2009年08月14日

夏休みのフランス語講座B カヒミ・カリイでフランス語!

私の好きなサラヴァ ― セレクテッド・バイ・カヒミ・カリィ今回は音楽を教材に使ってみました。この曲はフランスのアーティスト、カトリーヌ(Katerine 男性です)がカヒミ・カリイ Kahimi Karie に提供したものです。だいぶ前のことですが、カトリーヌのライブに行ったときに、この曲をやっていました。カトリーヌってもう終わった人かと思ってたら、話題のクラピッシュの新作「パリ」で曲が使われているではないですか。相変わらずエキセントリックな人です(アルバム「Robots Apres Tout」を参照)。

ネイティブの発音ではありませんが、かわいいから許しましょう。カヒミはすでにかわいいという歳でもないのですが(実は私とあまり歳がかわらない)、年齢を超越した永遠のフレンチ・ロリータです。この前、「ノルウェイの森の撮影を見学」でパリの13区を話題にしましたが、カヒミ・カリイはパリ在住時、13区に住んでいたようです。最近、9歳年下のダンサーと結婚、エコロジー活動にも熱心だということです。

それでは曲を再生して、( )を聴き取ってみてください。選択肢が下にありますが、複数回使う語もあります。



Dis-moi quelque chose avant de (     )
Quelque chose que tu n’oses (     )
Le jour est si loin

Dis-moi quelque chose avant de (     )
Quelque chose pour me (     )
Le jour est si loin

Toutes tes promesses d’(     )
Ce ne sont que des (     )
Tout ça est si loin

Vers quel étrange pay la nuit va m’emmener ?
Contre quel ennemi vais-je te voir lutter ?
En reviendrai-je un jour ?

Dis-moi quelque chose avant de (     )
Quelque chose que tu ne sais (     )
Le jour est si loin

Toutes tes promesses d’(     )
Ce ne sont que des (     )
Tout ça est si loin

1)avenir 2)dormir 3)dire 4)partir 5)retenir 6)souvenirs

■命令形は主語を取って作ります。肯定命令の場合、代名詞は動詞の後ろに回し、ハイフン(trait d’union)でつなげます。その際、me は moi に変わります。
Tu me dis quelque chose avant de dormir.
   ↓
Dis-moi quelque chose avant de dormir.
(眠る前に私に何か言って)

もうひとつ例を挙げてみましょう。
Vous me donnez un kilo de cerises.
   ↓
Donnez-moi un kilo de cerises !
(サクランボを1キロください)

ついでにdire(言う)の活用を覚えましょう
je dis     tu dis    il dis
nous disons   vous dites  ils disent

■[avant de 不定詞]で[…する前に]
avant de partir(出発する前に)

■que は英語でいう目的格の関係代名詞。[oser +不定詞]で、あえて…する、…する勇気がある。
Quelque chose que tu n’oses dire
(あなたがあえて言わない何か)

■[pour 不定詞]で[…するために]
Dis-moi quelque chose pour me retenir.
(私を引き止めるために何か言って)

■ne que は否定表現のバリエーションのひとつで、「…しか…ない」という部分否定になります。
Ce ne sont que des souvenirs.(それは思い出にすぎない)
他に例を挙げると、
J’ai 100 euros.(私は100ユーロ持っている)
Je n’ai que 10 euros.(私は10ユーロしか持っていない)

■各行末で韻を踏んでいる語を発音してみましょう。特にこの3つ。
avenir(アヴニール)
retenir(ルトゥニール)
souvenirs(スヴニール)

★おまけの仏検式練習問題T(5級レベル)
@Pourquoi portes-tu ton manteau?
1)Parce que j’ai froid.  2)Parce que j’ai faim.
AQu’est-ce que tu fais dans la vie?
1)Je fais des courses.   2)Je suis médecin.
BÇa fait combien?
1)Cinq euros.       2)Nous sommes cinq.
CQuel temps fait-il?          
1)Il fait beau.      2)Il fait du tennis.
DVous êtes combien?
1)Nous sommes cinq.   2)J’ai cinq euros.


夏休みのフランス語講座A「千と千尋」でフランス語!
夏休みのフランス語講座@ゴダールでフランス語!

★練習問題の解答は、1-2-1-1-1






cyberbloom

rankingbanner_03.gif
↑このフランス語講座がためになったと思ったらクリックお願いします

FBN17.png
posted by cyberbloom at 13:59| パリ ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サイバーリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月08日

『ノルウェイの森』のロケを見学!(2) パリの13区

パリの13区にはヨーロッパ最大規模の中華街がある。中華街と言っても、実際には東南アジア街であり、13区に限っては、中国系よりも圧倒的に東南アジア系の移民が多い。1992年の統計では、13区のアジア系移民のうちカンボジア系が50%、ベトナム系が20%を占め、中国系は10%にも満たない。1970年代、パリの13区には都市開発によって多くのマンションが建てられたが、石油危機などの不景気もあって、当て込んでいたパリ市民には人気がなかったところに、東南アジア系の人々が代わりに住み着くようになった。トラン監督の生い立ちに関する情報はあまりないが、サイゴンが陥落したベトナム戦争の終結時にフランスに逃れてきたようだ(1975年、12歳のとき)。



13区に林立する高層マンション群は大きなショッピングセンター(中国資本の陳氏兄弟 Tang Frères が有名)や商店街とつながっていて、ひとつの迷宮のような世界を作り上げている。パリで最もミステリアスで、最もご飯が美味しいスポットのひとつだ。コンクリート製の箱庭のような外観とは裏腹に、その内部には商店街が地下茎のようにはびこっていて、それを伝ってどこまでも入っていける。この地区の通奏低音といえば、チープなアジアン・ポップと、強烈なドリアンの匂いだ。ベトナム系ギャルたちが集う、ココナッツミルクベースのデザートが美味しいフルーツ・パーラー(死語?)にもよく通った。めぐりめぐった果ての行き止まりに小さな寺院があったり、ガラスで隔てられた向こうにボーリング場が見えたりする。旧正月を祝う春節祭に一度足を運んだことがある。カラフルな祭壇の前に集まっているお爺さんたちに話しかけてみると、中国語(らしき言葉)で返され、「同胞よ」って感じでハグされた。移り住んで以来パリの奥深い場所で外界と接触なく生活してきたのだろう。この生活感の全面化と現れるイメージのとりとめのなさはアジア的猥雑さと言ってもいいかもしれないが、そこは紛れもなくパリなのだ。

一体自分がいつの時代にいるのか、どこの国にいるか、わからなくなってくる。同時に何だか懐かしい感じがする場所でもある。生活臭がしみつき、そして時間の止まったような学生寮の中に現れた68年のサイケな光景は、この13区に迷い込んだときのキッチュな眩暈を思い出させたのだった。

「ノルウェイの森」の映画化は単にヨーロッパから日本を見るという問題ではない。トラン監督の中にすでにアジアが折りたたまれているし、今私たちが生きているのは歴史性が希薄で、60年代も、70年代も、80年代も同一平面状に浮遊している時代だ。グローバリゼーションとはこういう時代感覚の、無時間的な共有でもある。私たちは音楽や映画やマンガを通して時代を共有する。村上春樹が小説の中でうまく音楽を使うように、トラン監督の音楽の使い方もうまいし、私たちもその音楽を知っていて、それをちゃんと評価できる。また世界は同時的につながっているが、未曾有の金融危機を経て世界がどこに向かうのかわからない(高度成長だのバブルだの同じことを繰り返すのか、新しい価値を見出せるのか)という方向感の無さも同時に共有している。

パリ、ジュテーム プレミアム・エディション [DVD]上に動画を貼り付けた「ショワジー門 Porte de Choisy 」はオムニバス映画『パリ、ジュテーム』の中に収録されている。クリストファー・ドイル監督が13区を舞台に撮ったもので、その独特の雰囲気をうまく伝えている。イメージのとりとめのなさに比べて、この短編のテーマはすっきりしている。つまりは白人男性のアジア女性への幻想である。アジア女性の髪の問題を解決するヘアケア製品を美容室に売り込みに来た Henny氏(名前をフランス語式に読むと、Je t’aime の中国語「アイニー」と音が似ている)に向かって、マダム・リーが「アジア女性の髪の問題って何なのよ?」と聞き、すかさず「問題があるのはアンタの方よ」とつっこむ。白人のオッサンはやはり黒髪が好きなのだ。

「ノルウェイの森」のロケを見学!(1)




cyberbloom

rankingbanner_03.gif
↑クリックお願いします

FBN17.png
posted by cyberbloom at 20:50| パリ ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サイバーリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月06日

夏休みのフランス語講座A 「千と千尋」でフランス語!

