2010年04月30日

GPS Global Positioning System

私が始めて GPS について知ったのは湾岸戦争の直後だった。湾岸戦争の際、砂漠には目標物がないし、あちこちに地雷が仕掛けられていたので GPS が大活躍した。あらかじめ GPS 受信機に地雷源の位置を記憶させ、目的地を設定しておけば、真夜中だろうと砂嵐の中だろうと、正確に行軍することが可能になった。そういう技術がいまやケータイに標準装備されているわけだ。進歩の著しい情報技術が次々と戦争に応用されていく。そもそもインターネット自体が軍事技術の開発のもとで始まっている。半導体も軍事用レーダーの研究から生まれ、ディスプレーに情報を表示する現在のコンピュータのシステムや CG の発明も軍事用コンピュータの研究が基礎になっている。現在進行しているのは、軍事技術が日常化している事態と言うこともできるだろう。

イラク戦争では、91年の湾岸戦争時よりさらに進んだハイテク兵器が使われた。空爆の主体は、命中誤差が数10センチから10メートルという精密誘導弾で、投下後に軌道を修正しながら標的に近づく。この爆弾にも GPS が内蔵され、自律誘導で標的に達する方式が主流だった。湾岸戦争時には航空機から投下される爆弾の約1割が GPS 誘導弾だったが、イラク戦争では約9割まで増えたといわれている。GPS 誘導弾は、命中誤差が小さいだけでなく、天候や砂嵐等の気象条件に左右されないし、標的に接近する必要もない。撃ちっ放しが可能となり、しかも比較的安価なのである。

日常的実践のポイエティーク (ポリロゴス叢書)ピンポイントでミサイルを撃ち込むのは、戦争を効率的に遂行するためである。何よりも「非人道的だ」と批判される無駄な死者を作らないためだ。民間人を殺さず、テロリストのみを殺す、効率的で、「イメージの良い」戦争の遂行。戦争をターゲットスコープからのみ見せる。憎むべき敵だけを映し出し、他の余計なものを映さない。戦争のイメージをフィルターにかけ、中立的な、あるいは魅惑的な部分だけを前景化する。

イラク戦争と並ぶ、近年の大事件といえば、アメリカで起こった911・同時多発テロである。フランスの思想家、ミシェル・ド・セルトーが911の舞台となった WTC の天辺から下界を見下ろしている。それは1980年代のことであり、そこが凄惨な同時テロの舞台になるとはセルトーとて想像もしなかっただろう(以下引用は『日常実践のポイエティーク』)。

「こうして空に飛翔するとき、ひとは見る者へと変貌するのだ。下界を一望するはるかな高みに座すのである。この飛翔によって、ひとを魔法にかけ、呪縛していた世界は、眼下にひろがるテクストに変わってしまう。こうしてひとは世界を読みうる者、太陽の眼、神のまなざしの持ち主となる。視に淫し、想に耽る欲動の昂揚。おのれが、世界を見るに一点にのみ在るということ、まさにそれが知の虚構なのである」

ボードレール全詩集〈2〉小散文詩 パリの憂鬱・人工天国他 (ちくま文庫)「そうした神をよそに、都市の日常的な営みは、下のほう、可視性がそこで途絶えてしまうところから始まる。こうした日々の営みの基本形態、それは、歩く者たちであり、かれら歩行者たちの身体は、自分たちが読めないままに書き綴っている都市というテクストの活字の太さ細さに沿って動いていく。こうして歩いている者たちは、見ることのできない空間を利用しているのである。その空間について彼らが知っていることといえば、抱き合う恋人たちが相手の身体を見ようにも見えないのと同じくらいに、ただひたすら盲目の知識があるだけだ」

都市を歩く私たちはもはや盲目ではない。GPS によって神の視点とは言わなくても、衛星の視点を手に入れている。GPS によって複雑に入り組んだ場所でも自分の行動を読むことができる。私たちは迷えなくなってしまった。どこにいても補足される。私たちは GPS によってつねに現在位置を確認するが、それは自分で自分を捕捉することである。都市はいつのまにか Yahoo! や Google の地図に還元され、私たちはそのバーチャルな虚構の世界を受け入れている(Google Earth もリアルなイメージによって都市を制圧している)。そこでのスマートなふるまいは、時間と空間を可能な限り切り詰めること。迷うことなく、デートの場所に最短経路による最短時間によって到達することである。

モルグ街の殺人・黄金虫―ポー短編集〈2〉ミステリ編 (新潮文庫)かつて都市はロマンティックな広がりを持つ空間だった。都市の魅力は何よりも迷うことだった。いきあたりばったりにさまよい歩き、目に入った興味を引く情報を拾い集めていく。都市を歩くことはその軌跡によって自分だけの地図を作ることだったと言っていい。セルトーの表現にならえば、都市の歩行者たちの身体は、彼らが読めないままに都市というテキストを書き綴っていたのである。近代都市の出現時に文学者たちも新しい経験に文学を刷り合わせようとした。19世紀の詩人、シャルル・ボードレール Charles Baudelaire も新しい詩のリズムを、何か面白いものを見つけては立ち止まり、それを拾い上げる屑屋 chiffonnier (今で言えば廃品回収・リサイクル業)の不規則な歩行のリズムになぞらえていた。

都市はバーチャルな地図のようにクリーンな空間ではない。実際は猥雑で危険でノイジーな場所である。そこには様々な欲望を持った得体の知れない人々がうごめいている。都市の経験とはそのような見知らぬ人々との出会いであり、交渉だった。ボードレールは群集の楽しみとは街で出会う様々な職種の人々に感情移入することであると言い、E・A・ポーは『群集の人』の中で群集そのものが魅惑と陶酔の対象であることを示した。
(続く)



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2010年04月26日

4月の音楽“Cançāo de amor” Elizete Cardoso

A_Meiga_Elizete-thumb.jpgカレンダーは確かに4月なんですが、寒かったり温かすぎたり、体感的にはすっきり「春がきた」とよびたくないこのごろ。どうなってるの、とぼやく朝も、通勤途上で見かける草花は新しい季節の到来を満喫しているようです。手入れされた庭、道ばたと様々な容姿で私を見て!とアピールする花々を見るたびに、寒い暑いと右往左往する人の事情を微笑ましく眺める、大いなる天然の存在を感じます。
 
花の生のみずみずしさから連想したのが、ブラジル音楽の名華、エリゼッチ・カルドーゾのデビュー曲、『愛の歌』。清々しさと、内に情熱を秘めた何とも言えない可憐さがあって、うっとりさせられます。フルメイクの蠱惑的な微笑ではなく、「素」の笑顔にやられてしまう、あの感じ。バックの枯れたサクソフォンの音色は、春霞のように、これから大輪の花を咲かせることになるエリゼッチのういういしい声をやさしく包み、気分をいっそう盛り上げます。

ご紹介した曲はインターネット上では試聴できませんが、若いエリゼッチの声はここで聴く事ができます。

http://www.youtube.com/watch?v=mlTnl41_Sxs


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2010年04月25日

動物と人間の世界認識(2)

動物と人間の世界認識―イリュージョンなしに世界は見えない (ちくま学芸文庫)先回、ハリネズミやダニの話を通して書いたように、動物たちはそれぞれの環境世界を持っている。それは私たちが見ている客観的な世界とは違って、そのごく一部を切り取ってみている。それは極めて主観的で、それぞれの動物によって違うものだ。一本の木にクモとリスが住んでいたとしても、「クモにとっての木」と「リスにとっての木」は何の関係もない。それぞれに知覚と行動の独自の系列があり、その中で自足した閉じた回路の中で生きている。動物にとって意味があるのは、ささいな動きや音であって、それが環境を構築する要素になっている。それ以外に存在しているもの、私たちが客観的に存在していると思っているものは、動物にとって存在していないに等しい。動物の世界は客観的なものではない。それは主体の動物が構築し、主体の動物にとってのみ存在する極めて主観的なものである。同じ森の中にいても全く違うものなのだ。

