彼は2007年秋ごろから化学療法を受けるなどして闘病生活を送っていたが、そのかたわら、2008年3月にはアルバムBleu Pétroleを発表、ライヴ活動もコンスタントにこなしてきた。この1月にはレジオン・ドヌール勲章(シュヴァリエ)を授与され、また2009年ヴィクトワール・ドゥ・ラ・ミュージック(日本のレコード大賞の如きもの)において、ノミネートされた4部門中3部門で受賞。2月28日のセレモニーには病をおして出席し、挨拶とパフォーマンスを行い万雷の拍手を浴びた....。だがそのたった二週間後、彼は家族に見守られ、静かに旅立った。
プレスリー以降ニューウェイヴに至るまでの英米ロックのエッセンスを幅広く吸収し、才能あるふたりの作詞家、ボリス・ベルグマンBoris Bergmanとジャン・フォークJean Fauqueの助けを借り、まことに独自な音楽世界を築いてきたアラン・バシュング。彼をフランスロック界の最重要人物と呼ぶことに異議を唱える人はおそらくおるまい。40年以上のキャリアにおいて彼は多くの――そして、ヴァラエティに富んだ――傑作をものしてきたが、その中でもとびきりのアルバムを3枚紹介しておこう。セルジュ・ゲンスブールSerge Gainsbourgが詞を担当したPlay Blessures(1982)。ブリクサ・バーゲルト(アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン)、コリン・ニューマン(ワイヤー)等が参加したニューウェイヴの大傑作Novice(1989)。ピアノとストリングスと低音のヴォーカル(というよりほとんど「つぶやき」)が絶妙の調和を見せるL'Imprudence(2002)。いずれも冷たく、暗く、重く、強度に満ちたマスターピースである。
セルジュ・ゲンスブールの死後、彼が占めていた場所を20年近くにわたって埋めてきたバシュングの死。この穴を今度はいったい誰が埋めることになるのか。少なくとも私には思いつかない。
MANCHOT AUBERGINE
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