2011年01月31日

2010年の1本

2月になろうかというこの時期に、今さら去年のベスト作品を挙げるのも恐縮なのですが、どうぞおつきあい下さい。

brightstar.jpg昨年観た映画のなかで最も印象的だったのは、ジェーン・カンピオン監督の『ブライト・スター〜いちばん美しい恋の詩(うた)〜』だった。19世紀の英国の詩人キーツとファニー・ブローンとの恋愛を描いたもので、ともすれば安っぽいメロドラマに陥りそうな要素たっぷりなのに、非常に繊細で美しい作品に仕上がっており、140分という長さを感じさせなかった。2009年のカンヌ映画祭に出品されたときから観たくてたまらなかったが、期待を裏切らない出来だった。

物語の中心を、夭折した青年詩人ではなく、その恋人の女性に据え、彼女が日々行う縫い物を詩人の活動と等しく扱っている点に、女性の複雑な心理描写に長けたカンピオン監督らしさが表れている。そのファニーの縫い上げた衣装がまたすばらしく、完璧といっていいほどのスタイリングで着こなされていた。登場人物の衣装のほか、部屋のインテリアや庭などセットにも隅々まで神経が行き届いていて、どの場面を切り取っても美しい絵になっており、それを背景にファニー役のアビー・コーニッシュの凛とした姿とキーツ役のベン・ウィショーの母性本能をくすぐるルックスが映える。この映画には大きな白黒猫が出てきて場をなごませているのだが、パルム・ドッグならぬパルム・キャットがあったなら、ぜひこの猫さんにあげたい。


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2011年01月28日

See you soon, Carine! カリーヌ・ロワトフェルドが Paris Vogue を去る日

「カリーヌ・ロワトフェルドが Paris Vogue 誌の編集長を辞める」− 昨年12月、クリスマス前のにぎにぎしい時期に飛び込んできたヘッドラインに、目を疑いました。90周年記念の絢爛たる仮面舞踏会も成功させ、クリスマスには何をするのかと次の一手を待っていたというのに。

Carine-Roitfeld-01.png業界の人々だけでなく、カリーヌの身近で働いていたスタッフでさえも寝耳に水だったようです。発行元であるコンデナスト社がアナウンスする前にこのことを知っていたのは、リカルド・ティッシ、エディ・スリマン、アズディン・アライア、アルベール・エルバスといった親しい友人だけだったそうです。

辞職の理由について、インターネットではあれこれもっともらしい噂が流れています(ウィメンズラインを起ち上げる盟友トム・フォードともう一度タッグを組むため、最新号の内容がLVMHのトップの逆鱗にふれたせい、などなど)。しかし、どれも噂でしかないようです。カリーヌが最新インタビューで語っているように、「10年やった。もう十分。」というのが本当のところではないでしょうか。

痩せっぽち、ストレートヘアに、強い印象のアイメイク。唇と脚は基本裸のまま(女性版イギー・ポップと呼ばれたりもする)。そして口元にはいつも微笑み。スタッフを従え、彼女ならではの人目を引く着こなしで颯爽と現れるカリーヌは、一雑誌の編集長という立場を超えた存在でした。Tastemaker’s tastemaker と呼ばれ、何を着てくるかが常に話題となり、フラッシュを浴びていたあの人がショーのフロントロウに姿を見せなくなるなんて!

個人的には、カリーヌならではの誌面が見れなくなる事がとても残念です。大枚はたいて Paris Vogue を手に入れてきたのは、ここにしかない「自由」があったから。プロモーションにカタログめいた商品写真、シーン別着回しといったお役立ち情報にまみれた普通のファッション誌に食傷気味の身には、「私は私」を貫いて己の信じるクールネス、美しさを追求する Paris Vogue にはまさに解放区でした。ここまでやるか、という大胆な試みにドキドキさせられたものです。特に写真がすばらしかった。編集長の子供の名付け親でもあるマリオ・テスティーノを始め、有名写真家がこぎれいなファッション写真の枠をこえた作品をばんばん発表していました。

Paris Vogue Covers 1920-2009カリーヌの仕事の中で一番好きだったのが、ブルース・ウェーバーと組んで丸々一冊を作ったプロジェクト。このブログでもご紹介しましたが、プロンドのトップモデルと、黒い肌にあごひげを生やしたトランスベスタイトが、ミニのドレスを着て心底楽しげに笑っている表紙の写真は、まじりっけなしの Free Spirit そのものでした。世の話題になってやろうなんて姑息な計算高さとは無縁、「どう、いい感じでしょ?」という気持の素直な現れなのがありありで、とても気持がよかった。

