2010年09月30日

ドゥルーズはなぜ今でも読まれるのか?

このところ、フランスの哲学者ジル・ドゥルーズGilles Deleuse(1925-1995)関連の邦訳書、研究書の出版が相次いでいる。2008年に『シネマ』の邦訳(法政大学出版局、原著は1983-85年)が2巻本で完結したと思ったら、2009年から2010年にかけて檜垣立哉『ドゥルーズ入門 』(筑摩書房)、ライダー・デュー『ドゥルーズ哲学のエッセンス』(新曜社)、フランスワ・ドス『ドゥルーズとガタリ 交差的評伝』(河出書房新社)、澤野雅樹『ドゥルーズを「活用」する!』(彩流社)、ピーター・ホルワード『ドゥルーズと創造の哲学』(青土社)など、研究書、評伝、入門書の類いの出版はとどまるところを知らない。極めつけはステファヌ・ナドー編フェリックス・ガタリ『アンチ・オイディプス草稿』(みすず書房)の刊行だろう(もっともこれはガタリ本だが)。すでに15年も前にこの世を去ったフランスの哲学者に関する本がこれだけの勢いで刊行されているのは不思議な気がする。

アンチ・オイディプス(上)資本主義と分裂症 (河出文庫)シネマ2*時間イメージ (叢書・ウニベルシタス)アンチ・オイディプス草稿

20世紀の日本が、フランス思想を一つの流行として捉えてきたということは改めて言うまでもない。確かに、1960年台に一世を風靡したサルトルの実存主義哲学は、その読者を哲学の専門家に限定せず、あらゆる文化の領域に多大な影響を及ぼした。また、それに続く70年台から80年代にかけて、レヴィ=ストロース、フーコー、デリダらの思想も一時的ながら大きな勢力を持つことになったことも間違いない。ただ、日本のフランス思想研究者がそれらの思想を貪欲に摂取して行ったことが確かだとしても、これらが現代社会に持つ意味・意義が真に吟味されたことは一部を除けばなかったように思う。それらは余りにも速く「吸収」され、「消化」され、またたく間に忘れ去られていったのである。ドゥルーズもまたこのような流れのなか「消費」されていった哲学者の一人であるかのように思われた。

実際、ドゥルーズが自ら命を絶った1995年、「ポスト構造主義」とひと括りで呼ばれたこれらの思想は完全にその勢いを失い、人文科学の世界はそのような英雄的哲学者を追い求める時代ではなくなっていた。その年に起きた阪神大震災や地下鉄サリン事件といった未曾有の大惨事も、人々の心の在り処を完全に変えてしまう。世紀を越えても状況は変わらず、9.11やイラク戦争といった明日をも見えぬ混沌状態に直面した人々は、もはや個人の思想に心の拠り所を見出そうとはしなくなった。人文科学は実証主義だけが生き残り、事実だけを追い求めようとする動きの中でディシプリンとして社会学が隆盛を極め、「公共性」がキーワードの一つとなる。そこに個人の解放を説こうとする哲学にもはや居場所はないはずだった。

しかし、にもかかわらず、ドゥルーズは読まれ続けている。かつての流行を知らない新しい読者を生み出し、研究者も世代交代をしながら、彼について語る者、聞く者は後を絶たないようだ。一体、ドゥルーズ哲学の何が現代の人々を引きつけるのだろうか。

ドゥルーズを「活用」するドゥルーズ哲学のエッセンス―思考の逃走線を求めてドゥルーズと創造の哲学 この世界を抜け出て

まず、何よりも魅力的なのはドゥルーズ哲学に漂う「根拠不明の明るさ」だ。ドゥルーズはどのような局面を前にしても、ペシミスティックな思考に陥ることはない。そこにあるのは「運動」であり、「生成変化」であって、「静止」したもの、「同一」なものは決して取り上げられない。重視されるのは「創造」であり、「想像」であって、「内省」や「沈思黙考」ではない。つまり、過去の歴史的災厄がトラウマになって先に進めなくなるということが彼の思想には全くないのだ。彼の哲学にあるのは常に未来という時間だけなのだといっても良い。あらゆる状況が停滞している現代には、このようなドゥルーズの思想が魅力的に見えるのかもしれない。

また、どうみても「学者的」哲学ではないところもドゥルーズの魅力かもしれない。哲学史への膨大なる引用(カント、スピノザ、ヒューム、ニーチェ、ベルグソン、ハイデガーなどなど)は確かにあるのだけれども、自分自身の哲学的出自は巧妙に曖昧にし、体系化を徹底的に拒絶する。加えて、これら過去の思想を直接知らなくても読めるように書かれていることも魅力の一つではないだろうか。実際、ドゥルーズの著作はどこからでも読めるように書かれている。彼の本は一冊まるまる読まれることを必ずしも望んでいないようだ。誰かがあるページをめくり、そこに綴られた言葉から何らかのインスピレーションを得てくれればそれだけで構わない、という風に。

