のっけからですが、まずは引用から。「当たり前なんですけど、彼は球を速く投げたほうが速くアウトにできるんじゃないかといってるんです」
「野球もよう知らんくせして、ようそんなこといいよるな」
と吉田はいった。
「すいません。これがフランス人なんです。この国では、自分の意見を言えない者はバカ者だというふうに教育されてますんで、めんどくさいんです。ぼくもこっちにきたばかりの頃は、論理がきちんとしていないとテコでも動かないんで、面食らったもんでした。でも納得すればはやいですから、慣れるまでなんとか辛抱してください」
「ええか、球いうのは人間の走るスピードより何倍も速いんや。トスを速くしなくてもダブルプレーには十分な時間がある。それを、あせってセカンドに強い球を投げたら、タイミングだってとりにくいし、エラーをする確率が高くなるやろ。セカンドも走ってくるんやから。それで柔らかくトスせなあかんのや」
選手は大きくうなずき、笑顔をみせるとすぐにショートの位置に戻っていった。(同書、p60)
このくだりを読んだ瞬間、なんだかとても新鮮な気持ちになりました。ぼくもいちおうは「フランス文化」を学ぶほうの立場にあるので、どちらかというとフランスの文化や流儀はどうなっとるのかとか、そんなことが気になりがちです。ところが、いまWBCの話題でもちきり(?)の日本といえば野球の強豪国。野球は「日本の文化」といってもいいでしょうが、『‘ムッシュ’になった男』はそんな野球伝道師吉田義男のパリ1500日滞在期がドキュメンタリータッチで描かれています。
吉田義男さんがフランスに野球を教えにいったことがあるのは有名ですが、実際はどんな様子だったのかはほとんど伝えられていませんでした。ぼくも吉田さんは阪神の監督を辞めたあと、フランス政府(野球連盟とか)の要請とか、日本野球界による野球普及活動で、フランスに渡っていたのかと思っていましたが、さにあらず。なかば観光のつもりでパリ在住日本人の知人の要請でフランスに渡り、その後、現地の野球関係者と接触するうちにあれよあれよという間にフランスで野球を教えることになり、しかも滞在当初はまとまった給料が出たわけでもなく、ほとんど手弁当状態だったのだとか。まずは、パリのクラブチームのコーチを務めるところからフランスでのキャリアをスタートさせ、その後、順調に実績を残しつつナショナルチームの監督に就任したのだそうです。
ところで、この本はいろんな角度からみることができますね(1990年ころが舞台なので、現在状況は変わってるでしょうが)。フランスの野球事情――フランス国内最強クラブチームの選手で、山なりのボールでしかキャッチボールできないのがいるらしい…――、ヨーロッパの野球事情――先日、WBCでオランダがドミニカを下し、1次ラウンドを突破しましたが、ムッシュ吉田もオランダには散々痛い目にあっていたようです――、冒頭の引用で紹介したようなムッシュ吉田の直面した文化衝突(?)などなど。
ちなみに、ぼくの一番印象に残ったくだりが、
「これがヴァンセンヌの森ですねん」
登場人物のほとんどが関西人なんですが、関西弁とフランスのマッチングはなかなか素敵です…。
“ムッシュ”になった男―吉田義男パリの1500日
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