雑誌での一連の大胆な仕事は、「自分はスタイリストである」というカリーヌの自意識のなせる技ではないかと思います。ハイティーンの頃モデルとしてファッション業界入りしてから、雑誌の編集にたずさわることはあっても、常にスタイリストとして仕事をしてきました。特に有名なのは、トム・フォードとともに、沈みかけていた老舗ブランド、グッチを再生させたこと。この大成功により、Paris Vogue のポストがオファーされたようですが、この時の仕事についてカリーヌはこう語っています。「トムは私を女の姿をした自分の片割れとして使った。デザインした服を、私ならどう着るか聞いてくるわけ。私は自分のことにかまけていればよかった。このシャツはどう着よう、どのバッグを選ぶ? ピアスをするならどんなタイプにする? そんなこと、がファッションの写真には大事なのね。シャツの袖をどうロールアップするか、どんな風にバッグを持つか、どうやって脚を組むか…そういった事がとても大きな違いを生むの。」編集長になっても、自分の雑誌のためのスタイリングをこなしてきたカリーヌにとって、ファッションとはつきつめたところ「素晴らしいもの、美しいものを、自分の感性に正直に装う楽しみ」なのかもしれません。
 
そんなスタンスを持つカリーヌに、Paris Vogue の編集長という肩書きはだんだん重たくなってきたのではないでしょうか。過去にもインタビューで、こう漏らしていました。「世界のファッションはちょっとばかり退屈になっているわね。お金、お金で、ショーに行くと、ハンドバッグをたくさん売りつけようとする空気を感じる。正直、私はハンドバッグが好きじゃない。ハンドバッグは持たないの。ハンドバッグを持った姿って、いいとは思わない。」ファッション雑誌の編集長なのに、そんなこと言っていいんですか!という発言ですが、今回の決断と全く無関係ではないように思います。(対極の存在と比べられてきたアメリカ・ヴォーグの編集長アナ・ウィンターとはそもそも、立ち位置が違う人なのです。世界中で120万部を売り上げる雑誌のトップという責任を負い、ハリウッドやセレブリティ、業界を巧みに仕切り話題と華やかな誌面を作り続けるウィンター女史と、スタイリストとしての自分にこだわり続けるカリーヌとを比べるのはお門ちがいというものでしょう。)
 
「ファッションとは、服のことじゃない。スタイルなの。」そんなモットーを掲げ、56年間の人生のほとんどをファッションの世界で生きてきたカリーヌ。編集長の職を辞したからといって、ファッションから離れることは決してないと信じています。片腕だったエマニュエル・アルトが後任に決まりましたが、任期が終わる1月末までの編集長カリーヌ・ロワトフェルドの仕事に触れてゆきたいと思います。




