどちらかを選ぶべきなのですが、甲乙つけがたいので、フランス映画からオリヴィエ・アサイヤスの『夏時間の庭』を選んでおきます。久しぶりにフランスの田舎の緩やかな時間を感じさせてくれたことと、安易な解決を放棄した映画作りの姿勢に敬意を表しました。ちなみに全くの偶然ですが、この映画ではジュリエット・ビノシュの恋人役をイーストウッドの息子カイルが演じています。『センチメンタル・アドベンチャー』(1982年)の少年もすっかり渋い男に成長しましたので、ご覧ください。
(不知火検校)
クレイグ・ギレスピー『ラースと、その彼女』
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■悩んだ挙句、公開は2008年の年末でしたが、今年劇場で観たこともあり、今年の1本にしました。原題は「 Lars and the real girl 」。
■小さな田舎町に住む主人公、シャイな青年ラースは、ある日、恋人ビアンカを食事に招待し、兄夫婦に紹介する。しかし、その彼女は、ボディコンを着せた等身大のリアル・ドールだった・・・。
■簡単に言えば、青年ラースが周囲の見守りの中、「心を再生させるドラマ」なのですが、そう言ってしまうのはとても野暮に感じてしまいます。ラース役のライアン・ゴズリングの演技は透明感があり、登場する医師(女性)や近所のおばさまたちの広くて深い愛情が伝わり、観ている私が癒されるようでした。くすっと笑わせてくれて、ジーンとさせられっぱなしでした。
■今、様々な要因で心を病む人は多いですが、ありのままを受け入れること、こんな風にそっと心に寄り添うことが出来る家族やコミュニティーがあれば、どんなにか人も社会も救われることでしょう。私もそうありたいと思わせてくれる映画です。
(mandoline)
クリント・イーストウッド『チェンジリング』
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■迷うことなく、クリント・イーストウッドの『チェンジリング』。久しぶりに、場内が明るくなってからも立ち上がれませんでした。
■細やかで誠実な描写を積み重ねてゆくことで、「昔のアメリカで起こった信じられないような実話」は、過酷な運命に翻弄される女性についての、今に繋がる普遍的な物語に昇華されました。いなくなった一人息子を探し求め、結果的に世間を動かすことになるシングルマザーのヒロインの思いに寄り添えたのは、映画の冒頭に彼女がどんな人であり息子とどんな関係にあるか、ふとした表情や会話をさりげなく使ってきっちり描写されていたからと言えます。嘘がないんですね。イーストウッドの映画は、この人はこう、とキャラクターを強調するのではなく、少し距離を置き人物の周りの空気感も含めた絵にするところがありますが、そうしたアプローチがこの映画では言葉にならなかった情感を手触り、肌触りのレベルで伝えることに成功しています。映像も演技も音楽も、無駄がなく、けっして喚かない。
■幼い子供を平気で手にかけるシリアルキラーを題材としたことが災いしてか(またその禍々しさを後でうなされそうになるほどきっちり描いたせいか)、何となく遠巻きにされた感があるけれど、時が経てばちゃんとした評価を受ける映画だと思います。(おそらく、評判になった『グラン・トリノ』以上に)。つらい話だけれど、希望が残される。そんな映画です。
(GOYAAKOD)
チャーリー・カウフマン『脳内ニューヨーク』
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■フランスでは、もっぱら古い映画ばかり見ていたので、今年の映画といって挙げるほどは本数を見ていないのですが、それでも、シネマ・コンプレックス全盛の時代に、チャーリー・カウフマン(『マルコビッチの穴』の脚本家、本作が監督デビュー作)の『脳内ニューヨーク』(2008年、米作品)のような作品がが公開されたことは、それなりに意義があったと思います。
■『脳内ニューヨーク』は、劇作家が主人公の物語で、彼が生きている現実と彼の書く芝居の世界が、話が進むに連れて、徐々に融合してしまい、どちらが本当の世界かわからなくなってしまうという映画です。観客の眼前に展開されるイメージは現実のものなのか、それとも彼の「脳内」で想像されていることなのか。ついぞ判断の基準は明確にされません。こうした構成は、レネ = ロブ・グリエの『去年マリエンバートで』(写真)の世界を彷彿とさせて、見ていて嬉しくなってきました。作品自体は、件の劇作家がニューヨークを舞台とした作品を仕上げることができるかどうかが大きなテーマとなっており、そのことがサスペンスを生み出して、最後まで飽きさせない展開となっていました。