加えて、文学(『カフカ』、『プルーストとシーニュ』、『マゾッホとサド』)は言うに及ばず、映画(『シネマI 、II』)、絵画(『感覚の論理―フランシス・ベーコン』)、演劇(『重合』)など、彼が哲学的思索の対象とするものの幅の広さも魅力の一つであろう。メルロ・ポンティにおける絵画のような例が過去にあったとはいえ、これほど様々なジャンルに対し、専門家をも瞠目させるような該博な知識を駆使して、それぞれの対象の本質に肉迫して行った哲学者はこれまで存在しなかったのではないだろうか。哲学に関心のない人までをも惹きつけてしまうドゥルーズの魅力の一端はそこにあるのだろう。

しかし、こんなことは昔から言われていたことではないか。ドゥルーズの不思議なところは、いざ、その哲学の特徴を説明しようと思うと言葉に窮し、似たりよったりの貧弱な表現しか出てこないところだ。これは今も昔も全く変わっていない。ドゥルーズの思想は安易な要約を拒み続ける。にもかかわらず、いやだからこそ、ドゥルーズは現在でも読まれ続けているのかもしれない。

「20世紀はドゥルーズ的なものになるであろう」とはフーコーの言葉であったが、これだけドゥルーズが読まれている現状を察すれば、彼の予言は「21世紀は〜」と修正されなければならないかもしれない。しかし、いま人々がドゥルーズの思想から何を掴みだそうとしているのか。そして、そのことによって世界の何が変わろうとしているのかは相変わらず曖昧なままだ。それでも確かなことは、存命中の話題や流行とは関係なしに、時代を越えて「読まれ得る思想家」が20世紀後半にもいたということだ。そのことの意味が今後問われていくことになるだろう。




不知火検校@映画とクラシックのひととき

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2010年09月26日

9月の一曲 “Variety Is The Spice of Life” Greg Perry

One for the Road [12 inch Analog]ようやく、やっと、秋になってきました。オーブンの中の食材のキモチがちょっとわかるような熱風におさらばできて、何より。個人的に、季節の変化を最も感じるのは、空の色。振り仰ぐのもためらわれる、ぎんぎらぎらの青から、奥へ奥へと吸い込まれるような穏やかな色に変わっています。
 
そんな気持ちのいい空の下で聞きたい曲を選んでみました。70年代にゴキゲンなソウル・ミュージックを量産した名門レーベル、インヴィクタスを影で支えた才人グレッグ・ペリ―。彼が独立後発表したファースト・ソロアルバムの、はじめの一曲。コーラスを巧みに織り込んだ凝ったアレンジが、気合いのほどを感じさせます。心地よいグルーヴの中にある適度な緊張感が、まさにこの曲のスパイス。聞くたびに、ぱあっと視界が開けてゆくような、不思議な高揚感に包まれます。窓を開けて、車をどんどん走らせたくなる、そんな一曲です。

聞いてみたい方はこちらをどうぞ。
http://www.youtube.com/watch?v=0XucL0_4DjE



GOYAAKOD@ファッション通信NY-PARIS

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2010年09月22日

クラシック音楽、究極の一枚を探せ!(2)チッコリーニの『前奏曲集第二巻』

ドビュッシーといえば、言わずと知れたフランスを代表する作曲家だ。それでは、彼の音楽を演奏するピアニストといえば、誰の名前が挙がるだろうか。

ドビュッシー:前奏曲集 第1巻、映像第1集、第2集まず、最初に来るのは『前奏曲集第一巻』の不滅の演奏を残したアルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ(1920-1995)であろう。イタリアが生んだ世界最高峰のピアニストによる演奏は、細部の「ぶれ」というものが全くなく、機械のように完璧なものだ。この完璧さは弟子のポリーニを越えているのではないだろうか。ミケランジェリの精緻なドビュッシーは確かに素晴らしい。しかしながら、そこに深い味わいがあるかと尋ねられるといさかか疑問に思う。それは彼のベートーヴェンの演奏でも同じであった。

他方、私は長いことサンソン・フランソワ(1924-1970)の演奏するドビュッシーを好んで聴いていた。これはミケランジェロの対極にあるかのような演奏で、まさにフランス風の優美な演奏。技術的には間違いだらけともいえる。しかし、彼はそんなものは気にせず、全く自分の気分で音楽を押し進めてしまう。「雰囲気」というものをこれほど大切にしたピアニストはいないだろう。そして、彼はフランス音楽を演奏する時に最良の能力を発揮した。ラヴェルの『ピアノ協奏曲第一番』(クリュイタンス指揮パリ音楽院管弦楽団)はそんな彼の真骨頂ではないだろうか(そういえば、この曲は映画版『のだめカンタービレ』の主人公も弾いていましたね)。

