「月」の話を先に書こうと思ったが、「蛇」の話が先に仕上がってしまった。今回の曲はジェネシス Genesis の「レイミア The Lamia 」である。この曲は『幻惑のブロードウェイThe Lamb Lies Down On Broadway 』(1975)に収録されている。このアルバムでボーカルのピーター・ガブリエルと他のメンバーの軋轢の収拾がつかなくなり、彼が在籍する最後のアルバムになってしまった。メンバーの人間関係は最悪だったわけだが、傑作というものは往々にしてそういう緊張関係の中で生まれるものだ。『幻惑のブロードウェイ』はラエルという少年が主人公のコンセプトアルバムで、「レイミア」ではラエルが女性の顔をした3匹の朱色の蛇に魅惑される。美しいピアノに導かれた神秘的な曲である。□ http://youtu.be/jWRrQ6GlI8o
Lamia には元ネタがあって、ギリシャ神話までさかのぼるのだが、最も知られているのはイギリスのロマン派の詩人、ジョン・キーツ John Keats が1819年に書いた物語詩である。キーツが語るところによると、ヘルメスはこの世で最も美しいニンフを探している途中で、蛇の姿のレイミアに出会う。レイミアはニンフのことを教える代わりに人間の姿に変えてもらう。レイミアはコリントの若者リシウスと結婚しようとするが、結婚式の場で賢人アポロニウスに正体を暴かれ、リシウスは悲しみのあまり死んでしまう。理性と感情のあいだの葛藤を描くキーツお得意のテーマである。
今でも「魔性の女」という言い方がされるが、そういう女性の原型と言えるのだろう。危険だとわかっていても、たとえ身を滅ぼすことになるという確実な予感があっても、近づいてしまう。まさに理性と感情のあいだを揺れ動きながら。日本にも同じような蛇の物話がある。上田秋成の「蛇性の淫」である。秋成によって江戸時代後期に著わされた読本の代表作『雨月物語』の中の一篇だ。蛇の化身である美女が豊雄という男につきまとうが、道成寺の僧侶に退治され、最後に三尺の大蛇の姿をさらす。
セルペンティーナ Serpentina という美しい金緑色の蛇に恋した大学生アンゼルムスが非現実の世界に足を踏み入れていくという、E.T.A.ホフマン Hoffmann によるドイツ・ロマン主義の傑作『黄金の壷』も忘れられない蛇の物語だ(ノヴァーリスの『青い花』やフーケの『水妖記―ウンディーネ』とともに)。ところでジェネシスの「レイミア」であるが、アルバムの主人公ラエルが不思議な香りに誘われて、シャンデリアに照らされた通路を進むと、そこには霧に包まれ、薔薇色の水をたたえたプールがあった。そこには信じられないことに、女性の顔をした3匹の朱色の蛇がいた。ラエルは恐怖心を抑え、美しさに我を忘れ、服を脱いでプールの水の中にすべり込む…
Rael stands astonished doubting his sight,
Struck by beauty, gripped in fright;
Three vermilion snakes of female face,
The smallest motion, filled with grace.
Muted melodies fill the echoing hall,
But there is no sign of warning in the siren's call:
"Rael welcome, we are the Lamia of the pool.
We have been waiting for our waters to bring you cool."
cyberbloom
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