それでは人間はどうなのか。そもそも人間のそれは客観的と言えるのだろうか。もちろん人間にも知覚的な枠がある。私たちには紫外線や赤外線は見えないし、感じることもできない。その作用を受けているだけである。それを概念的にとらえ、それが作用している世界を頭で考えている。それは現実的な価値を持つ場合もある。日焼け止めクリームを塗って紫外線を避けたり、赤外線ヒーターを作ってそれを熱として感じることができる。目に見えない世界を構築しているわけである。しかしそれは、アゲハチョウが紫外線を感知し、それによって世界を構築しているのとは根本的に違うのである。

人間は何らかの自然の生存圏に対して器質的に適応していないし、そこに組み込まれてもいない。人間は知的活動や計画的活動をするように構造的に強制されている。人間は家や街を作ったりして、どんな自然状況にも対応できる生存の技術と手段を用いながら環境に働きかける。自然を加工したり、方向付けたりして、どんな場所でも、どんな気候のもとでも生きることができる。つまり他の動物とは全く違った可能性を生きているわけである。

人間はどんな条件のもとでも生きられるが、例えばジャングルに住む原住民が大都市で生活することには困難が生じるかもしれない。人間がどこにでも住めるのは、そこで習慣や訓練によって文化圏を作り上げるからで、特定の文化に対する依存度が高くなるほどそこから離れられなくなる。その場合、自然ではなく文化が問題になる。人間はどこでも生きられるという同じ理由で、どこでも生きられるわけではないのだ。

さらに人間は自分の生きている生存空間や文化圏だけでなく、宇宙の果てにまで思いを馳せる。人間は自分の生きている空間を、それを越える広大な世界の一部として捉えている。つまり人間は主観的に世界を所有していると言える。人間の意識は部分的にしか知覚できないが、頭の中で拡張できるものすべて、思い抱くことのできるものすべてを所有している。

よく言われるように、人間には他の動物から見ると欠けたものが多い。寒さをしのぐ毛皮はないし、ハリネズミのような外敵から身を守るよろいも、素早く逃げる脚力もない。嗅覚や視力が極度に発達しているわけでもない。何よりもダニのような瞬時に発動する精確な行動形式がない。本能的な行動であっても不確かで迷いが生じるのが人間である。また大人になるまでの成長の期間が長く、長期間の保護が必要なのも人間の特徴だ。
(続く)


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全生物が「環境」を完全に把握することはできない。





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2010年04月21日

フランスには「トイレの神様」はいない

superlight さんが訳してくれた2010年1月5日の Le Figaro 掲載の「ふたたびトイレ掃除をするようになった生徒たち Les élèves japonais nettoient à nouveau leurs toilettes」の記事が意外に学生に好評だった。その一部を再引用すると、

「こうした行為(=トイレ掃除)は、軍国主義的であった戦前の日本においてよくみられたものであり、1980年代、日本経済が大繁栄した時代に失われてしまった。学校の管理は用務員や民間企業に委ねられていた。これらは時代の風潮をあらわしているのだろうか?伝統的美徳への回帰は、昨年、日本人が戦後はじめて民主主義的な政権交代を実現させ、中道左派政党の民主党に投票したときと重なる。格差の広がりやより団結した社会への郷愁にたいする反応をあらわす、政治的大転換のことである。子どもにトイレ掃除という仕事を課すことはこうした平等への強い願いをあらわしているように思われる。子をもつ親を対象とした世論調査によると、100%のひとびとがこれを好ましく思っている」

トイレ掃除が軍国主義の象徴で、それが日本のバブル期に姿を消し、そして民主党が政権を取ると同時に復活したなんて話、聞いたことがない。フィガロの東京特派員はけっこういい加減なことを書くのだが、これはひどい。

日本人にとってトイレ掃除に限らず、掃除というものは特別な意味を持つようだ。去年、街の清掃活動を行う原宿・表参道発信の非営利組織グリーンバードが去年エッフェル塔周辺で掃除活動をして話題になった。それがフランスのテレビ局TF1のサイト上で紹介されたところ、様々なコメントが寄せられた。その中で多かったのは、グリーンバードの活動に敬意を表するものの、パリに住む人たちは、清掃は行政が中心に行うサービスなので掃除のボランティアはあまり意味がないと思っているというものだった。つまり、フランス人の多くは街の清掃はある一部の人たちに割り当てられる仕事だと考えている。ボランティアで清掃をするとその人たちの仕事が奪われてしまうと考えさえする。政府が失業率を下げるために清掃の仕事を一時的に増やすという話も耳にする。そういう意味でフランスでは街の掃除は政治の問題なのだ。しかし、そういう分業は階級社会的な発想が根底にある。みんなが清掃のボランティアにいそしめる社会の方がいいに決まっている。

トイレ掃除と日本人の「平等」意識を結びつける考えは正しいのかもしれない。フィガロの記事の中には「トイレを掃除することで精神が磨かれるのです」という元中小企業の社長の発言が引用されていた。彼は自動車部品関連の会社の社長をしていたときも、社員と同じように自らの手でトイレ掃除をしていた(ただ社員にしてみればこれほど鬱陶しい社長もいないだろう)。一方、日本には新入社員に素手でトイレ掃除をさせる悪名高い会社があるようだが、それはある種人間の尊厳を剥ぎ取り、社畜にする意味があるのだろう。

それでは今どきの学生たちはトイレ掃除をどう思っているのだろうか。トイレ掃除の精神的な側面は重要だと、支持する意見が多かった。宝塚音楽学校のトイレ掃除の例を挙げる学生もいた。さらには「掃除ブーム」という動きも若い世代のあいだで起こっていて、「掃除力」という言葉も流通していたらしい。自分の部屋やトイレの掃除をすることにより、自分を磨こうというものだ。

ある学生(STさん)は「小学校の頃から、自分たちで使うものや場所は、自分たちが責任を持って掃除する、というように習ってきた私には、欧米では、生徒が学校の掃除をするというのは当たり前のことではない、ということに驚いた」と言い、去年の3月にリリースされた植村花菜の「トイレの神様」という歌を教えてくれた。小さい頃一緒に住んでいたおばあちゃんとの思い出を中心としたメッセージソングだが、多くの若者の涙腺を刺激しているようである。新入生のアンケートにも好きな曲としてこれを挙げていた学生が多かった。その中に次のようなフレーズがある。

トイレにはそれはそれは綺麗な女神様がいるんやで
だから毎日きれいにしたら女神様みたいにべっぴんさんになれるんやで

毎日一生懸命にトイレ掃除をすれば自分も綺麗になれる。掃除することは、自分を磨くことにつながる。この曲に対する若い世代の共感はこのような美意識が世代を超えて確実に受け継がれていることを意味するのだろうか。それとも日本がまだ貧しかった時代を知っているお婆ちゃんから、リーマンショック後の世界へ出て行く孫へという、バブルに浮かれ踊った世代を飛び越えた共感なのだろうか。団塊世代のバブリーなお婆ちゃんは絶対そんなこと言わないだろうし(笑)、フランス人がバブリーな時代にトイレ掃除が姿を消していたと勘違いするもの理由のあることなのかもしれない。






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2010年04月19日

小豆島−醤油作りとオリーブ畑

杉樽醤油作りを頑固に受け継ぐヤマヒサさんを訪ねて、生産者と消費者の産地交流の旅に行ってきました。

もともと小豆島はお醤油作りのメッカなのですが、中でもヤマヒサさんは職人芸ともいえる製法を受け継ぐだけでなく、全国に先駆けて有機原料を使用した醤油造りを始めた醤油蔵です。巨大な醤油樽がいくつも並ぶ蔵の光景は圧巻で、時間を掛けて熟成された諸味(もろみ・醤油の元になる)は、特製の布で包んだあと手作業で絞られます。さらに普通薬品を使って1日でやるところを2週間かけて澱をタンクの中で分離させます。

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■巨大な醤油樽。杉の酒樽を埋め込んであります。

いつも使っているお醤油がここまで手間がかかっているなんて想像もしていませんでした。どうりで美味しいわけです。実は『美味しんぼ』(101巻)にも紹介されています。それだけではありません。ヤマヒサさんはより良いものを作るための研究を欠かさないばかりではなく、積極的に良いものを広めるための努力もされています。醤油蔵の一角に無農薬の材料のみで仕込んだ樽の部屋を発見したのですが、それはヨーロッパやアメリカのオーガニック食品向けに輸出する醤油の諸味なのだそうです。