このブログの記事の中で最もアクセスが多いのが「『千と千尋の神隠し−宮崎駿インタビュー』です。フランスの映画雑誌に掲載された宮崎のインタビューに私が適当に解説を加えたものです。この前も2ちゃんで「なぜ千尋はかわいくないのか」という議論があったようで、そこにも記事のリンクが貼り付けてありました。他の宮崎アニメには必ず美少女キャラが登場するのに、なぜ千尋だけがそうじゃないのかということですが、興味のある方はインタビューを読んでください。下にリンクがあります。

ところで『千と千尋』のDVDにはフランス語の音声と字幕が入っていて、格好のフランス語教材になっています。youtubeの動画は千尋が電車に乗って銭婆に会いに行くシーンです。この映画の中で最も美しく幻想的なシーンでもあり、今の季節の夕暮れをイメージさせます。このシーンについてもインタビューの解説で少し触れています。



リンが顔ナシに言う「顔ナシ、千に何かしたら承知しないからな」という台詞はちょっと難しいですが、音だけでも聴き取ってみましょう。

Sans Visage, si tu fais quoique ce soit à Sen, tu me le paieras.

soit は être の接続法、paieras は payer の単純未来です。payer は英語の pay にあたる動詞ですが、「おまえはそれに対する代償を私に払うことになるだろう」というのが tu me le paieras の直訳です。

そのあとは比較的簡単なので、聴き取ってみましょう。他の人物は無言なので結局千尋だけがしゃべっていますね。[ ] には動詞 arriver, faire, vouloir のいずれかから選んで、現在形に活用させてみましょう。

Voilà la gare.
Le train [     ]. Venez.
Voilà, Monsieur. Un billet pour Fond d'étang.
Est-ce que vous [     ] venir?
Alors, ça fait encore un passager.
Venez. Mais ne [     ] pas de bêtises.

Venez は venir (来る)の vous に対応する命令形。2回出てきますが、最初は小さい2人に対して、2回目は顔ナシに向かって言っています。他に不定詞=原形の形も使われています。

DVDでは音声のフランス語と字幕のフランス語が一致していないのですが、下線の部分は字幕では Soyez sage. となっています。 Soyez は être の命令形。現在形の活用からは作れない特殊な形をしています。「おりこうさんにしていてね」という、よく子供に対して言う表現ですが、音声の方は faire des bêtises (ばかなことをする)の否定命令の形です。動詞を ne と pas ではさみ、直接目的語についている不定冠詞の des は de に変わっています。

先ほどの答えは、

Le train arrive.(電車が着く)
Est-ce que vous voulez venir?(あなたも来たいの?)
Ne faites pas de bêtises.(おとなしくしていてね)

faire は ça fait encore un passager. という文でも使われています。この場合、「乗客はもうひとりいることになる」という意味になります。

他には次のような「使える表現」があります。

Voilà … あっ、…だ!
Un billet pour …. …まで切符一枚

今日のニュースに「主役よりも好きなジブリ名脇役ランキング」というのがありました。1位はこの前テレビでもやっていた「魔女の宅急便」に出てくる黒猫のジジ。2位は「となりのトトロ」のカンタのばあちゃん。そして3位と4位が「千と千尋」の脇役が占めました。湯婆婆とカオナシだそうです。確かにキャラの立った脇役が多い作品です。カマジイも忘れられないし、油屋に遊びに来る神様たちも個性的です。(8月7日加筆)



宮崎駿インタビュー(1)
宮崎駿インタビュー(2)
宮崎駿インタビュー(3)




cyberbloom

rankingbanner_03.gif
↑↑このフランス語講座が勉強になったと思ったら、ぜひクリックお願いします

FBN17.png
posted by cyberbloom at 19:21| パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | サイバーリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月01日

夏休みのフランス語講座@ ゴダールでフランス語!

夏休み向けのフランス語講座を始めます。といっても、そんなご大層なものではなく、フランス語をとっている学生さんが夏休みのあいだにフランス語を忘れないように、というレベルのゆるい企画です。とりあえず1週間に1回ペースで。この趣旨に賛同して、他のライターも参加してくれるかもしれません。最近、大学でもipodやビデオを使った語学教材を作っていますが、ITの本質は何よりもブリコラージュにあるわけで、ありあわせのもので手っ取り早く、それもタダで作るというのが基本でしょう。

今回はヌヴェル・ヴァーグ期のオシャレ映画「勝手にしやがれ à bout de souffle 」を使ってみました。味気ない教科書の例文とは違って、ゴダールの映像と一緒だとスリリングだし、含蓄のある言葉に聞こえるでしょ。下のフランス語を発音してみてください。英語がそのまま使われているものもあります。そのあと動画を再生して、読み方を確認し、何度も一緒に発音してみましょう。[ ]の部分は自分で聴き取ってみましょう(答はいちばん下にあります)。



la jolie [    ](可愛い○○)
le vilan [    ](聞き分けのない○○)
le revolver(拳銃)
le gentil [    ](やさしい○○)
la méchante femme(意地悪な女) ※[ch]はシュ

la mort(死)
la [    ] américaine(○○なアメリカ女) ※女性形の形容詞が入る
le voleur d’autos(自動車泥棒)
le concerto pour clarinette(クラリネットのための協奏曲)
la police(警官)

la pin-up(ピンナップガール)
le romancier(小説家)
la boniche(若い女中)
Humphrey Bogart(ハンフリー・ボガート、アメリカの俳優)
Marseille(マルセイユ)
mon [    ] Gaby(私の○○のガビー)
Picasso(ピカソ)
le photographe italien(イタリア人の写真家)
les anarchisites(アナーキスト) ※冠詞とリエゾン
le magnetophone(テープレコーダー) ※[gn]はニュ

la tendresse(優しさ)
l’aventure(冒険)
le mansonge(嘘)
l’amour(愛)
les Champs-Elysées(シャンゼリゼ)
la peur(恐怖)

le diable au corps(「肉体の悪魔」映画&小説のタイトル)
du rififi chez les hommes(「男の争い」映画のタイトル)
et Dieu créa la femme(「素直な悪女」バルドーが出ててるイタリア映画)
scarface(「スカルフェイス」映画のタイトル)
à bout de souffle(「勝手にしやがれ」


難易度★☆☆

□答)fille, garçon, monsieur, petite, ami

関連エントリー「ルパン三世」




cyberbloom

rankingbanner_03.gif
↑↑このフランス語講座がためになったと思ったら、ぜひクリックお願いします!

FBN17.png
posted by cyberbloom at 09:27| パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | サイバーリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月25日

「ノルウェイの森」のロケを見学!(1) 学生寮のサイケな光景

先日、某大学の学生寮で「ノルウェイの森」のロケを見学してきた。トラン・アン・ユン監督、松山ケンイチ、玉山鉄二を至近距離で目撃。永沢役の玉鉄は当日初めて名前を知った。ネットでロケの情報を得て見学に来たという女性と知り合い、玉鉄がいかにカッコいいかを教えてもらった(彼女は実物を見て「脚が長い!」と感動していた)。彼女が『ノルウェイの森』の文庫本を持っていたので、それを借りて、お昼休みでスタッフが弁当を食べているあいだ(現場に着いたときはお昼だった)、すっかり忘れていた『ノルウェイの森』の学生寮のシーンを読みふけってしまった。将来地図を作ることを夢見ている突撃隊や、主人公とフィッツジェラルドを通して結びつく永沢が登場する、あのシーンだ。

SA3D0001.jpgロケの準備が始まり、周囲があわただしくなってきた。ロケ現場と思われる棟の裏側に回ると、エキストラで出演している教え子のK君に会うことができた。K君は役得で、トラン監督(トラン・アン・ユンのトランが姓)の息子さんにも会ったようで、フランス語で、Quel âge? って聞いたら、Huit ans と答えてくれたと嬉しそうだった(写真はK君が写メで送ってくれた監督直筆のサイン)。