ドビュッシー:ピアノ曲集第1集~前奏曲集ミシェル・ベロフ(1950-)というピアニストも、ドビュッシー演奏家として一時代を築いた人だった。彼の人気が高かったのは、1980〜90年代だから、ミケランジェリやフランソワの黄金時代と比べてみれば、比較的最近の出来事である。貴公子然としたその風貌から人気が高く、日本ではピアノ・レッスン番組の先生もしていたこともあるようだ。彼の演奏はフランソワよりも一層、繊細な雰囲気を醸し出すドビュッシーと言える。技術的には何の遜色もないのだが、特徴と呼べるものがあまりないのが難点と言える。

ベロフと同世代のドビュッシー演奏家としては、他にパスカル・ロジェ(1951)、ジャン=フィリップ・コラール(1948-)がいる。二人とも世界的に知られ、活躍を続けているが、いずれもベロフと似たような傾向であり、独自の境地を築き上げるという所にまでは辿りついていないようだ。

となれば、残るはヴァルター・ギーゼキング(1895-1956)を措いて他はあるまい。これは文字通り「天才」と呼べる数少ないピアニストの一人であり、本来、ここに挙げたピアニストたちとは比べるべきではないのかもしれない。実際、EMIから出された『ドビュッシー/ピアノ曲全集』などのCDを初めて聴いた人は、その余りの素晴らしさのために腰を抜かすのではないだろうか。

ドビュッシー:前奏曲集『前奏曲集第一巻』の一曲目「デルフの舞姫」の出だしから、聴く者はその夢幻の世界の中に完璧に引き込まれ、虜にさせられる。数分後にはもうその世界から抜け出すことは絶望的に困難になる。「西風の見たもの」の強烈さ。「亜麻色の髪の乙女」の艶やかさ。そして「沈める寺」が呼び起こす荘厳なる光景…。我々はギーゼキングの醸し出す妖しく、そして煌めきわたるドビュッシーの世界に浸りきる他ないのだ。これほど完全に、有無を言わさぬ形でドビュッシーの音楽世界を築き上げたピアニストは後にも先にもいないであろう。

名前からも分るように、ギーゼキングはパリ生まれではあるが、両親はれっきとしたドイツ人である。しかし、フランス音楽の精髄がドイツの血を受けた「天才」によってこのように演奏されるのを聴くと、芸術というものは容易に国境を超えてしまうということを改めて確認させられる。ギーゼキングが亡くなって既に50年を超える歳月が過ぎたが、いまだに彼を越えるドビュッシー演奏家が現れないのは、ギーゼキングが余りに素晴らし過ぎ、また、ドビュッシーの音楽が余りにも深いからなのだろう。

しかし、いま、そのあり得ない事態を生み出しているピアニストが一人だけいる。アルド・チッコリーニ(1925-)である。彼が日本で行った演奏のライブ盤『ドビュッシー:前奏曲集第二巻』(2003)は驚異的な名演であった。この曲は2005年秋の来日公演(於:兵庫県立芸術文化センター)でも演奏されたが、恐ろしいほどの水準の高さに聴衆は圧倒させられた。まさに輝き渡る音が雪の結晶と化し、天から降ってくるかのような感覚…。齢80歳を超えるこの老巨匠は2010年春にも来日を果たし、東京でシューベルトのソナタを演奏したが(於:すみだトリフォニーホール)、これもまたとてつもなく美しく激しい演奏であった。チッコリーニの信じがたい点は、彼がますます進化を続けているということだ。

ギーゼキングを越えられる演奏家はチッコリーニだけかもしれない、とふと思ったりする今日この頃である。




不知火検校@映画とクラッシックのひととき

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2010年09月20日

「インセプション」

inception01.jpgレオナルド・ディカプリオってこんな俳優だったっけ?―と首をひねってしまう。いつから常に眉間にしわを寄せてる役ばかりやるようになったのか。あの軽快な彼の持ち味はどこへやら、そんなにのめりこみすぎると壊れちゃうよって感じなのだ。演技力には疑問はないのだからそんなに全力投球しなくてもねえ…また横に広がり続ける顔も心配である。どうかマーロン・ブランドみたいにならないでね。

今回も又眉間にしわのレオである。映画自体は悪くない。巧みにデザインされた夢に相手を引き込み相手の考えを操作する。アイディアを盗むというより相手の潜在意識に小さな種子を植え付ける。それが自分が期待するように育つように。しかしもちろんそう期待通りには事は運ばず悲劇を招くこともあるし、夢もデザイン通りに進行するとは限らない。

この夢の世界の構築は良くできているし画面もはっとするほど美しい。ぐいぐい夢のまた夢に引き込む力とテンポは相当なものだ。退屈する暇はない。油断していると今誰の夢の、どのレベルにいるのかわからなくなる。

