■ルノーから派遣されたカルロス・ゴーン、日産自動車の再建に着手、顕著な成果をあげ、企業再建の象徴的存在となる。□エルコンドルパサー、凱旋門賞(於ロンシャン競馬場)で2着に入る。惜しくもモンジューにゴール前で差し切られる。騎乗は海老名。
□日本通のジャーナリスト、エチエンヌ・バラールの『オタク・ジャポニカ―仮想現実人間の誕生』が注目を集め、フランスでもオタクが認知される。
§1998年
■日本におけるフランス年を記念し、東京のお台場に「自由の女神」が来る。普段はエッフェル塔の下のグルネル橋にある。
■フランス開催のワールドカップに日本代表チーム初出場。日本人サポーター、空売りチケットをつかまされる。日本代表チームの監督はフィリップ・トルシエ。
■ブルターニュのバター菓子、クイニー・アマン発売。女子高生を中心に人気、コンビニでも売られる。
§1997年
□エルメスがマンガによる社史の作成に竹宮恵子を起用。「馬に乗れる人、馬が描ける人」というデュマ・エルメスが提示した条件に竹宮が合致。「エルメスの道」はエルメスが公刊した唯一の社史となる。
§1996年
■ドンクからカヌレ・ド・ボルドー発売。カヌレは外がカリっ、中はモチモチ、のボルドーのお菓子。
§1995年
■シャネル製品で身を固めるシャネラーが現れる。
■塗るだけで痩せる、ディオールのスリミングローション「スヴェルト」爆発的に売れる。
■リュック・ベッソン監督『レオン』公開、主演のジャン・レノ人気高まり、以後日本のCMの常連となる。
■ジャック・シラク大統領、南太平洋のムルロワ環礁で核実験を強行、翌年1月まで計6回の実験が行われる。日本の政治家が現地で抗議行動に参加、フランス製品の不買運動も起こる。大学ではフランス語の履修者激減。
□日本で大流行した「たまごっち」がフランスに上陸。小学生が教室に持ち込み、授業に集中しないなどとフランスでも社会問題化する。§1994年
■オープンカフェ・ブーム。<ドゥ・マゴ><カフェ・フロール>などパリの老舗カフェがモデル。
§1993年
■エビアンのペットボトルを首から提げる、エビアン・ホルダーが流行。
■『南仏プロヴァンスの12か月』ベストセラーになる。続編『南仏プロヴァンスの木陰から』と合わせて70万部売れる。

§1992年
■フレンチ・カジュアルがブームになる。<アニエス・ベー>が人気爆発。続いて<クーカイ><A.P.C.>など。
■クレモンティーヌが「アン・プリヴェ〜東京の休暇」を発表。小沢健二、田島貴男、ゴンチチ、高浪敬太郎ら、渋谷系のアーティストたちが曲を提供。フランスでは日本でしか人気がないアーティストとして紹介される。
§1991年
■レオス・カラックス監督『ポンヌフの恋人』日本で上映、大ヒット。パリのポンヌフに思いつめた顔の日本女性出現。□クレッソン首相が日本製品のヨーロッパ市場への著しい流入に対して「日本人は蟻」と発言し、物議をかもす。
□フランスで『北斗の拳』が過剰な暴力表現ゆえに放送中止に追い込まれる。『ドラゴンボールZ』も同じ目に。
■日本でのフランスブーム
□フランスでの日本ブーム
★他の時代の年表はコチラをクリック!
★FRENCH BOOM CHRONICLE は FRENCH BLOOM NET のオープンソースなエントリーです。フレンチ・ブーム年表を参考に、あなたの決定的なフランス体験をコメント欄に綴ってください。重要と思われる事項は年表に書き加えていきます。フランス文化史、日仏交流史は専門家が編むものではなく、個人のフランス体験の総体と考えます。他の時代もぼちぼちアップしていきます。
cyberbloom
↑クリックお願いします





1992年発売の、「アン・プリヴェ 〜東京の休暇〜」という、アルバムからでした。
当時渋谷系といわれてた人たちとのコラボレーションのアルバムは、まさに私がイメージしてたお洒落♪なおフランスの空気でいっぱいでした。
それから、フランス語を習ったりして、フランス人のお友達が出来たりすると、お洒落なばかりじゃないおフランスの実情が見えてきましたが、そこもまたフランスの魅力だと思います。