2011年04月17日

FBNナビ(3):人気記事リンク集、まだまだあります

□「豪華絢爛、エリゼ宮」(大統領官邸、1年に1度無料公開の日のレポート)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/116296253.html
□「フランス・テレコムで何が起こったのか?」(社内で相次いだ自殺の原因とは)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/141931165.html
□「アカデミー賞女優、マリオン・コティヤールの反セクハラ・キャンペーン」(おでこにつけたオッパイは何を意味する?)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/143913542.html
□「カーラ・サルコジ・ブルーニ大統領夫人のノーブラ・スキャンダル」(ちょっと下品な話題ですが歴史的な裏づけも)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/143729896.html
□「モントリオールのベーグル」(北米のパリ、モントリオール、発祥はポーランド)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/91386164.html
□「メープルシロップの里をたずねて」(メープル・バターがおいしそう)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/85122899.html

□「不況っていったい?」(経済、経営学部の学生さん、必読)
http://frenchbloom.seesaa.net/article/115679420.html
□「利子っていったい?」(諸悪の根源は利子だった)
http://frenchbloom.seesaa.net/article/116291167.html
□「ナポレオンとワインの意外な関係」(ナポレオンの影で暗躍したロスチャイルド)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/80215229.html
□「ビオトープとメディア」(身近で手作りなエコロジー)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/95429328.html
□「RE-DESIGN」(紙は批評性を持ち、優れたデザインはそれを先鋭化する)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/81705654.html

□「エレーヌ・グリモー」(狼と育った異色のピアニスト)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/108102599.html
□「『西洋音楽史』」(音楽史は誰のためのもの?)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/111779130.html
□「ipodは何を買えたのか(2)identity」(あなたのipodの中身を見せてください!)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/113761220.html
□「ipodは何を買えたのか(3)shuffle」(シャッフル機能には意志がある?)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/114125155.html
□「アルバム・ジャケットの終焉」(ipodが私たちから奪ったもの)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/112946942.html

□「新旧フランス女優列伝(2)エマニュエル・ベアールの巻」
http://cyberbloom.seesaa.net/article/134497174.html
□「『バファロー'66』」(ヴィンセント・ギャロが監督・主演)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/110587749.html
□「グラン・トリノはいい車なのか」
http://cyberbloom.seesaa.net/article/126676211.html
□「『チェンジリング』」(主役のシングルマザーにアンジェリーナ・ジョリー)
http://frenchbloom.seesaa.net/article/115750012.html
□「『チェンジリング』」(イーストウッド監督のものごとを客観的に見つめる姿勢)
http://frenchbloom.seesaa.net/article/116639716.html
□「『おくりびと』と埋葬の現在」(話題の映画を通して考える葬式とお墓)
http://frenchbloom.seesaa.net/article/116924457.html



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2011年04月11日

FBNナビ(2) 2010年の人気エントリー

□フランスは昔から農業大国だったわけではない
http://frenchbloom.seesaa.net/article/185195725.html
□フランス産業界の半分が日本に依存
http://frenchbloom.seesaa.net/article/194431242.html
□村上隆のヴェルサイユ展
http://frenchbloom.seesaa.net/article/162465828.html
□高校生さえもデモをするフランスの現状と将来
http://frenchbloom.seesaa.net/article/170372738.html
□ヴェルサイユ宮殿の現在
http://frenchbloom.seesaa.net/article/168758160.html
□「聖☆おにいさん」仏人も聖人も住みたくなるサブカル日本
http://frenchbloom.seesaa.net/article/160025369.html
□松井大輔のフランス語
http://frenchbloom.seesaa.net/article/157143847.html
□日本がアジアの頂点に(サッカー) ―"Le Matin" より
http://frenchbloom.seesaa.net/article/184127107.html
□フランスには「トイレの神様」はいない
http://frenchbloom.seesaa.net/article/147300796.html
□夏時間または失われた1時間のこと
http://frenchbloom.seesaa.net/article/185312539.html
□レストランとは何か
http://frenchbloom.seesaa.net/article/164996233.html
□『ノルウェイの森』を観る前に
http://frenchbloom.seesaa.net/article/169656800.html
□音楽で観るフィギュアスケート 2010-2011 The Up-And-Comers!
http://frenchbloom.seesaa.net/article/172232201.html
□「ジャジーなハスキーヴォイス求む」――ZAZ(ザーズ)
http://frenchbloom.seesaa.net/article/155340252.html
□「アコースティックパワーポップ」LP――Le premier clair de l'aube / Tété
http://frenchbloom.seesaa.net/article/142885848.html
□「かんたんフレンチレシピ―ケーク・サレ cake salé」
http://frenchbloom.seesaa.net/article/171556840.html


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2011年04月08日

FBNナビ(1) 大学でフランス語を履修しよう!

このブログはフランス語を学んでいる人たちにフランスに関連する情報を提供しようという目的で運営しています。

ディコ仏和辞典プチ・ロワイヤル仏和辞典

去年は3月の半ばくらいにアップしたのですが、今年は未曾有の災害と事故に心を奪われているうちに大幅に遅れてしまい、第二外国語の選択のためのというより、すでにフランス語を選択してしまった人への情報提供という形になってしまいました。少なくとも大学で1年以上付き合わなければならない科目ですので、フランスやフランス語を通して何が学べるのかを、このブログを読んで参考にしてみてください。

フランスは日本人にとって相変わらずオシャレな憧れの国であり続けている一方で、マンガやアニメ、J-ROCK(最近は新たに弁当なんかも)などがフランスの若者の憧れの対象になっています。またグローバリゼーションが進んだ状況では、フランスと日本は同じ現実や問題を共有することになります。フランスのことを書いていたとしても、それは日本のことや、世界全体のことに何らかの形で通じています。それは特に雇用や労働の問題において顕著で、学生さんや若い世代の読者の関心の非常に高いテーマでもあります。

そして今回の福島の原発事故では、フランスからホウ酸や防護服や事故対策ロボットの提供など様々な支援が行われ、原発大国としてのフランスがにわかに注目を浴びています。事故を起こした福島第1原発3号機に装填されている MOX 燃料がフランスから送られてきていることも指摘しておく必要があるでしょう。それに加え、311以降、語学の重要性はさらに高まったように思えます。とりわけ国家的な緊急時には複数の情報をつき合わせるために外国語のソースからも直接情報を取ることが不可欠ということ、また日本を脱出して外国に移住しなければならない状況が実際に起こりうるということを、私たちはリアルに思い知らされました。

「4月からフランス語をやってみよう」という人たちへのささやかなアドバイスになるような記事や、アンケートで学生さんたちに人気のあった記事やサイトなどをピックアップしました。次回は FBNナビ(2)として2010年の人気エントリーを紹介します。

★言葉を学ぶとはどういうことか
□「フランス語を話せれば」(bird dog)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/27923622.html
□「メトロの中の日本語」(bird dog)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/23335530.html
□「パリのカフェ的コミュニケーション」(cyberbloom)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/29258434.html
□「アウェイで戦うために」(cyberbloom)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/19644800.html

★フランスは今どんな感じ?
□「フランスの日本ブーム」(動画 from youtube)
http://www.youtube.com/watch?v=vbjBYQXjBZE
□「コカコーラ・レッスン」(bird dog)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/23405871.html
□「自転車でパリは美しくなる」(cyberbloom)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/46632579.html
□「フランスのオタク文化-子供の発見」(cyberbloom)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/20389300.html
□「フランス文化の死」(cyberbloom)
http://frenchbloom.seesaa.net/article/73039018.html
□「お笑い日本の実態」または「どうせ分からないフランス語」(bird dog)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/130230741.html

★2009年度人気エントリー
□「パトリシア・プチボンがまたやってきた!」(manchot aubergine)
http://frenchbloom.seesaa.net/article/131887201.html
□「ヒップホップと手を組むルイ・ヴィトン」(goyaakod)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/101533978.html
□「フランス語版『神の雫』Les Gouttes De Dieu」(cyberbloom)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/113050474.html
□「フランスで弁当ブーム!」(cyberbloom)
http://frenchbloom.seesaa.net/article/140066758.html
□「カナダ、ケベック州のウィンターカーニバル」(sophie)
http://frenchbloom.seesaa.net/article/141536603.html
□「カンヌ映画祭受賞結果」(exquise)
http://frenchbloom.seesaa.net/article/120237399.html
□「エリック・ロメールを偲んで」(不知火検校)
http://frenchbloom.seesaa.net/article/139127142.html
□「WiiにOui - フランス老人ホームのレクリエーション」(キャベ男)
http://frenchbloom.seesaa.net/article/110983393.html
□「年末企画:2009年のベストCD」
http://frenchbloom.seesaa.net/article/136399312.html
□「フランス語の野球用語 - Je suis 'troisieme-but' ?」(superligt)
http://frenchbloom.seesaa.net/article/63304121.html
□「フランスの雑誌がレポートする日本の「草食系男子」の実態」(superlight)
http://cyberbloom.seesaa.net/article/128385171.html

★フランス語検定試験(文科省後援、5級から)
http://www.apefdapf.org/

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2011年03月04日

WHOLE EARTH CATALOG (1) ペーパーバック形式のグーグル

wec01.jpg去年の10月「 Whole Earth Catalog 」 の全ページがウェブサイト上に公開された。 WEC はスチュワート・ブランドによって1968年創刊されたアメリカのカウンターカルチャーのカタログ。98年まで断続的に続いた。WEC はクリエイティブで持続可能なライフスタイルのために有用な商品―それは服であったり、本であったり、道具だったり、機械だったり―をリスト化したものだ。WEC は自ら商品を売ることはしないが、商品のベンダーと値段が記され、頻繁にアップデートされた。アップルのスティーブ・ジョブズが有名なスタンフォード大学でのスピーチで WEC に言及している。

"When I was young, there was an amazing publication called The Whole Earth Catalog, which was one of the bibles of my generation.... It was sort of like Google in paperback form, 35 years before Google came along. It was idealistic and overflowing with neat tools and great notions."

ジョブズは WEC を「60年代後半のパソコンもない時代にすべてはさみとタイプライターとポラロイドカメラで作られた。それは WWW のコンセプトの先駆であり、Google が生まれる35年前に作られた、ペーパーバック形式のグーグルだ」と言っている。またジョブズはスピーチの最後のメッセージとして1974年号の裏表紙に書かれていた言葉 "Stay hungry, stay foolish.” を引用している。

ブランドは創刊号に地球全体 (Whole Earth) のイメージとして宇宙から見た地球の写真を使った。彼はそれが「共有された運命の感覚」を呼び起こす力強いシンボルだと考えたからだ。スタンフォード大学卒のブランドは芸術と社会に対する強い関心を持った生物学者で、エコロジー的に社会的に公正な方向にそってアメリカの産業社会を全面的に刷新することにコミットしていく大きなうねりがあると信じていた。WEC はそのうねりを支えるものとして構想された。

The counterculture's scorn for centralized authority provided the philosophical foundations of not only the leaderless Internet but also the entire personal-computer revolution. カウンターカルチャーは中央集権化された権力に軽蔑心を示し、それが、リーダー不在のインターネットの世界だけでなく、PC革命に対しても哲学的な基盤を与えた。

Forget antiwar protests, Woodstock, even long hair. The real legacy of the sixties generation is the computer revolution. 反戦の抗議活動、ウッドストック、そして長髪も忘れてしまっていい。60年代の真の遺産は、コンピュータ革命だ。