ただ核になるディカプリオ演じる男とその妻マリオン・コティヤールの相性はどうだろう。
 
男のデザインした夢に現れては事を妨害する完璧なほど妖しくも美しい女。役どころはマリオンにぴたりとはまっているのだがレオとの相性が良くないように思う。どうも対等に見えないのだ。奥さんー?ううん…似合わない。演技力だけではカバーしきれない化学反応みたいなものがこの二人では生じないような気がする。
 
むしろ夢の新たなデザイナーとして登場するエレン・ペイジの方が、役どころが彼女に合うかは別にして、レオとの相性は悪くない気がする。共に童顔だからか。

ハリウッドスターと言うものの、今一つな役どころの多い渡辺謙も今回はまあまあの役。ただアクションもできる人なのだからもう少し動かしてほしかったなあ…

クールに、無表情にアクションを演じたジョセフ・ゴードン・レビットはスタイリッシュだった。

作りこまれた夢の世界を体感するためだけに見ても損はしない作品。




黒カナリア@こんな映画あんな映画

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2010年09月18日

ヒッチコックの正統なる継承者―シャブロルを追悼する―

ヌーヴェル・ヴァーグを代表する映画監督クロード・シャブロルが亡くなった。享年80歳。今年は春にエリック・ロメールも亡くなっており、ヌーヴェル・ヴァーグの「5人の騎士たち」(ゴダール、トリュフォー、ロメール、シャブロル、リヴェット)のうち、1984年に夭折したトリュフォーを含め、これで3人が鬼籍に入ったことになる。

ボヴァリー夫人 [DVD]シャブロル逝去の記事を日本の複数の新聞で読んでみると、代表作はデビュー当時の作品と『主婦マリーがしたこと』(Une affaire de femmes, 1989)、『ボヴァリー夫人』(Madame Bovary, 1991)の2作品であるかのように書かれている。しかし、これではシャブロルについて何も説明したことにならない。日本の大手新聞がフランス文化について関心を払わなくなったことの証しが、これらの記事には如実に表れている。そこで、ここでは日本の新聞記事を訂正し、シャブロルを正しく追悼したい。

「今夜はシャブロルだ」という一言は、フランスの家庭では「今夜はミステリー映画だ」と同じ意味を持つ。それほど、シャブロルは「ミステリーの巨匠」としてフランスでは絶大なる信頼と尊敬を集める存在だったのだ。実際、シャブロルのフィルモグラフィーは膨大なミステリー・犯罪もので埋め尽くされている。

ヌーヴェル・ヴァーグの根幹にあるのは「ホークス=ヒッチコック主義」と言われる理論であった。彼らはハワード・ホークスの「明晰さ」とアルフレッド・ヒッチコックの「サスペンス」という映画技法を自らの作品の根幹に据えたのである。実際、映画批評家時代の彼らはホークスやヒッチコックに直接インタビューを敢行し、彼らとの対話によってその技術を習得しようとやっきになったものである。この点に関しては、トリュフォーが行った50時間に亘るインタビュー『ヒッチコック=トリュフォー 映画術』(山田宏一・蓮実重彦訳、晶文社)、ゴダールらによるインタビュー集成『作家主義―映画の父たちに聞く―』(奥村昭夫訳、リブロポート)を紐解けば詳しい。

定本 映画術 ヒッチコック・トリュフォーその中でヒッチコックを最も敬愛してやまなかったのがシャブロルであった。他の多くの映画監督がそれぞれの作風を確立して行く中、犯罪、探偵、ミステリーだけを一途に撮り続け、その分野の頂点を極めたのがシャブロルである。その彼の最高傑作が『沈黙の女/ロウフィールド館の惨劇』(La Cérémonie, 1995)であった。荒んだブルジョワ家庭とその使用人、そしてそこに絡んでくる郵便局員の心理が巧みに描かれる。女主人はジャクリーヌ・ビセット、使用人はサンドリーヌ・ボネール、郵便局員はイザベル・ユペールである。抑圧されていた使用人の心が、最後になって爆発し、殺人事件へとなだれ込んでいく過程の描写は凄まじい。

実際、ミステリーというジャンルはフランス文化の中でも中枢に位置するほどのものであるが、そこに君臨するシャブロルは単なる映画監督でなく、現代フランス文化の精髄を牽引した存在なのだと言っても過言ではないのだ。そうした面が日本の報道では全く無視されてしまうのは残念という他ない。

『ジャガーの眼』(Marie-Chantal contre le docteur Kha, 1965)を始めとする映画を撮っていた時期、シャブロルは商業主義に傾斜したのではないか、と批判されたこともある。実際、ヌーヴェル・ヴァーグの監督たちの多くはその実験精神に翳りが見えた時期を経験したが、シャブロルの「ヒッチコック主義」は停滞するということを知らなかった。批判に対して、「それでも私は映画を撮る」Et pourtant je tourne (1976)という著書まで出したシャブロルに迷いは全くなかったようだ。