やがてリハーサルが始まったが、それはちょっと小説のイメージとはかけ離れたシーンだった。○○が立ち込める中、ギュワーンとファズギターが鳴り響き、○○がサイケなロックを○○している中で、寮生が○○をしているという、何とも形容しがたい、それこそ「サイケな」シーンで、それを背景にワタナベや永沢が語り合っているというもの(詳細は書けないのでご勘弁を)。

時代をスタイリッシュに彩って、象徴的に描き出す。トラン監督は少々過剰気味に、実際の68年以上にベタでトンガった68年を演出しているように見えた。主人公やエキストラのファッションも時代の先鋭的な部分を映しているようだった。小説はあまり時代性を感じさせないが、68年と言えば、パリから世界へと広がった五月革命の年であり、ベトナム戦争の真っ最中でもあり、翌年には伝説的なロックフェス、ウッドストックが行われた。小説では辛うじて文学の議論によって時代の流行を垣間見ることができる。寮生の大多数が読んでいたのは、大江、三島、高橋和巳、フランスの現代作家(ヌーボーロマンのことだろうか)で、自分(=主人公)みたいにフィッツジェラルド、アップダイク、チャンドラー、カポーティなどのアメリカの作家を読んでいたのは極めて少数派だったと書かれている。

村上春樹もある意味スタイリッシュだが、それは趣味の良い上品さであって、決して時代の先端を追うようなものではない。消費主義的な洗練、あるいはモノとライフスタイルの細部に徹底的にこだわる一種のスノビズムだ。新興国の若い読者に人気があるのも、そういうものに憧れがあるせいだろう。『ノルウェイの森』では、見栄えも良く、お金にも困っていない、生の条件に恵まれた登場人物が次々に死んでいく。貧困や飢餓で死ぬわけではない。成り上がろうと無茶をして死ぬわけでもない。そういう理由のない死は、消費主義的な洗練の究極的な身振りだということなのだろうか。その部分をトラン監督がどのように描くのか非常に気になるところだ。1968年から20年後に『ノルウェイの森』が発表されたわけだが、それからさらに20年後の現在、日本は貧困によって多くの若者が命を絶つような『蟹工船』の時代に逆戻りしてしまった。果たしてそういう身振りは未だに説得力を持っているのだろうか(結局、バブル前夜の「1Q84」年に回帰するしかなかったということなのだろうか)。

蒸し暑い学生寮の中は1968年だった、というより、むしろみんながベトナムの若者に見えた。季節柄エキストラの寮生たちも日焼けしていたし、特に7対3で固めた黒々とした髪が額に張りつくレトロな感じがベトナムだった。何でトラン監督が『ノルウェイの森』なのかとずっと思っていたが、ベトナムを舞台に映画を撮ってきたトラン監督からすれば、私たちにとっての遠いノスタルジーが近くてリアルなものなのかもしれない。

ベトナムは現在、高度成長の真っ只中にある。今回の世界的な金融危機の影響も少なく、2009年においても5.5%の成長が見込まれている。また2025年までのスパンでは年平均8%の成長率が予想されていて、世界で最も成長率の高い国になると言われている。成長が止まるどころか、これから人口がどんどん減り、経済規模が縮小していく日本とは極めて対照的である。つまりトラン監督が「ノルウェイの森」を撮っている現在は、頂点を目指して昇っていく国と、頂点を極めたあとに落ちていく国の交差する地点=時点ということになる。そこが非常に興味深いのだ。村上春樹のスタイリッシュさは経済成長の頂点において醸成された上澄みのようなものだから。

私は舞台となる学生寮に関してこじんまりとした牧歌的なものを勝手に想像していた。しかし実際に行ってみると、それは古い鉄筋造りで、それもちょっとした総合病院くらいの規模だった。もちろん内部は病院のようにこぎれいではなく、雑然としていて、むさ苦しいほどの生活感にあふれていた。階段の踊り場にロープを張って洗濯物が干してあったのが印象的で、こんな場所が今もあるのかとちょっとびっくりした。そんな学生寮と見学したシーンの組み合わせは意外なものを想起させた。それはパリの13区である。トラン監督にとってもおそらく馴染みのある場所だろう。(続く)


ノルウェイの森 上 (講談社文庫)
村上 春樹
講談社
売り上げランキング: 187




cyberbloom

rankingbanner_03.gif
↑クリックお願いします

FBN17.png
posted by cyberbloom at 23:14| パリ ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サイバーリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月23日

皆既日食のための音楽 KLAUS NOMI + PINK FLOYD

世界が地球上で閉じていた時代には皆既日食はとんでもない出来事だった。すべてをつかさどる太陽が隠れてしまうのだから。しかし近代の科学主義を受け入れている私たちにとって日食は不吉さの象徴ではなく、単なる天体ショーに過ぎない。天体ショーに過ぎないとはいえ、そのスケールを目の当たりにすると人間の営みのちっぽけさを思い知らされる。次の日本で起こる皆既日食は26年後の2035年9月2日というから、マジで自分がもう生きていないかもしれないという現実に愕然とする。

20世紀末の1999年の8月にパリで皆既日食を見た。真昼間なのに突然夕方になったように暗くなって、弱々しい太陽の光が油を塗りこめたようにギラギラし始めた。日食のせいかは知らないが、その年のパリの夏はひどく寒くて、8月上旬なのにジャケットを着ていても寒く感じるほどだった。



明日は何十年に一度の extra-ordinary な日なわけだが、そんな日には extra-ordinary な音楽がふさわしい。Total eclipse と言えば、この人物を真っ先に思い出す。クラウス・ノミ Klaus Nomi である。パリでの皆既日食の日も一日中この曲をかけていた。

バックバンドの白いつなぎの衣装は時代を感じさせるが、クラウス・ノミの風貌は時代を超越してしまっている。途中で現れるダンサーたちとのかけ合いの暗黒ぶりも尋常ではない。クラウス・ノミはデヴット・ボウイのバックコーラスとして脚光を浴びたが、その強烈なキャラは主役を食ってしまっていた。デヴッド・ボウイも空から落ちてきたとか、スターダストとかぬかして宇宙人性をアピールしていたが、クラウス・ノミの宇宙人度には到底かなわなかった。

クラウス・ノミはエイズで亡くなったアーティスト第1号としても有名である(1983年没)。それは日本でエイズが認知されるよりも早かったと言われている。80年代世代ならばクラウス・ノミが石橋楽器店のポスターに使われていたことを覚えている人もいるだろう。80年代はそういう時代だった。クラウス・ノミは80年代の遺物として忘れ去られたかと思われていたが、2005年に関係者などの証言などを集めたドキュメンタリー映画「Nomi Song」が製作され再び注目を集めることになる。

もう1曲、Eclipseというタイトルの忘れてはならない曲がある。ピンク・フロイド Pink Floyd の名盤 The dark side of the moon (邦題は『狂気』)をしめくくる最後の曲である。「太陽のもとにあるすべてのものは調和の中にある。しかし、太陽は月によって食われてしまう」という一節によってドラマティックなコンセプトアルバムが幕を閉じる。

youtube でこの曲をバックに使った今回の皆既日食のスライドを見つけた。圧巻である。



All that you touch, all that you see, all that you taste, all you feel, all that you love, all that you hate, all you distrust, all you save, all that you give, all that you deal, all that you buy, beg, borrow, or steal, all you create, all you destroy, all that you do, all that you say, all that you eat, everyone you meet, all that you slight, everyone you fight, all that is now, all that is gone, all that's to come and everything under the sun is in tune, but the sun is eclipsed by the moon

(There is no dark side of the moon, really. Matter of fact it's all dark)

The Dark Side of the Moon
The Dark Side of the Moon
posted with amazlet at 09.07.21
Pink Floyd
Toshiba EMI (1991-07-20)
売り上げランキング: 4592
おすすめ度の平均: 5.0
5 気負わずに買ってみ
5 冥福 リックライトを祈って
5 金字塔
5 不思議な引力
5 「通添オリオン」の思い出

youtubeでこのアルバムを試聴できます。



cyberbloom

rankingbanner_03.gif
↑クリックお願いします

FBN17.png
posted by cyberbloom at 00:00| パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | サイバーリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月15日

眠れない夜の音楽 坂本龍一×中谷美紀

寝苦しい夜が続く。

revep01.jpg最近、坂本龍一がAlva Notoとコラボレートした「Revep」をよく聴いている。坂本の作品を熱心に聴いてきたわけではないが、このアルバムはお気に入りだ。いわゆる音響系の部類に入るのだろう。音の構成やメロディーを解体して、「音の色、音圧、響きそのものを聴かせる」系だ。最初聴いたとき、音飛びしているのかと思った。二人はファイル交換を繰り返し、坂本龍一のピアノにAlva Noto(=Carsten Nicolai)が電子音を加えるという手順で、共同構築されているようだ。