梅田望夫はブラントの2つの発言を引用し、彼は60年代カウンターカルチャーと PC 革命のつながりを象徴する人物だと述べている(『ウェブ時代 5つの定理』)。アメリカのコンピュータ産業は軍事目的で始まり、第二次世界大戦後は政府や大企業が管理の道具としてコンピュータを利用し始めた。このような「コンピュータ=情報の集中化・管理」というイメージの担い手は IBM のような東海岸の大企業だった。一方西海岸では、1975年ごろハッカーたちを中心に手作りでコンピュータを作ろうという気運が高まり、集結した若者たちが誰でも安く買える PC を作り出そうとした。PC は最初から個人の能力を底上げする道具として、個人が権威と対抗しうる革命的な道具として作られた。70年代の PC 革命から現在未だなお続いているウェブの進化の背景には、テクノロジーこそが反中央、反権威、アンチ・エスタブリッシュメントの力になり、同時にそれによって個をエンパワーし、フロンティアを切り開こうという思想的な背景がある。

□WHOLE EARTH CATALOG http://www.wholeearth.com/


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2011年02月25日

『パリ、恋人たちの2日間』(2) フランス的誠実さとは

SEX:EL [DVD]ジャックはパリに来て街のいたるところでマリオンの元カレに出会い、マリオンが今も彼らと友人関係にあることが信じられない。元カレと親しげに振る舞う彼女の姿を見て嫉妬心と猜疑心にさいなまれ、ふたりの関係がギクシャクし始める。奔放なのは彼女だけではない。マリオンの母親もドアーズのジム・モリソンと関係を持った過去があり、343人のあばずれ(343 salopes)のひとりだったと告白する(中絶を経験した343人の女性たちが1971年4月5日付の『ヌヴェル・オプセルヴァトゥール』に中絶の自由を訴える嘆願書を掲載)。彼女たちは本当に「あばずれ」なのだろうか。宮台真司がジャン=マルク・バール監督の『SEX:EL』でアメリカ的性愛とフランス的性愛を対比させているが、この図式が『パリ、恋人たちの2日間』にもそっくり当てはまる。

浅野素女『フランス家族事情』が描くように、フランス的性愛の外見的な緩さは、非倫理性を表さない。流動的な関係の中で、にもかかわらず揺らぐことのない「代替不可能なもの」「取替え不可能なもの」を倫理的に模索していると見られるからである。自堕落どころかむしろ求道的に見えるブシェーズの佇まいは、こうしたモチーフを具現しよう。対照的に、映画に描かれた「米国人たち」は、米国人たちがフランス人たちに馬鹿にされがちな点なのだが、関係の流動性という外形を、短絡的に非倫理性の兆候と見なそうとする。

フランス父親事情ジャックは百戦錬磨のフランス人からはあまりにナイーブに見え、常にからかわれる。いたって真面目なジャックは混乱する分だけ見る者の笑いを誘う。マリオンは相手を傷つけないための小さな嘘は許されると思っている。その嘘は見かけであって、真実や本当の気持ちはその奥にあるとわかって欲しいのだ。しかし外見的な形にこだわるアメリカ人にとってそれはとんでもない話。彼女の小さな嘘はすべて裏目に出て、嘘の上塗りになり、さらなるドツボにはまる。二人がすれ違っていくのは倫理が宿る場所が決定的に違うからだ。中絶の問題にこじつけて言えば、1971年当時中絶は非合法で、当事者と幇助者は堕胎罪で罰せられた。中絶は男女の乱れた関係の結果であり、「あばすれ」という偏見的なイメージで見られた。しかし彼女たちの関係性の内実への訴えは、男女についての意識を根本的に変え、形よりも中身を取るという重要な合意形成に至ったのである。

またジャックはフランス人の食文化があまりに「むき出し」なことに耐えられない。ウサギを頭まで食べることが信じられないし、市場で生きたままの姿の豚や子羊がさばかれているのを見て気分が悪くなる。アメリカ人は本当にそういうのが嫌いなのかもしれない。「ザ・コーブ」が日本バッシングを誘発したのもむべなるかな。結局は同じ残酷なことをやっていても、ハンバーガーのように元の姿や過程を隠し、「見た目」を整えろってことなのだろう。それでもジャックは「ブッシュ・キャンペーン」のTシャツを着て、キリスト原理主義的な関心によって「ダビンチ・コード」ツアーをしているロボットみたいなアメリカ人観光客たちに対して、「あいつらは愚鈍な政治や文化の象徴だ」と吐き捨てる。

「街は臭くて、人々はいいかげんで、男は女を口説くことしか考えていない」とマリオンは言う。ある意味、見た目を気にしない、なりふりかまわない健全な世界だ。生身の人間どうしがぶつかりあい、とりとめなく紡ぎだされる言葉。それはとことん甘いか、激しい口論かのいずれかだ。フランス映画はこの古典的なパターンを永遠に反復すればいい。そのたびに少しずつ違ったフランスの姿が見える。クールジャパンなんか気にもとめない、愛の国を地で行くフランスが温存されていい。

『恋人たちの二日間』には「何でこれがアートなわけ?」というアイロニーも感じられる。フランスはアートに理解があるというより、アートを補助金=税金で底上げして、アートの物語を回している国だ。マリオンの父親の書く絵は下品だし、友人のアーティストにとってアートは女性を口説く口実に過ぎないように見えるが、すべてアートの名のもとに許されてしまうのだ。

また言葉がわからなくて状況を把握できていないのはジャックだけではない。映画に登場するタクシー運転手はこぞって差別主義者だ。昔はパリでは英語が通じないとうのが定説だったが、今はむしろ英語がまかり通る状況だ。外国人を頻繁に相手にするタクシー運転手が英語を話せないとすれば、反動的になっていくのもわかる。


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2011年02月22日

『パリ、恋人たちの2日間』(1) ボボとは誰か

パリ、恋人たちの2日間 特別版 [DVD]ジュリー・デルピー監督&主演の『パリ、恋人たちの2日間』を見た。ゴダールに見出され、レオス・カラックスの『汚れた血』で夜のパリを軽やかにかけていた少女も、いい感じで歳を重ねるマダムになった。デルピーは1990年からアメリカに移り住み、ニューヨーク大学で映画作りを学んでいる。この主演&監督作品は、アメリカ人とフランス人が戯画化されて描かれるラブコメディ。男女の信頼関係といった古典的なテーマの反復だが、68年とかグローバル化とか独特の味付けがある。

デルピーによると主人公のふたりは典型的なボボ(ブルジョワ・ボヘミアン)」だという。ところでボボとはどのような人々なのか。デイヴィド・ブルックスの『アメリカ新上流階級 ボボズ―ニューリッチたちの優雅な生き方』が参考になるだろう。

ブルックスによれば、アメリカのボボたちのライフスタイルは「脂肪分ゼロのトールサイズのラテをすすりながら、携帯電話でおしゃべりをする。きちんと整備されたSUVに乗って、ポッタリー・バーン(インテリア・雑貨店 http://www.potterybarn.com/ )へ48ドルのチタン製フライ返しを買いに行く。彼らはブランド店が並ぶ豪華な通りを、最高品質のハイキングブーツで闊歩し、オリーブとウィートグラスのマフィンのために5ドルも払うことをいとわない」ことに象徴されている。これまでのブルジョワはSUVなんて乗らないし、チタン製のフライ返しなどに興味を持たない。ブランド街にハイキングブーツは本来馴染まないはずだ。しかし彼らは成金趣味やブルジョワ的な退屈さやベタさの代わりに、洗練されたモノやスタイルへのこだわり、ダイエット志向やエコロジーをライフスタイルに組み込むのだ。つまり彼らは本来相容れないはずの文化の同居とせめぎあいの中に生きている。

ベースとなるのは1960年代以前のブルジョワ文化と60年代の対抗文化である。これがブルジョワ+ボヘミアン、ボボ ( Bourgeois+Bohemian = Bobo )という言葉の由来である。ボヘミアンは19世紀フランスのロマン主義に端を発しているのだが、60年代の対抗文化を生きた急進派学生は「セックス、ドラッグ、ロックンロール」に象徴されるボヘミアンな自己表現を好んだ。やがて彼らの運動や文化は国家によって抑圧されたように見えたが、その中でも1969年に行われ、多くの若者を動員したロックフェスティバル、ウッドストックの両義性に注目する必要がある。両義性とは反資本主義や反商業主義の主張や身振りが巨大産業になりうることを証明したことである。相反するふたつの力が折り合い、互いを取り込んだのである。ブルックスはボボの典型としてオリバー・ストーンやルー・リードの名前を挙げている。

ボボたちの本質はつまるところ世俗的な成功と内なる美学の両立にある。彼らは成功を求めるが、野心によって魂を枯渇させてはいけないし、物質の奴隷になってはいけないと思っている。彼らは資産を蓄積するが、それはやりたいことに使うためであって、資産に縛られ、意味のない習慣に陥るためではない。経済的な成功を楽しみながらも自由な精神を持った反逆者でありたいし、クリエイティブな自己表現と一緒に大金が入ってくるのが最も理想的な仕事なのだ。新製品のプレゼンの際にはスーツを着ずに、自由な雰囲気でユーザーたちに語りかけるアップルのスティーブ・ジョブズもこのジャンルに入るタイプである。彼は実際60年代にインドを放浪したヒッピーだった。

ジョブズだけでなく、シリコンバレーの新しい技術者たちもボボたちの二面性を共有している。認知科学者、エンジニア、コンピュータ科学者、ビデオゲーム開発者など、彼らの多くはコンピュータやインターネットにかかわる高いスキルを持ち、新しくて独特な「ヴァーチャル階級」を形成している。社長たちは期限付きの契約でこれらのテクノ・インテリゲンチアを雇い、組織する。彼らは良い給料をもらうだけでなく、仕事のペースと仕事の場所に対してかなりの自立性を持っている。この新しい働き方が、ヒッピーと組織人の文化的な区別を曖昧にし、労働のイメージを一変させた。また彼らの仕事のアイデアは遊びの中にこそあり、彼らの生み出す製品やサービスを利用する者たちと同じ目線からのフィードバックが必要なのだ。これもグーグルの社内を思い出してみるといい。

『パリ、恋人たちの2日間』のカップルはインテリアデザイナーとカメラマン。コンピュータとは直接関係ないが、情報化時代の自由な職業であり、イメージや高付加価値を売り物にしていることには変わりはない。マリオンが過去に付き合った男たちも小説家やアーティストで、仕事をしているのか遊んでいるのかわからない、ある意味胡散臭い連中だ。この映画は2007年に公開で、ユーロバブルの絶頂期に撮られていることになるが、芸術という物語の中で戯れ、理想のパートナー探し=自分探しにうつつを抜かせるのも経済的余裕があってこそである。




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2011年02月10日

フランスは昔から農業大国だったわけではない

2月8日、クボタや井関農機などの農業機械株が上昇した。農地集約を進めるため、政府が農地の売買や賃貸借を仲介する「農地バンク」の設立検討に入ったと、日本経済新聞朝刊が報道したからだった。今後農地集約化と大規模化にともなって、農機の大型化など、機械需要が高まるとの思惑で農機株が買われたわけだ。日経によると、「農地バンク」は農地に関する情報を一括管理し、規模拡大や新規参入を目指す農家や農業生産法人に提供することで、農地の大規模化を促す公的機関になるとのこと。日本の農業競争力強化は、環太平洋経済連携協定(TPP)との絡みでも避けては通れない道である。

菅首相も1月24日の通常国会冒頭の施政方針演説で、「貿易を自由化したら農業は危うい、そのような二者択一の発想は取らない」と強調している。また過去20年で国内の農業生産が2割減少、若者の農業離れが進んだ点に触れつつ、「商工業と連携し、六次産業化を図る。あるいは農地の集約で大規模化する。こうした取り組みを広げれば、日本でも若い人たちが参加する農業、豊かな農村生活が可能」との認識を示した(2月8日付 Bloomberg 参照)。
 