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■諸味を包み、濾す特製の布。醤油が染み出している。

小豆島はオリーブ栽培が盛んなことでも知られていますが、ヤマヒサさんはオーガニックのオリーヴ栽培・加工、オリーブ茶・オリーブ飴・オリーブ石鹸などの製品開発も手がけていらっしゃいます。ヤマヒサさんの所有されるオリーブ畑やオリーブ茶畑も見学させていただきました。青い空の下、そこだけ地中海を髣髴とさせる風景が広がります。

小豆島でオリーブの栽培が始まったのは、明治41年。千島列島で取れるアンチョビー用のオイルを調達するために、三重、鹿児島、香川の三県で、明治政府(当時の農商務省)がアメリカから輸入したオリーブの苗木を使って試作を行い、唯一小豆島だけが成功したそうです。とはいえ、ヨーロッパでは発生しない「オリーブアナアキゾウムシ」という害虫が発生して、見過ごすと木の内側から食い散らかされて枯れてしまいます。丹精こめてようやく実がつくまでに育て上げた木が枯れてしまわないよう、ヤマヒサさんは毎日見回って、見つけると農薬を使わず一匹一匹駆除しています。

醤油業界において、醤油の原料として重要な大豆のセリ負けが去年から深刻な問題になっているようです。最大のライバルは中国で、中国はもはや大豆の輸出国ではなく輸入国。しかも著しいGDPの伸びをバックに、日本が出せないような金額まで出してくるようです。セリ負けによる大豆の調達が困難になるわけです。ここにもグローバルな食料争奪戦が影を落としています。こんなことマスコミは全く伝えてはくれません。

この産地交流のツアーは私が加入している生協の企画だったのですが、「生協」と一口に言っても、扱っている商品が普通のスーパーの商品にラベルを張り替えただけ、という名ばかりの生協も実は多いのです。あの毒入りギョーザがJT(日本タバコ産業)の商品であり、大手の生協に卸されていたことは、マスコミの話題にはなりませんでした。

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「二十四の瞳映画村」も見学させていただきましたが、小豆島の美しい風景と温暖な気候に、思わず移住したくなりました。




noiseitte@ダマされない人生

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2010年04月18日

グラントリノ -アジアの少年に受け継がれる古き良きアメリカ-

グラン・トリノ [DVD]クリント・イーストウッド監督・主演の『グラン・トリノ』に関してはすでに bird dog さんが「グラントリノはいい車なのか」を書いてくれている。車種を通して話題を広げていく bird dog さんの博識ぶりには舌を巻くが、ちょっと別の視点でこの映画を見てみたい(ネタバレ注意!)。

イーストウッドが演じる主人公のウォルトは、実際にフォードで働いていた、典型的なフォーディズム(ford+ism)の時代の人間である。フォーディズムはオートメーション化された流れ作業に象徴されるが、一方で様々な工具を的確に使いこなす熟練工の技術に支えられていたのだろう。そこにはまだ仕事と技術に対する誇りが確実にあったのだ。しかし、彼の技術を生かせる場所はもうないし、それを受け継ぐ者もいない。

一方、ウォルトの息子はトヨタのセールスマンで、ポストフォーディズム post-fordism に典型的なサービス業に従事している。そしてトヨタと言えば、カンバン方式と呼ばれるリスク回避のための柔軟な生産体制で知られる。今回のトヨタのリコール騒動で暴露されたように、今や車は熟練した職人の手によって作られるのではない。製造業とはいえ実際には単なる組立て屋に過ぎない。ある程度完成したものを下請けから集めて仕上げをしているだけなのだ。だから細かい部品のことまで目が届かない。

ウォルトの息子たちは父親を時代錯誤の厄介者としか思っていない。父親の価値がわからないし、わかろうともしない。しかしウォルトの価値はハン族の少年、タオによって発見される。ガレージにそろった工具の使い方を教えることができたのは、全くルーツの違うアジア系移民の2世だった。2世は同化のキーになる。英語で教育を受け、英語が話せるので、異なったコミュニティーの橋渡し役になれるからだ。おしゃべりで人懐っこいタオの姉、スーの存在も重要だ。ウォルトは単に聞き分けのない頑固ジジイなわけではない。家を修理したり、庭の手入れをしたり、家のことは自分できちんとやる。それだけではなく、近所の放置された家の修理もする(タオにもそれをやらせている)。地域の建物が荒れると、治安が悪くなる。破れ窓の論理だ。ウォルトは彼なりのやり方で古いコミュニティーを守ろうとしているのだ。

グラントリノはウォルトが信じる「古き良きアメリカ」を体現しているわけだが、それは新しい今どきのアメリカとは結びつかずに、アジア的な純朴さとつながり、受け継がれたということなのだろう。タオにはちょうど父親がいなかった。ウォルトはタオの父親のような存在になるが、ウォルトはまたホスト国に同化するためのモデルでもある。ウォルトは昔ながらのコミュニティーの中にタオを招き入れ、民族ジョークや身嗜みなど、コミュニティーの中での口の利き方や立ち振る舞いを教え、仕事まで紹介してやる。自立して、不良の世界に堕ちないためにも。一方でウォルトは遠いアジアから来た、見たこともない衣装を着て、よくわからない慣習を持っている人々を、血のつながった自分の子供や孫たちよりも身近に感じる。うわべだけの関係ではなく、本音で語り合うことができることに驚く。アメリカで忘れられたコミュニティーの暖かさがアジア人のうちに再発見される。

各民族ごとにモザイク状に棲み分け、互いに憎しみあい、縄張り争いに終始するようになってからでは遅い。同化の可能性がほとんどなくなってしまう。ましてや縄張りの中の足の引っ張りあいには、勝手にやってくれって感じで警察も関心を示さない。

この映画は現在紛糾している外国人参政権との問題とも重なり合う。ネットを見ていると、「外国人参政権を与えると日本が反日勢力によってのっとられてしまう」ということらしい。今日のニュースで亀井金融大臣まで「外国人参政権付与が日本を滅ぼす」と言っていた。確かに今の中国や韓国との信頼関係のなさがそういう形で噴き上がるのもわからないではない。しかし少子化対策として外国人労働者を入れるという選択をするのならば、どうやって彼らとうまく共存できるのかという議論とからんでくる。

ネットでの外国人参政権の議論で、ブラジル系労働者が多い浜松市の元市長が、ちゃんと自覚を持ってゴミの分別に始まる市政に参加してもらうために参政権は必要だと持論を述べていた。人手が足りないときに働きに来てもらい、要らなくなったから帰ってくださいでは済まない。すでに魅力的な労働市場ではない日本はタカビーな態度はとれなくなるだろう。外国人参政権は日本に来てもらう移民の人々を迎える態度の問題なのだと。また逆に自分が外国に労働者や移民として出て行くことになったとき(これから経済規模が縮小していく日本では十分ありえることだ)、同じような排除の対象になるかもしれない。そういう想像力も欠けている気がする。

『グラントリノ』に照らし合わせれば、日本の伝統的な価値観を持った日本人が、日本的な規範を失った今の日本人に失望し、その代わりに外国からの移民が日本で生きる際の模範となり、同化を媒介する存在になるというモデルが考えられる。例えば、頑固で保守的な日本の爺さんがブラジルから来た少年と交流し、少年が爺さんから日本的な価値観を受け継ぐというストーリーに置き換えてみればいい。これだったらウヨクの人たちも納得してくれるだろうか。

ウォルトの死に様はキリストのようにかっこいい。でも彼がマシンガン撃たれて蜂の巣になる姿は日本の現実からは程遠い。ウォルトがそういうラディカルな行動ができるのも朝鮮戦争の従軍体験があるからで、そこで何人もの人間を殺しているからだ。こういう問題を解決するにはそこまで身体を張らなきゃだめなのかと、一方では絶望的になってしまうのも事実だ。


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4 争いの種をまいたものは?
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2010年04月15日

「政権交代の失敗」 le figaro fr.より

鳩山由紀夫と彼の率いる民主党は、長らく政権にあった自民党を打ち破ることに成功した。けれども半年たったいまとなっては、責任放棄と分裂が目立つばかりである。

新政権ハネムーン(註:新政権が発足してからしばらくの間、メディアなどが政府批判を控えること。日本ではだいたい100日間といわれています)は、民主党にとって長くは続かなかった。去年の9月、1955年以来政権の座にあった自民党を総選挙で打ち破った民主党は歴史を作りあげた。半年がたち、培われた期待は失望にかわった。7月の参院選は、民主党にとって政権を安定させるためにぜひとも勝たねばならないが、見通しは暗い。読売新聞の調査では、次回の選挙で民主党に投票するという有権者は25%にとどまった。