石の微笑 [DVD]『愛の地獄』(L’enfer, 1995)、『嘘の心』(Au coeur du mensonge, 1999)、『石の微笑』(La demoiselle d’honneur, 2004)など、90年代から晩年に至る彼の作品群は、その「ヒッチコック主義」がもっとも洗練された形で開花したものと言っても間違いないであろう。彼はヒッチコックの精神を受け継ぎながら、紛れもなく彼でなければ撮ることのできないミステリー映画の世界を完成させたのである。

映画監督を離れた実際のシャブロルは、しかし陽気な人間であったようだ。フランスのテレビ番組に出て来て滑稽なパフォーマンスを披露し聴衆の爆笑を誘う姿は、日本の映画監督でいうと鈴木清順のあり方に近い。そういえば、清順も日本よりも国外での評価の方が圧倒的に高い存在であった。その作風からも、シャブロルと清順には似た部分があるかもしれない。

シャブロルの本当の評価はこれから始まるだろう。ヌーヴァル・ヴァーグの貴重な一員としての評価もさることながら、「ミステリーの巨匠」として彼が映画史に残したものは決して侮ることの出来ないほど重要なものなのである。





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2010年09月15日

「27歳クラブ」- 27歳で亡くなったロックアーティストたちの40周年記念

ラッパーのキッド・クディが麻薬所持で捕まったときに「俺は黒人が27歳で死ぬと知っている。俺は今26歳だが、その歳まで生き延びることを約束する」と言った。27歳にこだわっているのは彼だけではない。エイミー・ワインハウスやブリトニー・スピアーズもかつて27歳に死ぬのではと恐れていると語っていた。ブリトニーは無事クリアしたが、エイミーは来年、キッドは再来年27歳を迎える。

27歳で亡くなったロック・アーティストと言えば、ジム・モリソン、ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリン、ブライアン・ジョーンズ、カート・コバーンと錚錚たる顔ぶれが並ぶ。その始まりはキャンド・ヒートの ボーカル、アラン・ウィルソンが27歳のときオーバードーズで亡くなったのが、40年前の1970年9月3日。今月が「27歳の死」というロック神話の40周年記念にあたる。

ドアーズジョプリン

ジミ・ヘンドリックス:酒+睡眠薬を飲み、吐いたもので窒息
ジャニス・ジョプリン:ヘロインの過剰摂取
ブライアン・ジョーンズ(ローリング・ストーンズ):プールで溺死
ジム・モリソン:浴槽で溺死
カート・コバーン:ショットガンで自殺

この「27歳クラブ」の合言葉はザ・フーの ”Hope I die before I get old” だ。日本には「27歳の死」に当てはまるアーティストが見つからない。ニアピンで尾崎豊が26歳。X Japan の Hide は33歳。ジム・モリソンのように浴槽で亡くなった江戸アケミは36歳。





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2010年09月11日

911同時多発テロ:9年の歳月と9つの論争 neuf ans, neuf polémiques

以下はフランスのネットメディア 20 minutes fr. に掲載された "Attentats du 11 septembre: neuf ans, neuf polémiques" の全訳。

The Big Lieツインタワーが崩壊し、飛行機一機がペンタゴンに突っ込み粉々に、もう一機は何もない野原で粉々に、3000人近くの死者が出たが、多くの疑問が残された。9年の歳月が流れたが、その間様々な陰謀論が、ことにインターネットを介し拡散された。

2001年、テロから数週間後、Ray Griffin, Jim Hoffman あるいは Steven Jones といった人々が9・11真相究明運動(9/11 Truth Movement http://www.911truth.org/ )において、政府見解に疑問を呈する。ツインタワーの崩壊は、飛行機によってではなく、事前に仕掛けられた爆発物によって引き起こされたのではないかと。

2002年、フランス人 Thierry Meyssan が、この事件に口を挟む。彼はヴォルテール・ネット(Réseau Voltaire http://www.voltairenet.org/ )を立ち上げ、「恐るべきペテンL’effroyable imposture 」という本を出版し、この本は28ヶ国語に翻訳され、これがアメリカ国内の陰謀論を支えている。彼は特に飛行機はペンタゴンに突っ込んでいないと考えている。訳注)28ヶ国後に訳されながら日本語には訳されていない。

2003年、9・11真相究明計画(911 Visibility Project)がアメリカで日の目を見る。真実を求める遺族を援助するために活動する関係市民たちが結集し、翌年、アメリカ当局の最終レポートがリリースされる少し前、グランド・ゼロでのデモを組織する。

2004年、アメリカ人 Jimmy Walter が調査の再開を求めて一連の行動を起こす。彼はニューヨーク・タイムズ、ウォール・ストリート・ジャーナルに広告ページを掲載し、CNNのビデオクリップに出資する。さらに彼は reOpen911.org http://www.reopen911.info/ というサイトを立ち上げる。彼によれば、WTCとペンタゴンに激突したのは無線操縦無人機。

