<DVD>
□『影の軍隊』(“L’armee des ombres”)(1969年)
フレンチ・ノアールの巨匠、ジャン・ピエール・メルヴィルが渾身の思いで作り上げた「戦争映画」。昨年アメリカで初公開(?)され、映画ファンを驚嘆させました。
ジョゼフ・ケッセル(『昼顔』のヒトですね)の小説をもとにナチ占領下のフランスのレジスタンス達を描いた本作は、原作者・監督どちらも活動に身を投じ修羅場をくぐってきたということもあり、細部にわたりリアリティに満ちています。
フランス解放という先が見えない目標のために、日常生活にまぎれて任務を果たし、時には仲間を手にかけねばならない。そんな極限状態にある人々の姿が、センチメンタリズムを排した冷静な語り口と、息詰るテンポでたんねんに描かれています。ヒロイックで讃えられるべきものとして語られるレジスタンス活動の記録ではなく、過酷な結末を承知で身を投じた無名の活動家達の「私」の部分、達観したはずなのに揺れ動く生身の人たちの姿を徹底して描きたい、そんな監督の執念がはしばしに感じられます。
胸苦しくなるような緊迫した場面も多く一級のサスペンス作品ともいえるのでしょうが、偽名を名乗ったまま口を割る事なく命を落とした人々へのひりひりするような思いと気迫がそう呼ばれることを拒否しています。直接的な暴力シーンを極力避け、美しい自然描写も織り込みつつ、独特な寒色系のトーンの映像でまとめあげられたこの作品は、メルヴィルからの「手向けの花」といってもよいのではないでしょうか。
地味ですがリノ・ヴァンチュラやシモーヌ・シニョレ等フランス映画界を代表する名優達が出演。特にシニョレの存在感は圧倒的です。レンタルなし、1500円のお買い得価格。フランスにかつてそんな苛烈な日々があったことを知る格好の機会であることはもちろん、メルヴィル監督の最良の一本として映画好きも必見。
※字幕の一部に問題があるとの指摘あり。これにひきずられてパッケージのあらすじも妙なことになっています。「ヴァンサンのパパは臆病者ではない」ので念のため。
<本>
□『墓の話』 高橋たか子(講談社)
敬虔なカソリックでフランスでの滞在経験もある、高名な純文学作家(ご主人は故高橋和己)の最新作品集、と説明したら食指が動かない方もいるかと思います。私もそうでした。しかし読まず嫌いは一生の損とはまさにこのこと!作者のフランスでの経験に緩く基づいた、小説と随筆どちらにもカテゴライズできない不思議な手触りの短編が納められています。いずれも作品も死と戦争が通奏低音になっており、最後の一編(世界大戦による苦難を予言し涙を流す聖母のヴィジョンを見てしまった子供達について)を読み終わったときには、収録された作品全てが互いに響き合っていたのがわかります。
わき上がった感興を徹底的につきつめて、明晰な言葉で形にしたらこうなった、とでもいいましょうか。一作ごとに、静謐で澄んだ、散文でしか綴り得ない世界が立ち上がってきます。無駄のない、翻訳調を思わせるちょっと固めの文体で丹念に磨き上げられた作品は、読む人にとても豊かなひとときを与えてくれる事請け合いです。例えるならば、こんこんと湧き出る湧き水でしょうか。
読後、何ともいいようのない気持ちのざわめきと静かな高揚感に包まれます。
「珠玉の掌編集」といったコピーとは無縁の作品群ですので、念のため。
□『ハルビン・カフェ』 打海文三(角川文庫)
今年鬼籍に入った寡作の作家の代表作。大藪春彦賞受賞、いわゆるハードボイルドです。(作者の紹介は、上原隆のノンフィクション『喜びは悲しみの後に』にゆずります。)
難民流入と暴動を経て、中国・韓国・ロシアのマフィアが台頭する日本海側の架空の都市「海市」が舞台。抗争により殉職者を多数出した地元警察関係者が秘密組織を結成、報復テロに出たことを振り出しに繰り広げられる「近未来」小説です。設定が徹底的に作り込まれ、それなりに分量が割かれた抗争の歴史だけでも読みでがあります。ハードボイルドというより、個人的にはJ・G・バラードの近作群に近しいものを感じます。作者特有のクセ(例えば聡明な美少女へのある種のオブセッション)もあり、最初の数ページで投げてしまう人もあるかもしれません。しかしそんなマイナス面を承知で薦めたくなるような、さらっと読み飛ばされる事を拒否する強靭な想像力の成果がここにあります。映画畑出身らしくスペクタクルな情景描写も魅力です。主人公と目される人物の「ことの起こり」が説明されつくされないところも、この小説をいっそう複雑にしています。
最晩年の作品が一番という声もありますが、この一冊からスタートするのもよいのでは。
GOYAAKOD
↑クリックお願いします






本来なにを専攻(専門)にしてらっしゃるのか、
身分バレしない程度のカテゴリーがあると、
尚更輪郭が分かりやすくて良いですね・・愛読者には。
かれこれ一年以上拝読していますが、途中までサッカーを熱く語った方が、後日には政治を論じてらっしゃるのかと(笑)。それにしては、語調も行間の余韻も全く別人のものとしか思えませんでしたから、暫く、「え?え?・・あれ?」と思っていたのですもの(笑)。
腹を抱えて笑った方もいて、改めてカテゴリー毎(つまりカテゴリー数=ライターの方だったのですね。理解が遅くて失礼しました・・)に読み直そうと思います。