CD評を見ると、以前「Musique pour le cafe」で紹介したブライアン・イーノとハロルド・バッドの共作「Ambient2」をみんな引き合いに出している。こんな美しい作品は滅多にないと訴える意見も多いが、マッサージ的な意味で気持ちの良い音でもある。電子音のパルスが脳をペシペシ叩く感じだ。

一方、Trioon (「Vrioon」に収録)という曲では、坂本龍一のミニマムなピアノの音粒をストイックに堪能できる。この曲はピアノの一音一音を音響処理によって徹底的に響かせた前述のイーノ&バッドともシンクロする。これらのピアノの音は水の中で響き、広がるイメージを抱かせる。水面を広がる波紋とか、水の中をゆっくりと落ちていく、あるいは水の底に降り積もるイメージだ。水は空気よりも重く、抵抗が大きい。その分だけ水面の波紋のように響きを視覚化する媒体になるし、残響や反響を生むような減速や時間のズレをもたらす。雨が壁のように降り続き、息苦しいくらいに濃密な空気から逃れられないなら、いっそ水の底に沈んでいたい気分になる今日この頃。



と書いているうちに、いきなり蝉がけたたましく鳴き始め、梅雨が明けてしまった。意識の縁を軽く引っ掻くような Alva Noto の電子音の質感は、遠い蝉の鳴き声にも似ている。蝉でなくとも、これから鳴き始める虫の音一般について言えることだが、それは電子音さながらに宇宙的に響く。鳴く虫たちは普段風景の中に潜んでいて姿が見えない一方で、彼らの姿は、鳴くために思考を抜き取られたように無機質で空っぽだ。また、人間とは全く違った原理で生きているバイオメカのようでもあり、しばしば邪悪で不気味な宇宙人のモデルになる。それは目に見える風景の裏側から全く別の宇宙を持ち込んでくる。小さいころ夏休みに昼寝をしているとき、ヴィヴィッドな夏の風景の背後で響いていた虫の声が、いつのまにか全面的に増殖して、あたりが音の響きだけになって自分を包み、どこいるのかわからなくなるような錯覚によく襲われた。

ピアノと電子音のパターンをコンパクトに視覚化しただけの Trioon のビデオクリップも独特のひんやり感がある。このシリーズのミニマルなデザインのCDジャケットや記号っぽい曲のタイトルも涼しげだ。

ところで、坂本龍一が中谷美紀の曲の多くを書き、プロデュースしている。ピチカートの小西康陽や大貫妙子、竹村延和なんかも曲を提供しているが、坂本龍一の曲がいちばん彼女の声にしっくりくる。彼の才能は何よりもアレンジにあると思う。それが中谷美紀を通して最も良くわかる。

最近ようやく聴くことができた Nico の Chelsea Girls のカバー(「MIKI」に収録)も良い。冒涜だと言う人もいるだろうが、こういう曲を選ぶところが心憎い。これも深く沈みこんだ水の底の音楽だ。こちらはピアノではなく、水がポツポツと滴り落ちるように乾いた声がつぶやく。もちろん、Nico の声のように神がかってもいなし、アルコールとドラッグによって削られたメタリックな喉もない。坂本龍一がルー・リードやアンディー・ウォーホル(NYの伝説のホテルChelsea Hotel を舞台に The Chelsea Girls という映画を撮っている)だと言いたいわけでもない。

Miki Nakatani-Chelsea Girls
Nico Sings Chelsea Girls in the Chelsea Hotel

所詮、アイドルや女優とのコラボなんて偏執的な思い入れによって支えられるしかない。坂本龍一はソロや YMO に匹敵するくらいの才能の良質な部分を無邪気につぎ込み、そういう匠の芸術的な無邪気さに対して中谷美紀はひたすら透明だ。クールに、涼しげに自分の役割をこなしきる。ふたりは「にほんのうた」という日本の歌唱曲集でも「ちいさい秋」で参加し、いつもの世界を展開している。





cyberbloom

rankingbanner_03.gif
↑クリックお願いします

FBN17.png
posted by cyberbloom at 22:36| パリ ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サイバーリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月12日

鳥の奏でるエレキギター From Here to Ear 

フランス西部ナント(Nantes)に、「フロム・ヒヤー・トゥー・イヤー(From Here to Ear)」と名付けられた不思議な「鳥かご」がある。内部にはチェンバロの弦やハンガーなどが吊されており、それらすべてが音響装置につながれている。放し飼いにされている40羽のキンカチョウがこれらさまざまな仕掛けに触れると、独特な音色が奏でられ、訪れる人を楽しませる。
(7月11日、AFP)

【動画】FROM HERE TO EAR - LES OISEAUX

これはジョン・ケージなんかが試みたチャンス・オペレーションの一種と言えるだろう。それは、作曲の時にコインを投げて音を決めるとか、紙のしみを音符に見立てて音を選んでゆくとか、五線譜ではない図形楽譜を用いて奏者の即興に任せたりするとか、作曲の過程に偶然が入り込むための「仕掛け」を施すことだ。

この鳥による音楽は作曲行為とは厳密に言えないとしても、鳥を使って音を出そうという意図のもとに起こっていることだ。小鳥たちの動きもかわいいし、ギターもそれなりに聞こえてしまうところがミソである。一方で、他の投稿動画の中には鳥があまりにも動いてくれなくてイライラさせられるものも多い。音楽がある程度の形をともなって到来する瞬間を待ち続けるべきなのか、とりたてて何も起こらなくてもそれはそれで受け入れるべきなのか、それが問題である。




cyberbloom

rankingbanner_03.gif
↑クリックお願いします

FBN17.png
posted by cyberbloom at 21:56| パリ ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | サイバーリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月04日

ボノやゲイツなんて要らない!? アフリカ新世代によるアフリカ援助不要論

まずはこのニュースから。

最悪は仏伊、日米加は「合格」の報告書 対アフリカ資金援助で
■マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツ氏と著名なミュージシャンらが支援する援助団体ONEは11日、主要国首脳会議(G8サミット)の加盟国によるサハラ砂漠以南の貧困国に対する資金援助活動の「評価」報告書を発表し、イタリアとフランスが約束を最も守っていない国と糾弾した。
■同団体には、ロックバンド「ブームタウン・ラッツ」のボーカリストのボブ・ゲルドフ氏やU2のボノ氏も協力している。資金援助額で約束を順守しない最悪の国はイタリアと主張、フランスは2005年レベルよりも劣ったとしている。
■半面、世界的な景気後退に襲われる中で、米国、日本、カナダは約束を守る金額を提供していると評価。今年のG8サミットはイタリアで開かれるが、ゲルドフ氏は「約束を守らない国が世界を指導出来るだろうか」との不信感を表明した。
■主要国首脳会議は英スコットランドで2005年に開いたサミットで、アフリカ向け援助額を2010年まで倍増の500億ドルにすることを約束している。ゲイツ氏は報告書の中で、アフリカ向け援助の大多数は衛生、教育や農業振興などに充てられるとして、10億ドルがワクチンに使われれば、50万人の命が助かるとも強調した。
(6月12日、CNN.co.jp)

Dead Aid: Why Aid is Not Working and How There is Another Way for Africaロックアーティストが慈善家になって久しい。それはエチオピアの飢餓に衝撃を受けたボブ・ゲルドフの呼びかけに応じて結成された1984年のバンド・エイド(Band Aid)にまでさかのぼる。80年代世代にとってゲルドフの歌う「哀愁のマンディ」(ブームタウン・ラッツ)やバンド・エイドの「Do they know it's Chrismas?」は忘れられない曲のひとつだが、当時はロックアーティストがアフリカのことまで気にかける必要があるのか、ロックもまたアフリカの搾取を始めたのか、などといろいろと思ったものだ。一方でグローバリゼーションの進行は私たちの日常的な消費生活がどのようなシステムにのっかっているのかを世界規模で可視化させてしまった。