農地バンクのニュースは去年の12月22日に読売新聞に掲載されたフランスのフィリップ・フォール Philippe Faure 駐日大使のインタビュー記事「農と言える日本へ…自給率120%仏の経験は?」を思い起こさせた。

フランスは「世界のパンかご」と言われるほど農業大国のイメージが強い。実際、穀物、根菜、畜産などすべての農業部門において世界の上位10位の生産高を誇る。しかし驚くべきことに昔からそうだったわけではない。農業改革が始まった1950年代当時は、自給自足さえできていなかったのだ。そのような状況で最初にフランスが重点的に取り組んだのは農家の規模拡大だった。1955年から2000年のあいだに、農業人口を3分の1に減らし、専業農家1戸当たりの平均農地面積を約70ヘクタールと約7倍に広げた。農家の平均年齢も40代半ばと10歳以上若返った。

その際に大きな役割を果たしたのが、農地売買を仲介する公的機関「農村土地整備公社」(SAFER、サフェール)である。これがフランスにおける「農地バンク」である。売りに出された農地を優先的に購入できる権限を持ち、サフェールが買い上げた農地を、規模拡大の意欲を持つ近隣農家に転売する。このシステムにより農地の大規模化が実現し、宅地や商業地への転用も防ぐことができたのだ。

日本は戸別所得補償制度を導入しているが、「農産物を高値に設定し、農家収入を維持する間接的な支援は好ましくない」とフォール大使は主張する。農家への支援は必要だが、農産物に価格差を付ければ、流通を大きくゆがめてしまう。フランスでは価格決定は市場に任せ、政府が直接農家の所得を補償している。またフランスでは、環境に配慮した農業や有機農業に取り組む農家への補償を重点的に行うなど、政策目標を軸に支援にメリハリを付けている。自国農業を守ることは大事だが、最も効率的な農業を目指すべきだと。




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2011年01月24日

チュニジアのジャスミン革命とその影響

チュニジア暫定首相退陣デモ、警官数百人も参加
l'express01.jpg■チュニジア暫定内閣のガンヌーシ首相の即時退陣を求める圧力が強まり、首都チュニスでは首相らベンアリ前大統領の与党・立憲民主連合(RCD)出身者の一掃を求める1000人規模のデモが23日も続いた。
■AFP 通信などによると、22日には、ベンアリ前政権下で独裁体制を支えた警官たちが数百人規模で反政府デモに加わった。最大労組のチュニジア労働総同盟(UGTT)も、引き続き暫定政権の解体を求める方針だ。
■街頭のデモ隊には、「首相や暫定内閣のメンバーはみんなベンアリの仲間よ。次の選挙まで待てないわ」(23歳の女子大生)などと主張する若者らが次々に加わっている。22日夕には、ロウソクの火をともして治安部隊との衝突で死亡した犠牲者を悼む集会も路上で行われた。
(1月23日、読売新聞)
★チュニジアの暴動に対する連帯がフランスでこれだけ広がったのは、チュニジア政府に抗議する市民の焼身自殺の映像が youtube で流れた影響も大きい。http://bit.ly/i6GH4M チュニジアでは路上で果物などを売ることが禁止されていたが、それで何とか生計を立てている人々も多い。事の始まりは警察が強硬手段に出て、行商人を逮捕し、商品を没収したこと。絶望したひとりが政府官邸前で焼身自殺を図り、その映像がネット上を流れた。http://bit.ly/gRJQl7
★チュニジアの検察当局は政権崩壊直後から、ベンアリ前大統領や親族の不正蓄財の捜査を始めた。観光業や不動産開発、銀行などを所有する一族の強欲ぶりと不正は、政権崩壊前から国民の怨嗟の的だった。特に夫人の親族の不正蓄財疑惑は、内部告発サイト「ウィキリークス」が暴露した「チュニジアの腐敗 お前の物は俺の物」と題された米公電(08年6月)でも詳述されている。一族が「マフィアまがい」とまで酷評され、政権崩壊の引き金のひとつになった。
★オバマ米大統領は「チュニジア人の勇気と尊厳を称賛する」との声明を発表。ベンアリ政権と強固で友好な関係を保っていた旧宗主国フランスも、デモによる政権転覆を支持する姿勢に転換した。その過程で、ミシェル・アリオ=マリ仏外相の発言が物議を醸した。アリオ=マリ外相はチュニジアの民衆の暴力を嘆きながら、治安維持とデモの管理にフランスが協力しようと申し出たのだった。「世界中に知られた私たちの治安力があればこの種類の治安上の問題を解決できる」とまで提案したのだ。フランス政府がフィヨン首相の声によってチュニジア警察の一方的な暴力の行使を強く非難したのはベンアリが失墜した翌日の木曜(1月13日)になってからだった。しかし土曜(15日)まではチュニジアのデモに対する明確な支持はなかった。フランス政府の反応は後手後手に回ってしまった。
★チュニジアの民衆蜂起が各地に飛び火している。周囲の独裁的な為政者たちが最も恐れていたことだ。中東のイエメンで23日、大統領の退陣を求める反政府デモが行われ、数千人が参加した。イエメンでは、20年余りにわたって、サレハ大統領による事実上の独裁体制が続く。大統領を名指しした大規模な抗議活動は初めてとみられ、当局は警戒を強めている。サウジアラビアでは、チュニジアの青年の焼身自殺に触発され、焼身自殺を図った60歳代の男性が21日、死亡した。アルジェリアの首都アルジェでは22日、野党勢力の民主化要求デモがあり、治安部隊との衝突で約40人が負傷。
★一方、イラン当局は23日、インターネットを利用した反政府活動やウイルス攻撃への監視を強化するため「サイバー警察」を発足。イランでは、09年6月の 大統領選での不正開票疑惑を機にネット上の呼びかけを通じて政権批判が活発化した。またチュニジアの反政府デモの動きがネットで拡大し、政権転覆につながったことが、「ネット」への警戒感を強めている。




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2011年01月18日

村上隆のヴェルサイユ展(写真付で再掲)

18世紀の巨匠ダヴィッドの絵画を背景に小さな王冠を載せたかわいいポップな王様のフィギュアがたたずむ。この光景を許せない人々がフランスには存在する。現代アートで最も値のつくスターのひとり、村上隆の作品が9月14日から12月12日までヴェルサイユ宮殿で展示されることが公表されたとき、「ベルサイユ、モナムール Versailles mon amour 」と「マンガにノン Non aux mangas 」というふたつの保守系の団体がそれに真っ向から反対した。マンガやアニメにインスピレーションを受けた、村上の22点のフィギュアと絵画が―そのうちの11点はこの美術展のために特別に製作された―宮殿の大居室群、鏡の間、そして庭園に展示される。反対者たちは2008年のアメリカ人作家、ジェフ・クーン Jeff Koons の宮殿での展示に反対したメンバーと同じで、彼らはクーンの作品の展示を禁ずることを求めたが、ヴェルサイユの裁判所と国務院 Conseil d'Etat に却下された。しかし2009年のグザヴィエ・ヴェラン Xavier Veilhan ときには彼らは動かなかった。彼がフランス人だったからだろうか。ヴェルサイユ宮殿の館長、ジャン=ジャック・アヤゴンは「彼らは単に外国人が嫌いなだけだ」と切り捨てる。

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「ヴェルサイユ、モナムール」は3000人分の署名の入った手紙をアヤゴン館長とフレデリック・ミッテラン文化相に送り、デモも行う予定だ。スポークスマンは「ヴェルサイユの館長は、金を儲けたいなら村上の作品をオランジュリー美術館に展示すればいい。スペースがたくさんあるのだから。王家の居室に展示する必要はない」。また村上のセックスを暗示するいくつかの作品を槍玉に挙げる。今回は展示されないが、例えば射精している少年のフィギュア「ロンサム・カウボーイ」という作品だ。それもアヤゴン館長は極右の典型的な性の妄想だと退ける。

「マンガにノン」はフランス作家国民連合のアルノー=アーロン・ユパンスキ Arnaud-Aaron Upinsky が中心になって結成されたが、ルイ14世の子孫であるシクスト=アンリ・ブルボン=パルム公 prince Sixte-Henri de Bourbon-Parme の支持を受けている。村上隆は何か大変な人たちを敵に回している感じだが、彼らには保守らしい言い分もある。「私たちは文化的な遺産を外国人の利益のために使うべきではない。フランスには4万人の恵まれないアーティストたちがいる。それなのに、宮殿はニューヨークの公認アートのプロモートをしている」とユパンスキは告発する。「ニューヨーク、今度は日本の村上だって?」

P1010036.JPG

彼らはかつてのヴェルサイユの城主のことも気にかけている。「ヴェルサイユの傑作はルイ14世が理解できるものでなくてはならない。宮殿を村上の引き立て役のように使うことはルイ14世に対する冒涜だ」と反発する。これに対してアヤゴン館長は France 2 のインタビューで次のように反論していた。「ルイ14世は彼の時代のすべての革新と創造を見てきて、欧州全体で起こっていたこと全てを知りたがっていました。だから私はルイ14世が村上氏の作品により的確に心を動かされると思います。なぜならこれらのアプローチは何よりも適切で楽しいものだからです」

しかし興味深いことにアヤゴン館長は次の現代アート展を大居室群で行わないことを告知した。「小さな勝利」を歓迎する反対者たちをよそに館長はそっけなく答える。「私は彼らを喜ばせようとしているわけではありません。マンネリを避けるために宮殿のオペラ座のような別の場所が考えられるでしょう」。論争を避けるためじゃなくて?

この記事は下記の記事を参照した





ガーディアン(英)に掲載された美術展の様子

村上隆、フランスのラジオ、France Cuture に出演
★なぜかメアリー・ノートンも出演していて村上を絶賛していた。「私は何より彼のサイケデリックなところが好きで、特にキノコのイメージが大好き」。それに対して村上氏は「自分はドラックをやらないけど、ドラッグがもたらしたサイケデリック・アートは大好き」と。フランス人のインタビュアが村上氏に「今回の作品は、あの日本のカルト漫画『ベルサイユのばら』の幻想や記憶に呼応したものなのですか?」と聞いていた。フランスで「ベルばら」は「レディ・オスカル」というアニメによって知られているようだ。
★興味深かったのは「私はヨーロッパのアーティストたちとアイデンティティの在り処が違う」という発言。彼の場合、クライアントの依頼が最初にあり、それにいかに答えるか、いかにそれを超えるものを出していくかが問題なのだと。また村上氏のチームは100人くらいいて、彼らのコミュニケーションをとりながら作品を作ると。「芸術企業家」ならではの発想だ。また竹熊健太郎氏のツィート「今回のベルサイユ宮殿での村上アートに対する反発は、オタクの村上批判と真逆の立場からの反発だが、構造がまるで同じなのが興味深い。オタクはアートだから村上隆に反発し、フランス右翼はアートではないから反発している」も印象的だった。





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2010年11月23日

高校生さえもデモをするフランスの現状と将来

サルコジ大統領の強行突破を契機に年金改革に反対するデモは収束しつつあるとはいえ、昨日22日も5つの組合が依然としてデモを呼びかけていた。今回のデモでは高校生が参加したことが話題になっていたが、それは今に始まったことではない。高校生たちは2006年のCPE(若者雇用促進策「初期雇用契約」)に反対するデモにおいても重要な構成メンバーだった。

仏メディアTF1で「若者を苦悩させる未来」(Cet avenir qui angoisse les jeunes)という特集があった。INSEE(フランス国立統計経済研究所)によると、彼らは親の世代よりも生活水準が悪くなる初めての世代である。セゴレーヌ・ロワイヤルが彼らを煽ったと批判されたが、彼らは政治組織や組合に命令されて声を上げたわけではない。若者のあいだには危機意識が広がり、怒りと不安にかられて叫んでいたのだ。教育費は無料だが、教科書代を払うためにテレビの中の18歳の女子高生は週末にアルバイトをしていると言っていた。

