また、いたしかたのないことかもしれませんが、ハイチについての報道は、取材する側の目線で作られ、困難の最中にある人々はひたすら被写体であることを強いられているように感じます。
ハイチで生まれ、アメリカで生活する作家、エドウィッジ・ダンディカット(写真↓)が『ニューヨーカー』誌に寄せた一文を、一部紹介したいと思います。テレビのニュースからは読み取れない、人々の声です。
どの電話の声も、薄気味悪いくらい、静かだった。だれも叫ばない。「どうして私が」「私たちは呪われている」などと言う人もいない。余震がまだ続いている状態でも、「また地面が揺れてる」と、それがあたりまえのことのように言う。ハイチの外にいる身内がどうしているか、聞いてくる。年取った親戚、赤ん坊、私の一才になる娘。
私は泣き、謝る。「一緒に居てあげられなくてごめんなさい。」私は言う「赤ん坊のことがなければ・・・」
美人コンテストに優勝したことがあり、ナオミ・キャンベルというニックネームで呼ばれている、6フィート近い背丈の21歳になる従妹、「食べるものがない、夜は薮の中で死体と一緒に寝ている」と訴えていた彼女が、私の嘆きを遮った。
「泣いちゃダメ」彼女はいう「これが人生よ」
「いいえ、人生はそんなもんじゃない」私は言う。
「そうであってはいけない。」
「そんなものなのよ。」彼女は言い張る。
「そういうものなの。人の生ってね、死と同じで、ほんのつかのまの出来事なのよ。」
□雑誌『ニューヨーカー』2010年2月1日号掲載 「A Little While」より
GOYAAKOD@ファッション通信NY-PARIS
↑クリックお願いします





