2008年05月31日

SHUFFLE! SHUFFLE! SHUFFLE!

Apple iPod shuffle 1GB シルバー MB225J/A最近、ipodのシャッフル機能を使うようになった。ipod shuffleがあるくらいだから、シャッフルを使う人は多いのだろう。これまでなぜ使う気がしなかったかというと、たぶん音楽は自分の意志で選ぶものだと思っていたからだ。曲の順番も自分が決める。機械に任せるなんてありえないと。

しかし、ipodを日常的に使っていると、曲を選ぶのも面倒になってくる。そこで、初めてシャフッルを使ってみた。実は、ipodは2台目だが、最初のipodではシャッフルを一度も使ったことがなかった。

ipodを使い始めてから、アルバムで音楽を聴く機会が少なくなった。以前、多くのアルバムはひとつの統一されたコンセプトで作られていた。アルバムに収められた曲は単なるよせ集めではなく、アルバム全体と有機的な関係を持っていたのだ。そういうコンセプト・アルバムは枚挙にいとまがないが、ピンク・フロイドの「The Dark Side of the Moon(狂気)」やビートルズの「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」が代表的な作品である。これらには曲の切れ目もない。

The Dark Side of the Moon サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド

アーティストの意向に沿うならば、アルバムのコンセプト全体を理解しなければならない。だから勝手に曲順を変えてはいけないし、勝手に好きな曲を抜き出してはいけない。コンセプト・アルバムではなくとも、アルバムは多かれ少なかれ、そういう性格を持っていて、聴く側に一定の制約を与えていた。

しかし、ipodが登場して以来、音楽を聴く際の主導権は確実にユーザー側に移り、自分の意志で音楽をコントロールできる自由度と利便性は飛躍的に高まっている。同時に、ネットでの曲単位の音楽配信などによって、アルバムという形式の意味も次第に失われつつある。

私もアルバムから好きな曲を集めた「美味しいどころ取り」の音楽ファイルを作っている。そういう自分の決定版であっても、毎日聴いていたらさすがに飽きてくる。この限りなく濃度を高めた音楽に飽きてしまうのなら、音楽そのものに飽きてしまうんじゃないか、という危機感にもとらわれる。

また、そういう決定版を聴くことは、自分の決めたことを繰り返しなぞる、ナルシスティックな行為でもある。やがてそれは人間を行き詰らせ、息を詰まらせる。人間はカスタマイズによって入念に練り上げた自己を今度は壊したくなるのだ。

とはいえ、偶然の音楽に身を任せることはロマンチックな体験ではある。ここで思い出すのが映画「汚れた血」のワンシーンである。主人公のアレックスがデビッド・ボウイの「モダン・ラブ」に合わせて走る直前のシーンだ。この映画は80年代の映画なので、iPodもCDwalkmanもなく、音楽の媒体はレコードとラジオだ。

Mauvais Sang(Alex&Anna) from youtube

Alex :Dis-moi un chiffre, Anna. Au hasard. Vite, Anna, un chiffre.
Anna :Quoi?
Alex :D’accord, trois. Un…deux…trois… Voilà. Ecoutons. Les sons vont dicter nos sentiments.

アレックスは、音楽をかけようとしたが、どのレコードを選んでいいかわからず、ラジオに賭ける。アンナに好きな数字を言わせ、その回数だけ、チューニングのコントローラーを回す。しかし、アンナはアレックスの話を聞いていない。Quoi? (何?)って聞き返したのをtrois (3)と聞き違える。3度回したところで、偶然にチューニングが合う。

「聴こう、この曲が僕らの気持ちを語ってくれる」

ほとんどストーカー的なアレックスの思い入れが「汚れた血」のストーリーを駆動しているが、たとえどんな曲がかかっても、アレックスはそれに運命を読みとるのだ。偶然を強引に味方につけることで、思い入れをさらに強化しているのだ。

シャッフルで流れてくる曲が目の前の風景にぴったりはまり、まるで映画のワンシーンに居合わせたような気分になることがある。シャッフルって凄いじゃないか、と思う瞬間だ。しかし、考えみれば、それは聴く側がすでにその気になっているからで、音楽が風景に合致したのではなく、聴く側の意識が瞬時に音楽に最適化しているのだ。それを事後的に風景にはまったと思い込む。ラジオから流れる曲は偶然の作用と言えるが、iPodに入っている自分の好きな曲ならば、見ている風景に合わないわけはないのだ。

シャッフルの気持ち良さは運命に身を任せるというよりは、軽い自己放棄にある。自己決定したり、作者の意図に付き合ったりするのは疲れるのだ。シャッフルで聴くと、よく知っている曲なのに、何だか遠くから届いてくるように感じる。ときどき爆弾も弾ける。混んでいるバスの中で中谷美紀なんかがかかると、周りに聞えているはずがないのに、妙に気恥ずかしくなる。入っていることはわかっているのに(すっかり忘れていることもある)、かかるとドッキリする曲。exquiseさんはGeisha Girlsなんだそうだ。

iPodを聴いている人を見ると、何を聴いてんだろうと気になるが、iPodと人間のあいだで起こっている「駆け引き」も様々なのだろう。





cyberbloom

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posted by cyberbloom at 12:59| パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | サイバーリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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