1968年のときのように若者たちは「革命」をスローガンにしていたわけではない。多くを望んでいるわけでもないし、起こっていることに対して幻想を持っていたわけでもない。定年と安全と雇用に関して自分の置かれた不安定な身分について訴えていただけだ。先の女子高生は生き残れるかの問題だと言っていた。

若者の失業率は23%。日本と同じように、学生は既成のルールにしたがい、大学に入り、さらに大学院に上がり、学業を積み重ねても仕事は遠ざかるばかりだ。テレビに映し出されるシューカツの熾烈な光景は日本と同じで、それは中世の騎士の聖杯探しにたとえられていた。つまり果てしのないドラゴンクエストだ。しかし何もやらないわけにはいかない。何の卒業(修了)資格もない場合、失業率は40%に跳ね上がる。

最後に登場した30歳の若者は社会学の博士論文も書き、やることはすべてやったと言う。3年間研修で働き(奴隷のように安くこき使われた)、その後も職を転々としたが、もう仕事に幻想を持つことをやめた。バカバカしいゲームから降りて、マージナルに生きることを決めた。今は週末だけ食料品屋で働き、月600ユーロ(約7万円)稼ぐだけ。残りの膨大な自由時間は小説を書いて過ごしている。フランスでもこうやって社会から退却する若者が出てきている。仕事に就くことの社会的な承認やイニシエーション的意味合いはとっくに失われている。

高校生は学生になったら奨学金か親の援助で生活しなければならないし、その先62歳で年金を満額もらうための十分なお金を払いこめないと知っている。さらに彼らは仕事の世界に入るのが難しくなることを覚悟している。仕事の多くは空きが出ないわけだし、公務員に関しては特にそうだ。公務員の削減は加速する一方だから。それでも年金改革に反対するのは、この改革を見過ごしてしまえば、将来さらにひどいことになり、年金をもらう40年後には彼らの大半が犠牲者になってしまうだろうから。もちろん改革に反対しても決定的な解決にはならない。今のまま年金制度を放置すれば、国家財政に重くのしかかる。しかしそれは国家による分配型年金システムを破壊し、純粋に資本主義的な個人年金のシステムに道を開くものでもある。また失業のリスクが高く、競争が熾烈で、税金の負担が大きくなる世界で、仕事を続けなければならない年数がさらに長くなるのだ。

今や国家の制度の破綻に、先進国の若者が共通して大きな影響を受ける。それは国境を越えた共感やつながりの可能性も示唆している。先日もロンドンで、大学の授業料の上限を3倍に引き上げようとする政府・与党に抗議する学生デモがあり、約5万人が集結した。デモの一部が暴徒化し、政府与党の本部を壊して一時占拠する騒ぎになった。戦後最大といわれるイギリスの歳出削減策では、各省庁の予算を平均で19%カットし、このうち大学教育の支出は40%減らそうとしている。一方で先進各国の若者の反応の違いも対照的だ。「UK students protest, US students apathetic イギリスの学生は抗議し、アメリカの学生は無関心」というアメリカの動画ニュースもあった。「彼らはフーリガンではありません、授業料値上げに反対するイギリスの学生たちです!」という驚きとともにアメリカの人々に紹介している。

グローバリゼーションは世界をひとつのマーケットに統合していく。すでに各地域、各国のマーケットはつながっていて、石油、穀物、工業製品の値段が世界規模のマーケットの中でひとつの価格に収斂していく。それが先進国においてデフレという現象に顕著に現れている。モノの値段が上がらず、賃金が上がらない。企業は利益が上がらず、値下げ競争だけを強いられる。これは貨幣供給量や国内需要の問題ではなく、同じモノや労働力に対する対価、つまり価格や賃金が、基本的に世界の同じ額に収斂していく動きだ。これは中国を初めとする新興国が先進国中心の市場に生産基地として組み込まれた結果であり、先進国共通の問題になっている。つまり自分たちとは関係のない遠い国のことだと思っていた貧困問題が、自分たちの現実に入り込んできたことでもある。企業が資金の余裕を得たとしても、賃金水準の高い日本国内で人を雇い、事業を拡大しようとは思わないだろう。海外の投資に振り向けるだけで、国内の雇用の増加と賃金の上昇には結びつかない。すべてはそういう大きな潮流の中にある。





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2010年11月08日

ヴェルサイユ宮殿の現在

ヴェルサイユ宮殿での村上隆の作品展をめぐり、ルイ14世の末裔シクストアンリ・ド・ブルボン公らが記者会見し、「美少女フィギュア」などの展示は祖先への冒とくとして、作品展の中止を求め、主催者の宮殿当局に法的措置を取る考えを表明した。こちらが記者会見の模様だが、さすがに優雅な物腰。このような事態に、東京の在日フランス大使館には「ヴェルサイユ宮殿での村上隆氏の展覧会が、フランス国民に迷惑を掛けているのではないか。それなら日本人として謝罪したい」と繰り返し電話がかかって来ているという(笑)。



とはいえ、村上隆展に対する批判勢力のニュースはトーンダウンしている。反対派は2年前に同じ場所で行われたアメリカ人作家、ジェフ・クーン Jeff Koons の美術展の際も、作品の展示を禁ずることを求めたが、ヴェルサイユの裁判所と国務院 Conseil d'Etat に却下されている。一方で、村上展のようなイベントがないと宮殿の維持管理費をまかなえないのも現実なのだ。ヴェルサイユ宮殿は今のところ財政的に潤っていて、随時修繕が行われている。今年はすでに宮殿に600万人が訪れ、去年より50万人増えている。 とりわけ新興国からの訪問が増え、中国だけでなくロシアやインドネシアからも客がやってくる。入場料は宮殿の収入の3分の2に達するほどだ。

最近、ルーブル美術館とポンピドゥーセンターがそれぞれランス Lens とメッス metz に分館を作ったが、分館の誘致には美術館側の財政的な利点がある。分館の敷地や建物は経済効果を当てにする地方自治体が用意してくれる。有名美術館も今や厳しい国際競争にさらされる時代だ。政府からの補助金も削減され、財政的に厳しい状態に置かれている。それゆえ独自のアイデアで財源を確保しなければならない。ヴェルサイユ宮殿も例外ではない。

マリー・アントワネット (通常版) [DVD]ソフィア・コッポラの「マリー・アントワネット」がヒットしている時期に、ヴェルサイユ宮殿がマリー・アントワネットにちなんだ「女王の残り香」という香水を売り出していたのが思い出される。高級バージョンはバカラのクリスタルのボトル入り(25cl)で、8000ユーロもしていた(手頃なものは350ユーロ)。香水の売上はマリー・アントワネットが使っていたセクターの修繕に使われていた。

ヴェルサイユ宮殿では企業の資金による修復も行われていて、例えば、あるコニャックのブランド会社によって天井の壁画が修復された。それを見て資金提供しようという個人もいる。「これは私の寄付で直したのよ」と庭園の彫像を指差すマダムがニュースに登場し、小さなパネルには彼女の名前が記されていた。このようなスポンサーに応えるためにも、目をひく美術展やイベントが必要になる。古典的な作品とともに、村上隆のような現代的な作品が新しいお客を引き寄せている。古今東西の文化を混ぜ合わせ、多くのお客を楽しませるのが今のヴェルサイユの姿だ。アヤゴン館長のしたたかな戦略なのだろう。宮殿はとっくにブルボン王家のものではない。国が財政を切り詰める中、独自の収入がなければ巨大な文化遺産の維持もままならないのだ。

ヴェルサイユ宮殿ではまだ公開されていない部屋の修復が進められている。宮殿のすべての部屋を公開し、音楽のための部屋とか、夕食のための部屋とか、宮殿全体における各部屋の機能を訪れる人々に知ってもらうという大きな計画があるようだ。




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2010年11月05日

新しい優生学?−精子を売る若者とデンマークの精子提供の実態

加爾基 精液 栗ノ花デンマークの議会で性倫理に関する新しい法が審議されるというニュースを France 2 が伝えていた。デンマークは精子提供の最も多い国で、今や提供者の髪や瞳の色とか学歴などが細かくカタログ化されている。提供者の子供の頃の写真もあって、どういう子供が生まれるか想像できるようになっている。議会ではそれを禁じようというのではなく、状況をきちんと把握し、どうやって具体的に法を適応していくかが議論されるようだ。

ニュースでは精子を売りにきたデンマークの若い失業者がインタビューを受けていた。精子を売買するデンマーク(籍は外国)の会社のオフィスに行けば、身分を特定することを条件に、精子の状態や量によって 1日30から70ユーロ稼げる。最後の手段として血を売る話は昔から聞くが、実にショッキングな話だ。若い男はポルノビデオや雑誌のある個室に入って採取するが、そこにはいかがわしさのかけらもない。その会社は年間400万件の精子提供を受け、60ヶ国に販売し、1年に1000人近くの子供が産まれている。ネットでも売買されていて2000ユーロから。20万円ちょっとで買える計算だ。

身分を特定するのは生まれた子供が将来自分の父親を知りたがるときのためだという。アメリカでも金銭的な動機で若者がドナーになるが、そういうドナーでも自分の精子から生まれる子供に興味を持ち、子供の将来を心配するのだという。子供もまた自分に父親がいないことに関心を持ち、生物学上の父について知りたがる。しかしこれらは従来の父子の関係を超えてしまっている。

どのような人々が精子の提供を望むのかというと、不妊のカップル、レズビアンカップルやGIDカップルなどである。むしろ興味深いのは「選択的シングルマザー」の存在だ。つまり子供は欲しいが、男は要らないという女性だ。このような男性との関係性の否定は「男は種にすぎない。男の庇護も、男とのコミュニケーションも要らない」という女性の生き方の可能性を告げ知らせる。男は容姿や学歴などの属性のデータのみ測られ、選択される。それは否応なしに優生学的になり、容姿や学歴の高いほうに偏るだろう。レッセフェールな状態にすると、選ばれた少数の精子が多数の子供を生むことになるだろう。アメリカの精子バンクでは近親婚や遺伝病を避けるために1人あたりの出生数を厳しく制限しているが、ネット上ではそういう規制をかいくぐって売買されている。自分の精子提供によって少なくとも650人の子供の父親になったと主張している男性もいるようだ。一見、一夫多妻の王様のようだが、彼は人格や彼の取り結ぶ人間関係ではなく、カタログ化された属性によって評価されているにすぎない。選択権は明らかに女性の側にある。女性は自ら精子を選び、子供を宿し、子供と関係性を育む。男はわずかな金で精子を搾り取られるだけだ。

これが日本で起こった場合、臭いものに蓋をする式にありえない問題にされるだろう。例えばヨーロッパでは避妊の方法としてピルが普及しているが、日本では保険がきかないし、処方の体制が整っていないので普及していない。それは従来の家族規範にとらわれた保守派の政治家が、性病がひろがるとか、男女関係が乱れるとか言って反対しているせいだ。同じことが精子提供に関しても起こり、一方で問題は地下に潜るだろう。すでに一部の人々にとっては現実的かつ切実な問題になっているのだろう。だからヨーロッパでは起こっていることを認め、現実を把握しつつ、法規制によってコントロールしていくやり方を取る。

デンマークの精子提供のニュースは「これは新しい優生学なのか」と問いかけていたが、これはユダヤ人の大量虐殺という蛮行に至ったナチスのような、国家主導型の強制的な優生学ではない。両親たちの出生前診断や遺伝子治療や、今回の精子のカタログ化が、結果的に優生学的な効果を生み出してしまっているのだ。

