2008年12月03日

THE BIG ISSUE ビッグイシュー

bigissue01.jpg「ビッグイシュー」という雑誌をご存知だろうか。駅前や駅の構内で雑誌を売っている人(ベンダー=販売者)をよく見かけるが、ホームレスの人々に収入を得る機会を提供する事業として1991年にロンドンで始まった。いわゆる「社会的企業」のひとつである。一部300円で、そのうちの160円がベンダーの収入になる。それを売ることでホームレスの人がソーシャル・スキルを身につけ、人間関係を築いたりできる。その収入を元手に自立することもできる。

日本では2003年9月に創刊され、今年が日本での創刊5周年。それを記念して脳科学者の茂木健一郎が公演を行い、その内容が107号の記事になっているが、なかなか興味深い。

ホームレスの人としゃべりたいと思っていても、それを実行するのは結構難しい。「ビッグイシュー」の媒介なしに、ホームレスの人とコミュニケーションを成立させようとすると非対称の関係になってしまう。コミュニケーションは対等であるときにもっとも進展するが、そこに上下関係が入り込むとコミュニケーションが滞る。誰もが日常的に経験することだ。「ビッグイシュー」が重要なのは商行為として成り立っていることである。お金を手渡し、雑誌を受け取るという、対面的なやりとりによって、ベンダーがお客と対等に、気兼ねなしに話せる基盤ができるからだ。

また資本主義はとりあえずのものとして採用されているシステムであり、それはつねに脆弱性をはらんでいる。それに対してフレキシブルに対応しなければならない。「多様な価値観を認めよう」とよく言われるが、その理論的な根拠はこの脆弱性にある。それを埋めるのが多様性なのだ。そのひとつが「ビッグイシュー」に象徴される社会的企業の試みだ。イギリスはチャリティとビジネスを結びつけるのが非常にうまい国なのだという。行政の支援もあるが、それをあてにしない別の回路もある、とうのがいいのだろう。日本にはチャリティという概念すらないので、「ビッグイシュー」にような試みがいっそう重要になってくる。

さらに茂木さんは、偶有性(contingency)という概念に言及している。

哲学的に偶有性の大事な要素は「私はあの人だったかもしれない。私は全然別の人生を歩んでいたかもしれない」ということを知ることだ。茂木さんは、小倉生まれの母親から、「もし長崎ではなく小倉に原爆が落ちていたら(あの日、小倉が曇っていたのでアメリカ機は落とすのを止めた)、あなたはなかった」とよく言われたのだそうだ。

偶有性は、敵と味方、富めるものと富まざるもの、そういう関係性を固定化するのではなく、混ぜ合わせてしまう。ここに人間の共感の出発点があり、そういう偶有性の感覚に眩暈を感じられるのは人間だけなのだ。今の立場を得たのは必然だとか、自分の才能なんだとかいう考えは、あさましい成り上がり根性にすぎない。すでにそこで他者を理解しようと言う回路を自ら断ってしまっている。

分断したカテゴリーや一見折り合えないように見えるもののあいだのコミュニケーションを考えること。これは社会学的な思考の根本だ。男と女、若者と年長者、専門家と素人、あらゆるところに分断があり、それが最終的に戦争にまで行き着いたりする。若い人たち対して茂木さんはこのように言う。

「若さと言うのは、自分が何者でもありえた、これからでも何者でもありえるということを引き受けて、そして他人の様々な苦境とか、そういうことに共感をもって、できることをやるという、これが大事なことだと僕は思います」

「ビッグイシュー」から受け取れるメッセージは、私たちがいろんな分野において善意を社会化していかなければ生き延びていけないということ。誰もが社会問題にディープに関われるわけではないが、「ビッグイシュー」によって私たちは善意を小さな形で積み立てることができる。善意をコーディネートする仕組みなのだ。善意があってもそれを形にしたり、方向付けたりできない人の方が圧倒的に多いのだから。

□「ビッグイシュー日本版」 http://www.bigissue.jp/





cyberbloom

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posted by cyberbloom at 16:55| パリ ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | サイバーリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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