この新与党は、「利益誘導型(註:自民党のこれまでの政治スタンス)」の国家運営をしないと公約していた。そして、2つの改革がこれにもとづいて実行に移された。高校授業料無償化と子ども手当てである。しかし残念ながら、日本政治はすぐさま旧態依然としたその悪癖に出くわすことになった。政権与党の前例にならい、断絶を未然に防ぐための馬鹿げた争いによって政府は分裂してしまっている。

破局をもたらす女

経済面では、(国内)消費による景気刺激策を推奨していたが、次第にそれを諦め、輸出による経済成長の重要性を正式に認めるようになっている。5年前にもちあがった郵政民営化をふたたび取りあげるなど、後戻りさえしている。社会政策については、半年前のマニフェストでは意気揚々であったのにいまは尻すぼみしている。夫婦別姓の法案も可決されないだろう。外国人地方参政権についてもおなじである。一部で期待する向きもあった、すくなくとも4人の閣僚が廃止を求めている死刑制度についての議論も、結局うやむやになるだろう。外交においては、もう何ヶ月も在日米軍基地の移設問題ばかりが話題になっている。幸いなことに、民衆の興味をひくようなスキャンダルもある。中井内閣府特命担当大臣(防災担当)が議員宿舎にホステスを招きいれていたのである。

与党は経験不足のツケを払わされている。大臣で責任をまっとうしたのは2人だけである。しかしこうした迷走には責任者がいる。鳩山由紀夫総理大臣である。新しい論争のたびにカメラの前で怯え、内閣において決断ができないという無能さを露呈している。「人々は総理の人柄にたいへん好意的です。残念なのは、行政の長が朝は右寄りになり、午後になると左に寄り、夜になるとまた右寄りになることです。みんなはもう彼を信用していません」と、ヴェテラン議員である渡部恒三氏はいう。

過去20年間に13人が総理を務めた日本は、政権交代でもってある一定の安定性を取りもどせると考えていた。そして実際はその逆であった。政界はよりいっそう解体されつつある。何人かの自民党の古参のリーダーたちは党を出て新党を結成した。その党名は知性のなさを際立たせている。「みんなの党」「たちあがれ日本」などである。与党の内部ではすでに、ポスト鳩山の動きも出ている。「近い友人に語ったところによると、史上最悪の逃げ回ってばかりの悪宰相という記憶を残さないために、鳩山氏は1年で難局を乗り切りたいとのことだ」と歳川隆雄氏が語る。こうした混乱がどのようなものになるか、だれも予想できない。


Parti démocrate japonais : l'échec de l'alternance
Par Régis Arnaud
14/04/2010
Le Figaro fr.


(訳者付記:
なお、先日ある本で、こんな記述に出くわしました…。
「友愛精神を売物の鳩山さんも、このジレンマに立たされたのでは苦しかったろう。然し一国の総理としてモスクワに出掛ける前に、この問題についての所信を国民は聞きたかったろうと思う。こういう種類の所信の表明は、ほんとの勇気と決断がいるということを承知の上の期待は当て外れか。今からでもおそくはない。引退前にでも云ってもらいたいものだ。これこそほんとの立派な引退の花道になるのだが」(p207)

プリンシプルのない日本 (新潮文庫)「モスクワ」云々を抜きにすれば、現総理の鳩山由紀夫さんへの批判記事かと見紛うばかりですが、実際にこの文章が書かれたのは1956年のこと(文章中の「鳩山さん」とは現総理の祖父にあたる鳩山一朗さんのことです)。本のタイトルは『プリンシプルのない日本』、作者は「戦後の日本を陰で支えた男」というキャッチフレーズで有名な白洲次郎さんです。

この描写に出くわしたとき、ぼくは「なんだかねぇ」と苦笑いしましたが、まぁ決断が苦手、論争では結論の曖昧さを好む日本人気質の悪い部分は、脈々と受け継がれるものなんでしょうかねぇ…。

なお、当書の説明文に「他力本願の乞食根性を捨てよ」「イエス・マンを反省せよ」「八方美人が多すぎる」など、日本人の本質をズバリと突く痛快な叱責は、現代人の耳をも心地良く打つ」とありますが、実際とてもおもしろい本でした。ついでながら『プリンシプルのない日本』をご推薦させていただいておきます…)




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2010年04月14日

FBNナビ(2):レポートのための人気記事リンク集

★言葉を学ぶとはどういうことか
□「フランス語を話せれば」(bird dog)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/27923622.html
□ 「アウェイで戦うために」(cyberbloom)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/19644800.html
□ 「メトロの中の日本語」(bird dog)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/23335530.html
□ 「パリのカフェ的コミュニケーション」(cyberbloom)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/29258434.html

★ フランスは今どんな感じ?
□「フランスの日本ブーム」(フランスのニュースの特集)
http://www.youtube.com/watch?v=vbjBYQXjBZE
□「フランスの漫画ブーム2008」(日本のニュースの特集)
http://www.youtube.com/watch?v=-wvS5gUiNzY
□ 「フランスのオタク文化-子供の発見」(cyberbloom)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/20389300.html
□ 「コカコーラ・レッスン」(bird dog)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/23405871.html
□ 「自転車でパリは美しくなる」(cyberbloom)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/46632579.html
□ 「フランス文化の死」(cyberbloom)
http://frenchbloom.seesaa.net/article/73039018.html
□ 「お笑い日本の実態」または「どうせ分からないフランス語」(bird dog)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/130230741.html

★2009 年度人気エントリー
□「パトリシア・プチボンがまたやってきた!」(manchot aubergine)
http://frenchbloom.seesaa.net/article/131887201.html
□ 「ヒップホップと手を組むルイ・ヴィトン」(goyaakod)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/101533978.html
□ 「フランス語版『神の雫』Les Gouttes De Dieu」(cyberbloom)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/113050474.html
□ 「フランスで弁当ブーム!」(cyberbloom)
http://frenchbloom.seesaa.net/article/140066758.html
□ 「カナダ、ケベック州のウィンターカーニバル」(sophie)
http://frenchbloom.seesaa.net/article/141536603.html
□ 「カンヌ映画祭受賞結果」(exquise)
http://frenchbloom.seesaa.net/article/120237399.html
□ 「エリック・ロメールを偲んで」(不知火検校)
http://frenchbloom.seesaa.net/article/139127142.html
□ 「WiiにOui - フランス老人ホームのレクリエーション」(キャベ男)
http://frenchbloom.seesaa.net/article/110983393.html
□ 「年末企画:2009年のベストCD」
http://frenchbloom.seesaa.net/article/136399312.html
□ 「フランス語の野球用語 - Je suis 'troisieme-but' ?」(superligt)
http://frenchbloom.seesaa.net/article/63304121.html
□ 「フランスの雑誌がレポートする日本の「草食系男子」の実態」(superlight)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/128385171.html