親は美しく賢く健康な子供が欲しいと願う。それは自然なことで、偏見に基づくものとは言えない。その欲望が技術的に実現可能になったとき、局所的な視野と欲求充足によるとはいえ自分の生を最適化するために合理的な判断を下すだろう。しかしそれは極めて排他的な社会を生む可能性がある。(東浩紀「情報自由論」)

個人的な経験になるが、連れの妊娠の兆候が現れて、最初に飛び込んだ産婦人科で羊水検査を勧められた。高齢出産の年齢にひっかかっていたからだ。羊水検査とは出生前診断のひとつで、子宮に長い注射針を刺して羊水を抜き、得られた羊水中の物質や胎児細胞によって染色体や遺伝子異常の有無を調べる。「もし異常がわかったら堕ろすことになるのか」と産婦人科医に問い正したら、彼は「社会のお荷物になるだけだから」と言い放った。二度とその病院に足を踏み入れることはなかったが、この確信犯的な物言いは、個人の「局所的な視野と欲求充足」を背景にしている。「キレイごとを言ったって、みんなの本音はそうだろう」ってことだ。

生まれてくる子供すべてが肯定されなければならない。しかしそれまで自然の摂理として否応なしに受け入れていたものが、選択の問題になる。整然とカタログ化された形で、どのコースにしますかと選択を迫られるのだ。その選択は子供に対して重大な責任をともなうものになる。私たちは判断をめぐって右往左往し、これまでありあえなかった後悔を生むことになるだろう。

「正義とは計算不可能なものである」。生活のあらゆる場面がデータ化され、解析され、リスク管理の資源としてシステムへとフィードバックされる環境管理社会において、この言葉ほどわかりやすく実行が難しいことがほかにあるだろうか。(東浩紀「情報自由論」)




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2010年09月15日

「27歳クラブ」- 27歳で亡くなったロックアーティストたちの40周年記念

ラッパーのキッド・クディが麻薬所持で捕まったときに「俺は黒人が27歳で死ぬと知っている。俺は今26歳だが、その歳まで生き延びることを約束する」と言った。27歳にこだわっているのは彼だけではない。エイミー・ワインハウスやブリトニー・スピアーズもかつて27歳に死ぬのではと恐れていると語っていた。ブリトニーは無事クリアしたが、エイミーは来年、キッドは再来年27歳を迎える。

27歳で亡くなったロック・アーティストと言えば、ジム・モリソン、ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリン、ブライアン・ジョーンズ、カート・コバーンと錚錚たる顔ぶれが並ぶ。その始まりはキャンド・ヒートの ボーカル、アラン・ウィルソンが27歳のときオーバードーズで亡くなったのが、40年前の1970年9月3日。今月が「27歳の死」というロック神話の40周年記念にあたる。

ドアーズジョプリン

ジミ・ヘンドリックス:酒+睡眠薬を飲み、吐いたもので窒息
ジャニス・ジョプリン:ヘロインの過剰摂取
ブライアン・ジョーンズ(ローリング・ストーンズ):プールで溺死
ジム・モリソン:浴槽で溺死
カート・コバーン:ショットガンで自殺

この「27歳クラブ」の合言葉はザ・フーの ”Hope I die before I get old” だ。日本には「27歳の死」に当てはまるアーティストが見つからない。ニアピンで尾崎豊が26歳。X Japan の Hide は33歳。ジム・モリソンのように浴槽で亡くなった江戸アケミは36歳。





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2010年09月11日

911同時多発テロ:9年の歳月と9つの論争 neuf ans, neuf polémiques

以下はフランスのネットメディア 20 minutes fr. に掲載された "Attentats du 11 septembre: neuf ans, neuf polémiques" の全訳。

The Big Lieツインタワーが崩壊し、飛行機一機がペンタゴンに突っ込み粉々に、もう一機は何もない野原で粉々に、3000人近くの死者が出たが、多くの疑問が残された。9年の歳月が流れたが、その間様々な陰謀論が、ことにインターネットを介し拡散された。

2001年、テロから数週間後、Ray Griffin, Jim Hoffman あるいは Steven Jones といった人々が9・11真相究明運動(9/11 Truth Movement http://www.911truth.org/ )において、政府見解に疑問を呈する。ツインタワーの崩壊は、飛行機によってではなく、事前に仕掛けられた爆発物によって引き起こされたのではないかと。

2002年、フランス人 Thierry Meyssan が、この事件に口を挟む。彼はヴォルテール・ネット(Réseau Voltaire http://www.voltairenet.org/ )を立ち上げ、「恐るべきペテンL’effroyable imposture 」という本を出版し、この本は28ヶ国語に翻訳され、これがアメリカ国内の陰謀論を支えている。彼は特に飛行機はペンタゴンに突っ込んでいないと考えている。訳注)28ヶ国後に訳されながら日本語には訳されていない。

2003年、9・11真相究明計画(911 Visibility Project)がアメリカで日の目を見る。真実を求める遺族を援助するために活動する関係市民たちが結集し、翌年、アメリカ当局の最終レポートがリリースされる少し前、グランド・ゼロでのデモを組織する。

2004年、アメリカ人 Jimmy Walter が調査の再開を求めて一連の行動を起こす。彼はニューヨーク・タイムズ、ウォール・ストリート・ジャーナルに広告ページを掲載し、CNNのビデオクリップに出資する。さらに彼は reOpen911.org http://www.reopen911.info/ というサイトを立ち上げる。彼によれば、WTCとペンタゴンに激突したのは無線操縦無人機。

2005年、ジャーナリストの Eric Laurent が、9・11テロに関する新たな論「9・11の隠された側面 La face cachée du 11 septembre 」を発表する。彼は<<ある悲劇の恥ずべき秘密>>を明らかにすることを誓うが、主にインサイダー取引とジョージ・W・ブッシュを非難している。

2006年、Dylan Avery によって提出された一連の資料によって陰謀論が再び人々の注目を浴びる。2005年に撮られた<<緩やかな変化 Loose change >>がネット上で大ヒットし、このビデオは2006年ネット上で最も閲覧される。

同じく2006年、アメリカ人技術者 Jim Hoffman が、「9・11の疑惑:証拠はあなたの手の中に9/11 Guilt: the proof is in your hands 」という DVD で発言する。彼はそこで、自分の考えによって、これらのテロには政府の関与があることを明らかにする。しかしながら、彼は同時に他の陰謀論も批判しており、特に、飛行機は実際にペンタゴンに突っ込んだと考えている。

2007年と2008年、今度はフランスの<<セレブたち>>が再び様々な陰謀論を取り上げる。彼らは2001年9月11日に起こったことに関する疑惑を表明し論争を巻き起こす。マリオン・コチヤール Marion Cotillard とジャン−マリー・ビガール Jean-Marie Bigard がこれらの<<懐疑論者たち>>に名を連ねることになる。キューバのフィデル・カストロ Fidel Castro も同様に<<怪しいと思っている>>ことを宣言する 。

2010年、グランド・ゼロ近くのモスク建設計画が、アメリカで新たな論争を巻き起こしている。キリスト教原理主義の牧師 Terry Jones が報復としてコーランを燃やすと脅迫している。結局モスク建設計画は場所を変更する。








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2010年09月08日

ジェーン・バーキン、ロマのために Les P'tits Papiers を歌う

ジェーン・バーキンは先週の土曜日に不法滞在者(sans-papiers)を支持するデモに参加し、移民相エリック・ベッソンのいる窓の下で一曲の歌を歌った。そこはグルネル通りの一角で、ジャンヌ・シェラルとアニエス・ジャウイも一緒にいた。曲の名前は" Les P'tits Papiers "。セルジュ・ゲンズブールがレジーヌのために書いた曲だが、本人もそこにいた。この音楽による抗議はフランスとヨーロッパの130の都市で行われるデモの幕開けとなった。それは9月18日にベルシーで行われるコンサート" Rock Sans Papiers " の宣伝でもあった。コンサートには15人のアーティスト、歌手、コメディアンが参加する。デモでは市民団体や労働組合や政党がフランス政府の「外国人嫌いxénophobie 」を告発するように呼びかけた。


"Les petits papiers" aux fenêtres d'Eric Besson
アップロード者 lesinrocks. - 最新のニュースに関する動画を見る。

ジェーンたちはメトロのヴァレンヌ駅に集結した若いデモ参加者たちの前に現れた。2階建て観光バスの屋根に乗って。アコーデオンの伴奏で、歌手や映画人や知識人や科学者たちがゲーンズブールの有名な曲を歌った。もともとは戦闘的というよりはポエティックな歌だが、アーティストやデモの呼びかけ人たちはその歌に皮肉をこめ、希望を託した。マントラのように繰り返されるリフレインはバスから雨のように降り注いだ。「これは悲嘆に暮れた人々のための歌。かれらを励ますための歌。ロマ人たちはスケーブゴートになっていて、国外追放の危険にさらされている。でも私は追放されない。同じ外国人なのに」。ジェーンはプレスに語った。

Birkin, Dutronc, Gainsbourg - Les Petits Papiers
Regine - Les Petits Papiers 1967




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2010年09月06日

大学の講義のネット配信(2)

インターネットの普及によって知識を得たいと思えば誰でも世界中の情報にアクセスできる状況が整ったわけだが、ポイントは「知識を得たいと思えば」という条件である。つまりウェブを通しての学習は、標準的な能力を身につけるために与えられた課題をこなすのではなく、自発的に学び、新しいものを生み出すような意欲や好奇心が重要になる。『フラット化する世界』の著者が言っているように、ネットが浸透した世界ではIQ(知能指数)よりもPQ(熱意指数)やCQ(好奇心指数)が先行する。標準的な能力を持つ人間を組織で働かせ、近代社会を効率的に動かすための教育はすでに終わったし、必要ないのだ。

大学は講義をネット配信することで自分の大学が魅力的な授業をやっていると対外的に広くアピールする宣伝効果がある。一方で、面白い講義を聴きたいという純粋な知的好奇心のために大学が存在しているとすれば、それを阻んでいた大学の偏差値や親の収入という教育格差は取り払われることになる。誰でも最先端の高等教育に簡単にアクセスできる社会を作るという方向は、学生を偏差値によって序列化したり、一定数の学生を囲い込んで授業料を取るという大学の運営モデルを壊してしまうかもしれない。またとりわけ文系学部にとっての本質的なのは図書館で、それが大学という存在に必然性を与えてきた。それがグーグルによって図書館がデジタル化され、図書館というインフラが大学の外に開かれてしまったとき、大学の文系学部にどのような存在意義が残るのかも問われるだろう。ネット上に世界中の大学が発信する多様なコンテンツが集積され、使い勝手が良くなれば、個々の大学の枠組みを超えた別の学びの形や場が準備されることになり、何からのブレークスルーが起こるかもしれない。

宮台真司がネット番組で「今の日本の大学は大学の先生たちのためにある。ネットの時代に大学に多くの教師をプールしておく理由はない」と身も蓋もないことを言っていたが、これはゲイツの発言とも共振するのかもしれない。一定のレベルの教育をするベーシックな講義はコンテンツ化しておけばいつでもどこでも聴講できる(毎年同じ板書を繰り返す退屈な講義は一掃される)。一方で面白い講義をする、学生に対して強い感染力のある教師はさらにひっぱりだこになり、価値の高いコンテンツを生むだろう。

学習内容のコンテンツ化は場所と時間にしばられないことを意味する。学生は自分で学習プログラムやカリキュラムを組み、教師はそのアドバイザーやコーディネーターのような役割を引き受けるようになるのだろう。ネット配信の拡大と平行して youtube や ustream など、映像や音声の配信を無償で行うプラットフォームが構築され、誰でもそれを簡単に使えるようになった。MIT のように大きなプロジェクトでなくても、リアルタイムで講義をネット配信するインフラは十分に整っている。また大学という虎の威を借りなくても、個人の研究内容そのものの魅力によって、自由な形でセミナーなどを主催し、仲間を集めることができる。その一方で大学は予備校、専門学校化する傾向にあって、自由な文系的な教育に向かなくなっている。授業料が高くなればなるほど、成績の公平性や透明性が求められ、教育投資に対するリターンが求められるからだ。だから自由な学問の場所は大学の外に展開する方がいいのかもしれない。