根本的な問題はその著しい格差を生み出すシステムそのものにあるはずだ。しかし、ハリウッドスターやロックアーティストたちはそれと同じシステムにのっかってお金をもうけているのである。彼らはアフリカに儲けの一部を申し訳程度にキャッシュバックすることでシステムを温存しているように見えなくもない。そういうやり方は法外な利益を手にしている少数の金持ちたちの罪悪感を和らげるだけで、全くアフリカの役に立ってはいないと『デッド・エイド(=役に立たない援助)』(原題の Dead Aid は明らかに Band Aidに対するあてこすりである)の著者、ダンビサ・モヨ Dambisa Moyo は批判する。

ダンビサ・モヨはザンビア生まれの30代の女性。父は南アフリカ人の炭鉱労働者の息子で、学者であり反汚職運動家。母はインド・ザンビアン銀行の会長である。モヨはハーバードで修士号を、オクスフォードで博士号を取得し、8年間、ゴールドマン・サックスでグローバル・エコノミストとして活躍した。アフリカ大陸の中心的な問題についてアフリカ人の意見がほとんど聞かれることがない。そういうフラストレーションが、モヨにこの本を書かせたのだ。

これまでアフリカへの投資や資源開発競争は旧宗主国が監督してきた(フランスはその代表格だ)。そこに中国や新興国が参入するようになり、多くのアフリカ諸国の経済が依存しているコモディティ(一次産品)価格が上昇し、それが欧米の投資家の利益も増加させた。一方でアフリカには希望に満ちた新しい世代が誕生し、世界をまたにかけて活躍している。モヨもそのひとりだ。彼らはアフロポリタンと呼ばれ、中には外国資本と地元資本をつなぐ仲介役になるチャンスをつかんでいる。こうした活動はアフリカの国々にこれまでとは違う資金調達の選択肢を与えている。

従来の支援のような、施し同然の欧米の援助による非効率なやり方では何の成果も得られないとモヨは言う。援助活動は効果がないばかりか、アフリカの問題の大半を生み出している。民間投資を締め出し、汚職を蔓延させ、民族の対立に油を注ぎ、法治を不可能にしてしまうからだ。ボブ・ゲルドフはイタリアやフランスに援助が少ないと糾弾しているが、援助国側にしても大きな財政負担を強いられる。

アフリカにはすでに新しい貿易パートナーがいて、もう欧米に頭を下げる必要はないのだ。モヨは『デッド・エイド』の中で欧米の開発計画の60年にわたる失敗を容赦なく査定しながら、新しい選択肢に焦点を当てている。彼女の提唱するオルタナティブとは、世界の貿易構造をシフトさせるための機会と自由をとらえながら、マイクロファイナンスと財産権法の活用をブレンドするやり方だ。すでにアフリカには民間資本が次々と流入している。中国もアフリカのインフラ整備に投資し、国債を発行するアフリカの国も増えている。

さらにモヨは過激な処方箋を用意している。それはアフリカの援助依存国に対して5年以内に援助を打ち切ると援助国に通告させるというものだ。それを契機にして、援助依存国政府は商業ベースの資金調達の方法を模索し始め、ビジネスが繁栄する環境作りに着手するだろうと。

その場合、アフリカの貧困撲滅運動にいそしんでいるハリウッドスターやロックアーティストはどうなるのか。

いなくなるだけ、とモヨは言う。マイケル・ジャクソンが信用危機の解決策についてアドバイスを始めたら、イギリス人はいらだつでしょう?歌手のエイミー・ワインハウスが不動産危機を終わらせる方法について語ったりしたらアメリカ人は怒り出すでしょう?アフリカ人だってムカつくのは当然だと思わない?

つまり、アフリカの人々が専門家でもない人間に介入を受け、アドバイスされているということであり、彼女はそのことでボブ・ゲルドフやボノに対していらだち、ムカついている。彼らはモヨの発言に対してどう答えるだろうか。欧米メディアにとって「アフリカは手の施しようがない」という破滅的なシナリオを描く方が楽なのだ。それが援助のさらなる流入を正当化してしまう。もちろんモヨの批判は一面的で、欧米の援助がすべて無駄だったということは決してないだろうし、彼女のラディカリズムはアフリカに対する援助のうまく機能していた部分も壊しかねないだろう。しかし、それほどアフリカの援助依存は深刻な問題なのである。システム全体に手をいれなければならないのだ。

モヨはロンドンで快適な生活を送っているが、ザンビアの少女時代の夢はフライト・アテンダントになることだった。そのときは奨学金をもらっハーバードとオックスフォードに学び、天下のゴールドマン・サックスで働くなど夢にも思わなかった。それは両親のおかげだと言う。彼らはザンビアの首都ルサカの大学の一期生だった。そして1970年代に高等教育を受けるためにアフリカを離れたが、彼らは国の未来を築く力を身につけるとすぐに帰国した。もちろんアフリカの一部はあいかわらず混乱と衰退から抜け出せていないが、彼らの世代が確実に下地をならし、モヨのような人物の出現を待っていたのである。

次の元フランス代表のデサイーのニュースはモヨの考え方に通じるところがないだろうか。アフリカはあらゆる分野においてターニング・ポイントを迎えているが、そこには欧米の憐憫の視線に同一化しない、アフリカのためのオルタナティブを考えるアフリカ生まれのキーマンが確実に育っている。

「W杯の遺産をアフリカ全土へ」、元仏代表デサイー氏の想い
■翌年に行なわれるW杯の前哨戦として南アフリカでコンフェデレーションズカップが行なわれているなか、元フランス代表DFでユニセフ親善大使のマルセル・デサイー氏(40)が「南アフリカだけではなく、アフリカ全土がW杯の遺産を受け継いで欲しい」と想いを語った。現地時間19日、ロイター通信が報じている。
■ デサイー氏はガーナ生まれ。4歳のときにフランスへ移住した同選手は、のちにル・ブルー(フランス代表の愛称)の中心選手として活躍し、1998年W杯、EURO2000でのタイトル獲得に貢献した。代表キャップは116を数え、クラブレベルではマルセイユ(フランス)、ミラン(イタリア)、チェルシー(イングランド)など名門を渡り歩き、3年前に現役を退いた。
■輝かしいキャリアを誇るデサイー氏だが、ロイター通信に対し「アフリカサッカーの将来にとって鍵となるのは、ディディエ・ドログバやサミュエル・エトーのような、海外で成功し誰もが知っている選手ではない。アフリカ各国がトップクラスの若手選手を自国リーグで長くプレーさせ、そうすることでいかに自国リーグがレベルアップしていくかということだ」と、若い才能を国内に留めることが必要だと述べた。
■「最高峰の選手はヨーロッパに出て行くのが常であり、国内に残留させるのは難しい」と、その困難さを承知しているデサイー氏だが、「インフラが向上すれば、もう少し長く選手を残留させることが可能かもしれないし、これほど若いうちから外へ出て行くこともなくなるかもしれない」と、各国の社会基盤が整えば現状を変えられるかもしれないと期待をかける。
■そうした意味で、デサイー氏は今回のコンフェデレーションズカップと翌年のW杯が、アフリカ全土にとってターニングポイントだと考えているようだ。同氏は「我々は、アフリカサッカーにとって重要な時期を迎えている。逃してはならないチャンスだ。W杯の遺産によってアフリカの考えに変化が起こるかもしれない」とコメント。W杯によってアフリカ全土の意識が変わることを望んでいた。
(6月20日、ISM)

Lunch with the FT: Dambisa Moyo
By William Wallis
Published: January 30 2009





cyberbloom

rankingbanner_03.gif
↑クリックお願いします

FBN17.png
posted by cyberbloom at 12:39| パリ | Comment(0) | TrackBack(1) | サイバーリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月26日

COOL BOSSA IN MY-POD

本格的な夏に向けて ipod の中身をボサノヴァに入れ替えた。急上昇する不快指数を軽減するのにも良い。ボサノヴァと言えば、今やカフェで流れるオシャレな音楽の定番になっているが、生まれてからすでに50年以上が経過している。本場ブラジルでも過去のジャンルのひとつにすぎないが、数多くの名曲が世界中の音楽ファンのあいだにスタンダードとして浸透している。他のジャンルに与えた影響も計り知れない。生ギターが繰り出す複雑なリズムと心地よい速度には、他の音楽では味わえない至福感がある。

