「1999年の夏休み」は二度と来ない。かけがえのない夏休みだ。2006年の夏休みも1度きりだが、「1999年の夏休み」の緊急性にはかなわない。2000年を超えてから、時間の流れが確実に変わった。張りつめた時間が溶け出し、茫洋とした広がりがあるだけだ。次の世紀末には確実に生きていない。
昔から夏休みという言葉の響きが好きだった。自分が夏生まれというのもあったからかもしれない。小学生のころから、夏休みに対して方向感のない、しかし張り裂けそうなほどの期待を抱いていた。何か特別な予定があったわけでもない。あまりの期待に自分の方が押しつぶされそうだった。小学生のころは、遊んでも遊んでも遊び足りなかった。思春期のころになると、いつも夏休みから取り残されているという虚しい思いだけがあった。そういう期待や、それがもたらす絶望の正体が何だったのか、改めて思い出させてくれる映画である。
金子修介の「1999年の夏休み」は萩尾望都の「トーマの心臓」をベースにした、いわゆるギムナジウムもの。1988年の作品で、1999年は近未来として描かれている。例えば、主人公たちが使うコンピュータのメカニカルな感じが面白い。そういえば、この映画にインスパイアされたMomusというイギリスのアーティストがSummer holiday nineteen ninety nine♪と歌っていたっけ。フリッパーズ・ギターの2人がプロデュースした渋谷系の記念碑的作品「FAB GEAR」に収録。
いわゆる美少年モノはひとつの様式美として確立されているが、この世界は個人的にいまいち詳しくないので、明日登場する真打、木魚さんにそこらへんを解説していただきます。乞うご期待!
cyberbloom
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