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2011年01月24日

チュニジアのジャスミン革命とその影響

チュニジア暫定首相退陣デモ、警官数百人も参加
l'express01.jpg■チュニジア暫定内閣のガンヌーシ首相の即時退陣を求める圧力が強まり、首都チュニスでは首相らベンアリ前大統領の与党・立憲民主連合(RCD)出身者の一掃を求める1000人規模のデモが23日も続いた。
■AFP 通信などによると、22日には、ベンアリ前政権下で独裁体制を支えた警官たちが数百人規模で反政府デモに加わった。最大労組のチュニジア労働総同盟(UGTT)も、引き続き暫定政権の解体を求める方針だ。
■街頭のデモ隊には、「首相や暫定内閣のメンバーはみんなベンアリの仲間よ。次の選挙まで待てないわ」(23歳の女子大生)などと主張する若者らが次々に加わっている。22日夕には、ロウソクの火をともして治安部隊との衝突で死亡した犠牲者を悼む集会も路上で行われた。
(1月23日、読売新聞)
★チュニジアの暴動に対する連帯がフランスでこれだけ広がったのは、チュニジア政府に抗議する市民の焼身自殺の映像が youtube で流れた影響も大きい。http://bit.ly/i6GH4M チュニジアでは路上で果物などを売ることが禁止されていたが、それで何とか生計を立てている人々も多い。事の始まりは警察が強硬手段に出て、行商人を逮捕し、商品を没収したこと。絶望したひとりが政府官邸前で焼身自殺を図り、その映像がネット上を流れた。http://bit.ly/gRJQl7
★チュニジアの検察当局は政権崩壊直後から、ベンアリ前大統領や親族の不正蓄財の捜査を始めた。観光業や不動産開発、銀行などを所有する一族の強欲ぶりと不正は、政権崩壊前から国民の怨嗟の的だった。特に夫人の親族の不正蓄財疑惑は、内部告発サイト「ウィキリークス」が暴露した「チュニジアの腐敗 お前の物は俺の物」と題された米公電(08年6月)でも詳述されている。一族が「マフィアまがい」とまで酷評され、政権崩壊の引き金のひとつになった。
★オバマ米大統領は「チュニジア人の勇気と尊厳を称賛する」との声明を発表。ベンアリ政権と強固で友好な関係を保っていた旧宗主国フランスも、デモによる政権転覆を支持する姿勢に転換した。その過程で、ミシェル・アリオ=マリ仏外相の発言が物議を醸した。アリオ=マリ外相はチュニジアの民衆の暴力を嘆きながら、治安維持とデモの管理にフランスが協力しようと申し出たのだった。「世界中に知られた私たちの治安力があればこの種類の治安上の問題を解決できる」とまで提案したのだ。フランス政府がフィヨン首相の声によってチュニジア警察の一方的な暴力の行使を強く非難したのはベンアリが失墜した翌日の木曜(1月13日)になってからだった。しかし土曜(15日)まではチュニジアのデモに対する明確な支持はなかった。フランス政府の反応は後手後手に回ってしまった。
★チュニジアの民衆蜂起が各地に飛び火している。周囲の独裁的な為政者たちが最も恐れていたことだ。中東のイエメンで23日、大統領の退陣を求める反政府デモが行われ、数千人が参加した。イエメンでは、20年余りにわたって、サレハ大統領による事実上の独裁体制が続く。大統領を名指しした大規模な抗議活動は初めてとみられ、当局は警戒を強めている。サウジアラビアでは、チュニジアの青年の焼身自殺に触発され、焼身自殺を図った60歳代の男性が21日、死亡した。アルジェリアの首都アルジェでは22日、野党勢力の民主化要求デモがあり、治安部隊との衝突で約40人が負傷。
★一方、イラン当局は23日、インターネットを利用した反政府活動やウイルス攻撃への監視を強化するため「サイバー警察」を発足。イランでは、09年6月の 大統領選での不正開票疑惑を機にネット上の呼びかけを通じて政権批判が活発化した。またチュニジアの反政府デモの動きがネットで拡大し、政権転覆につながったことが、「ネット」への警戒感を強めている。




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2011年01月19日

Radiohead "OK Computer"

当サイト管理人さまに言われた締切りをひと月も過ぎてしまい、さらには2011年を迎えてしまい誠に恐縮なのですが、わたくしの「2010年のベストCD」を今ごろ挙げさせて頂きます。

OKコンピューター選んだ基準は、「2010年の夜を最も多くの過ごしたお相手」です。それがコレ、Radiohead の "OK Computer"でございます。おぉ我が徹夜仕事のお供、…いや我が心の友よ、くらいの勢いでこのアルバムをエンドレスでかけながら、独りパソコンちゃんに向き合ったあの夜この夜そんな夜…(年が明けてもそれはあまり変わらんが)。

Radiohead が何年のデビューでどういう流れを汲むグループで、とか、これが何枚目のアルバムで、この時代は音作りがなんちゃらだから云々…的な音楽通のコメントはわたしにはできん。とにかく、眠気もピーク、心の荒み具合もピーク、…いまどきノーエアコンの住環境で暑さ寒さもピーク(ちょっぴし生命に危険すら感じるし〜)…そんな極限状態の深夜労働の脳と身体に、コレが効くのだ、沁みるのだ。

このアルバムが出たの1997年。日本では若者の間でピッチ(PHS)がブームで、数十文字のメッセージがカタカナで気軽に送れて「画期的よね♪」ってな時代ですよ、あぁた。インターネットなんてまだまだぜんぜん一般に普及しておらず、「コンピューター」というものに脅威や違和感を感じることができたおそらく最後の(?)時代ですよ。そのせいかどうかは不明ですが、まるで日進月歩のハイテクワールドや電光石火に流れゆく現代人の時間に抗うかのように、このアルバムはどの曲もぜんぜんピコピコっとしていないのだ(*ピコピコ←流行の電子音ばりばりで軽快なテクノポップサウンドのことを差してるつもり)!うーん、タイトルは“OK Computer”なのにぜんぜんコンピューターぽくないっ! だいたい“OK Computer”って意味もよくわかんないけどさ?