2005年、ジャーナリストの Eric Laurent が、9・11テロに関する新たな論「9・11の隠された側面 La face cachée du 11 septembre 」を発表する。彼は<<ある悲劇の恥ずべき秘密>>を明らかにすることを誓うが、主にインサイダー取引とジョージ・W・ブッシュを非難している。

2006年、Dylan Avery によって提出された一連の資料によって陰謀論が再び人々の注目を浴びる。2005年に撮られた<<緩やかな変化 Loose change >>がネット上で大ヒットし、このビデオは2006年ネット上で最も閲覧される。

同じく2006年、アメリカ人技術者 Jim Hoffman が、「9・11の疑惑:証拠はあなたの手の中に9/11 Guilt: the proof is in your hands 」という DVD で発言する。彼はそこで、自分の考えによって、これらのテロには政府の関与があることを明らかにする。しかしながら、彼は同時に他の陰謀論も批判しており、特に、飛行機は実際にペンタゴンに突っ込んだと考えている。

2007年と2008年、今度はフランスの<<セレブたち>>が再び様々な陰謀論を取り上げる。彼らは2001年9月11日に起こったことに関する疑惑を表明し論争を巻き起こす。マリオン・コチヤール Marion Cotillard とジャン−マリー・ビガール Jean-Marie Bigard がこれらの<<懐疑論者たち>>に名を連ねることになる。キューバのフィデル・カストロ Fidel Castro も同様に<<怪しいと思っている>>ことを宣言する 。

2010年、グランド・ゼロ近くのモスク建設計画が、アメリカで新たな論争を巻き起こしている。キリスト教原理主義の牧師 Terry Jones が報復としてコーランを燃やすと脅迫している。結局モスク建設計画は場所を変更する。








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2010年09月08日

ジェーン・バーキン、ロマのために Les P'tits Papiers を歌う

ジェーン・バーキンは先週の土曜日に不法滞在者(sans-papiers)を支持するデモに参加し、移民相エリック・ベッソンのいる窓の下で一曲の歌を歌った。そこはグルネル通りの一角で、ジャンヌ・シェラルとアニエス・ジャウイも一緒にいた。曲の名前は" Les P'tits Papiers "。セルジュ・ゲンズブールがレジーヌのために書いた曲だが、本人もそこにいた。この音楽による抗議はフランスとヨーロッパの130の都市で行われるデモの幕開けとなった。それは9月18日にベルシーで行われるコンサート" Rock Sans Papiers " の宣伝でもあった。コンサートには15人のアーティスト、歌手、コメディアンが参加する。デモでは市民団体や労働組合や政党がフランス政府の「外国人嫌いxénophobie 」を告発するように呼びかけた。


"Les petits papiers" aux fenêtres d'Eric Besson
アップロード者 lesinrocks. - 最新のニュースに関する動画を見る。

ジェーンたちはメトロのヴァレンヌ駅に集結した若いデモ参加者たちの前に現れた。2階建て観光バスの屋根に乗って。アコーデオンの伴奏で、歌手や映画人や知識人や科学者たちがゲーンズブールの有名な曲を歌った。もともとは戦闘的というよりはポエティックな歌だが、アーティストやデモの呼びかけ人たちはその歌に皮肉をこめ、希望を託した。マントラのように繰り返されるリフレインはバスから雨のように降り注いだ。「これは悲嘆に暮れた人々のための歌。かれらを励ますための歌。ロマ人たちはスケーブゴートになっていて、国外追放の危険にさらされている。でも私は追放されない。同じ外国人なのに」。ジェーンはプレスに語った。

Birkin, Dutronc, Gainsbourg - Les Petits Papiers
Regine - Les Petits Papiers 1967




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2010年09月06日

大学の講義のネット配信(2)

インターネットの普及によって知識を得たいと思えば誰でも世界中の情報にアクセスできる状況が整ったわけだが、ポイントは「知識を得たいと思えば」という条件である。つまりウェブを通しての学習は、標準的な能力を身につけるために与えられた課題をこなすのではなく、自発的に学び、新しいものを生み出すような意欲や好奇心が重要になる。『フラット化する世界』の著者が言っているように、ネットが浸透した世界ではIQ(知能指数)よりもPQ(熱意指数)やCQ(好奇心指数)が先行する。標準的な能力を持つ人間を組織で働かせ、近代社会を効率的に動かすための教育はすでに終わったし、必要ないのだ。

大学は講義をネット配信することで自分の大学が魅力的な授業をやっていると対外的に広くアピールする宣伝効果がある。一方で、面白い講義を聴きたいという純粋な知的好奇心のために大学が存在しているとすれば、それを阻んでいた大学の偏差値や親の収入という教育格差は取り払われることになる。誰でも最先端の高等教育に簡単にアクセスできる社会を作るという方向は、学生を偏差値によって序列化したり、一定数の学生を囲い込んで授業料を取るという大学の運営モデルを壊してしまうかもしれない。またとりわけ文系学部にとっての本質的なのは図書館で、それが大学という存在に必然性を与えてきた。それがグーグルによって図書館がデジタル化され、図書館というインフラが大学の外に開かれてしまったとき、大学の文系学部にどのような存在意義が残るのかも問われるだろう。ネット上に世界中の大学が発信する多様なコンテンツが集積され、使い勝手が良くなれば、個々の大学の枠組みを超えた別の学びの形や場が準備されることになり、何からのブレークスルーが起こるかもしれない。