日本の大学は明治時代に西洋の技術や文化を翻訳し、日本に移入することから出発した。それらを特権的な人間が独占していて、少しずつ、もったいぶって下に流すことで権威を保っていた。このような西洋の知識を伝達・中継し、下に流す役割はもはや必要とされていない。また現在の新聞や雑誌の凋落が著しいが、大学も明らかに非フラットなトップダウン型社会の遺物で、それらと無縁ではないないはずだ。既得権益者たちは伝統ある出版文化やジャーナリズムが崩壊すると叫んでいたわけだが、今やそれらは逆に全く信用されていない。5年前のネットジャーナリズムはまだおぼつかないものだったが、同じように5年経てばビル・ゲイツが言うような新しい大学の動きが確実に起こるのかもしれない。





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2010年09月02日

大学の講義のネット配信(1)

「学問を修めるために若者が大学に通うということが、比較的早い時期になくなるだろう」と予想するビル・ゲイツの発言が記事になっていた。「ここ5年以内に、最高の教育リソースは無料でウェブ上に現れ、個々の大学などよりもはるかに良い教育を提供できるようになる」。さらにゲイツが問題にしているのは大学という場所だ。大学は「そろそろ施設などから開放されるべきで、皆で同じ場所に集まる必要はない」。アメリカも日本と同様に大学の授業料が高く、教育格差が問題になっているが、「ひとつ所に集まって学ぶ現状のスタイルは高価なものとなりがちで、十分な教育を受ける機会を失わせる」。ウェブ教育を充実させていけば、「現在の特定施設に立脚した教育システムの重要性は5分の1程度に減じるだろう」とゲイツは言う。

そういうシステム移行するためには「どのような手段で学んだにせよ、その学識は正統に評価される」必要がある。「MITから与えられた学位であれ、ウェブから学んだものであれ」同じように。ゲイツもそういう信念を持っているようだ。これは個人がどの大学を出たかという肩書きではなく、個人の能力をきちんと評価することにもつながるだろう。

大学のウェブ化の手始めが大学の講義のネット配信である。ネット上で講義を一般に無償公開するという考え方はMITが「オープンコースウェア(OCW)」という画期的な構想で5年前に先鞭をつけた。MITはその思想に共鳴したヒューレット財団やメロン財団などから大きな資金を調達してシステムを構築し、すべての講義を公開するという作業が進行している。

一方アップルは2007年に「iTune U」というサービスを開始した。スタンフォード大学、カリフォルニア大学バークレー校、MITなど全米の大学の講義を無料公開するサービスだ。アップルは「iTunes」と「iPod」の組み合わせによって音楽のプラットフォームを押さえたが、同じ仕組みを使って大学の講義をいつでもどこでも受けることができるようにした。すでに世界で800以上の大学が参加、うち半数がコンテンツを一般公開しており、その大学の学生でなくても聴講できるというオープンな条件が何よりも重要なのである。すでに35万以上の音声/動画ファイルが利用でき、ダウンロード数は3億を超えたという(8月25日現在)。もちろん講義ライブラリはこれからも充実していくだろう。

「iTunes U」には東大を初めとする日本の大学も加わっている。東大は「東大 Podcasts」で公開してきた講義を配信し、話題のマイケル・サンデル教授の東大特別講義「ハーバード白熱教室 in Japan」も配信予定だという。明大は森川嘉一郎准教授による秋葉原とオタクに関する講義、慶応SFCは村井純教授などによる講義「インターネット2010」。各大学が特色ある講義を配信している。多様なコンテンツが集積され、使い勝手が良くなれば、個々の大学の枠組みを超えた別の学びの形や場が形成されることになるだろう。



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2010年08月22日

「聖☆おにいさん」 仏人も聖人も住みたくなるサブカル日本

聖☆おにいさん(1) (モーニングKC)女子学生から「これを読まないと現代っ子は理解できないですよ」と言われ、Wiki で検索したら、設定のあまりの奇想天外さに吹いてしまった「聖☆おにいさん」。早速その日に TSUTAYA で借りて読んでみた。「聖☆おにいさん」を読んでいて、「日本の良さが若者をダメにする」(NEWSWEEK 日本版)というレジス・アルノーの記事を思い出さずにいられなかった。その一部を引用する。

18歳になるまで日本で暮らしたフランス人の多くが選ぶのは(いや、ほとんどかもしれない)、フランスよりも日本だ。なぜか。彼らは日本社会の柔和さや格差の小ささ、日常生活の質の高さを知っているからだ。日本とフランスの両方で税務署や郵便局を利用したり、郊外の電車に乗ってみれば、よく分かる。日本は清潔で効率が良く、マナーもいい。フランスのこうした場所は、不潔で効率が悪くて、係員は攻撃的だ。2つの国で同じ体験をした人なら、100%私の意見に賛成するだろう。(…)日本の若者は自分の国の良さをちゃんと理解していない。日本の本当の素晴らしさとは、自動車やロボットではなく「日常生活にひそむ英知」だ。だが日本と外国の両方で暮らしたことがなければ、このことに気付かない。ある意味で日本の生活は、素晴らし過ぎるのかもしれない。日本の若者も、日本で暮らすフランス人の若者も、どこかの国の王様のような快適な生活に慣れ切っている。

日本で育ったフランス人は日本に住むことを選ぶ。その理由は日本の「日常に潜む英知」に惹かれているのだという。仏人だけではない。仏陀もキリストもサブカル日本に住むことを選ぶのである。ふたりの「聖☆おにいさん」は天界からそれぞれ月13万円の仕送りをもらって生活している。風呂なしアパートで共同生活すれば十分にやっていける額だ。切り詰めればPCを買って、ブログというクリエイティブなこともやれる。「王様のような快適な生活」とあるが、重要なことは、彼らが労働から解放されていることだ。1日まるまる空いているのだが、それでも日常生活に飽くことがない。日本の日常に張り巡らされたサブカルの仕掛けに身を任せ、電子ガジェットを使いこなし、それらのティテールに耽溺することによって。あるいは聖書や仏典をネタにすること=サブカル化することで。過剰な労働の代価で家やクルマや、高価な既製品やサービスを買うのではなく(ある意味、これは極めて貧困な価値観だ)、リサイクル品を工夫して使ったり、ありあわせのものでブリコラージュすることで。そのクリエイティブな過程は生活そのものになる。またご近所付き合い(大家やヤクザ)というジモティ・ネットワークも生活を充実させる。

聖☆おにいさん(5) (モーニングKC)子供が勝手に「聖☆おにいさん」を読み始めたのでちょっとあわてたが、彼らの最もエッチな行為が「リア・ディゾンで検索」。そういう心配は全くなかった。さすが聖人たち。つまり聖人のストイックな生き方と、草食系の生き方が、絶妙に手を結んでしまったのだ。というより、聖人たちが厳しい苦行や戒律によって押さえ込もうとした欲望や煩悩が草食系においては最初からないか、著しく低レベルなのだ。

高度経済成長時代にはみんなで共有できる大きな物語があった。日本人たちは金銭欲、名誉欲、食欲、性欲という人間の本質的な欲望をその中にぶちこみつつ、時代とともに邁進した。やることなすことが常に既視感にさいなまれる隣のバブルな中国では、愛人ブームとグルメブームだという。余計な金を手にした人間のやることは同じなのだ。

企業戦士として働くことが当たり前で、「働かざるもの食うべからず」とか「男はこうあるべき」とか、一昔前の倫理観が染み付いた人々には理解できないことかもしれない。草食系が中性的に見えるのは、男女の役割分担の外にいるからだ。男女の役割分担は最初からあったわけではなく、経済成長の時代が強制的に分割していたにすぎない。仕事というファクターが後退し、生活の内実に焦点が当てられたときに見えてくる男女のイメージは全く違ったものになるだろうし、同居人が男だろうが女だろうがもはや関係ないのだ。もちろん、「草食系の行き着く果ては孤独死」という指摘や、誰が彼らの社会的コストを払うのかという問題は出てくるだろう。しかし、完全雇用はもはや不可能で、若い世代は残された小さなパイをめぐって熾烈な競争を強いられる。政治もまた世代間で仕事をフェアにシェアするために社会を組み替えるつもりがないらしい。だったら最初からそこから降りてしまうことは合理的な選択のひとつになる。

「聖☆おにいさん」たちの天界から月額13万の仕送りをベーシックインカムと考えれば(極めて妥当な金額だ)、聖人のようにストイックに、草食的に、そしてサブカルという文化インフラが整備された日本をまったりと生きれば、それなりに幸せに生きられますというメッセージになる。熾烈なシューカツ戦争に嫌気がさした草食系の学生が「早くベーシックインカムが導入されないかな」と本音を漏らしていたが、これでベーシックインカムが実現なんかしちゃったら日本は本当の楽園になってしまうのかもしれない。




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2010年08月20日

ドゥルオのサヴォワ人たち - 競売独占権の終焉

Marketing Modernism in Fin-De-Siecle Europeその昔パリにいたころ古書好きの大学の先生にドゥルオ Drouot (メトロ8&9号線に駅あり)の競売会場に行ってカタログを手に入れて来いと言われたことがある。そこでは古本や絵画やアンティークが取引されるが、代々サヴォワ地方の出身者が競売を取り仕切る仕事についている。1860年、ナポレオン3世がサヴォワ地方をフランスに併合した際に、パリに移住してきたサヴォワ出身者にその仕事の独占権を与えた。そして赤い詰襟のある制服が栄誉ある仕事の象徴となったのだった。

2年前、「ドゥルオのサヴォワ人たち(Les Savoyard à Drouot)」というタイトルで彼らの仕事がTV番組で取り上げられ、脚光を浴びることになった。彼らは競売人の同業者組合 L'Union des commissionnaires de l'Hôtel des Ventes (UCHV) を築き上げ、1世紀半にもわたり、父から子へ、子から孫へと、世襲によって継承されてきた。競売人には110人の定員がある。それぞれに通し番号がついていて、その番号は制服の赤い襟に記される。欠番が出ると無記名投票によって新しいメンバーが選ばれるが、新しいメンバーはその役職を番号と番号に割り当てられた「あだ名」とともに買い取る。TV番組ではそれが伝統を守る美談となっていた。

しかし伝統につきものの古い閉鎖的な体質が伝統的な同業組合を自壊させることになってしまった。彼らに最初の疑惑の目が向けられたのは、2004年、クールベの盗品がサヴォワにある同業者組合の倉庫から見つかったときだった。さらにシャガールのリトグラフ数枚とピカソの絵1枚といくつかのダイヤモンドが見つかったとき、同業組合のトップを含む20人が取調べを受けた。競売にかけるべき美術品や美術作品を横領したという疑いによってだ。また盗品を隠していたという嫌疑も。伝統と一緒に悪習までもが綿々と引き継がれてしまったわけだ。既得権益内で自浄作用が全く働かなくなった象徴的な例と言えるだろう。

もしこの事件が組織的ではなく、個人の犯罪にすぎなかったとしても、長い伝統に終止符が打たれてしまう。競売人の同業組合(UCHV)が長年にわたる独占権を失った結果、競売業界は大きな変化に見舞われることになった。競売には他の取り扱い業者、流通業者も競売に参加できるようになった。しかしUCHVは完全に閉め出されたわけではなく、かつての名称は使わずにひとつの業者として競売に参加することは許されている。