いくつかの曲でシャンシャンシャン…と小気味よく入る鈴のような音なんて、こりゃもうローテク感たっぷり(褒めてるんだ!)。わたしゃあ図らずも、保育園のお歌の時間に、「ジングルベール!ジングルベール!…… ほら!みんなが大きな声で歌うからサンタさんのそりが近づいてきましやよぉおぉお!!」と保母さんがハイテンションに声を張り上げて、自らの背後に回した手に隠し持った鈴を必死こいてシャンシャン振っていたのを思いだしたよ(クラスメートの半分以上は気がついてたんだよ、せんせ…)。いやぁ、こんな音を秋以降に聴いちゃったら、ちょっとしたクリスマスソング気分だわね。特に5曲目の Let down なんか、シャンシャンと優しく繰り返される音が、まるで街にしんしんと降りつもる雪のよう。やーん、ラブリーちゃんとのハッピーなホワイトクリスマスのデート気分を(殺風景な仕事部屋で)イリュージョンして独り遊びしちゃうぅぅぅ〜。

…しかしながら、ひとたび歌詞に耳を傾けてみると、けっこうイメージが違うのである。アルバム全体の流れとしては、おおまかに 【1. 世界への違和感・慟哭】 「たすけてくれ〜!オラぁもうだめだ〜!」→ 【2.やけくそモード】 「いーよいーよ。もぅ落ちるとこまで落ちますから」→ 【3.諦念・悟り】 「だけどオレら、なんとかかんとかこんな世の中やり過ごすんだよね」…である(わたしの解釈は間違っているかもしれんが、そんなことは知らん)。これを一晩中ノンストップで部屋中に響かせてご覧なさいよ。もう脳みそが眠ってる暇なんかないですよ。お蔭で、2010年もなんとかかんとか期限に間に合わせて仕事に勤しむことができました(この原稿は大幅に遅れてしまいましたが…)。

さて、どうでもいい話でここまでスペースを取ってしまったが、最後にひとこと言わせてほしい(←こういうことを言う奴は、だいたいひとことじゃ済まないんだぜ)。

わたしはトム・ヨークの声が好きだ。あの絞るような、ちょっと普通の精神状態すれすれな感じの危うい声がたまらん。痛みや官能に不意をうたれてつい出てしまった声や、無垢な赤ん坊がこちらの予想外にあげる歓喜の声なんかに共通する、一種のエロティックさを感じてしまう。三省堂神保町店の音楽本コーナーに行くたびに、ひそかに『トム・ヨーク すべてを見通す目』(シンコーミュージック刊)をぱらぱらしては買おうかどうか悩んでいることもここに告白しちゃうぜ。

…そして、トム・ヨークに思いを馳せるときにきまって蘇ってくる。当サイトの「2009年のベストCD」企画で、ロリー・ギャラガー賛を寄稿した奈落亭凡百がわたしにくれたメールが…(おうおう!やっぱりひとことじゃ済んでねえよ)。

奈落亭凡百は、音楽ど素人のわたしをバンドの世界に引きずり込み、絶叫アメーバ系(?)ボーカリストにしたてあげた人物である。怪人とも渾名されたドラマーであった彼は、いつもその個性的なすっとこビートで超ビビリな性格のわたしをうまいこと高揚させ、ライヴの間じゅう背中を押してくれたものだ。ぼろぼろに疲れきった肉体を抱えた癌闘病の末期も、ほぼ毎月のペースでライヴに出演していた愛すべき音楽狂いであった。2009年初秋のこと、当時はRadioheadの"In Rainbows"ばかり夜中にエンドレスで聴いていたわたしに奈落亭はこうメールをしてきた。

「トムはチビでヤセだけど、印税のせいか、すごくオシャレなの。歌詞はみんなトムが書いているから… 貴女も、ソングライターなどおやりになるがよろし…貴女のことばには拍動があるよ」

嬉しかった。奈落亭もおなじく Radiohead が好きだった。そして我々のバンドの全ての曲は彼が歌詞を書いていた。

2010年5月、彼は逝ってしまった。生前に一度も歌詞を書いて見せなかったことが悔やまれる。あのメールの前も後も、なんども歌詞を書くように言われていたのに…。

目下、奈落亭最後のバンドで共に活動してきたギタリストと新ユニットの準備をしている。
「あたしチビでもヤセでもないし、印税も入んないし、トムみたいにエロスたっぷりの声も出ないけど、いまは全部の歌詞を書いてるのよぉー」時どき、そんな届かぬことばをつい虚空に呟いてしまう。