宮台真司がネット番組で「今の日本の大学は大学の先生たちのためにある。ネットの時代に大学に多くの教師をプールしておく理由はない」と身も蓋もないことを言っていたが、これはゲイツの発言とも共振するのかもしれない。一定のレベルの教育をするベーシックな講義はコンテンツ化しておけばいつでもどこでも聴講できる(毎年同じ板書を繰り返す退屈な講義は一掃される)。一方で面白い講義をする、学生に対して強い感染力のある教師はさらにひっぱりだこになり、価値の高いコンテンツを生むだろう。

学習内容のコンテンツ化は場所と時間にしばられないことを意味する。学生は自分で学習プログラムやカリキュラムを組み、教師はそのアドバイザーやコーディネーターのような役割を引き受けるようになるのだろう。ネット配信の拡大と平行して youtube や ustream など、映像や音声の配信を無償で行うプラットフォームが構築され、誰でもそれを簡単に使えるようになった。MIT のように大きなプロジェクトでなくても、リアルタイムで講義をネット配信するインフラは十分に整っている。また大学という虎の威を借りなくても、個人の研究内容そのものの魅力によって、自由な形でセミナーなどを主催し、仲間を集めることができる。その一方で大学は予備校、専門学校化する傾向にあって、自由な文系的な教育に向かなくなっている。授業料が高くなればなるほど、成績の公平性や透明性が求められ、教育投資に対するリターンが求められるからだ。だから自由な学問の場所は大学の外に展開する方がいいのかもしれない。

日本の大学は明治時代に西洋の技術や文化を翻訳し、日本に移入することから出発した。それらを特権的な人間が独占していて、少しずつ、もったいぶって下に流すことで権威を保っていた。このような西洋の知識を伝達・中継し、下に流す役割はもはや必要とされていない。また現在の新聞や雑誌の凋落が著しいが、大学も明らかに非フラットなトップダウン型社会の遺物で、それらと無縁ではないないはずだ。既得権益者たちは伝統ある出版文化やジャーナリズムが崩壊すると叫んでいたわけだが、今やそれらは逆に全く信用されていない。5年前のネットジャーナリズムはまだおぼつかないものだったが、同じように5年経てばビル・ゲイツが言うような新しい大学の動きが確実に起こるのかもしれない。





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2010年09月03日

日本政府が死刑執行刑場を公開する Le Japon montre ses salles d'exécutions

先進国のなかでは珍しく死刑制度を維持している日本が、はじめて死刑が執行される刑場をメディアに公開した。先月、死刑執行のサインをした千葉景子法務大臣は、死刑制度についての国民的議論が交わされるようにと、絞首刑が処せられる部屋へのメディアの立ち入りを許可することとしていた。

見学は東京拘置所においておこなわれた。窓のないガラスのはまった部屋の床には、踏み板の目印となる赤いテープで四角く囲まれたスペースがあり、手錠をかけられ目隠しをされた死刑囚の足元でその踏み板が開くという仕組みになっている。踏み板は、隣接する部屋の壁にとりつけられた3つのうちの1つのボタンによって開く仕組みとなっており、このボタンを押す3人の刑務官にはどれが作動するのかは知らされていない。NHKや民法メディアの映像によると仏壇の用意された教誨室があり、死刑囚は執行前にここでお祈りをすることができる。

アメリカと日本は、ヨーロッパ諸国や各種人権保護団体によって非難されている死刑制度を維持している唯一の先進民主主義国家である。とくに非難を浴びている点は、死刑囚が刑執行の直前までそのことを知らされないことと、家族は刑が執行されたあとでしかその事実を知らされないことである。現在107人の囚人が死刑囚として服役している。

アムネスティー・インターナショナルは、拘留中ほとんど孤立させられている状態のせいで、死刑囚のうちの何人かは発狂してしまうと述べている。政府当局は国民に支持されているという理由で死刑存続を主張している。2009年9月に政権の座につくまでは、民主党はこの問題について「国民的議論を促したい」と公約していた。弁護士であり個人的に死刑制度に反対する千葉大臣は、この7月に2人の死刑囚の刑執行に立ちあった。「あらためて死刑について広く議論することが必要だと感じた」と大臣は述べた。

(訳者註:先進国にもかかわらず日本がいまだに死刑を存続させている、といった具合に暗に非難するトーンで書かれていますが、死刑廃止がその加入条件ともなっているEUのリーダー格としての自負がフランス側にはあるのかもしれませんね。