★まだまだ人気エントリー
□「エミール・アンリ+アピルコ+デュラレックス」(フランスの定番雑貨)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/50693854.html
□「ル・クルーゼ」(フランスの定番キッチンウエア)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/43584870.html
□「そば粉のガレット」(下宿でも作れるフランス風お好み焼き)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/107816471.html
□「TGV」(フランスの新幹線、BGMはケミカル・ブラザース)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/106352676.html
□「ミシュランVS食べログ」(ミシュランなんて時代遅れ?)
http://frenchbloom.seesaa.net/article/115107840.html
□「隣人祭り」(崩壊した共同体を甦らせる)
http://frenchbloom.seesaa.net/article/114023793.html
□「フランスの出生率2.02に上昇!」(背景には政府の徹底的な子育て支援)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/112659554.html
□「フレンチ・ブーム年表―1990年代」(新入生のみんなが生まれた頃の話)
http://frenchbloom.seesaa.net/article/106072752.html
□「Gacktがフランス語を話す」(シュールな庭と人魚の篠原涼子)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/16464432.html
□「宮崎駿インタビュー」(「千と千尋」の隠された意味とは)
http://frenchbloom.seesaa.net/article/104830141.html
□「ゴロワーズを吸ったことがあるかい?」(かつてフランスは憧れだった)
http://frenchmusic.seesaa.net/article/145835427.html
□「新しいゴシック」(ゴシック建築からゴスロリまで)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/53574489.html
□「エルメス」(意外に深い日本との関係)
http://frenchbloom.seesaa.net/article/110253929.html
□「Eye'DC」(マルセイユ発のアイウェア)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/44564324.html
□「マルタン・ラプノー」(「シャンソン」でも「フレンチ」でもない「グッドミュージック」)
http://frenchmusic.seesaa.net/article/145662712.html
□「マレーバ・ギャランテール」(元ミス・フランスが60年代のイエイエに挑戦)
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□「ミッシェル・ポルナレフ」(ウォーター・ボーイズを思い出す)
http://frenchmusic.seesaa.net/article/143011491.html
□「MC Solaar」(フランスで最も有名なラッパー)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/31596592.html
□「パリ、ジュテーム」(パリを舞台にしたオムニバス映画)
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□「パリ、ジュテーム、私も見ました」(5分の短いラブストーリー×18)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/93743449.html
□「ぼくの伯父さんの休暇」(映画の中の夏休み)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/103484178.html
□「スパニッシュ・アパートメント」(絶対留学したくなる!)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/17915403.html
□「ぼくの好きな先生」(フランス語初習者は共感)
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□「WASABI」(ジャン・レノ&広末涼子)
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□「デトロイト・メタル・シティー」(フレンチな渋谷系青年の悲劇)
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□「アニメ版『巌窟王』」(原作はデュマ、映像は豪華絢爛)
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□「のだめカンタービレ」(10巻から舞台はパリへ)
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□「フランスのオタク文化」(80年代から始まったフランスの日本化)
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□「ルパン3世」(ルーツはフランスよりもむしろイタリア)
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□「松井大輔へのインタビュー」(松井のオススメはモンサンミッシェル)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/115842104.html
□「ムッシュになった男」(吉田元阪神タイガース監督のフランス奮闘記)
http://frenchbloom.seesaa.net/article/115533458.html





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2010年04月11日

春の音楽(3) CAMEL - AIR BORN

ちょっと間が開いてしまったが、春のイメージに重ね合わせて70年代半ばの名盤を紹介する「春の音楽」3回目。

Moonmadness月といえば、中秋の名月といわれるように秋を思い出すことが多いが、春の月もなかなか味わい深い。春の月は黄砂の影響でほのかに霞んで見えることがある。その情景は朧月夜と呼ばれる。西洋では月が人間を狂気に引き込むと考えられ、英語で "lunatic" とは気が狂っていることを表す。見てわかるようにラテン語の "luna" (フランス語は "lune" )が語源である。狂気といっても、冷たく冴え渡った感じの秋の月とは違って、春の月は柔らかな光で脳みそを溶かすような感じだ。

「月」というと、どんなアルバムや曲を思い出すだろうか。アルバムで真っ先に挙げられるのはピンク・フロイド Pink Floyd の『狂気 The dark side of the moon 』(1973)であろう。先月、ピンク・フロイドが、オンラインでアルバムの曲を個別に販売するなとEMIを訴えていた裁判で勝訴したというニュースが世界を駆け巡った。裁判所は契約に「アルバムの芸術性を保護する」条項が含まれていると認め、EMIはバンドの承諾なしに彼らのトラックを個別に販売できないと言い渡した。アルバムは全体を聴いてこそ意味があり、曲をバラバラに売ることは芸術性を損なうというわけだ。『狂気』はこれまで世界で4000万枚(未だにBillboard 200にチャートインしているらしい)を売ったロックの代表的なコンセプトアルバムだが、原義は「月の裏側」。このアルバムには10曲入っているが切れ目がなく曲が続き、私たちを無意識の底に引きずり込む。

現代音楽の分野では、ドビュッシー Debussy の「月の光 Claire de Lune」 が月の光のピアノの硬質な響きに変え、シェーンベルグ Schönberg の「月に憑かれたピエロ Pierrot Lunaire 」が無調の殺伐とした風景を映し出す。ロックの世界ではキング・クリムゾン King Criomson の「ムーンチャイルド Moonchild 」やジェネシス Genesis の「月影の騎士 Dancing with the moonlit knight 」あたりだろうか。前者では専属詩人のピート・シンフィールドの幻想的な詩をグレッグ・レイクが夢見るように歌い上げ、そのあとに ’illusion’ というサブタイトルの長いインプロヴィゼーションが続く。後者は騎士の姿に扮して歌うピーター・ガブリエルの姿が印象的だ。

King Crimson - Moonchild
Genesis - Dancing with the moonlit knight
Camel - Air Born

またプログレの5大バンドに次ぐ位置にある Camel というバンドが1976年に『ムーンマッドネス moonmadness 』というタイトルのアルバムを発表している。「月と狂気」が結びついたそのままのタイトルである。メルヘンチックなジャケットが印象的で、煌々と降り注ぐ月の光に少女のシルエットが溶け出しそうになっている(画像↑)。音のほうもジャケットのイメージそのもので、狂気の激しさ、荒々しさはなく、フルートや暖色系のキーボードによる独特の浮遊感に彩られている。初期のキャメルはアンディ・ラティマーの甘美なギターとピーター・バーデンスの軽快なキーボードを軸に(個人的にはダグ・ファーガソンのベースラインが好きだった)、美しいメロディを緊張感のあるテクニカルな演奏で聴かせていた。『ムーンマッドネス』の名曲といえば、月夜に舞い上がり、空中を漂うような ’Air Born’ だろうか。’lunar sea’(月の海)という凍てついた海を思わせる幻想的なインストゥルメンタルも印象的だ。
(了)




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2010年04月09日

就活化する世界(3) グーグリネス Googliness

とりわけポスト近代型能力が要求されるのは情報化、消費化された分野であるが、変化と進化の著しいコンピュータ&ネット産業がその典型であろう。しかし今やどの業種も情報化とサービス業化の波を避けられない状況にある。製造業もフォーディズムの全盛期のように、あらかじめ画一的な製品の大量生産を続けることはもはやできない。気まぐれで多様な趣向性を持つ消費者を相手にしながら、彼らの要求を生産にフィードバックさせなければならない。

ウェブ時代5つの定理 (文春文庫)ポスト近代型能力の要請は明らかにアメリカから来ていて、それがひとつのグローバルスタンダードになりつつある。その先端を行く企業の人材の集め方、働き方、仕事の評価を見れば、その具体像を知ることができるだろう。そう言われて私たちが真っ先に思い出すのは、グーグルの社員レストランやレジャーコーナーである。彼らは美味しいものを食べながら、遊びながら仕事をするのである。

「現代の労働者は自分を事業主としてセルフ・プロデュースしながら、市場で競争し、常に自分の生産力を高めていかなければならない」と1回目で書いたが、つまりは普通の労働者であっても、アントレプレナーシップが要求されるということだ。アントレプレナーシップは起業家精神と訳されるが、それは「企業や会社経営に関わるメンタリティとは限らない」一般的な態度だと梅田望夫氏が的確に指摘している。さらに梅田氏の言葉を引用すると(『ウェブ時代5つの定理』)、

アントレプレナーシップとは社会をタフにポジティブに生き抜いていくための総合的な資質なのです。優れたアントレプレナーに共通する特徴は、人生のある時期に、たいへんな集中力と気迫で、新しい知識を確実に習得している、ということです。貪欲なまでに強い意志を持って、自ら道を切り開いていく。好奇心旺盛なアントレプレナーたちは、不確実な未来にいかようにも対応できるよう、徹底して「学び続ける」意志を持っているのです。(梅田)

最も重要なことは最後の一節に書かれている。不確実な未来に対応すること、学び続けることである。これはシリコンパレーの起業家たちについて書いていることだが、グーグルの企業文化についての次のような引用もある。

Google's emphasis on innnovation and commitment to cost containment means each employee is a hands-on contributor. There’s a little in the way of coporate hierarchy and everyone wears sereral hats.