…なんちゅう、おセンチモードにもしてくれるのが、わたしの「2010年のベストCD」“OK Computer”である。




Mlle.Amie

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2011年01月18日

村上隆のヴェルサイユ展(写真付で再掲)

18世紀の巨匠ダヴィッドの絵画を背景に小さな王冠を載せたかわいいポップな王様のフィギュアがたたずむ。この光景を許せない人々がフランスには存在する。現代アートで最も値のつくスターのひとり、村上隆の作品が9月14日から12月12日までヴェルサイユ宮殿で展示されることが公表されたとき、「ベルサイユ、モナムール Versailles mon amour 」と「マンガにノン Non aux mangas 」というふたつの保守系の団体がそれに真っ向から反対した。マンガやアニメにインスピレーションを受けた、村上の22点のフィギュアと絵画が―そのうちの11点はこの美術展のために特別に製作された―宮殿の大居室群、鏡の間、そして庭園に展示される。反対者たちは2008年のアメリカ人作家、ジェフ・クーン Jeff Koons の宮殿での展示に反対したメンバーと同じで、彼らはクーンの作品の展示を禁ずることを求めたが、ヴェルサイユの裁判所と国務院 Conseil d'Etat に却下された。しかし2009年のグザヴィエ・ヴェラン Xavier Veilhan ときには彼らは動かなかった。彼がフランス人だったからだろうか。ヴェルサイユ宮殿の館長、ジャン=ジャック・アヤゴンは「彼らは単に外国人が嫌いなだけだ」と切り捨てる。

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「ヴェルサイユ、モナムール」は3000人分の署名の入った手紙をアヤゴン館長とフレデリック・ミッテラン文化相に送り、デモも行う予定だ。スポークスマンは「ヴェルサイユの館長は、金を儲けたいなら村上の作品をオランジュリー美術館に展示すればいい。スペースがたくさんあるのだから。王家の居室に展示する必要はない」。また村上のセックスを暗示するいくつかの作品を槍玉に挙げる。今回は展示されないが、例えば射精している少年のフィギュア「ロンサム・カウボーイ」という作品だ。それもアヤゴン館長は極右の典型的な性の妄想だと退ける。

「マンガにノン」はフランス作家国民連合のアルノー=アーロン・ユパンスキ Arnaud-Aaron Upinsky が中心になって結成されたが、ルイ14世の子孫であるシクスト=アンリ・ブルボン=パルム公 prince Sixte-Henri de Bourbon-Parme の支持を受けている。村上隆は何か大変な人たちを敵に回している感じだが、彼らには保守らしい言い分もある。「私たちは文化的な遺産を外国人の利益のために使うべきではない。フランスには4万人の恵まれないアーティストたちがいる。それなのに、宮殿はニューヨークの公認アートのプロモートをしている」とユパンスキは告発する。「ニューヨーク、今度は日本の村上だって?」

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彼らはかつてのヴェルサイユの城主のことも気にかけている。「ヴェルサイユの傑作はルイ14世が理解できるものでなくてはならない。宮殿を村上の引き立て役のように使うことはルイ14世に対する冒涜だ」と反発する。これに対してアヤゴン館長は France 2 のインタビューで次のように反論していた。「ルイ14世は彼の時代のすべての革新と創造を見てきて、欧州全体で起こっていたこと全てを知りたがっていました。だから私はルイ14世が村上氏の作品により的確に心を動かされると思います。なぜならこれらのアプローチは何よりも適切で楽しいものだからです」

しかし興味深いことにアヤゴン館長は次の現代アート展を大居室群で行わないことを告知した。「小さな勝利」を歓迎する反対者たちをよそに館長はそっけなく答える。「私は彼らを喜ばせようとしているわけではありません。マンネリを避けるために宮殿のオペラ座のような別の場所が考えられるでしょう」。論争を避けるためじゃなくて?