ところで、死刑存続の賛否についてのぼく個人の意見ですが、ずいぶん以前から存続or廃止のどっちがいいのだろうかとことあるごとに考えてきましたが、いまだに結論はでていません。死刑が存続したほうがいいという理由は、まず遺族感情を考慮して。世界とくらべても圧倒的に殺人事件の発生率が少ない日本にあって、「過失」などによらず家族を奪われるというのは相当な心痛をもたらすものと思います。さらに死刑が適用されるのは実質上凶悪な殺人事件に対してのみである以上、日本において死刑を望む声が多いのには納得できる部分があります。その一方で、死刑制度へのぼくの疑問点ですが、まずは死刑判決が冤罪であった場合どうするのかということ。実際に袴田事件などがその疑いにかけられていますが、もしも冤罪である死刑囚の命を奪ってしまえば、罪のない人の命とその無実を証明する機会も奪ってしまうことにもなります。そして、冤罪事件というのは実際にはそれほど多くはないかもしれませんが、死刑囚が手紙などで遺族に謝罪し、結果として死刑囚と遺族が心情的に和解するケースがけっこうあるようです。こうした場合にかぎれば、ぼくもふくめて日本人の多くの人たちが主張する「遺族感情」という死刑存続を望む理由そのものが解消されることになってしまいます。さらにここまでは、死刑囚と遺族という個人レヴェルの問題に焦点を絞りましたが、死刑制度は「犯罪抑止力」として「機能する」あるいは「機能しない」などといったような、どちらかというと社会学的な議論もからんできます。こうなってくるともう、専門的に研究でもしないと判断のしようがないところにまで立ちいることになってしまいます。いずれにしても、死刑制を廃止しているヨーロッパ諸国でも、国民の大多数が死刑廃止を支持しているというわけでなく、この問題は一筋縄ではいかないデリケートかつ重大な問題であるということがわかりますね。命の重みというのがほんとうに実感できます…)



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2010年09月02日

大学の講義のネット配信(1)

「学問を修めるために若者が大学に通うということが、比較的早い時期になくなるだろう」と予想するビル・ゲイツの発言が記事になっていた。「ここ5年以内に、最高の教育リソースは無料でウェブ上に現れ、個々の大学などよりもはるかに良い教育を提供できるようになる」。さらにゲイツが問題にしているのは大学という場所だ。大学は「そろそろ施設などから開放されるべきで、皆で同じ場所に集まる必要はない」。アメリカも日本と同様に大学の授業料が高く、教育格差が問題になっているが、「ひとつ所に集まって学ぶ現状のスタイルは高価なものとなりがちで、十分な教育を受ける機会を失わせる」。ウェブ教育を充実させていけば、「現在の特定施設に立脚した教育システムの重要性は5分の1程度に減じるだろう」とゲイツは言う。

そういうシステム移行するためには「どのような手段で学んだにせよ、その学識は正統に評価される」必要がある。「MITから与えられた学位であれ、ウェブから学んだものであれ」同じように。ゲイツもそういう信念を持っているようだ。これは個人がどの大学を出たかという肩書きではなく、個人の能力をきちんと評価することにもつながるだろう。

大学のウェブ化の手始めが大学の講義のネット配信である。ネット上で講義を一般に無償公開するという考え方はMITが「オープンコースウェア(OCW)」という画期的な構想で5年前に先鞭をつけた。MITはその思想に共鳴したヒューレット財団やメロン財団などから大きな資金を調達してシステムを構築し、すべての講義を公開するという作業が進行している。

一方アップルは2007年に「iTune U」というサービスを開始した。スタンフォード大学、カリフォルニア大学バークレー校、MITなど全米の大学の講義を無料公開するサービスだ。アップルは「iTunes」と「iPod」の組み合わせによって音楽のプラットフォームを押さえたが、同じ仕組みを使って大学の講義をいつでもどこでも受けることができるようにした。すでに世界で800以上の大学が参加、うち半数がコンテンツを一般公開しており、その大学の学生でなくても聴講できるというオープンな条件が何よりも重要なのである。すでに35万以上の音声/動画ファイルが利用でき、ダウンロード数は3億を超えたという(8月25日現在)。もちろん講義ライブラリはこれからも充実していくだろう。

「iTunes U」には東大を初めとする日本の大学も加わっている。東大は「東大 Podcasts」で公開してきた講義を配信し、話題のマイケル・サンデル教授の東大特別講義「ハーバード白熱教室 in Japan」も配信予定だという。明大は森川嘉一郎准教授による秋葉原とオタクに関する講義、慶応SFCは村井純教授などによる講義「インターネット2010」。各大学が特色ある講義を配信している。多様なコンテンツが集積され、使い勝手が良くなれば、個々の大学の枠組みを超えた別の学びの形や場が形成されることになるだろう。



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