ボサノヴァはオペラとかギンギンのロックとは対極にある、表現の持つ押し付けがましさ、暑苦しさとは全く逆の洗練に向かった音楽である。地中海のビーチでボサノヴァを聴いたとき、あまりに気持ち良くて死んでもいいと思ったが、ジョアン・ジルベルトの「三月の水」なんか、そういう瞬間にふさわしい、余計なものがとことんそぎ落とされた気持ち良さ、死の匂いさえするはかなさを兼ね備えている。

□CORCOVADO - EVERYTHING BUT THE GIRL
DISAFINADO - GEORGE MICHAEL

Red Hot + Rio: Pure Listening Pleasure80年代初頭のイギリスのネオアコもボサノヴァの影響を受けた音楽のひとつ。その代表格エヴリシング・バット・ザ・ガールが、90年半ば、当時の先鋭的なジャンルだったドラムン・ベースで「コルコヴァード」を料理したときの衝撃は忘れられない。「ドラムン・ベースは21世紀のボサノヴァだ」という彼らの発言もあったが、このヴァージョンはエイズのチャリティー・コンピ「RED HOT + RIO」に収められている。ボサノヴァのバッタもんと言う人もいるだろうが、このアルバムは実験として面白い曲が多い。ステレオラブによる「One Note Samba」やマッド・プロフェッサーによる「黒いオルフェ」のダブ・ヴァージョンも入っている。個人的にはジョージ・マイケルのDisafinadoもセンシュアルで捨てがたい。

POISSON DES MERS DU SUD - ISABELLE ANTENA
SAMBA SARAVAH - PIERRE BAROUH

愛にエスポワールテクノな「イパネマの少年」でデビューしたイザベル・アンテナもニューウェーブ経由のボサノヴァである。「南の海の魚」が収録された「愛にエスポワール」はすっかりジャジーになっているが、このアルバムはうちのブログで最も良く売れている。フランス語はポルトガル語と相性が良いせいか、唯一、フレンチを冠したフレンチ・ボッサと呼ばれるジャンルを持つ。バーデン・パウエルや外交官としてパリに赴任していたヴィニシウス・ジ・モライスとの交流を通じてブラジル音楽にはまったのがピエール・バルー。バーデンとヴィニシウスのコラボ「祝福のサンバ」をフランス語で歌ったのが「サンバ・サラヴァ」で、バルーが出演したフランス映画「男と女」(1966年)にも使われ、映画のヒットがボサノヴァ人気につながった。

MOMENTO-BEBEL GILBERTO
TANTO TEMPO-BEBEL GILBERTO

ボサノヴァはエレクトロとも相性は悪くない。ジョアン・ジルベルトの娘、ベベウ・ジルベルトのアルバムはエレクトロな味付けが独特の浮遊感を生み出している。陽光がきらめくような「MOMENTO」、夕暮れの海辺が似合うアンニュイな「タント・テンポ」。どちらも素晴らしい。

タント・テンポモメントボッサ・カリオカ

QUIET NIGHTS(Corcovado) - BLOSSOM DEARIE

サラ・ヴォーンやエラ・フィッツジェラルドなんかのジャズ・ボーカルの大御所よりも、ジャズの力量を持ったアメリカのポピュラー音楽の歌手によるボサノヴァのカバーが面白い。その一例がこのブロッサム・デアリーである。この「コルコヴァード」(Quiet Nights )はキュートでムーディーなお気に入りの1曲である。「May I Come In?」に収録。

□CHEGA DE SAUDADE - 小野リサ

日本のボサノヴァ・シンガーと言えば、小野リサの名前が真っ先にあがるだろう。彼女は62年にサンパウロで生まれ、10歳で日本にやってきた。小さい頃からブラジル文化に親しみながら育った一方で、その後はボサノヴァの本場ブラジルからは外国人として距離を置くという特殊な立ち位置のシンガーではある。そんな小野リサのアルバムの中でもボサノヴァの王道を行くのが1988年に発表された「Bossa Carioca」。アントニオ・カルロス・ジョビンの息子、パウロと孫のダニエルを迎えて製作された。ボサノヴァのスタンダードで押しまくる最高の癒し系。

□WAVE - ANTONIO CARLOS JOBIM

アントニオ・カルロス・ジョビンと言えば、ボサノヴァ・ブームが過ぎ去った67年にアメリカで製作された、「Wave」。シルキーなストリングスがフィーチャーされた、インスト中心のアルバム。贅沢この上ないイージーリスニング。

WaveGetz/GilbertoAMOROSO (イマージュの部屋)

CORCOVADO - GETZ & GILBERTO
BESAME MUCHO - JOAN GILBERTO

「Wave」と並んで世界で最も有名なボサノヴァアルバムが「Getz & Gilberto」。ボサノヴァを理解しないアメリカのミュージシャンが手掛けたアルバムと典型と言われる。自国の音楽シーンが手詰まりになると他文化の音楽に接近して、搾取の対象にするのはアメリカの常套手段。ジョアン・ジルベルトの方も適当に手を抜いていれば、こんなアルバム聴かずに済むのだが、ジョアンの歌もギターも超クールときている。Disafinado の始まりなんか鳥肌が立つ。それだけにスタン・ゲッツのサックスに余計にいらだつ。「ブラジル勢のオトナの態度に対し、足元を見透かされているのを恥じもせずに、オレが主役だとばかり勇んでテナーを吹くゲッツのアホむき出しのソロ」とは音楽評論家、中村とうよう氏の言。的確である。ジョアンの「AMOROSO」に収められた「BESAME MUCHO」のロング・ヴァージョンも素晴らしい。ラテン系のベタベタのラブソングだが、こんなに切なくドラマティックな「ベサメ・ムーチョ」を私は知らない…たくさんキスして(=ベサメ・ムーチョ)、まるで今夜が最後のように、たくさんキスして、後であなたを失ってしまうのが恐いから…余計なことを先に書いてしまったが、ジョアン・ジルベルトを最初に聴くならば、「ジョアン・ジルベルトの伝説」だろう。ボサノヴァなら、とりあえずこれを1枚もって無人島へって感じの充実した一枚。

□VOCE E MINHA - CAETANO VELOSO

リーヴロボサノヴァによって盛り上がった音楽シーンに水を差すように、1964年に軍事クーデターが起こり、ブラジルは軍事政権下に入る。厳しい言論統制が敷かれ、音楽も取り締まりの対象となる。カエターノ・ヴェローゾは軍事政権から若者を扇動する危険分子とみなされ、3年間の亡命生活を余儀なくされた。もちろん彼もジョアン・ジルベルトの圧倒的な影響のもとにあったのだが、サンバやショーロなどの伝統音楽を踏まえ、ビートルズやジミヘンなどの新しい同時代の音楽を取り込みながら独自の音楽を追及したトロピカリスモと呼ばれるポスト・ボサノヴァの動きの象徴だった。

軍事政権下でブラジルの多くの歌手が自分の国のことに直接言及できなくて、それをラブストーリーに置き換えたりして歌っていた。「お前の歌は何かの暗号だろう」と取調べを受けたりもしたようだ。詩のダブルミーニング(=両義性)や多義性を論じることは今や当たり前のことだが、有閑ブルジョワ文学の言葉遊びではなく、こういう命がけの表現に迫られるとき美しさと深みを備えた詩が生まれるのだろう。

ところで、先日、息子の保育園時代の担任の先生にばったり会い、そのときに「KIDS BOSSA」というアルバムを教えていただいた。かわいい子供の歌声による童謡、映画音楽、ポップスのボサノヴァ・カヴァー集だ。バックの演奏にはブラジルのボサノヴァの精鋭を迎えている。シリーズとしていくつか出ているようだが、この「PEAK-A-BOO」がベスト。「ABCの歌」や「森のくまさん」などの子供の歌に加え、「大きな古時計」やビートルズの「オブラディ・オブラダ」も収録。おしゃれパパママ中心に売れているようだ。amazon で試聴可。

キッズ・ボッサ・ピークアブー
フラヴィオ・メンデス エリザ・ラセルダ
エストゥエス (2008-08-20)
売り上げランキング: 537
おすすめ度の平均: 4.0

5 子供の音楽鑑賞に
5 かわいい音楽
5 可愛いだけじゃない!!
4 声がキュート




cyberbloom

rankingbanner_03.gif
↑クリックお願いします

FBN17.png
posted by cyberbloom at 23:56| パリ ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サイバーリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月24日

