2008年10月23日

MUSIQUE POUR L’AUTOMNE 秋の音楽

秋は暑くもなく、寒くもない、ニュートラルな季節だ。芸術の秋と言われるのも、意識が環境の影響を受けず、1年でいちばん明晰な状態にあるからだろう。もちろん、音楽向きの季節でもある。ニュートラルな季節と言えば、春もそうだ。しかし春は夏を目指すが、秋は冬に向かう。方角的に言えば、北を目指す。これが決定的な違いだ。秋になると音楽探しの旅も必然的に北へ向かう。今秋はドイツやスウェーデンのジャズに食指が動く。まずは、北欧の新しいジャズの存在を世界に知らしめたスウェーデンの KOOP の「アイランド・ブルース」(「KOOP ISLANDS」に収録)。

KOOP - ISLAND BLUES

Waltz for Koopこのビデオクリップはスタイリッシュな映画仕立てになっているが、映像には、Moulin Rouge や Folies Pigale がちらりと映っていて、舞台はパリの歓楽街だということがわかる。最後のシーンはブーローニュの森っぽいし、曲もアコーディオンを使ったミュゼット風の味付け。つまり「フレンチでスウェディシュ」−最近この表現はオシャレであることの最大の賛辞になっている。

このビデオのこの救いようのなさ、行き詰まり感が「北方的」なのかもしれない。決して逃げ道がないわけではない。自分を追い込んでしまうオブセッションが問題なのだ。ストーリーが断片的ではっきりしない分、それだけが純粋に伝わってくる。

これは芸術にも関わる問題である。詩人や芸術家は「北の果て」でのたれ死にする。あるいはそうすることに憧れる。世界の果てを、朽ち果てていく自分の肉体によって確認する。肉体の限界を世界の限界に重ね合わせるのだ。到達すべき何か、触れるべき底があるというオブセッション。それによって自分から逃げ道を奪い、自分を追いつめる。

そういう意味で、ドイツもまた北の方角にある。決して手に入らないものを求めて死の季節をさすらう若者の姿を描くシューベルトの「冬の旅」や、晩年ヨーロッパに留まり、ベルリンで亡くなった芸術家肌のジャズマン、エリック・ドルフィーなんかを思い出す。最近の映画では、刑務所でロック・バンドを結成した4人の女囚が逃避行を続けるロードムービー「バンディッツ」が印象的だった。

「誰でも北に向かった逃亡者はさいはての港に追い詰められ、霧のなかで銃殺される場面を知っているだろう。そして、南へ向かった逃亡者が浜からモーターボートで去ってゆき、くやしがる追跡者をあとにする場面を知っているだろう」
(『シミュレーショニズム』椹木野衣)

「バンディッツ」のラストシーンはまさに港である。ロックを始めた人間はこういう結末を迎えるしかない。最初は表現によって自分を解放するが、最後には表現によって自分を追い詰めるのだ。

一方、モーターボートで逃げ去るシーンと言えば、「ルパン3世」を真っ先に思い出す。「ルパン3世」の痛快さは主人公たちの盗みの手際の良さよりも、彼らが決して捕まらずに逃げおおせることにある。「ルパン3世」はアルセーヌ・ルパンの孫という設定だが、イタリア映画の血が多分に入っている。いまだ詩なんて言っているやつは放っておいて、南に逃げよう。ランボーも詩を捨て、南に向かったではないか。

地中海に面した南仏の空の色は、パリのそれとは全然違う。あの吸い込まれそうな色にすでに救われた気持ちになる。ドイツにはバカンスの海がない。スペインのマジョルカ島に行ったときに驚いたのだが、そこはドイツ人バカンス客の植民地と化していた。スペイン語表記と同じくらいのドイツ語表記であふれていた。日本人にとってのハワイのようなものなのだろう。マジョルカ島のマジョリティーは「不凍港」を求めるドイツの南下政策の結果なのだ。

KOOP - SUMMER SUN(featuring YUKIMI NAGANO)

南に逃げている場合ではなかった。再び北の音楽の話に戻ろう。KOOP を世界的に有名にしたきっかけに、ユキミ・ナガノ Yukimi Nagano という女性ボーカリストがいる。スウェーデンのイェテボリ出身で、日本人インテリアデザイナーの父を持つ。彼女は KOOP の「SUMMER SUN」でヴォーカルを担当し、それが KOOP の世界的ブレイクのきっかけとなった。そして彼女自身も北欧を代表するヴォーカリストとして認知されることになる。彼女の出身地、イェテボリは新しいジャズの才能が集まっていて、クリストファー・ベルグのソロ・プロジェクト、HIRD (ヒルド)もそのひとつ。彼もまたユキミ・ナガノに魅せられた一人である。

イェテボリはスウェーデンの工業都市で、首都ストックホルムに次ぐ第2の都市のようだ。そう聞くと、エレクトロなシーンが生まれるのもわかる気がする。独自の先鋭的な音楽シーンを生み出した他の工業都市を思い出させる。産業革命の中心都市だったマンチェスター(ファクトリー)とか、ルール工業地帯のデュッセルドルフ(クラフトワーク)とか、自動車産業で有名なデトロイト(テクノ)などだ。

スウェーデンは昔から気になっている国だが、さすがに行ったことがない。日本人の歌手が活躍しているとか、スウェーデン語ではなく英語で歌っているとか、新しいジャズを通して少しだけ具体的なイメージを抱くことができる。HIRD のジャケットの凍てついたような月。秋でもすでに寒さが尋常なじゃないんだろうなあ。

HIRD - KEEP YOU KIMI(featuring YUKIMI NAGANO)

Future Sounds of Jazz, Vol. 10 HIRDは、ドイツの Future Jazz レーベル、COMPOST のコンピレーション、「Future Sound Of Jazz」に紹介されていて知ったのだが、その別のコンピ「Compost for Cafe Apres-midi 」(2001年)を再び引っ張り出している。中でもお気に入りが、THE AMALGAMATION OF SOUNDZ と A FOREST MIGHTY BLACK。

A FOREST MIGHTY BLACK - TIDES

ジャズが冷たい北の海に沈みこまないためには、ダブのような南の要素や、エレクトロのような未来の要素が必要になる。両者とも独特の軽やかさと浮遊感を曲に吹き込む。声を発した最初の瞬間だけで曲を羽ばたかせる魅惑的なボーカルでもいい。音楽には救いがなくてはいけない。どこでもない場所をはらんでいなくてはならない。

O CAROLINE - ROBERT WYATT

最後におまけの1曲。以前、「眠れないときの音楽」としてexquiseさんが紹介してくれたロバート・ワイアット。この曲はマッチング・モール Matching Mole 時代の曲。切ないメロディーが秋の冷ややかな空気とともに心に滲みる。バンドはかなりフリーなこともやってるが、これはワイアットの温かみのあるボーカルを生かした名曲。





cyberbloom

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posted by cyberbloom at 00:01| パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | サイバーリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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