■今年の関西の映画状況について、もう一言いわせていただければ、京阪神地区では、未だ『こまどり姉妹がやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!』(片岡英子監督)が公開されていない(多分)ことが不満です。
(MU)
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■映画はいろいろ見ましたが、新作よりも旧作の見直しに印象的なものが多かった一年でした。デジタルリマスター上映の『ロシュフォールの恋人たち』は楽しかったです。ほかには、金沢21世紀美術館で『
AKIRA』の爆音上映会に参加しました。ロックコンサート並みにスピーカーを積み上げての上映、芸能山城組の音楽が心臓を直撃し、耳を聾しました。音量が映画鑑賞に与える影響をあらためて考えてしまいました。
(bird dog)
ジョン・ウー『レッドクリフPartU−未来への最終決戦−』

■周瑜が『三国志』のイメージより格好良すぎるのですが、今回の主役だから仕方ないか(笑)。美男で才知に長けてはいるのですが、何かと諸葛亮に煮え湯を飲まされてるイメージだったので…。ストーリーとかキャストとか、ポイントは何かとあるはずなんですが、一番印象に残ってるのは合戦のシーンでした。
(tk)
粟津潔『ピアノ炎上』
■2009年映画館で見た中の私の最高傑作。この作品は大阪で10月に「日独仏実験映画祭3」が開かれ、その時に日本の70年代実験映画の作品として上映されました。私は寺山修司の作品を見に行ったつもりが、なんと粟津氏の作品に衝撃を受け、その場で頭をハンマーで殴られたような感じでした。ストーリーは簡単。ヘルメットをかぶった1人の男(山下洋輔)が原っぱで燃えさかるピアノを弾き続ける、というもの。単純な話だが、私が注目したのは即興のピアノのメロディが時間の経過とともに妙なノイズ(「パチ、パチと炎が弾ける音)と一種の共生状態に入り、我々を既成の時空を飛び越えた、別次元にいざなってくれること。私は恍惚状態になり、ふと小学校時のキャンプファイヤーのワンシーンを思い出す。赤々と照らされた仲間の顔に、火花に熱された我々の歌声がゆっくりと舞い上がる、何ともいえない神々しい瞬間。映画の終りは、男も画面から消え、ただ黒い残骸が残るのみ。今でも私の頭の中で「パチ、パチ!」といった炎の戯れる音がこだまする。
(里別当)
『宇宙戦艦ヤマト、復活編』
■今年、唯一映画館で見た映画。映画館に行ったのは何年ぶりだろう。もちろん、子供の付き添いです(笑)。最初の日曜だというのにシートは半分も埋まっていない。子供は少なく、客層は私と同年代くらいのマニアックな風貌のオッサンばっかり。それでも私が小学校6年生のときに夢中になっていたアニメシリーズを子供と見に行くなんて感慨深いものがある。いきなり、原案「石原慎太郎」という文字が浮かび上がって唖然とした。確かに特攻シーンが多かったが、これはヤマトでは反復されているモチーフなので目新しくはない。あとは民族自決のメッセージが石原風なんだろうか。
■地球がブラックホールに飲み込まれるという話だが、人間だけが意識する宇宙という空虚。それをイデオロギー=物語で埋めなければ不安でしょうがないのが人間の性だ。イデオロギーの本質はこういうB級映画の中でこそ浮き彫りになる。そのやり方があまりにもご都合主義で、もう一度太平洋戦争をやり直したいという欲望が見え隠れする(アメリカが映画の中でベトナム戦争をやり直したがるように)。宇宙に逃げようとじたばたする人間たちとは裏腹に、地上の動物たちがいちばん潔い(それを象徴させるようなシーンがある)。特定の環境にのみ適応するようにプログラミングされている彼らは、宇宙の果てを思い巡らすこともないし、地球が滅びようがお構いなしだ。そういう環境を持たない人間は虚空に向けて、虚妄に満ちた言葉=物語を紡ぎ続けるしかない。
■ところで、最近映画を見ているとやたらとベタなセリフや演出が目に付く。つまり必要以上に言葉で説明したり、演出に関しても紋切り型に依存する。「おくりびと」を見ていてそれを強く感じた。あるシーンを映画の文法にのっとってさらりと見せるのではなく、わざわざシーンの解説を上からかぶせるような無粋さを感じてしまうのは私だけだろうか。おそらく映画の文法の共有度が落ちてきていて、それを補わなければ観客にアピールしなくなってきているのだろう。
(cyberbloom)
★みんなで選ぶ FRENCH BLOOM NET の年末企画です。このあと、2009年のベスト・アルバム、2009年のベスト本、2009年の重大ニュースと続きます。ぜひ読者の皆さんもコメント蘭に自分のベスト映画を書き込んでください。

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