2008年12月01日

世界の大学、最新事情

Newsweek (ニューズウィーク日本版) 2008年 10/22号 [雑誌]『ニューズウィーク』(日本版10月22日号)の「世界の大学、最新事情」という特集を読んだ。日本にいると全くピンと来ないが、世界では優秀な頭脳の争奪戦が行われている。

世界の大学の頂点にはハーバード大学などの英米のエリート校が君臨してきた。そのヒエラルキーを揺さぶろうと多くの国が猛烈な攻勢をかけている。

ユネスコの統計によると学位取得を目指す学生の数は05年に世界で1億3800万人にのぼった。7年間で4割増えた計算だ。とりわけ新興国が豊かになれば、それだけ大学で学びたいと望む若者が増えるのは当然だろう。そして彼らはとりわけ英語圏の教育先進国の大学を目指すわけだが、最近は増える一方の学生を受け入れられなくなっているのだという。世界の留学生の数は2025年までに現在の3倍の約720万人に増えると言われている。

増加を続ける留学生を奪い合う各国の動きが、世界の教育地図を塗り替えようとしている。欧米の名門校の地位はすぐには揺るがないにしても、急成長し始めているペルシャ湾岸諸国や中国、シンガポールなどの大学に抜かれてしまう日はそう遠くないかもしれない。ヨーロッパの大学でも留学生を集めるために魅力ある大学都市を整備しているというニュースをよく耳にするが、こういう危機感が背景にあるのだ。アジアの中でも競争をリードしているのは中国で、留学生数は過去6年間で実に3倍以上に増えている。国内のトップ研究機関に40億ドル以上の資金を投入するなど、大学に多額の投資を行ってきたことが功を奏している。

欧米の大学の最大のライバルとして専門家の多くが挙げるのはオイルマネーで潤うペルシャ湾岸諸国。とんでもなく豊かで社会がそこそこ安定しているドバイやその周辺諸国は、カイロやベイルートを中東の学問の都の座から引きずり降ろし、大学の世界競争のなかでも特に激しい競争を展開している。UAEが文化・教育事業に費やす金額は200億ドル以上。UAEを構成するドバイやアブダビではシンポジウムや映画祭などの文化イベントが頻繁に開かれ、大規模なアラビア語の翻訳出版事業も着々と進められている。ソルボンヌ大学(パリ第4大学)もアブダビに分校を構えているが、その学長に言わせると湾岸地域は「現代のアンダルシア」で、1000年前に西欧とイスラム圏の知性が交流した南スペインのような雰囲気があるのだそうだ。

アブダビにはすでにMIT(マサチューセッツ工科大学)も進出。ニューヨーク大学アブダビ校も開校予定。ドバイにはハーバード大学やロンドン・ビジネススクールが現地校を開設、カタールにはコーネル大学やカーネギー・メロン大学などアメリカの有名大学が進出している。他の国にはアイデアがあっても、資金がない場合が多いが、湾岸諸国はアイデアに十分な資金を提供し、それを簡単に実現してしまうのだ。

湾岸諸国が大学教育の中心地に変貌している要因は、オイルマネーだけではない。何よりもエジプトやシリアとは対照的にカタールやUAEの指導者たちが寛容で未来志向であること。言論と表現の自由もおおむね保障され、在留外国人にも大幅な自由を認めている。服装や飲酒、男女の社会的な役割に対する法的規制もほとんどない。交通の便もよくなり、宿泊施設も充実し、外国からも訪れやすくなった。ビザの取得に関してはイスラエル人に対して以外は世界で最も緩い部類に入る。先ほどの「現代のアンダルシア」ではないが、この地域は非常にコスモポリタンな雰囲気があるのだという。

もちろん、すべてが薔薇色なわけではない。いくつか問題も生じている。アメリカ流のやり方が中東には合わないとか、現地の学生の基礎学力が足りないとか、勉強の習慣が身についていないとか。しかし、これらは克服できない問題ではなさそうだ。もうひとつの問題はいつまでドバイの繁栄が続くかってことだが、今月24日、ドバイ政府や政府系企業が抱える債務が800億ドル(約7兆6000億円)あることが初めて公表され、借り入れをてこに進めてきた大規模開発を見直す方針が示された。それが文化・教育事業にどう影響するかだ。