グーグルではみんなが複数の帽子をかぶっている。つまり一人の人間が複数の仕事をこなすのだ。グーグルには数人単位のチームで、アイデア捻出、サービス創造から保守まで自分の手を汚して泥臭い仕事をやるという文化がある。普通、会社の規模が拡大していくと組織が階層構造化し、どんどん自分の仕事に線引きをし、蛸壺化していく。しかしネットサービスの時代になると、「みんながいくつもの帽子をかぶって取り組むことがイノベーションにもコスト削減にも貢献する」。グーグルは売上2兆円近い大企業にもかかわらず「間接部門は極端に少なくし、一人当たりの生産性が高い状態で疾走している状態」なのだという。

「権威を嫌い、階層を嫌い、合意と納得の上で仕事をする」のがグーグルのやり方だとすれば、「権威を傘に着て威張るのが大好き、上下関係最優先、一方的に命令され、納得できずにストレスを溜める。そのため生産性が著しく低い」のが日本の組織だろうか。もちろん、シリコンバレーには、権威と上下関係の元凶である年功序列と終身雇用を前提とする人事部一括採用のシステムは存在しない。必要とする人材は仕事ベースで募集し、その仕事に最適化したチームを作る。人材はその仕事のリーダーが選ぶというのが基本だ。人事部主導で「新卒」を一括採用し、本人の意思と関係なく勝手に配属先をふりわける日本企業のシステムは完全にその対極にあるわけだ。「日本の理系の大学では教授のところにメーカーから卒業生をくださいとお願いが来る。各社にまんべんなく人材を送るために、くじ引きやジャンケンで就職先を決める。どこへ行っても日本株式会社の一部門という感じ」と梅田氏はその実態を証言している。

梅田氏の尻馬に乗ってシリコンバレーを理想化しようなどというつもりは全くない。とはいえ、経団連も「主体的に行動し、自己責任の観念に富んだ、創造力あふれる人材」を採用の基準にすることを、文科省も「人間としての実践的な力」であり、「自分で課題を見つけ、自ら考え、自ら問題を解決していく資質や能力」と定義される「生きる力」を育成することをすでに宣言しているのだ。またそういうディスクールが世間にも蔓延していることも確かである。しかしそういうものが日本のどこに実現されているのだろうか。

経団連のお偉いさんたち自身は近代型能力によって生きてきた世代で、そんな能力を要求されたことなどないはずだ。たとえ日本の若者たちがポスト近代化能力を首尾よく備えたとしても、そういう古い頭の人たちが彼らを使いこなすことができるのだろうか。そして正しく評価できるのだろうか。まさにそのせいで若者たちは会社を辞めるのだと、城繁幸なんかがしばしば指摘していることである。




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2010年04月08日

黒カナリアのぶらりベトナム一人旅―プチパリを探して??(3) 一体どっちが正しいのよー裸? 水着着用??

買い物にグルメに観光にとあっという間のベトナム滞在だったのだが、最後は絶対スパに行くんだもんねーと決めていた。大体日本に帰る便は夜中発。ホテルは延長しなきゃ12時には追い出される。それなら一泊分の半額払って延長するのと、出てしまってからスパで最長五時間プランでも大して額は変わらない。荷物も貴重品もホテルで預かってくれることだし。じゃあスパの方がいいじゃない。

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というわけでスパを予約していたのだが、戦争証跡博物館の昼休みを計算に入れるのを忘れて、ランチを食べた店で電話を借りて予約変更をするなどちょっとしたごたごたはあったものの、無事間に合った。

ところで戦争証跡博物館はみなさん行きましょう。直視できないような写真もたくさんあるがあれは行くべきだと思う。日本人ジャーナリストたちも取材中命を落としているだけに日本コーナーもありますし(写真@)。

で、スパなのだがのっけから謎なことが。裸or水着?

わたしも水着はいるのかどうか悩んだ。通常海外の場合、ジャグジーも、スペインのハマムも男女混浴なので、要水着。が、ここは女性限定だし、案内係のお姉ちゃんはにっこりしながら下着も脱いでねーというのだ。あら、そうーとバスローブだけ羽織ったものの、確かにジャグジーには当然のように素裸で入るベトナム人女性が一人。あ、じゃあ裸でいいのかーとわたしもスチームバスにサウナを経て一人ジャグジーを楽しんでいたのだが、白人女性が現れてなんだか困った様子でうろうろしている。バスローブを脱いだ下は赤いビキニ。そのままジャグジーに入ってこられた。

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うううーん。どうなんでしょうねえ。日本でこれをやられたらかなり嫌な感じかも。温泉の中に手ぬぐいはつけないよね。サウナで水着なんて着てたら追い出されるよね。しかしここはベトナム。一体どっちのルールが適応されるんだ。わからん。でも先ほどのベトナム女性は裸だったし。ええい、わたしの方が正しいということで堂々と裸で入っておくことにした。

ジャグジーの後は肩こりがひどくて普通のオイルマッサージでは効きそうにないので、ベトナムなのにタイマッサージの名手Qさんの手で揉みほぐされ、夢のような五時間は過ぎ、かくして帰路に就いたのだった。いや、楽しかった(写真A)。

まあ店やタクシーでぼられるという話はよく聞きますが、別段イヤな目には遭わなかった。みんな道を聞くときちんと教えてくれ、中にはわざわざ外まで出てきて見送ってくれる親切な人も。基本的に女性の方がちゃんとしてる感はあったけど。道端で寝てるおじさんを多数目撃。まあ暑いからね。

唯一「まあなにこのアジアの小娘。なんでこんなところに泊ってるの」とホテルのエレベーターで白人のバアさんにじろじろ見られたのにむかついたくらい。まあこちらも、「若く見えてもこちとらマダムなんだよ。口ひげ生やしてたるたるの体でノースリとか着てんじゃないよ、はた迷惑やっつーの」と負けないくらい見返しておいたからいいんだけど。

そのばあさまとは逆に、日本の女の子たちが超ミニのワンピや短パンにハイヒール姿で五つ星で記念撮影にいそしんでいたが、こちらは夜の商売の人にしか見えないのが残念でした。変に生白い日本人が妙な肌の見せ方をすると自分で思っている以上になんかイヤラしいんだよね。なんだろうー全身に漂う日本人特有の湿り気のせいか??

ほぼ日本人に遭遇しない普段の旅と違って、今回は初海外や二回目あたりの初々しい学生さんたちにもよく遭遇した。みなさん礼儀正しく好感のもてる若者でした。きっとベトナムって距離的に行きやすいし、時差も二時間と初海外にはもってこいなのかも。なかなか外に出たがらない現代っ子の中では、たとえ送迎付きにガイド付きのオプショナルツアーに参加しても外に出てみようという意やよし。できればそんなツアーに参加せずにたとえば男三人とかなら少しくらい無茶してほしいところですが・・・ま、そんなの余計なお世話よね。





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2010年04月07日

「無重力状態」――EN APESANTEUR(2002) / Calogero ヴァリエテ・フランセーズ散歩(4)

Calogero 90年代に三人組のバンド、レ・チャーツLes Chartsを率いて活動していたカロジェロCalogero(本名Calogero Maurici、1971年生、グルノーブル近郊の出身)は、1998年のバンド解散後、ソロ活動を開始。セカンドアルバム(CALOGERO,2002)とサードアルバム(calog3ro,2004)のビッグヒットがきっかけとなり、ロック系ヴァリエテ歌手として不動の地位を築く。


