2007年08月18日

中島岳志『パール判事――東京裁判批判と絶対平和主義――』(白水社)

パール判事―東京裁判批判と絶対平和主義かつて、祖国インドの独立運動に身を投じ、アジア主義者たちの庇護のもと、日本に潜伏しながら論陣を張り、最後は日本に帰化したラース・ビハーリ・ボースの生涯を論じ、さまざまの賞を得た好著『中村屋のボース』の著者が、おなじ編集者、おなじ装丁者と組んだ今回の書籍の主人公は、ボースとおなじベンガル地方でおなじ年に生まれたラーダービノード・パール。あの極東国際軍事裁判(東京裁判)にて、「全員無罪」の意見書を提出したパール判事である。
 
あとがきで、「ボースの人生を書いたときは、同じ目線の人間として、ボースを捉えようとしていた」が、今回は「その論理の鋭さと孤立を恐れない高貴な精神に圧倒され続けた。遙か上の高いところにいるパールを仰ぎ見るという感覚が、私を支配し続けた」と記す中島さんは、今回の書籍では、人間パールについてより、東京裁判におけるパールの意見書の解説と、その後の来日時――パールは、裁判終結後も3度来日している――の、パールの「世界連邦希求」と「絶対平和主義」――パールはガンディーの崇拝者でもあった――の主張ぶりについて多くをあてているが、そこには「パールのご都合主義的利用が横行する現代日本において、まずはパールの発言を体系化しておく必要がある」(あとがき)との想いもあった。パールは、厳密な国際法の解釈――11人の判事団のなかで、国際法の専門家はパールともうひとりのみであった――にしたがい、起訴自体が不可能であるとして、無罪を結論したのであり、日本軍の戦争については――そして「戦争」そのものについてを――許さざるべき蛮行として、寸毫も容認していない。そもそも戦勝国による軍事裁判を容認できないとしたのも、それを認めることが、「勝てば官軍」的発想、すなわち「是が非でも勝つべし」という「戦闘推進精神」を生み育てゝしまうという考えのゆえであった。
 
もちろん、大英帝国に長く支配されたインドの人間として、大国への批判的まなざしは、遺憾なく発揮されている。後の来日時に、平和憲法にもかかわらず、戦後は対米追従路線をとる日本と、それを主導するアメリカを難じた発言も多い。せんだって、安倍晋三現総理が、今月下旬のインド来訪のさいに、パールの遺族と面談したいと強く望んでいる旨の記事が出たが、彼には、ぜひこの本を読んで行ってほしいものである。


人間パールの側面は比較的おさえられているとはいえ、その生い立ちなど、興味深い記述も多い。1886年1月7日、ベンガル地方の陶工カーストの貧しい家に生まれたパールは、成績優秀で、いろいろなパトロンや奨学金の援助を受けながら、ついにカルカッタ(コルカタ)大学で数学の修士号を取得、1910年、会計院に就職するも、法律に興味をもち、独学で知識を身に着ける。が、そこで、数学教授に採用され、法学への道を断念するが、その後も勉強は続け、1923年に、カルカッタ大学の法学教授に就任、翌年には法学博士の学位も取得している。その後、1941年にはカルカッタ高等裁判所判事、1944年にはカルカッタ大学副総長に就いた。その在任中の1946年、極東国際軍事裁判への判事就任が要請――アメリカにたいするインド政府の強い主張によって――され、副総長を辞して、来日したのである。
 
また、この本は、箱根にある「パール下中記念館」から始まるが、平凡社の創始者にして、パール再来日に尽力した世界連邦主義者・下中彌三郎についても一章がさかれている。


東京裁判では、パール判事が判決に反対し意見書を提出、ベルナール判事(仏)とレーリンク判事(蘭)が一部に反対し意見書を提出したほか、ジャラニラ判事(比)とウェッブ裁判長(豪)自身も、意見書を提出した。ちなみに、フランス代表のアンリ・ベルナール判事の意見は、「条約違反と犯罪を同一視してはならない」というもので、裁判の根拠に疑義があったようだ。

 
さて、現在、国際法的にはいっさいの侵略戦争は違法である。そして、日本國憲法の第98条第2項は「日本國が締結した條約及び確立された國際法規は、これを誠實に遵守することを必要とする。」とあって、国際法を遵守する以上、日本は侵略活動はできない。もちろん、一方的に「侵略ぢゃないよ」と主張してもそうならぬのは云うまでもない。イラクを「支援」するというても、それが「侵略」にならんとも限らぬ。そうなれば憲法9条のみならず、98条にも違反となるのだ。敗戦の日にパール判事の本を読みながら、そんなことをぼんやりと考える。


【黒猫亭主人】


パール判事―東京裁判批判と絶対平和主義
中島 岳志
白水社 (2007/07)
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4 インドが少し好きになりました
5 絶対平和主義
5 「東京裁判論」

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posted by cyberbloom at 14:31| パリ | Comment(5) | TrackBack(7) | 枕流遑々録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
TBありがとうございました。

戦争を非合法化し、戦時下の人権侵害を主権国家の都合を問わず問おうとするのは、人類の歩みだと思うのですが、東京裁判が全て妥当かどうかはまた別の問題だと感じます。
ただ、「東京裁判」を否定することは今の日米関係を全部否定することですから、実際にはできませんね。
Posted by JCJ神奈川支部ブログ at 2007年08月28日 00:11
JCJ神奈川支部ブログさん、コメントありがとうございました。
アベさんはインド訪問のついでにパール判事を利用しようとしたのでしょうが、新たに問題提起するでもなし、うまく自己演出に使うでもなし、非常に中途半端でしたね。
Posted by cyberbloom at 2007年08月31日 00:50
東京裁判は 通常の裁判ではなく、戦争の一部、とみなしたほうがよい、とおもいます。あるいは革命裁判。

勝者の裁判、という批判がありますが、書中、著者も批判していると思うが、裁判官は国に属すのではなく法と良心のみに属すのでありそうでなければ全世界を巻き込む世界大戦のあとでは 裁判などできないことになる。これはパールのひどい誤解です。東京裁判でも勝者側から(とくに米軍から)日本弁護にあたり形式だけではなく職業意識から弁護している。

著者が指摘しているようにパールにあるのは政治に対する法の優位、を主張したい、という意識が強烈。もしそれに同意するなら、国際司法裁判所(やっと日本も最近署名した。これは個人しか裁けない)ではなく国をさばく戦争裁判所を常設しないのか。

法、がなければ裁けない、というのは狭い範囲でしか通用しない論理である、ということを見せつけた歴史的事態であったとおもいます。
Posted by 古井戸 at 2008年02月02日 08:51
古井戸さん、コメントありがとうございます。ブログの管理人です。以前、TBもいただいてますね。このエントリーを書いたライターさんは現在多忙のようで、お返事できない状況にあるようです。もっともコメント欄は内容を補足、展開するという意味で、ブログの読者さんに向けられているものでもあるわけですが。古井戸さんのご意見には全く同感です。
Posted by cyberbloom at 2008年02月06日 11:12
コメントありがたうございます。

p.115で「ただし、繰り返しになるが、パールは裁判の構成を全面的に否定しているわけではない」「パールが最終的に重視したのは、裁判官の公正さと勇気である」と書かれてますので、中島さん的には、パールも古井戸さんのご意見と同じだったといふ解釈ですね。

そして、この本の最初の方で、パールは、ヒンドゥー法研究の結果、「法はリタ=真理の表現」てふ思想を持ったてふことが書かれてゐました。「法の優位」てふのはこゝから来てゐるやうですね。
Posted by 黒猫亭主人 at 2008年02月14日 08:26
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