2010年04月21日

フランスには「トイレの神様」はいない

superlight さんが訳してくれた2010年1月5日の Le Figaro 掲載の「ふたたびトイレ掃除をするようになった生徒たち Les élèves japonais nettoient à nouveau leurs toilettes」の記事が意外に学生に好評だった。その一部を再引用すると、

「こうした行為(=トイレ掃除)は、軍国主義的であった戦前の日本においてよくみられたものであり、1980年代、日本経済が大繁栄した時代に失われてしまった。学校の管理は用務員や民間企業に委ねられていた。これらは時代の風潮をあらわしているのだろうか?伝統的美徳への回帰は、昨年、日本人が戦後はじめて民主主義的な政権交代を実現させ、中道左派政党の民主党に投票したときと重なる。格差の広がりやより団結した社会への郷愁にたいする反応をあらわす、政治的大転換のことである。子どもにトイレ掃除という仕事を課すことはこうした平等への強い願いをあらわしているように思われる。子をもつ親を対象とした世論調査によると、100%のひとびとがこれを好ましく思っている」

トイレ掃除が軍国主義の象徴で、それが日本のバブル期に姿を消し、そして民主党が政権を取ると同時に復活したなんて話、聞いたことがない。フィガロの東京特派員はけっこういい加減なことを書くのだが、これはひどい。

日本人にとってトイレ掃除に限らず、掃除というものは特別な意味を持つようだ。去年、街の清掃活動を行う原宿・表参道発信の非営利組織グリーンバードが去年エッフェル塔周辺で掃除活動をして話題になった。それがフランスのテレビ局TF1のサイト上で紹介されたところ、様々なコメントが寄せられた。その中で多かったのは、グリーンバードの活動に敬意を表するものの、パリに住む人たちは、清掃は行政が中心に行うサービスなので掃除のボランティアはあまり意味がないと思っているというものだった。つまり、フランス人の多くは街の清掃はある一部の人たちに割り当てられる仕事だと考えている。ボランティアで清掃をするとその人たちの仕事が奪われてしまうと考えさえする。政府が失業率を下げるために清掃の仕事を一時的に増やすという話も耳にする。そういう意味でフランスでは街の掃除は政治の問題なのだ。しかし、そういう分業は階級社会的な発想が根底にある。みんなが清掃のボランティアにいそしめる社会の方がいいに決まっている。

トイレ掃除と日本人の「平等」意識を結びつける考えは正しいのかもしれない。フィガロの記事の中には「トイレを掃除することで精神が磨かれるのです」という元中小企業の社長の発言が引用されていた。彼は自動車部品関連の会社の社長をしていたときも、社員と同じように自らの手でトイレ掃除をしていた(ただ社員にしてみればこれほど鬱陶しい社長もいないだろう)。一方、日本には新入社員に素手でトイレ掃除をさせる悪名高い会社があるようだが、それはある種人間の尊厳を剥ぎ取り、社畜にする意味があるのだろう。

それでは今どきの学生たちはトイレ掃除をどう思っているのだろうか。トイレ掃除の精神的な側面は重要だと、支持する意見が多かった。宝塚音楽学校のトイレ掃除の例を挙げる学生もいた。さらには「掃除ブーム」という動きも若い世代のあいだで起こっていて、「掃除力」という言葉も流通していたらしい。自分の部屋やトイレの掃除をすることにより、自分を磨こうというものだ。

ある学生(STさん)は「小学校の頃から、自分たちで使うものや場所は、自分たちが責任を持って掃除する、というように習ってきた私には、欧米では、生徒が学校の掃除をするというのは当たり前のことではない、ということに驚いた」と言い、去年の3月にリリースされた植村花菜の「トイレの神様」という歌を教えてくれた。小さい頃一緒に住んでいたおばあちゃんとの思い出を中心としたメッセージソングだが、多くの若者の涙腺を刺激しているようである。新入生のアンケートにも好きな曲としてこれを挙げていた学生が多かった。その中に次のようなフレーズがある。

トイレにはそれはそれは綺麗な女神様がいるんやで
だから毎日きれいにしたら女神様みたいにべっぴんさんになれるんやで

毎日一生懸命にトイレ掃除をすれば自分も綺麗になれる。掃除することは、自分を磨くことにつながる。この曲に対する若い世代の共感はこのような美意識が世代を超えて確実に受け継がれていることを意味するのだろうか。それとも日本がまだ貧しかった時代を知っているお婆ちゃんから、リーマンショック後の世界へ出て行く孫へという、バブルに浮かれ踊った世代を飛び越えた共感なのだろうか。団塊世代のバブリーなお婆ちゃんは絶対そんなこと言わないだろうし(笑)、フランス人がバブリーな時代にトイレ掃除が姿を消していたと勘違いするもの理由のあることなのかもしれない。






cyberbloom

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posted by cyberbloom at 21:00| パリ ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | サイバーリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
トイレ掃除をする社長さんのお話を読んで、同じ人かどうかわかりませんが、テレビ(がっちりマンデー)で、毎朝、オフィスのトイレ掃除をする社長さんを見ました(社員も一緒に掃除していた??かも)。仕事に取り組む姿勢・意欲に繋がるとかなんとか・・・話が思い出せず、すみません。
でも、自分達の使う場所をキレイにすることの大事さは、自分で掃除しないと分からないような気がします。それが分かって初めて、掃除してくれる方に感謝できるのではないかと思います。平等とか軍国主義とか考えたことがなかったのですが、心を磨くという意味での精神性を、トイレ掃除に感じています。(占い師さんに、特に水回りをキレイに保つようにと言われたからという訳ではないです・・・きっと。)

先ほど初めて「トイレの神様」を聞きました。明治生まれの祖母の最期を思い出しました。多くの人にとって、おばあちゃんとの思い出は優しさに包まれたものなんでしょうね。トイレ掃除の精神性はさておき、非常にノスタルジックになり、不覚にも涙してしまいました。
Posted by joueusedetaichi at 2010年04月25日 06:40
joueuse de taichi さん、コメントありがとうございます。この歌が琴線に触れるかどうかは、実際にやさしいおばあちゃんがいたかどうかにかかっているようですね。あと、トイレ掃除には占い(風水?)の影響があるというのも重要な指摘だと思います。
Posted by cyberbloom at 2010年05月05日 18:11
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