 EN APESANTEUR([アナプザントゥール]。「無重力状態」の意)は、セカンドアルバムからシングルカットされてヒットした曲。メロディも声もサウンドもいいが、むしろ特筆したいのはヴィデオクリップのバカバカしいおもしろさ。閉じかけたエレベーターの扉から滑り込む怪しげな目つきの男。先客は妙齢の女性ひとり(女優メラニ・ドゥテーMélanie Doutey)。彼女に一目惚れした男の妄想は限りなく暴走し...という、ほんとうにどうでもいい内容の歌詞、映像だが、カロジェロのマヌケな表情がなかなかいいし、エレベーター内のあちらこちらの装飾もよく見ると???という感じで、全体的にいかがわしさにあふれた怪作クリップとなっている。何度見ても吹き出してしまう。このオバカクリップでの迷演技が功を奏したのかどうかはわからないが、セカンドアルバムは超ロングセラーを記録、彼は大スターへの道を歩んでいく。


calogero1.jpg だが、セカンドアルバム以降の彼の音楽を、私はじつはあまり評価していない。個々の曲の出来の問題ももちろんあるのだが、どのアルバムも全体を通して聴くと、似たようなマイナー調で重厚なタイプの曲ばかりがならび、どうも単調で重苦しい感じがして退屈してしまうのだ。彼の作品のなかでは、むしろあまり売れなかったファーストアルバムAU MILIEU DES AUTRES (1999)が一番好きである。人気・実力の両面で当時ひとつのピークを迎えていたパスカル・オビスポPascal Obispoをプロデューサーに迎えて制作されたこのアルバムは、幅広い曲調の名曲の数々――DE CENDRES ET DE TERRE, UN MONDE EN EQUILIBRE, LE SECRETなど――、ストリングスをはじめとするアレンジの切れのよい美しさ、カロジェロのヴォーカリストとしての卓越した力量が相乗効果を上げ、ヴァラエティに富んだスケールの大きい傑作になっていると思う。どうしてこの路線を続けなかったのかな。まあ結果的には売れたわけだから、セカンド以降の短調&重厚路線の強化策は間違っていなかったということだろうが。


Hannibal レ・チャーツ時代にも名曲は数多くある。HANNIBAL(1994)というアルバムに入っているTOUT EST POUR TOIとかLES MOUSTIQUESなんかを一度聴いてもらいたい。彼のメロディメーカーとしてのずば抜けた――そして残念ながら最近はちょっと影を潜めている――才能がわかるはずだ。



MANCHOT AUBERGINE



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2010年04月06日

黒カナリアのぶらりベトナム一人旅―プチパリを探して??(2) グルメ天国

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他にプチパリらしいところといえば、観光客は必ず写真を撮る聖マリア大聖堂(写真@)。おフランスからレンガを運ばせて建てたそうですが、まあ、普通に教会ですね。でも郵便局(写真A)の方が可愛くて好き。だってピンクですよ、郵便局が。このように街に並ぶ建物がカラフルで楽しい。南国の日差しにはよくマッチしている。ただ街全体が現在工事中みたいな感じであちこちほっくり返しているのが現状。まさに発展真っただ中の街なのだ。

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ついでプチパリらしいところ、これはやはり食でしょうねえ。まったく何を食べても美味しいこと!

もっと若くて無茶ならば道端のオバちゃんのやっている屋台フードにトライしたかったのだがなにせ寝付いたとて誰も面倒見てくれる人のない一人旅。食あたりで医者を呼んでもらうのもいい大人としてはかなりみっともない。そこはぐっとこらえて一応屋根&空調付きのお店限定で食べ歩き。

これがおいしーい!!のだ。

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もともとベトナム料理は好きだが、本当になんでも美味しい。ことにわたしのお気に入りはソフトシェルクラブのフライ(写真B)。殻ごとパリパリ食べられる。ガーリックとネギなどが絡み合ったソースがまたうまい!!

揚げものでも中華ほどしつこくなく胃にもたれない。ビールに氷を入れてくるのにはちょっと閉口するが、自分で薬味や野菜を調節できるフォーも日本人の口にはよく合います。

ご飯がそんなに恋しい人ではない私などは三度も米飯が続くと胃もたれしてくる。しかしここベトナムではがっつり米の飯を食べる人が多くてどーんとボウルに山盛り御飯にぶすりとしゃもじ代わりのスプーンを突き立てて持ってくる。

もしもしー、仏さんじゃないですよー。

三日も過ぎるとこれに飽きてパスタを食べたくなった。そこで出かけたカフェがポイント高かった。

ベトナムのサイトでも、カフェならここと人気だったHideaway café。確かに隠れ家的でちょっと奥まったところにあり、タクシーのおっちゃんはわからなかったのか(英語が読めない人が多い)適当に近くで下ろされてしまい、ちょっと歩く羽目になったのだが、それでも満足なくらいお素敵でした。

ボーイは小柄だけどジャニーズ系のイケメン揃いで英語も上手。こちらの気配を読んですっと必要時に現れるさり気なさはとっても優秀。

なんか空調が変にそこだけ暑かったけどトイレも清潔だ。

ここで食べたベジタリアン向けのパスタが思わず目を見開くくらい美味しかった。

シイタケに似たくせのないキノコがメインの具材なのだが味付けがイタリアンとアジアの見事な融合。普通イタリアンに生姜は使わないが、その生姜ともう一つ酸味の効いたハーブが使われていてそれが物凄くオリーブオイルとニョクマム(漁醤)とマッチしている。パスタのゆで具合も絶妙で思わず「お宅のシェフはイタリア人?それともイタリアで学んだベトナム人?」と聞きたくなるくらいの美味しさ。

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小さなテラス席で優雅に読書にいそしむ白人のマダムと、店内にはお金持ちらしきベトナム人の若者たちがまったりと流れていく時間を楽しんでおりました(写真C)。

いやあ素晴らしかった。オススメです。





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2010年04月05日

黒カナリアのぶらりベトナム一人旅―プチパリを探して??(1) サイゴン風物詩

なんか最近一人旅が板につきすぎて二度とラブラブ二人旅とかできないんじゃないのという若干悲しい予感を抱きつつ、いまだ寒さ厳しい日本を後にして向かった先はベトナムーホーチミンシティ。しかし誰ひとりその名前で呼ぶ人もなく、スーツケースにつけられたタグでさえも昔のままのSGN(サイゴン)なのだった。なんだろう。これも長年の内戦の賜物かも。あくまでもここはアメリカの傀儡政権のあった南部戦線側の首都だったわけだし。そう思うと人々が新しい名を拒否している気さえしてくる。

やる気のなさそうな入国審査を通りぬけ、いきなり出たとこでchange moneyと叫ぶ声。すでに国内でドルに換金してきたのでタクシー代や食事代に備えて1万円だけ換えてみる。現在100円=21122ドンということで一気に財布が分厚くなる。しかしなんでこうもゼロが多いかね。だって2112200ドンですよ。ミリオンですよ。なんか逆上しそうなゼロの多さである。わたしゃ鳩山首相か!!

今回はホテルとエア&空港までの送迎付きというご気楽旅。ホテルも王道のサイゴンの銀座?ドンコイ通りに面した五つ星。

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ベトナムでプチパリを探してきてねー(確かにかつてのフランス領だけどさ)ーなどとcyberbloomさんに言われたものの、そうねえ。排ガスを浴びながら嬉しげにコーヒーなぞ飲んでいる暇人(わたしを含む)があふれたカフェ(写真@)などはまさにプチパリって感じかしら。パリのカフェだって値段の高いテラス席は一昔前までは乾燥した犬のフンを被ってるようなものと言われたくらいだし。でもさすがにテラス席で飲んでいるのは観光客ばかり。お金持ちのベトナム人たちは空調の効いた室内でお茶してました。

その排ガスというのが現在のベトナムを語る上でどうしても外せない側面のように思われる。ほとんどが道路に、否、時折歩道にまで進出する切れ目のないバイクの群れから吐き出された排気ガスなのだ。誰しも中国の自転車部隊を見たことおありでしょう。あれをすべてバイクに置き換えてください。しかも誰ひとり交通ルールを守らないーと。信号もほとんどないとーはい、現在のベトナムの出来上がり(写真A)。

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この無法地帯の道を横断するのに慣れるのにしばらくかかったが、おそらく大抵の関西人は大丈夫かも。要は渡れるか渡れないか自分で判断しなさいよーと「わたし渡ってんねんから」と目と全身で威嚇しなさいよーってことらしい。

最初にバイクにまたがったベトナム女性を見たときは「あんたら集団銀行強盗か!!」と度肝を抜かれた。

サングラスにヘルメット、鼻と口をすっぽり覆う布のマスク。そこはベトナムのお洒落ギャルたちはそのマスクもかわいらしくアップリケ付きとか花柄とか乙女心も忘れない。しかしなんでまたそこまでの重装備??

