2010年12月02日

11月の一曲 Juliette Gréco “Accordéon”(1962)

冬の始まりに、シャンソンを選んでみました。若きセルジュ・ゲンスブールの作。哀愁のメロディーに軽快なアコーディオン、といかにもフランスでなければ出せない音で音楽としてだけでも楽しめるのですが、歌詞カードを見ながら聴くともっとおもしろい。

greco01.jpg街を流して歩くアコーディオン弾きが相棒のアコーディオンと別れるまでの歌です、というとなんだかセンチメンタルに聞こえますが、これが実にサツバツとしています。

まず、この歌のアコーディオン弾きは、生きるためにきゅうきゅうとしている。演奏するのはパンを稼ぐためで、路上であっても自分の音楽を思うがままに演奏できればシアワセ、というハッピーなストリートミュージシャンとはほど遠い。

アコーディオン弾きと楽器との間もきれいごとなしで生々しい。へべれけの時も、豚箱に放り込まれる時も一緒。「楽器のボタンを壊してしまったら上着のボタンを取って間に合わせ、ズボンがずり落ちないように楽器のベルトを拝借したりする」というフレーズは、楽器と人とのいい関係というより、長年連れ添った男女の仲のような生身の近しさを感じさせます。

だからこそ、別れのそっけなさには驚かされます。ある日突然、ただ同然で古道具屋に売り飛ばされるアコーディオン。弾けなくなったかららしい、というぐらいしか理由は明らかにされませんが、この「急転」が歌を深いものにしています。どんなに濃いつきあいも、思いがけなく終わりが来るもの―そんな醒めた感じが、いかにもゲンスブールらしい。

一方で、やさしい情景も織り込まれています。「静かな夜が過ぎて朝がくると、アコーディオン弾きはアコーディオンの肺を少し膨らませてやる」というフレーズは、白く明けてゆく街角で独り小さく音を鳴らす男の姿を描くだけでなく、男とアコーディオンとの静かな対話を見守るゲンスブールのまなざしを感じさせます。

お得意のコトバ遊びも光ります。「どうぞアコーデオンにお恵みを(“Accordez Accordez Accordez donc / l’aumône à l’accrodé l’accordéon”)」というリフレインは、フランス語の「アコーディオン」の音とダブるようにしつらえてあります。こういった離れ業をさらっとやってのけるところも、にやりとさせられます。

コンパクトで密度の濃い曲なので、グレコのように気を入れて歌わないと上手くいかないようです。手振りを交えてシアトリカルに歌うバージョンでどうぞ。

http://www.youtube.com/watch?v=Uad03ciLaPo




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posted by cyberbloom at 21:07| パリ ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ファッション通信 NY-PARIS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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