金融危機下の外食産業(2) ロブション、かく語りき

ロビュションの食材事典―四季を彩る52の食材と料理ジョエル・ロブション Joel Robuchon(ロビュションの方が正確)は21世紀において最も影響力のあるシェフだが、彼も今回の金融危機が外食の形態に転機をもたらすと信じている。革命とまで言っている。「いまはシンプルな料理を手早く食べたい人が多い。メインの料理を1品とデザート1品だけを注文して、それでおしまい。レストランはそうした要求に合わせる必要がある」と。不況下ではさすがの3つ星レストランでも空席が増えているようだ。日々のやりくりに四苦八苦している人々が、必要以上に手の込んだ高級レストランの料理に金を払うだろうか。不況下ではよりシンプルで良心的な料理や、品数の少ないコースが求められるのだ。ロブションが新しいスタイルのレストランとして展開しているのが、「ラトリエ・ドゥ・ジョエル・ロブション」。2つ星を獲得しているが、2品で2500円程度。「最高の料理は2、3種類の味を組み合わせただけのもので、それ以上は必要ありません」と断言する。ロブションは人を食ったような料理で知られる80年代のヌーベル・キュイジーヌを追放しただけでなく、近年ではミシュランの格付けの基準が時代遅れだと批判している。

L'Atelier de Joel Robuchon - New York
□Robuchon au Japon  http://www.robuchon.com/

ジョエル・ロブションのお家で作るフランス料理またロブションは「今回の経済危機は、私の仕事人生で経験したなかで最悪のものです。変化に対応できないレストランはつぶれるでしょう。銀行の貸し渋りが広がっているために、新たな出店もさらに難しくなると思います」と言っている。高級レストラン以上に打撃を受けているのがフランスの街角のビストロだ。2008年の上半期だけで3,000以上のビストロが経営破綻した。破綻の数としては過去最多で、その後も件数は増えている。金融機関の貸し渋りだけでなく、材料費の高騰も追い討ちをかけている。フランス人の1人あたりの注文金額も大幅に減り、人気レストラン「コートダジュール」では、前の年平均1,990円だったランチの平均支出は、620円程度に減ったという。定番の食後のエスプレッソを削る人も目に見えて増えている。

そしてフランス人が子羊のシチューの代わりに口にするようになったのが、マクドナルドだった。フランスにあるマクドナルドは1,134店舗。マクドナルドはフランスの食文化に近づこうと、2003年から店舗のインテリアを大幅に変え、メニューにサラダやヨーグルト、一口サイズのスナックを取り入れてきた。マクドナルドの世界進出には、マクドナルドのローカル化、つまりはホスト国への文化適応がキーになっているが、フランスでは最初からサラダに対する要求が高く、マクドナルドのフランス化の手始めはハンバーガーにサラダ菜を挟むことだった。先回紹介したマクドナルドの変貌にはフランスのモデルがあったのかもしれない。2008年、フランスでの売り上げが大幅に伸び、過去最高の33億ユーロ(およそ4,150億円)を記録した。2009年、さらに30店舗増やす計画を立てている。

マクドナルドの盛況とパラレルに、サンドイッチ・ブームも起こっている。03年から08年のあいだにサンドイッチ市場は規模にして28%も拡大。バゲットで作る伝統的なものから、イギリス風の食パンで作る三角形のサンドイッチまでバリエーションは豊かになり、ランチはオフィスで席についたままサンドイッチを食べるという光景ももはや珍しいものではない。日本のデパートにも入っている「ポール」(フランスではイートイン・スタイル)なんかもすっかり定着し、Goûtu という1ユーロ・サンドイッチも人気を博している。

□Goûtu http://www.goutu1.com/
□Paul http://www.pasconet.co.jp/paul/

長く守り続けてきたフランスの食文化がなくなるのを危惧する声が聞かれる中で、事態を意外に前向きにとらえている人々もいる。フランス食品振興会のジャン=シャルル・クルーアン氏は「ここ数年、企業のグローバル化で、昼休みを2時間もとるというのは許されなくなっていたのが実情です。古き良きビストロの倒産は残念ですが、金融危機はフランスの外食産業を時代に合った形に変えるきっかけになっています」と話している。実際、老舗のビストロが閉まったあとには、カフェなど安くて手軽なランチがとれる店が増え始めている。金融危機のあと訪れるパリの風景には、これまでとは少し違ったカジュアルさを帯びているかもしれない。

□本稿は『COURRiER Japon (クーリエ ジャポン) 2009年 04月号』(「料理界の帝王が語る金融危機メニュー」など)を参照





cyberbloom

rankingbanner_03.gif
↑クリックお願いします

FBN25.png
posted by cyberbloom at 22:48| パリ ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サイバーリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月22日

フランス式大学入試 バカロレア この問題、解けますか?

18日の哲学を皮切りに、フランスの大学入試、バカロレア baccalauréat (略して BAC)の試験が始まった。日本のセンター試験のようなものだが、根本的にシステムが違う。バカロレアは大学入学資格を得るための統一国家試験。バカロレアを取得することによって原則としてどの大学にも入学することができる。

今年の哲学の問題は次の通り。

La langage trahit-il la pensee?(言語は思考を裏切るか?)
Est-il absurde de desirer l’impossible?(不可能を望むことは非合理か?)

これは日本の小論文のように一般論として好き勝手なことを書いていいわけではない。哲学の歴史的な議論を踏まえ、4時間かけて論述しなければならない。哲学はほとんどの分野で義務になっている重要な受験科目のひとつ。高校でこういう思考訓練を徹底的に受けている国民はさぞかし手強いことだろう。

TF1のニュースでも試験の様子を伝えている。

Les sujets du bac philo en version corrigée(TF1,18 juin)

受験生のひとりは朝の7時から来て、最後の見直しをしている。彼の手にしている参考書にはニーチェの引用が。試験が終わると、気の利いた受験生はネットで模範解答と照らし合わせ、自分たちの点数がどのくらいか見当をつける。

受験室ではカンニングを避けるためにバッグを部屋のすみに置かなければならない。しかし、なぜか食べ物の持込はOK。受験生のひとりはオレンジジュース、菓子パン(=chouquette)、バナナ(petit fruit)を持ち込んでいる。朝の7時45分に席について、8時から試験が始まる。それから4時間の長丁場だ。試験は来週の水曜まで続く。

多くの受験サイトが9時から行動を始め、哲学の教師たちが試験問題に対して評価を始める。ニュースの中で高校の先生が BAC ESと言っているが、ES (Sciences Economiques et Sociales)は「経済・社会科学系」のことで、一般バカロレア Le baccalauréat général のひとつ。別の大きな括りに技術バカロレア Le bac technologique と専門バカロレア le bac professionnel がある。入りたい学部に合わせてバカロレアの種類を選ぶ。

授業でバカロレアの話をすると、学生は膨大な量の記述式試験の採点の客観性がどのように保証されるのかという疑問がわくようだ。もちろん複数の採点者のチェックを受けるようだが、学生にきちんと自己表現させ、それを評価するにはそれなりの時間と労力を要するということだ(つまりお金もかかる)。一方で、日本のようなコンピュータが点数をはじき出す採点が極めて合理化されたマークシート形式によって保証される客観性にどのような意味があるのか、それによって何が測れるのかということも同時に考えてみる必要がある。

相変わらず大学を出るのは簡単な日本では、いまだにすべてが大学入試に集約されている。そこが幼稚園から始まる「お受験」戦争が目指す地点であり教育の内容も大学入試の形式に向けて組み立てられることになる。小1の息子の同級生の中にもすでに中学受験のための塾に通い始めている子がいるし、「プレジデント・ファミリー」とかいう、それを煽りまくるお受験情報雑誌も人気である。また小中高とそこに到達するための下部システムが、受験ビジネスもからみながらきめ細かに整備され、日本だけの受験神話が再生産され続ける。つまり大学入試が変わらないとすべてが変わらないわけだが、フランスのバカロレアの風景を見るにつけ、熾烈な受験戦争の過程で、かけがえのない青春時代を費やしつつ、日本の子供たちが身につける能力って一体何なのだろうと考えざるをえない。