この記事は下記の記事を参照した





ガーディアン(英)に掲載された美術展の様子

村上隆、フランスのラジオ、France Cuture に出演
★なぜかメアリー・ノートンも出演していて村上を絶賛していた。「私は何より彼のサイケデリックなところが好きで、特にキノコのイメージが大好き」。それに対して村上氏は「自分はドラックをやらないけど、ドラッグがもたらしたサイケデリック・アートは大好き」と。フランス人のインタビュアが村上氏に「今回の作品は、あの日本のカルト漫画『ベルサイユのばら』の幻想や記憶に呼応したものなのですか?」と聞いていた。フランスで「ベルばら」は「レディ・オスカル」というアニメによって知られているようだ。
★興味深かったのは「私はヨーロッパのアーティストたちとアイデンティティの在り処が違う」という発言。彼の場合、クライアントの依頼が最初にあり、それにいかに答えるか、いかにそれを超えるものを出していくかが問題なのだと。また村上氏のチームは100人くらいいて、彼らのコミュニケーションをとりながら作品を作ると。「芸術企業家」ならではの発想だ。また竹熊健太郎氏のツィート「今回のベルサイユ宮殿での村上アートに対する反発は、オタクの村上批判と真逆の立場からの反発だが、構造がまるで同じなのが興味深い。オタクはアートだから村上隆に反発し、フランス右翼はアートではないから反発している」も印象的だった。





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2011年01月11日

2010年の映画 『こまどり姉妹がやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』

2010年の日本映画は、東京基準より1年遅れとなるが、片岡映子の『こまどり姉妹がやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』を1番に挙げたい(大阪では10年にならないと見ることができなかった)。これは、こまどり姉妹の歴史を映像でたどりながら、その合間合間に現在の二人のインタビューが挿まれるドキュメントなのだが、テレビでその姿を見かけなくなって久しい姉妹の今を知るとともに、「こまどり姉妹」とは何であったのかを知らしめてくれる、昭和世代の人間にとっては、非常に興味深い映画であった。

komadori01.jpg姉妹の芸能界デビューは1959年(昭和34年)。最初は浅草姉妹という芸名で、「こまどり」姉妹(鳥の名前が取られているのは、美空ひばりからの連想)となるのは、翌60年のことである。筆者もこの頃は幼くて、さすがにデビュー当時の姉妹のことは知らないが、その後、大きくなるにつれてテレビで二人の姿をよく見かけるようになった、と言うよりも、親がテレビをつけるといつも歌っていたと言った方が正確かもしれない。もちろん、他にも橋幸夫(1960年デビュー)や仲宗根美樹(同)といった歌手もいたはずなのだが、何故か記憶に残っているのは、こまどり姉妹なのである。どうしてだろうか。親がファンだったから。もちろんその可能性は否定できないが、さらに親の世代(1930年前後生まれの世代)が、世代として支持したからと言いたい。それをこの作品は教えてくれる。

釧路の貧しい炭鉱夫の家庭に生まれた双子の姉妹は、門付けをして歩く母親の後をついて回り、やがて子供ながらに歌うようになる。そして、13歳で上京(1951年)、21歳でレコード・デビューをはたし、その後は紅白にまで出場する人気歌手となる。この略歴を見てわかると思うが、二人のメジャー化の軌跡は日本の高度経済成長の過程とほとんど重なっているのである。貧しいときは、貧しい生活の歌を歌い。生活に余裕が出てからは、それをまた歌のテーマとする。こまどり姉妹とは、日本の経済成長を地で行くデュオだったのである。しかもそれをメロディーに乗せて歌い続けていたのである。ここに、私の親たちの世代がこまどり姉妹を聞き続けた(支持し続けた)理由があったのだということを、片岡の作品は教えてくれる。

映画は、二人の昔の写真や記録フィルムを映し出すだけでなく、その時代、時代の彼女たちの持ち歌を聞かせてくれるのだから、高度成長する日本とともに育った世代の人間にはたまらないノスタルジーである。ましてや、今のおじいちゃん、おばあちゃんの世代においては、こうした感傷はなおさらのことであろう。作品の枠としては、1組の芸能人の軌跡を追うことによって、そこに当時の日本の姿を浮かび上がらせるという形式が取られているのだが、この映画は人間の創造行為が時代の流れとは切り離せない営為であったことをひしひしと感じさせてくれる作品であった。

人の営為が時代を作り出してゆくという意味においては、年末に封切られたミヒャエル・ハネケの『白いリボン』(2009年、ドイツ/オーストリア他)は、両大戦間のドイツのある村で起こった不可思議な事件(農夫の妻の死、村医者の事故、少年の虐待など)を描いて、それらの事件が来るべき次の時代(ナチスの時代)を準備するものであったということを描き出す秀作であった。

劇中で次々と事件が起こるその村は、一見ミス・マープルの登場しないセント・メアリーミードを思わせてのどかなのだが、ハネケはいつもの通り、それらの事件に解決を与えるつもりは毛頭なく、映画はカフカの作品世界を思わせて幕を閉じる。

ハネケを未発見の人にぜひ見ていただきたい1本である。




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