2009年05月28日

「路面電車ルネッサンス」

路面電車ルネッサンス (新潮新書)路面電車の再生がなぜ21世紀の街づくりに必要なのか。日本においてそれは可能なのか。路面電車をナイーブな思想や感情論からではなく、いかに経済合理性にかなっているかを著者は訴えている。経済合理性とは、限りある資源を最も有効に活用し、私たちの生活における満足度を最大にしてくれるという観点である。

確かに路面電車をめぐる世界の流れは変わった。クルマ社会の邪魔者として街から姿を消しつつあった路面電車が、21世紀の都市交通に不可欠であることを疑う余地はなくなりつつある。クルマ社会にどっぷり漬かっているアメリカでも変化が起こっている。自動車メーカーも時代の先を読み、路面電車の開発や生産に参入しているのだ。音楽の都ウィーンにはポルシェがデザインした路面電車が颯爽と走っている。

自動車に乗るメリットとはなんだろうか。何よりもそれはプライベートな空間を楽しめることにあるだろう。また目的地に好きなときに最短の経路で到達できる自由さがある。乗っている自動車で社会的なステータスを誇示できると思っている人もいるだろう。

一方で自動車の非効率性に目を向けてみよう。自動車はつねに渋滞を免れないが、それは自動車の占有面積が原因である。1人当たりの占有面積は普通乗用車でバスの15倍あり、都市部では広い駐車スペースが必要になる。もうひとつの非効率性は、自動車はエネルギーの消費に対して輸送量が小さいことにある。1人当たりに換算して相対的に多く排出される自動車の排気ガスは、大気汚染という局所的な問題から地球温暖化というグローバルな問題に格上げされている。

加えて交通事故のコストがある。道路交通事故の経済的な損失は年間3−4兆円と言われている。これらに対してドライバーは自動車保険を払っているが、人命が失われることによる本人の悔しさと遺族の悲しみは決して計ることができない。それに比べ、鉄道の死傷者数はその500分の1にすぎない。

確かにこれまでは居心地が悪くスピードの遅い路面電車に押し込められることを考えれば、自動車の自由なプライベート空間はかえがたいものだった。つまり、自動車ほどの満足度を与えてくれる交通手段は他になく、自動車の効用性が高かったのである。

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しかし近年の路面電車の輸送量、速度、車内設備は昔のチンチン電車とは全く別のものである。柔軟に路線の設置ができ、高架、地下、道路上と神出鬼没だ。アクセシビリティーも良く、低床車がバリアフリーを可能にし、高齢者、障害者が乗降しやすい。また運行頻度を上げることが可能になり、待たずに乗れて、しかも空いているときている。さらに建設コストが安い。地下鉄や高架を走る電車は一から作らなければならないので、建設コストが高くつく。路面電車は既存の鉄道を利用することもできる。サンディエゴやナントでは貨物線を再利用してコストを下げた。

ヨーロッパやアメリカでは自動車中心のライフスタイルが郊外化を促進し、中心街が廃れ、環境や治安が悪化した。多くの地方都市は自動車を運転できる人のための街でしかない。自動車を持たない人には極めて住みにくい。つまりそれは市民としての最低の権利であるシビルミニマムを満たしていないことになる。自動車の利用を前提とした地方都市の姿は、社会的に見て非効率で、サステナブルではない。環境や高齢化に対応できていないからだ。

社会構成員のすべてが自動車を使いたいわけではない。多様な好みに対する多様な選択肢が必要なのだ。また街を利用するのはそこに住む人々でだけではない。観光やビジネスで訪れる人々もおり、住人とって不便ということは外来の人々にとっても不便な街ということなのだ。外から来る人々のことを考えることは観光の振興にもなり、街の魅力を高めることにもつながる。

路面電車によって一変した街のひとつに、アメリカのポートランドがある。街作りと一体となった公共交通の整備が構想され、予定の高速道路の建設を取りやめ、その資金によって路面電車を復活させた。その結果、ポートランドはアメリカで住みやすい街 No.1になった。MAXという名の路面電車の駅前を中心に街が生まれ、脱クルマ化が進んだ。郊外の自然を守りながら、中心街の求心力を維持し、コンパクトな街を作るというやり方だ。

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フランスでの路面電車の復活を論じるにはストラスブールを避けて通れないだろう。ストラスブールでは自動車を締め出すことに反対する商店街と街の環境を重視する市民が対立していた。1989年の市長選で路面電車の建設の是非が争点になり、路面電車推進派のカトリーヌ・トロットマンが地下鉄推進派を破って当選。彼女がリーダーシップを発揮し、商店街や自動車団体と対話しながら、市民レベルでトランジットモール化と路面電車の建設を公表。3年後の1994年に流線型の未来型の路面電車がストラスブールを走ることになる。

新しい車両はベルギーのデザイナーが設計した。ヨーロッパの技術の粋を集め、車輪の軸をなくし、道路面から床下までわすか34mmの低床車を実現した。そこには路面電車は街の景観の一部であるというコンセプトがベースにあり、停留所から軌道敷までが街のデザインなのだ。オム・ド・フェール( Homme de fer )広場の停留所を覆う大きなガラスのリングはストラスブールのシンボルになっている。ストラスブールの衝撃的な変貌は世界中の都市のアーバンデザインに影響を与えた。フランスではその後、モンペリエ、リヨン、オルレアンでも路面電車が開通し、その有効性が証明されることになる。つまりはデザイン性によって街が変わり、市民の意識が変わるということなのだ。

□写真上、富山市のライトレール(筆者撮影)
□写真下、ストラスブールのユーロトラム(この写真は Manchot Aubergine さんからいただきました)

関連エントリー「楽しい路面電車(1) モータリゼーション」
関連エントリー「楽しい路面電車(2) LTR」
関連エントリー「楽しい路面電車(3) 世界の路面電車」




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posted by cyberbloom at 22:29| パリ ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サイバーリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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