2008年01月21日

小説版「モンテクリスト伯」VSアニメ版「巌窟王」(1)

巌窟王 第1巻「フランス文学」を扱う講義は近年、学生に人気がなくなってしまった。私たちの世代にはまだ特別な響きがあったが、今の学生たちにとっては憧れもないし、何よりもとっかかりがないようだ。「教養が必要だ」と言ってもあまり通じない。もっとも教養なんて特定の時代の約束事にすぎないのかもしれない。もはや文学愛好者も「特殊なテーマでハイになれるオタクな人々」というわけだ。そして2007年といえば、文芸書が全く売れず、素人が書いた小説が次々とミリオンセラーになり、出版業界に大きな衝撃を与えた。そして年間ベストセラーのベスト3はすべて女子中学生に愛読される「ケータイ小説」だった。

「とっかかりがない」と書いたが、フランス文学の一部の作品、とりわけ小説は、これまでとは全く違う形で通俗化し、流通している。通俗化という言い方自体が、19世紀的な価値体系によって編まれた文学史の位置づけから離れ、本来の特別な価値が毀損されているという差別的なニュアンスがあるのだが、例えば、ミュージカルになったり、アニメ化されたり、新たな形式を与えられ、生き続けている。

19世紀の大作「レ・ミゼラブル」と双璧をなす「モンテクリスト伯」が数年前にアニメ化されている。「青の6号」の前田真宏によって「巌窟王」として甦った。前田真宏は「マトリックス」のウォシャウスキー兄弟に見込まれ、ハリウッドより「アニマトリックス」の監督に抜擢された経歴を持ち、類い稀なビジュアルセンスは世界から賞賛され、いま最も注目される監督のひとりだ。

「巌窟王」は、黒岩涙香が「万朝報」という新聞に翻訳を連載(明治34年3月18日〜翌年6月14日)したときにつけたタイトルである。涙香訳「巌窟王」では、エドモン・ダンテスは団友太郎、ファリア神父は法師梁谷と変えられている。アニメ版は涙香のタイトルを使っているわけだが、それは漢字のグラフィックなインパクトを考慮してのことだろう。

アニメ版の舞台はナポレオンの時代ではなく、未来のパリに設定されている。すでに人類は月に住み、移動手段にはロケットが使われ、戦争ではモビールスーツが活躍する。これまでの「モンテクリスト伯」のリメイク作品は原作に忠実に、復讐を誓うモンテクリスト伯の一代記として描かれてきたが(ドパルデュー主演の映画「モンテクリスト伯」が参考になる)、この作品では復讐の犠牲となるひとりの少年の目線から物語が再構築されている。退屈なくらい平和で恵まれた世界に生きていた少年が、伯爵の復讐によって、それが大人たちの暗い過去に支えられていることを知る、といった具合だ。ジャンル的にはパンクオペラと銘打ってあるが、主人公たちの大仰な台詞と身振り、そしてゴシックで耽美的な演出が目を惹く。音楽はストラングラーズのジャンジャック・バーネルが担当(これにも驚いた)。ストラングラーズと言えば、イギリスの個性的なパンクバンドだが、オープニング曲はプログレ風のバラードで、メロトロンが炸裂している。

モンテ・クリスト伯〈1〉 (岩波文庫)だいたいアホな人間が下手に復讐を企てると返り討ちに合うのが関の山。敵は将軍、主席検事、銀行家と、政治的にも経済的にも成功している人間たちだ。そういう相手に対して復讐の計画を完全犯罪の形で遂行することは至難の業だ。エドモン・ダンテスは航海士として一流で、長い航海によって鍛え上げられた強靭な肉体の持ち主だったが、身分が高かったわけでもないし、航海術以外の専門的な知識はなかった。しかし、ダンテスはイフの監獄の中で博識のファリア神父に最高の個人授業を受けたのだ。彼はモンテクリスト島に眠る財宝だけでなく、あらゆる分野の知識を余すところなく伝授された。ダンテスとファリア神父の交流の詳細は原作にしかなく、映画やアニメでは味わえない部分である。

つまり原作のモンテクリスト伯の超人的な能力はもともと彼に備わっていたわけではなく、復讐という強固な動機に支えられた自らの努力によって身に着けた能力だ。船乗りが貴族を名乗り、階級を超えて成り上がる。また変幻自在に人格を変えながら敵に接近する。それが元囚人のジャン・バルジャンとともに19世紀の近代的な人間像を体現しているのである。

アニメ版といえば、ファリア神父は出てこないし、またモンテクリスト伯の過去は曖昧なままで、最初から超人として現れ、超人ゆえの孤独と苦悩が描かれる。さらにはダンテスとモンテクリスト伯の関係が微妙なのだが、これはストーリーの核心部分なので見る人の判断に任せたい。(続く)


巌窟王 第1巻
巌窟王 第1巻
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5 大デュマの『モンテ・クリスト伯』を
モチーフにした名作
4 斬新です
5 画期的アニメ
5 世界で一番有名な、
哀しくも美しい復讐鬼の物語
5 ゾクリとする程の美しさ。




cyberbloom

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posted by cyberbloom at 12:03| パリ ☁| Comment(2) | TrackBack(1) | サイバーリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
初めまして。夫の仕事が日仏往来の家族です。

このアニメ版、FNACで偶然見つけて購入したのですが、舞台が未来だったのでびっくりしました。モンテ・クリストと言えばドパルデューのイメージが強いので、そんなつもりで子ども達に見せた時、最初は怖くて戸惑いましたが、途中やめをするわけにもいかない状態になりました(汗)。アニメとは言え、モンテ・クリストは格好よい(私にとっては)!

Wikipediaでは下記のように紹介されていて、「虎よ、虎」も読んでみたい気分です。

〜当初はベスターの『虎よ、虎よ!』をアニメ化しようとしたが、著作権問題により果たせず、原作の『モンテ・クリスト伯』をアニメ化する事になった。宇宙を舞台にした設定などにモチーフはいくつか残っている。原作では脇役の一人に過ぎなかったアルベールを主人公として、復讐する側の視点ではなく、復讐される側の子どもたちの視点から話を構成するなど、ストーリーや人物設定に大きな改変が加えられている。GONZO製作アニメーション。前田真宏総監督〜

続きが楽しみですわ。
Posted by うり坊21 at 2008年01月22日 09:50
うり坊21さん、コメントありがとうございます。アニメ版のフランスでの評価や人気はどうなんでしょうね。検索をかけるとたくさん項目が出てきますが、フランスでの評判はあまり伝わってこないですね。もともと自国の産物なのでとっかかりも良いと思うのですが。アニメ版は後半に向けてテンションが上がっていくのに、ドパルデューの映画は後半は何だかやる気がないというか、けっこう状況を楽しんでますよね。最後はハッピーエンドだし。週末に続きをアップします。これからもよろしくお願いします。
Posted by cyberbloom at 2008年01月23日 21:57
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