ふたつの老舗カフェは現在、ほとんど観光地と化しているが、テラスに座って通りを眺めるという昔ながらのカフェ体験を味わうのが難しくなってきた。ファーストフード店やセルフサービス型のカフェが進出し、何よりカフェ1杯の値段を引き下げた。ネットカフェも増えた。それらのしわ寄せを食い、採算が取れなくなっているのは、おそらく「アメリ」に出てきた「ドゥ・ムーラン」のような街角のカフェなんだろう。そういう街角の熾烈なサバイバルとは別格に、仕掛けられたデザイン系のカフェがある。その代表的なものが、「カフェ・コスト」(写真上)。88年にレ・アールにオープンしたジルベール&ジャン=ルイ・コスト兄弟の出世「カフェ」だ。オープン当時、いそいそと見に行ったが、さすがに敷居が高そうで入る気がしなかった。店のデザインを担当したのがフィリップ・スタルク。コスト兄弟は、その後、伝統的なスタイルとは一線を画した、新しいコンセプトのカフェを次々とオープンさせ、branché なパリを演出した。そして「ホテル・コスト」の開業で日本でも兄弟の名が知られることになった。
コスト兄弟はフランス南部のアヴェロン(Aveyron)県の出身。アヴェロン県は「アヴェロンの野生児」とか「昆虫記」を書いたファーブルの出身地として知られているくらいだが、隣接するオーヴェルニュ地方とともにパリのカフェ文化の成立と大きな関わりがある。
17世紀末からすでに、この地方からのパリへの出稼ぎが始まっていたが、19世紀の前半の出稼ぎ労働者の主な仕事は「水運び」だった。オスマンのパリ大改造以前のパリの水道設備はひどく、そんな状況が要請した仕事だった。公共の水汲み場から15リットルの水を満たした樽を2つ天秤棒で担いでパリのアパートの上の階の住民へ運ぶのだ。パリ改造によって水道設備が整備されたあとは、今度は部屋にお湯とバスタブを運ぶ、お風呂のサービスまでやっていたようだ。
彼らの転機になったのは炭屋を開いたこと。炭屋の店舗で、地元のワインなど、飲みものを出すようになったのだ。この炭屋兼(居)酒屋がカフェの原型になったと言われている。水運びの時代は男連中だけで出稼ぎに来てたのが、店舗という拠点を構えることで、地元から家族を呼び寄せ、家族経営ができるようになった。簡単な食事を出すなど、商売のアイデアも広がった。それが綿々と受け継がれるなかで、同郷のネットワークを確立し、飲料の流通も取り仕切るなどして、カフェ文化の基盤が作り上げられていった。カフェは政治や文学の議論の場になり、芸術運動の母体となり、小金を持った若者がスノッブに振る舞う場所になった。これらをソフトとすると、ハードの部分は地方からの出稼ぎ労働者の地道な努力の積み上げなのだ。まずはパリへの700キロ以上の道のりを歩くことから始まった。

ところで、コスト兄弟がプロデュースしたホテル・コストの方は、パリのヴァンドーム広場の近くにある。アーティスト、モデル、映画業界人などのセレブが集うホテルとして有名だ。このホテルのラウンジ&レストランをイメージしたコンピレーションCDがある。ホテルの専属DJ 、Stéphane Pompougnac(ステファヌ・ポンプニャック)が手がけている。「ホテル・コスト」とそのままのタイトルが付いていて1999年に第1弾が出て、今や8集目を数えるラウンジ系の人気シリーズとなっている。2枚目はスイートルームで行なわれるプライヴェートなパーティがテーマと書いてある。うーん、貧乏人には用なしってことか。そういえば、うちの近くのバカ高い輸入家具ばかり扱っている高級家具屋さんでも、このCDシリーズが紹介されていた。アマゾンの評で誰かが「むせかえるほどオシャレ」と書いていたが、音楽分野でのフランスの得意技はこんな感じでとことんスタイリッシュに、スノッブに磨き上げることなんだろう。しかし、音楽の聴き方は自由なので、スィートルームで聴かなきゃいけないことはない。普通のコンピとして十分楽しめる。ベスト盤が出ているので、まずはこれからいかがでしょう。
■ホテル・コストの公式サイトはコチラ。この何もないシンプルさがいい。
■CD-HOTEL COSTES
ホテル・コスト(1)
ホテル・コスト(2)
ホテル・コスト(8)
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