一方、隣の韓国はアメリカの一流大学に多くの学生を送り込んでいる。アメリカの大学で学ぶ学生の数では人口の多い中国やインドに次いで3位(韓国の人口は5000万人弱)。ハーバード大学の学部で学ぶ韓国人は37人でカナダとイギリスに次ぐ。アメリカの名門8校への合格率を高校別に見たときの上位40校に入るアメリカ国外の高校は2校あるが、2校とも韓国の高校なのだという。

韓国政府は高等教育関連の支出を対GDP(国民総生産)比で2・6%に引き上げた。アメリカに次ぐ2位の数字で、欧米諸国の平均の2倍だ。韓国政府は今後5年で大学の研究活動に20億ウォンの資金を提供する計画で、仁川経済自由区域(仁川国際空港に隣接)にアメリカの大学の誘致を積極的に行っている。そこまでやっても、06年の留学生の数は2万2000人に止まり、逆にその10倍にあたる21万8000人が国外の大学に流出している。

この記事を読んで愕然としたのは、日本の大学の話題がひとつも出てこないこと。中国、韓国、シンガポールなどの周辺の国々の動向が話題になり、注目されているにもかかわらずだ。

日本の大学は西洋の学問を翻訳し、移入するという使命から始まった。明治以降、大学の教師は欧米の情報を独占的に仕入れて、それを翻訳し、小出しにしながら自分を権威付けてきた。大学制度はこの情報の落差によって維持されてきたと言える。文系に関して言えば、この一方通行モデルはあまり変わっていない。欧米に対する受け身な体質と、自給自足可能な市場ゆえの内向き志向からは、少なくとも教育が国策だとか、教育を外国に向けて売ろうなどという発想は生まれないだろう。今年は複数の日本人ノーベル賞受賞者が出たが、その際には頭脳流出が問題になった。受賞者本人も自分は日本の大学の産物ではないと発言したものだから、そのときは大学改革をという声があちこちで上がっていた。

グローバリゼーションによって大学が国際的な競争にさらされているにも関わらず、日本の大学の変化の足取りは鈍い。何しろ国内の大学を守るために欧米の大学の進出を阻んできた輝かしい実績を持つ国なのだから。このような大学の鎖国化の背景には、大学が文科省とズブズブの関係にある既得権益と化していることもよく指摘される。

少子化で誰でも大学に入れる時代になったが、一方で大学を選ぶ価値基準も多様化しつつある。これまでは日本国内の偏差値しか大学を測る基準がなかったが、その気になれば情報を収集して外国の大学を選択肢に加えることができる。もちろん、親の外国語の能力とリテラシーが問われるわけだが、ここでもネットの果す役割は大きい。すでに一部では確実に海外脱出の動きが広がっている(勝間和代もよく話題にしている)。日本の大学が変わるのを待つよりは、さっさと外国に出てしまう方が手っ取り早いということなのだろう。

日本はGDP(国民総生産)に占める高等教育への公財政支出は0・5%で最低レベル。大学の授業料はバカ高いし、就職できるかもわからないのに奨学金という借金を背負わされる(高等教育費の公的負担率は13%)。日本の大学にそれだけの負担に見合う価値があると信じられているうちはいい。外国の教育条件(教育内容や学生の経済的支援)がだんだんと良くなり、お金の問題ではなく、情報の問題だとみんなが気づいたときには、状況は一変するだろう。

「日本の企業で働くために日本の大学に行く」という固定観念も、非正規雇用が半分近くに達していること(このアンフェアは若い世代の日本不信に確実につながっている)、多くの企業が多国籍化していること、あるいは人口減少によって日本の市場規模が急激に縮小することを考えれば、これからは崩れていくしかないのだろう。グローバリゼーションは外圧として働くだけでなく、内側から価値観そのものを溶解させるのだ。そして、ちょうど隣の国のように、良い教育を受けるには外国に行くしかないと気づいたならば、日本人は命がけで外国語を始めるだろう。

この国が外国語教育に熱心でないのは、それに気がつかれないようにするためなのかもしれない。いまだに「英語をぺらぺらしゃべるやつを見るとムカツキますよね」と真顔でいう学生がいるが、まだまだ日本の鎖国教育はうまく行っていると考えるべきなのだろうか。




cyberbloom

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posted by cyberbloom at 16:18| パリ 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | サイバーリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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