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2010年08月15日

フランス発、広告パネル付バスシェルター

最近目にするバス停がフランスっぽくてオシャレだなと思っていたら、国交省がバスシェルターへの広告設置を許可したのを受けて、フランスの会社(日仏合弁)が横浜・名古屋・神戸市などに広告パネル付バスシェルターを設置していたのだった。雨をしのげる屋根、ガラスの風防、広告のパネルを供えたデザイン性の高いバスシェルター。オシャレなバス停を日本全国に広げている仕掛け人は、フランスの広告会社と三菱商事の合弁会社であるエムシードゥコー(MC Decaux)。それはパリのレンタル自転車ヴェリブを富山市に移植した会社でもある。

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エムシードゥコーの親会社、ジェーシードゥコー(JC Decaux)が創業したのは1964年、フランスのリヨン。それ以後、世界中に徐々に広告付きバス停を浸透させてきた。同社はバスシェルターだけでなく、公衆トイレ、無料貸出自転車、音声認知フロアガイドなどを屋外広告として活用する事業で世界的地位を築いている。広告付きバス停は同社が初めて考案したビジネスモデルで、バス事業者と契約を結び、バスシェルターを無償で設置・維持管理を行い、そのコストを広告収入でまかなっている。同社とバス事業者は標準で20年という長期契約を結び投資回収を行う。初期費用は200万前後。広告は2週間ごとに切り変わる。自治体やバス会社はいっさい負担せずにバス停を再生できるのが、このビジネスモデルの強み。多くの公共交通機関が公営である西ヨーロッパでは、PPP(パブリック・プライベート・ パートナーシップ、公民連携事業:公共と民間の連携・協働によって公共性の高い事業をよりよく進める手法)としてこうしたビジネス・モデルが1960年代 から発展してきた。

日本での合弁会社、エムシードゥコーの設立は2000年。このビジネスの定着のきっかけは規制緩和の動きだった。設立当時は通行の妨げになるとして広告付きバス停の設置が禁じられていた。しかし03年に歩道の幅の確保など、一定の条件を満たせば設置を認める方向へと転換。これを機に導入が進んだ。エムシードゥコーの手がけるバス停は03年の岡山が第一号。現在は全国37都市1200箇所に広がっている。しかし、地域によってはバス停のデザインがオシャレすぎるあまり、全体の景観からやや浮いてしまっているケースもある。バス停のデザインの担当者はバス停の背景となる街の広告の規制をきちんとやるべきだという。パリにある広告付きバス停が周囲の景観とマッチしているように。つまり新しいバス停の設置を街の景観を再考するきっかけにしようというわけだ。

ところで「フランス人は数を数えられない」と発言した石原慎太郎都知事が、フランス生まれの広告付きバス停にもケチをつけたと言う。いつもの記者会見で「フランスの会社ごときが生意気にもだね」と東京に進出しようとしたエムシードゥコーを突っぱねて、東京都は交通局が民間を採用せず、独自に広告パネル付きバスシェルターを設置することを決めたようだ。エムシードゥコーは、長年にわたって蓄積されたノウハウを持つ同社のサービスを採用してもらえれば,自治体は税金を他の行政サービスに回すことができるし、シェルターの設置や整備のスピードを格段に高めることができると売り込みを続けている。

□写真はパリのバスシェルター:「バスを待ちながらバス停で雨宿り。ガラス張りの屋根に大粒の雨が叩きつける」





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2010年08月08日

カタルーニャで闘牛禁止‐動物愛護か文化的アイデンティティか

7月10日のニュースだが、闘牛反対派にとっては歴史的な勝利になった。カタルーニャ(カタロニア)の州議会の投票結果は68対55で闘牛の禁止に軍配があがった。カタルーニャは闘牛を禁止するカナリア諸島(1991年に禁止)に次ぐスペインの第2の州になった。投票の何ヶ月も前から、賛成派と反対派が二分し、新聞が論争の媒介をした。主要紙 El Pais はネット上に議論の場を提供した。

闘牛擁護派は5億ユーロに上る経済効果を失ってしまうと強調し、もし禁止されれば闘牛業界の保証のために4億ユーロが必要になると試算した。一方、バルセロナ大学の経済学の教授によると、損失はカタルーニャ人ひとりにつき57ユーロに過ぎないと言う。カタルーニャ州で闘牛はすでに縮小傾向にあって、08年には16回しか行われていない。同じ年にマドリッドでは343回も行われているにもかかわらずだ。

闘牛禁止でカスティーリャ(マドリッド)とカタルーニャ(バルセロナ)の対立が先鋭化している。France 2 を見ていると、マドリッドの闘牛好きの親父は「カタルーニャ人のアホどもめ!闘牛が嫌いなやつはくたばってしまえ」と怒り心頭。『カルメン』の舞台になったセビリアのあるアンダルシア州の首長も闘牛の禁止はありえないと発言している。カタルーニャの決定がこれからスペイン全体にどう波及するかが注目される。闘牛反対派はこれに勢いづき、他の自治州でも闘牛が禁止されることを期待している。

スペインの象徴的な文化である闘牛さえも世界的な動物愛護の流れには逆らえないようだ。フランスの南部でも闘牛が行われているが、これを受けて禁止の方向に向かうだろう。またスペインには牛の角に松明をつけたり、牛を追って虐待したりする風習も残っており、それらも槍玉に上がっている。だいぶ前から物愛護団体 PETA が闘牛と牛追い祭りに「裸で」抗議する様子がニュースになっていた。日本でも動物虐待と見られかねないものが少なくない。しかし本来祭りとはそういう過剰を孕んだものであり、動物を殺したり虐待したりする供犠性は祭りの本質ですらあるはずだ。

和歌山県太地町のイルカ漁を批判した映画『ザ・コーブ』に対する反論として、欧米の残虐な文化の例として闘牛がしばしば挙げられていた。欧米人だって残虐なことをやっているじゃないか。なぜ日本のイルカ漁ばかりが叩かれるのかと。『ザ・コーブ』の立場(つまりアメリカ人)からすると、日本のイルカ漁をバッシングすることは、イラクや中東問題、環境問題などとは違って、自分たちには跳ね返ってこない非近代的で野蛮な風習を叩けばいいわけだから、うしろめたさなしに正義を振りかざすことができたわけだ。

スペインの闘牛がここまで追い込まれ、かつ国内で賛成派と反対派に別れて激しい議論を戦わせているのを見ると、動物愛護は地球温暖化などとともに世界的な潮流であり、グローバルに共有される価値観になりつつあるのだろう。しかしスペインの闘牛もまた動物愛護の問題で割り切れるわけではない。

カタルーニャはスペインの一部でありながら強烈な文化的アイデンティティーを持つ。今ではカタルーニャ語は地方公用語として認められているが、フランコ政権下で大幅に使用を制限された歴史的経緯がある。過去にスペイン語(=カスティーリャ語)を強制的に押し付けられた抑圧の歴史が (それもつい最近のことだ)、逆にこの地方のアイデンティティーを強める結果となった。この事情を知らないと、レアル・マドリッドとFCバルセロナ戦の異様な盛り上がりも理解できない。

闘牛もサッカーと同様にこの歴史的・政治的対立と無縁ではいられない。カタルーニャの場合、闘牛は右派とフランコの記憶と結びつく。フランコはかつて闘牛をいろんな国の寄せ集めであるスペインの求心的な文化として利用した面があった。それでも闘牛愛好家によれば、闘牛はカタルーニャのアイデンティティの一部なのだ。やはり文化とアイデンティティの議論は動物愛護派ではなく、闘牛擁護派によって進められた。それは重要な社会的な機能を果たしており、闘牛を誹謗中傷するものたちは政治的な理由でそうしているに過ぎないと思っている。つまり中央政府とカタルーニャとの対立というロジックだ。カタルーニャ当局は態度を保留し、闘牛をカタルーニャと中央政府の政争のネタにしないように要求してきた。闘牛を歴史的文化の問題ではなく、動物愛護の問題にしておいた方が面倒がないのだろう。

しかし闘牛によって文化的一体感を感じられることには変わりはない。日本から見ても闘牛の禁止はひとつの伝統ある文化の終焉と映る。あるカタルーニャの作家は闘牛の禁止は文化に対する攻撃であり、フランコ時代のカルナヴァルの禁止に比するべきものだと言う。フランコの真似をして自分の首を絞めるのかというわけだ。また二人の有名なスペインの闘牛士が新聞のコラムで表明したところによると、闘牛の禁止は自由に対する侵害であり、分離独立派を勝利させ、中央政府に亀裂を入れ、スペイン国内の不和を生むことにつながる。この法律は何の解決にもならないとエル・パイス紙も書いている。なぜならカタルーニャには他にも動物を虐待する祭りがあり、それはどうなるのかという問題を宙吊りにしているからだ。




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2010年08月02日

フランスの鉄道自殺事情 - 運転士のメンタルケア

森巣博が書いていたが、以前、飛び込み自殺が比較的少なかったとき、鉄道会社は2 時間以上電車を止めて遺体を回収したそうだ。最近は大まかに回収して15分くらいで運行を再開してしまう。だから沿線のカラスはまるまる太っていると(まるで鳥葬だ)。自殺が増えているにもかかわらず電車がスムーズに動いていると感じるのはそのせいだと森巣は言う。

確かに電車が遅れるといらだつし、急いでいるときはいい加減にしろと思う。すべての自殺者が社会に抗議しようとしているわけではないにしろ、人身事故による電車の遅延は、年間の自殺者が3万人を超える時代を個人が身をもって体感する機会になっている。しかし最近は毎日のように起こるので、ひとつの日常と化し、何か酷いことが起こっているという感覚が麻痺してしまうほどだ。日本の2008年度の鉄道自殺は647件で、遅延や運休が出た列車は3万5300本と、2004年度の1万9700本から1.8倍に増加している。このうち首都圏が2万1100本と、全体の6割を占め、死亡者数が最も多い路線はJR中央線ということだ。 

一方フランスでも2008年のデータで、1日2件のペースで自殺が起こり、年間500人以上というから日本に匹敵する数字だ。しかし人口比を考慮するとフランスの頻度の方が高いことになるだろうか。フランスでも人身事故が起こると、乗客たちはまずその場で足止めを食らい、ときにはバスの代替輸送で予期せぬ場所に連れて行かれることになる。人身事故の増加に見事に適応してしまう日本の鉄道会社とは違って、フランスの鉄道システムはひとたび混乱すると日本の比ではなくなるようだ。SNCFは自殺によって引き起される著しいダイヤの乱れにしびれを切らし、2009年2月、自殺の手段として鉄道を選ばないようにと注意を呼びかけた。自殺を試みた10人に1人は生存し、その場合、麻痺や障害を負い、一生誰かに依存しなければ生活できなくなると。しかしどうみても説得力がない。

もちろん最大の悲劇は亡くなった人の家族や友人に訪れる。しかし電車の運転士にとっても悪夢の始まりなのだ。日本ではこの視点から事件が伝えられえることはほとんどない。『リベラシオン』の記事「Suicides en tête de train」に登場する運転士、ダニエル・ルクレルクは、その日、遠くに線路を横切ろうとするシルエットに気がついた。彼は軽率な若い男がふざけているのだろうと思った。しかし突然、若い男は140キロで走る電車の前に立ちはだかった。「私は彼と目が合い、それは2秒のあいだ続きました。それは2004年10月、私が42歳のときでした」。実はルクレルクはそれより7ヶ月前に別の自殺に遭遇していた。「それは昼過ぎのことで、線路の両側に電車を待つ人たちがいました。ひとりの女性が前に進み出るのが見えました。彼女が地面に落ちたのが早かったのか、電車に跳ね飛ばされたのが早かったのか、わかりません。鈍い音が聞こえました」。