聞いてみると排ガスときつい日差しで顔が黒くなるのを避けているとのこと。色白がベトナム美人の条件らしく日焼けはご法度らしい。

確かに湿度は思ったより低く木陰に入ると意外に涼しい乾季のサイゴンではありますが日差しはうっかり日焼け止めなし、ノースリなどで歩いたものならたちまち真っ黒になりそうな強さではある。とはいえ相変わらず白人たちはまさにそんな格好で出歩いてたけど…

このベトナムの女の子たちがマスクとサングラスを外した姿はまあかなりのハイレベル!!小柄かつメリハリボディに情熱的な顔立ち。茶髪の横行する日本と違い、サラサラの長い黒髪。お好きな方にはたまらない感じです。なんか私も今回悲しいかなほとんどイケメンに出会う機会に恵まれずー途中から「オヤジ目線」を導入してみたところ(なんで?)大変幸せ地帯でした。行きあう子行きあう子がみんな可愛い!!

日本にいてもややデカめなわたしなんぞは大抵のベトナム人男性を優に上回り、女の子に至ってはかなり首を曲げて見下ろす感じでなんか女ガリバーになった気すらしてきた。平均身長は150センチないのではないか?

しかしこの小柄な体で彼らには巨人に見えたはずのアメリカ兵と、大量化学兵器を敵に回してベトナム戦争を戦い抜いた強靭さは恐るべし。小柄なのを逆手にとって長い長いトンネルを掘って身を潜め、ゲリラ攻撃を仕掛けーとまあ何ともタフでクレバーな戦術である。アメリカ人にあのトンネルに入れと言ったとこで窮屈さと圧迫感に10分ともたないでしょう。第一お腹がつかえて入れない人続出かも。




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2010年04月03日

ずっとあなたを愛してる Il y a longtemps que je t'aime

本来一刻も早く全国の飲食店が全面禁煙になるのを待ち望んでいる身なのだが、カフェでタバコをくゆらすクリスティン・スコット=トーマスを見ると、うわ、カッコいいーと思ってしまうのも事実だ。煙が出ないタバコをJTが開発したらしいけど、それでは紫煙をくゆらせるーという表現は使えない。人生に疲れた大人の女の格好良さはやはりタバコの吸い方一つにも現れるものだ。

longtemps-aime02.jpgイギリス人女優クリスティン・スコット=トーマスが全編フランス語で通すのだが、やや英語っぽいフランス語が聞き取りやすい。フランス語専攻のみなさんにはどう聞こえるのかわからないが。
 
あまり日本人には受けない骨美人と思っていたが、のっけからしわの目立つ疲れたすっぴんにたるんだ腹回り。サイズの合わない服。イングリッシュ・ペイシェントから過ぎた年月の重さをリアルに感じさせる気合の入った演技だ。

重い罪を犯して釈放されたばかり、人待ち顔で空港に座る彼女ジュリエットをやや若い女性―妹レアが迎えに現れる。二人の間に漂う緊張感。
 
話の展開は単純だ。無表情で人を寄せ付けないジュリエットがレアの家族―夫と夫の父(口がきけないというがミソ)、二人のベトナム人の養女たち―やその友人達と過ごすうちに次第に人間らしさを取り戻し、かつては医師だった彼女がなぜ息子を殺すという大罪を犯したのかーが最後にわかるようになっている。
 
しかし別に彼女の罪云々はどうでもよい。ジュリエットが再生していく過程が丁寧に、繊細に描かれている上質な映画造りと演技とを堪能すればいいのだ。

カフェで声をかけてきた知らない男と寝てーしかも「全然ダメ」なんて相手に言ってしまったり、妹の養女に本を読み聞かせてやったり、次第に女の部分と母親の部分―彼女が長年凍りつかせてきたものが溶け始める。

化粧をし、似合う色合いの服を身につけ、自分を長年待っていてくれた人に重い秘密を打ち明けた時、一人暮らしを始める彼女のアパートに差し込む光が印象的だ。

別に映画に3Dなんていらないよね。いい脚本と演出と確かな演技があればいい。そう思わせる静かな佳作。
 

□公式サイト http://www.zutto-movie.jp/




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posted by cyberbloom at 21:57| パリ ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | こんな映画あんな映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月02日

La ville est plus belle à vélo! 富山でヴェリブ発見!

これはパリの写真ではない。ここは富山なのだ。

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2007年7月15日、パリの交通渋滞と大気汚染の解決策のひとつとしてレンタル自転車システム、ヴェリブ Velib (vélo+libre)が導入された。鉄道やメトロの駅の近くなど、あちこちに自転車を据え付けたレンタル機があり、パスを使って自転車を取り外し、使ったあとは再び戻す。もちろん、どの場所に戻してもいい。1年間有効のパスを買えば、1回の使用が30分以内なら無料で何度でも使える。1回の使用が30分を超える場合は、追加料金が必要になる。最初の30分の延長は1ユーロ、次の30分は2ユーロ、以降の延長は4ユーロづつ加算される。パリ市はこのシステムは観光にも使えると考えた。確かにパリは自転車で動くのに最適な規模と言えるだろう。

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ところで、富山のユーロトラム、セントラムに乗ろうとしたら、停留所のそばにどこかで見たような自転車の列を発見。これはパリのヴェリブではないか!ちょうど自転車に乗ろうとしていた若者がいたので、ちょっと訊いてみた。若者はひもを通したパスを首にかけていて、「これを買って乗るんですよ、最初の30分はタダです」と教えてくれた。最初の30分がタダ?―ますます怪しい。パスをかざすセンサーを見たら、その横にあるボタンのパネルはパリでよく見かけるやつだった。V は Valider (決定)のことだろう。システムごとフランスから買ったのだろうか。ちょうどやってきたセントラムの車両には大きな自転車のマークがあり、「最初の30分は無料」と自転車レンタルシステムをアピールしていた。CYCLOCITY シクロシティと呼ぶらしい。

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あとで親に聞くと「自転車はフランスから取り寄せた」と地元の新聞にデカデカと載っていたらしいから、パリの自転車と同じものなのだろう(※シクロシティ社はパリ市で「ヴェリブ」を運営するフランス、ジェーシードゥコー JC Decaux 社の子会社と判明!)。パリの自転車は3万キロの走行に耐えうるように頑丈に作られている。そのため重量が22kgあり、見た目にもかなり重厚で、モーター付自転車のような外観だ。それにしても富山のフランス度の著しい高さは一体どういうことなのだ。訳がわからない。

パリのヴェリブは最初のうち情報が行き渡らず、市民を不安がらせていたようだ。まずは確実に借りられるだけ自転車の数が十分確保されているのかと。通勤に使うにしても、行ってみたら自転車がすべて出払っていたということもありえる。また自転車を戻そうとしたときに、レンタル機がいっぱいだったら自転車を戻せない(急いでいるときに限ってそういうことが起こる)。とはいえ、富山の場合はそんな心配はまだなさそうだ。うちの親の反応も「また市長が変ったことを始めた」という感じだ。とりあえずは観光客向けということなのだろう。便利な交通手段としてだけでなく、そのものに話題性がある。これでポートラム(ライトレール)とセントラムに、新しい観光資源が加わったわけだ。セントラムに先駆けて走っていたポートラムは4年連続の黒字を確保したようだ(1日の平均利用者数は4339人、500万円の黒字、3月28日付「北日本新聞」)。なかなかやるじゃない。

今度帰省するときはヴェリブの利用状況を調査してみよう。

【動画】パリを回るなら自転車がおすすめ





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posted by cyberbloom at 11:28| パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | サイバーリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月01日

セントラムに桜の模様が Cherry Blossom Car !

去年の12月23日、富山市でセントラムが運行を開始した。セントラムとは市の中心部を周回する環状線を走る路面電車の名前だ。セントラムに新たな変化があったと聞いたので、再び「にわか撮り鉄」になり、「にわか撮り小鉄」を連れて、見に行った。新しい車両が導入されたのではなく、期間限定で車体に桜の絵が描かれたのだった。

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桜の花びらととにも英語が書かれている。

Spring has come.
Cherry blossoms are blooming.

バックミュージックはやはり、Cherry Blossom Girl by AIR しかないだろう。

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富山の桜はつぼみが膨らみ、ちらほらと咲き始めた。下の写真は桜の名所「松川べり」。私にとっても思い出の詰まった場所である。ここは宮本輝の『蛍川』の舞台になり、映画のロケにも使われた。名作『泥の河』と一緒に読みたい作品である。 

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posted by cyberbloom at 15:35| パリ ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | サイバーリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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