彼の最新作『我が至上の愛〜アストレとセラドン〜』Les amours d'Astrée et de Céladon(2007)は、初めてこのふたつの系統の境界を飛び越えた作品である。原作は17世紀に書かれたバロック小説『アストレ』(オノレ・デュルフェ作)。舞台は5世紀のガリア。若い羊飼いの恋人同士の、誤解と別離と和解の物語である。これまでの彼の映画作りの原則から行けば、当然ふたつめの系統の映画になってもよさそうなものである(そして、それはそれでおもしろいものになったろう)。だが彼はこの映画を、『聖杯伝説』のようにではなく、むしろ『海辺のポーリーヌ』のように撮った。そして出来上がった作品は、初々しさと、生々しい感情と、またその感情とシンクロするかのように豊かな表情を湛える自然の美にあふれるものになった。さらには軽妙な艶笑譚的趣もある(とくに後半)。なぜ彼がここにいたって「原作もの」の演出ポリシーを変更するに至ったのかはよくわからぬが、この新機軸から生まれた結果は非常に好ましく、ロメールが齢九十近くにして新たなる境地に達したことをはっきりと示している。聞くところによると彼はもう長編を撮らないつもりらしいが、こんな若々しい傑作をまだ撮れるのになんともったいないことか、と思ってしまう。
ロメールの映画は総じてシネフィル的な記憶をあまり喚起しないのだが、本作はその自然描写――川、森、陽光!――と生の(そして官能の)喜びの横溢によって、ある映画作家の一本の作品を私たちに想起させる。ジャン・ルノワールJean Renoirの『草の上の昼食』Le Déjeuner sur l'herbe(1959)である。若いころから一貫してルノワールの熱烈な信奉者であったロメール――彼は1959年に『草の上の昼食』を称揚する「ルノワールの若さ」なる文章を発表している――が、老境にいたり、改めて自作によってルノワールへの大いなる共感を表明しているように私には思える。溺れたセラドンが救助されて運ばれたニンフの居城に掛かる絵のなかに、エドゥアール・マネÉdouard Manetの有名なタブロー「草上の昼食」Le Déjeuner sur l'herbeと同様のポーズをとる群像があったことを指摘しておこう。ルノワールの映画と同じ名を持つマネの絵の引用。これが偶然のはずはなかろう。半世紀前に作られた名画にたいするロメールのまわりくどいオマージュに違いあるまい。
■上記の城に掛かっていた「絵」自体は、マネが「草上の昼食」を制作するときに参照したライモンディの「パリスの審判」(ないしはそれの模写)だったようにも思うが、なにぶん一瞬見ただけなので記憶が曖昧である。いずれDVDなどで確認したいと思うが、詳しいことをご存じの方がおられたらご教示願いたい。
■私はロメールの前作『三重スパイ』をまだ見ていない。この文章は当作品をふまえたものでないことをお断りしておく。
MANCHOT AUBERGINE
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