SNCFでは一日かけてこの問題に関する研修が行われるが、運転士の研修の責任者であるファビアン・トゥルシュは「自殺者の数と運転士の数を比較すれば、運転士の誰もがこの悲劇に直面する可能性があることに気がつくでしょう」と言う。彼もまた研修中にRERのC線で同じ悲劇に出会ったが、そのときの状況を事細かに覚えている。バレンタインデーの前日の2月13日で、2000人の乗客が乗った朝の通勤列車で、指導員に付き添われての運転だったという。先頭車両がプラットホームの4分の3の地点でまで来たとき(速度はまだ時速45キロあった)、ひとりの男が走ってプラットホームから飛び降り、電車に轢かれた。同じように彼もそのシーンは「2秒のあいだ」続いたと言う。「死亡事故の当事者になってしまった運転士は自分が悪いことをしたのではと自問することになる。たとえ彼が完璧に仕事をこなし、責められるべきことは何もしていなかったとしても」。罪悪感が沸き起こっては、事故が起こる直前の行動を振り返り、それが運転士の精神をむしばむ。SNCFでは事故の当事者になってしまった運転士は自動的に交代させられる。医師の診察を受け、2日から5日の休養を命じられる。それからメンタルヘルスのサポートを受けながら、医師に復職が可能か判断してもらう。「復職して最初に運転席に座る際には行動や態度が正常かどうか見極める専門家が付き添います。運転席に座ることは再び事故に遭遇する可能性を引き受けることなのです」
 
36歳の運転士、ガブリエル・ルフェーブルは赤いセーターの女性のイメージにとりつかれてしまった。それは彼がパリとアミアンのあいだを走る列車を運転しているときに目撃した女性だ。「遠くからは線路を修理する職員のように見えました。彼らは赤いゼッケンをつけています。警笛を鳴らしましたが、その人は逃げようとしませんでした。私はもう一度警笛を鳴らしましたが、彼女は動きませんでした。彼女は線路上で私に面と向かって立ちました。赤いセーターを着た栗色の長い髪の女性でした。衝撃があり、身体が引き裂かれる音がしました。彼女は私の脳裏に刻み込まれました。家に帰っても何もできませんでした。テレビも見れないし、PCも触れませんでした。頭の中でその出来事が何度も映画のように再現されました」。ガブリエルが事故にあったのは2008年6月のことだったが、普通に仕事ができるようになるまで数ヶ月かかった。彼は妻に、家族に、同僚に、友人に事件のことを何度も話すことで克服したようだ。「その後、初めて事件現場を通過したときブレーキに手をかけてしまいました。その女性の姿が見えた気がしたのです。幻のように」。







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2010年07月30日

ロック温故知新−日仏プログレ対決(4) MAGMA マグマ

Atthakフランスのプログレといえば外せないのがマグマ Magma。ちょうど今週末、夏の音楽の祭典 FUJI ROCK に出演する。それに合わせて記事を書いていたら、フジロックが始まってしまい、さらにマグマの演奏開始まであと1時間に迫っている。

リーダーのクリスチャン・ヴァンデ Christian Vander がマグマを結成したのは、ジョン・コルトレーンが亡くなった2年後の1969年だった。コルトレーンの死はクリスチャンによると人生の中で最も大きなショックだった。コルトレーンのあとでジャズは不可能と考え、クリスチャンは独自の音楽を創出することを決意する。もっともクリスチャンのドラムはコルトレーンのドラマーだったエルヴィン・ジョーンズの強い影響下にあり続けるわけだが。音楽全体の影響に関しては、ストラヴィンスキー、ソウル、現代音楽、フリージャズ、オペラ。ロックの分野では、ソフト・マシーン、フランク・ザッパ、ヘンリー・カウなどが挙げられる。プッチーニの「トゥーラン・ドット」なんかを聴いているとマグマに聞こえることがあるが、ジャズとロックとコーラスを融合させたマグマの音楽はズール zeuhl と呼ばれ、ひとつのスタイルを確立しているほどオリジナルなものだ。



私がマグマにハマっていた時期はマグマの活動休止(1983年)の直前だったが、当時は来日公演どころか、ライブ映像を見ることさえかなわぬ夢だった。今や初期のレア映像が youtube にもたくさんアップされている。今見ると怪しげな新興宗教の集会にしか見えないが、不思議な響きを放つマグマの歌は(ドイツ語かスラブ系言語のように聞こえる)、彼らが考案した想像上の言語、コバイア語によって歌われている。彼らはコバイア星からやってきたコバイア星人で、コバイア語によってコバイア神話を歌い継ぐ。これも70年代のサイケカルチャーの産物と言えるが、ヒッピーのような奔放さやトリップ感はなく、あのロゴとともにむしろ強迫的でファッショな印象を受ける。まあ、ここまで奇妙奇天烈さや変態ぶりを徹底できるのはフランスならでは。マグマは初期3部作が傑作として知られているが、個人的に好きなのはグナーに引けをとらない映画「トリスタンとイゾルデ」のサントラ
(マグマではなくヴァンデ名義によるアルバム)。ドラム、ベース、ピアノ、ボーカルというマグマのミニマム構成だが、徐々に高まっていくテンションに引き込まれていく。

□動画はParis 1977 - De Futura, ツインドラム編成
Magma Discorama, French TV, June 29th 1970(これも黎明期の貴重映像)
□上のアルバムは"Atthak"で、ファンク色が強い。ジャケットのデザインは H.R.ギーガーによる。

マグマは1996年に活動を再開したが、近年はいっそう精力的だ。去年は約5年ぶりとなるスタジオ・アルバム『エメンテト・レ(Emehntehtt-Re)』を発表し、去年の5月には来日公演を果たしている。そして今年のフジロックだ。1998年の初来日のときには「マグマを見に行きました」という学生がいて驚いたが、今も若い世代によってプログレの定番として昔の作品も聴き継がれているのだろう。

ところで、日本のマグマと言えば、ドラマーの吉田達也の Ruins だろうか。ベース&ドラムによる二人マグマ。吉田は Fool’s Mate の編集長だった北村昌士の YBO2 のメンバーとしても知られているが、この2つのバンドは平行してよく聴いた。Ruins の音はハイテンションで荒々しい演奏が特徴的。マグマとは全く別のオリジナリティーを持つが、吉田のオペラチックなヴォ−カルがマグマを連想させる。吉田にはもうひとつズール系のプロジェクト、高円寺百景がある。youtube に Rock In Oppositon 09 (この企画まだやってんだ)に出演したときのライブの模様がアップされている。



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ラベル:magma マグマ
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2010年07月22日

松井大輔のフランス語 Daisuke parle français

サッカーのワールドカップ(W杯)南アフリカ大会での日本代表チームの活躍に大きく貢献したMF松井大輔(グルノーブル)が22日、フランスへ出発した。

松井はフランス以外のチームに移籍してしまいそうな状況(※23日早朝のニュースではポルトガルの強豪スポルティング・リスボンに複数年契約で完全移籍することが決定的となったと)。せっかくフランス語がうまいのにもったいない。これで「フランス語を話す松井」が見納めになってしまうかもしれないので、2つの動画を紹介しておくことにする。ひとつはグルノーブルの HP に4月にアップされた松井のインタビュー。

グルノーブルHPより、松井大輔インタビュー

もうひとつはダバディとのインタビュー。こちらは「サッカー選手の語学」と題して、小野、中田、本田らの動画の詰め合わせ。松井は1分34秒から。



松井はグルノーブルのインタビューでチームメートのコミュニケーションの中でフランス語を覚えたと言っている。発音がいいのは耳=音から入ったからなのだろう。

松井争奪戦にスポルティング・リスボンが電撃参戦
■ポルトガル1部リーグの名門、スポルティング・リスボンが日本代表MF松井大輔(29)=グルノーブル=の獲得に乗り出したことが21日、分かった。クラブ関係者が明かしたもので、今月に入り、松井獲得の動きが本格化。スペイン1部のラコルーニャ、フランス1部のバレンシエンヌなどが繰り広げる争奪戦に 電撃参戦した。クラブ側は南アフリカW杯での活躍を高く評価しており、一気に契約がまとまる可能性も出てきた。
■ポルトガルの名門が、松井の獲得に本腰を入れ始めた。スポルティング・リスボンのクラブ関係者によると、南アフリカW杯で16強に進出した日本代表に着 目し、数選手をリストアップ。中でも「攻撃的な選手が欲しい」と前線のポジションを中心に補強選手を検討した結果、右ウイングとして攻撃の起点となった松 井に白羽の矢を立てた。今月に入り、獲得の動きが本格化し、グルノーブル側にも獲得オファーを出した模様だ。
■松井の評価はW杯をきっかけとして急上昇中だ。バレンシエンヌ(フランス)が早くから獲得に動く中、ラコルーニャ(スペイン)、モナコ(フランス)、 1FCケルン(ドイツ)、ブレシア(イタリア)などが続々と参戦。水面下で交渉を行ってきた。ラコルーニャ幹部はスポーツ報知の取材に「2、3日でいいニュースを発表できる」と自信を見せていたが、スポルティング・リスボンが電撃参戦したことで状況が一変した。
(7月22日、スポーツ報知)


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2010年07月18日

映画『ノルウェイの森』の特報&ビートルズの原曲の使用許可

ザ・ビートルズ「ノルウェーの森」が映画『ノルウェイの森』の主題歌に



■12月11日から全国ロードショーとなる映画『ノルウェイの森』の主題歌に、ザ・ビートルズの「ノルウェーの森」が使用されることとなった。全世界に配給される日本映画でザ・ビートルズのオリジナル楽曲が主題歌に使用されるのは世界初のことだ。
■映画『ノルウェイの森』の原作はもちろん村上春樹の同名小説。1987年の刊行以来、国内発行総累計部数1000万部(2010年5月現在)を突破、現在までに36言語に翻訳され世界中で愛読されている作品である。
■今まで映像化困難といわれ続けていた『ノルウェイの森』は、主人公ワタナベの喪失と再生を描いた恋愛物語だが、映画の中でもザ・ビートルズの「ノルウェーの森」は登場人物の弾き語りなどでも登場しており、タイトルの元ともなっただけに両作品は切っても切れない関係にある。
■しかし、映画でザ・ビートルズのオリジナル曲の使用許可を得ることは非常に難しく、当初は、主題歌には「ノルウェーの森」のカヴァーを検討していたという。しかしながら、ザ・ビートルズのオリジナル曲を仮あてした編集を見た監督は、「やはりザ・ビートルズのオリジナル以外にはあり得ない」という思いが高まってしまったのだという。
■「ザ・ビートルズ演奏によるオリジナル曲の使用がこの作品には不可欠だ」という監督・プロデューサーの思いから、実に1年以上の交渉を経て、ようやく使用許可を獲得したのが、今回の主題歌起用の顛末だ。このかつて例のない画期的な出来事に、EMIミュージック・ジャパンのザ・ビートルズ担当者も驚きを隠せないようだ。
■「1999年にザ・ビートルズの制作担当になって以来、さまざまなザ・ビートルズ楽曲使用に関するオファーをいただきましたが、実現したことも、実現に近付いたことさえもなかったので、今回の主題歌使用に許諾が出たことは、正直大変驚きました。楽曲使用の交渉を始めた時点で、(本国)EMI UKの担当者は既に原作を読んでいたようで、“「ノルウェイの森」は素晴らしい作品だ”とコメントしていたので、村上春樹さん、そして彼の小説の素晴らしさがイギリスでも知られているのだと思ったのを記憶しています。楽曲使用の許諾にもきっと大きな影響があったのではないでしょうか」。現在映画『ノルウェイの森』は、2009年2月の撮影、6〜8月の撮影を経て、仕上げ作業の真っ最中にあるという。
(7月15日、BARKS)

□その他の情報
http://www.youtube.com/watch?v=xK84Qkha0g0


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