2010年02月11日

ハイチからの声

フランスと深い繋がりのあるハイチを襲った大地震からはや1ヶ月。この国が直面している現実のひとつひとつを、やりきれない気持ちで見ています。なんとも歯がゆい。
 
また、いたしかたのないことかもしれませんが、ハイチについての報道は、取材する側の目線で作られ、困難の最中にある人々はひたすら被写体であることを強いられているように感じます。
 
ハイチで生まれ、アメリカで生活する作家、エドウィッジ・ダンディカット(写真↓)が『ニューヨーカー』誌に寄せた一文を、一部紹介したいと思います。テレビのニュースからは読み取れない、人々の声です。


danticat01.jpgマキソの遺体(作者の従兄)が掘り出されたころまでには、携帯電話がようやく通じだし、絶望の声が嵐のように押し寄せてきた。従姉は頭に裂傷を負い、出血が止まらない状態だった。別の従姉は背骨を折り、レントゲンを撮ってもらうためだけに野外病院を三つも回らなければならなかった。別の従姉は、家の中で寝ることができず、ひどい喉のかわきを訴えていた。ひどくショックを受け、声が出なくなってしまった子がいた。親戚のひとりは、飲んでいた血圧の薬がなくなってしまった。数日間、ほとんど誰も、何も口にしていなかった。住んでいた街が完全に破壊された友人や身内の多くとは、連絡さえ取れなかった。
 
どの電話の声も、薄気味悪いくらい、静かだった。だれも叫ばない。「どうして私が」「私たちは呪われている」などと言う人もいない。余震がまだ続いている状態でも、「また地面が揺れてる」と、それがあたりまえのことのように言う。ハイチの外にいる身内がどうしているか、聞いてくる。年取った親戚、赤ん坊、私の一才になる娘。
 
私は泣き、謝る。「一緒に居てあげられなくてごめんなさい。」私は言う「赤ん坊のことがなければ・・・」
 
美人コンテストに優勝したことがあり、ナオミ・キャンベルというニックネームで呼ばれている、6フィート近い背丈の21歳になる従妹、「食べるものがない、夜は薮の中で死体と一緒に寝ている」と訴えていた彼女が、私の嘆きを遮った。

「泣いちゃダメ」彼女はいう「これが人生よ」
「いいえ、人生はそんなもんじゃない」私は言う。
「そうであってはいけない。」
「そんなものなのよ。」彼女は言い張る。
「そういうものなの。人の生ってね、死と同じで、ほんのつかのまの出来事なのよ。」


□雑誌『ニューヨーカー』2010年2月1日号掲載 「A Little While」より




GOYAAKOD@ファッション通信NY-PARIS

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posted by cyberbloom at 11:05| パリ 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ファッション通信 NY-PARIS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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