日本の受験制度は、年功序列賃金制と終身雇用が保証された企業社会に、均質な人材を送り込むためのシステムだったのだろう。高度成長などとっくに終わり、雇用に関しても状況は一変してしまっている。最近では、就職の際に「就活力」と呼ばれる自分をひとつの企業のようにセルフプロデュースする能力が求められ、何よりも自分をアピールするコミュニケーション能力と、さらなるスキルアップのための自己投資が求められている。一方で、今の子供は小さい頃から塾通いに忙しかったりして、将来のビジョンを思い描いたり、そこに向かう過程での試行錯誤的な経験を積むチャンスが与えられないまま大人になってしまう。本当はそこに一本のレールに還元されない、多様な、きめの細かいプログラムが必要になってくるはずだ(小学校に関しては、いろんな課外プログラムを用意してくれてはいるが)。




cyberbloom

rankingbanner_03.gif
↑クリックお願いします

FBN25.png
posted by cyberbloom at 23:52| パリ ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サイバーリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月20日

フランスから見た日本

davidmichaud01.jpg中国関連情報サイト、サーチナ(searchina)で紹介していたのだが、日本在住のフランス人カメラマン David Michaud 氏のブログが面白い。フランス語が読めなくても、写真を見ているだけで、フランス人が日本の何に注目し、どんな側面に興味を持っているのか、よくわかる。日本は観光国としても売り出したいようだが、日本人の見せたいものと、外国人が見たいものにはつねにズレがある。そういうズレをこのブログはうまく見せてくれている。今年フランスで彼の写真集も発売されたようだ。

□Le Japon par David Michaud http://www.lejapon.fr/blog/

ちょうど今、授業の教材に『WASABI』を使っているが、学生の受けがすこぶる良い。その原因は出産と離婚を経て一皮向け(最近の女優さんはこれでハクをつける)、『おくりびと』でアカデミー賞女優になった広末涼子の再人気化にあるようだ。広末ってこんな映画に出てて、フランス語までしゃべってたの?と学生はびっくり。フランス語を話す広末に非常に親しみを覚えると同時にフランス語に対するモチベーションも上がるようだ。

確かに『WASABI』はB級アクション映画で忘れ去られつつある映画だが、これが撮られた21世紀に入ったばかりの2001年は今から見れば日本のドラスティックな変化の時期にあたっている。日本にケータイが爆発的に普及し始め、ハワード・ラインゴールドが「忠犬ハチ公前体験」と呼ぶ状況を生み出した(「フランス人も注目、日本のケータイ小説」参照)。また日本の若い女性のファッションに有名ブランドのデザイナーまでもが注目し始める(「エルメス」参照)。『WASABI』はフランス人監督による東京(後半部)を舞台にした映画だが、B級だからこそ日本に対するフランス人の欲望と幻想が紋切り型によってあからさまに表現されている。

関連エントリー「WASABI」

広末のフランス語はどうかというと、映画の中でジャン・レノに発音を矯正されるシーンがある。trou (穴)という単語を正確に発音するために、[r]と[u]の音を含む tigre (虎) と loup (狼)という単語で先に練習させている。これはフランス語の音に関するシーンなので日本語の字幕ではうまく伝わらない。

Wasabi-‘trou’ scene(from youtube)

2006年には「JAPON―Japan×France manga collection」というマンガ本も出ている。内と外の両側から見た日本を舞台にした16篇の物語で構成され、フランスの漫画家たちは実際に日本に滞在した体験をもとに現代の日本の姿を描き、一方で日本在住の作家たちはイメージ豊かに自分の国の姿をつむぎだしている。

日本チームは安野モヨコを筆頭に、松本大洋、花輪和一、谷口ジロー、高浜寛、五十嵐大介、沓澤龍一郎の面々。フランス・チームは、フレデリック・ボワレ、エティエンヌ・ダヴォドー、エマニュエル・ベギール、オレリア・オリタ、ジョアン・スファール、ダヴィッド・プリュドム、ニコラ・ド・クレシー、ファブリス・ノー、シュテイン&ペータース。

JAPON―Japan×France manga collection
安野 モヨコ
飛鳥新社
売り上げランキング: 114241
おすすめ度の平均: 4.5
5 素晴らしい企画の素晴らしい作品集
4 フランスの漫画





cyberbloom

rankingbanner_03.gif
↑クリックお願いします

FBN25.png
posted by cyberbloom at 12:28| パリ | Comment(1) | TrackBack(0) | サイバーリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月17日

金融危機下の外食産業(1) マクドナルドの復活

COURRiER Japon (クーリエ ジャポン) 2009年 04月号 [雑誌]マクドナルドの快進撃が続いている。2008年11月の時点で同社は世界中の売り上げで55ヶ月連続成長を記録している。1年間で3分の1も株価が下げた大恐慌以来の最悪の年に、株価は6%もアップしている。

90年代半ばから新たな競争相手が次々と現れ、マクドナルドは苦戦を強いられていた。新しい試みはことごとく失敗し、店員教育をおろそかにした店舗の拡大は顧客サービスの低下と店舗の不潔さを招いた。同時に既存店の売り上げは頭打ちになり、やがて低下を始める。

さらにマクドナルドは動物愛護運動家、環境保護活動家、栄養学者からますます批判を浴びるようになる。私もブログで何度も紹介したエリック・シュローサーの著作『ファストフードが世界を食いつくす』(映画化もされた)はマクドナルドの肉工場のひどい実態を暴きだし、マクドナルドを1ヶ月食べ続けるという人体実験ドキュメンタリー『スーパーサイズ・ミー』はアメリカ人の肥満と不健康の根源を明るみに出した。しかし、『スーパーサイズ・ミー』が公開された04年には水面下で復活劇が進行中だったのだ。

社内で「勝利への計画」と呼ばれる復活劇の指揮をとったのは、元社員のジェームズ・カンタルポ。彼が取った戦略は新たにフランチャイズを開いて客を捕まえるのではなく、既存店の集客を強化するものだった。広告にも手が加えられた。それが日本のCMでもおなじみのI'm lovin' it キャンペーンだ。大きな変化は悪名の高かったスーパーサイズ・メニューをやめて、健康的なメニューを導入した。このおかげで健康面での批判は激減した。

とりわけチキン・メニューに本腰を入れ、世界全体では牛肉よりもチキンの仕入れが多くなったほどだと言う。Yahoo!Franceのトップページでもマクドのチキンサンドの広告をよく見かけるが、おいしくて栄養バランスが良いこと gourmand et equilibre 、サクサクの野菜 de la batavia croquante、石焼きのパン un pain c uit sur pierre を売りにしている。

サラダの充実も重要な戦略だ。例えば、サウスウェスト・チキンサラダ。チキンがオレンジ風味で、14種類の野菜、ローストコーン、ブラックビーンズなどが入っている。目を閉じて食べてみるとマクドナルドにいる気がしない、I'm lovin' it な一品らしい。

マックカフェの誕生も忘れてはならない。高級な豆を使い、設備の質を高め、フィルターで濾した水を使った。プレミアムコーヒーを導入してから2年でコーヒーの売り上げは70%も上がった。09年のアメリカの外食産業の見通しが非常に悪いにもかかわらず、マクドナルドだけは楽観している。それはアメリカ市場がポシャっても、東欧や中欧に大きな商機を見出していることもある。

マクドナルドは常に食のグローバリゼーションの悪しき象徴として槍玉にあがってきたが、こういう展開をされると批判のよりどころがなくなってしまう。それに加え、金融危機がもたらした急激な不況が生命維持レベルまで脅かしている現状では、スローフードなんて悠長なことを言っていられなくなる。マクドナルドは金融危機後の世界を見据えていたかのようだ。マクドナルドは不況に強いというよりは、不況が恒常化する世界(まさにグローバリゼーションの本質だ)を前提にしたビジネスを展開していると言った方がいいのかもしれない。

それは911の際のコミュニタリアン、リベラル、多文化主義など、各イデオロギーの置かれた状況を思い出させる。東浩紀が911の教訓とは「理念や価値について議論するのもけっこうだけど、まず市民の安全を守らないと話にならないんじゃないの?」という身も蓋もないもので、それはある特定のイデオロギーの敗北というよりは、イデオロギーそのもの敗北だったと言っている(『情報環境論集』)。これを食にあてはめると、「食文化や食の理想を語るのもいいけど、まずは食えないと話しにならないんじゃないの?」ってことなのだ。テロと同様、食料品の高騰、あるいは収入の激減という事態もまた、私たちの動物的な生存本能に訴えかけてくる。マクドナルドの手強さはこのあたりにあるのかもしれない。マクドナルドはまさに不況下の救世主として定額給付金向けの割引クーポンまで発売し、「餃子の王将」(今年5月の既存店売上高が創業以来最高の伸び率!)とともに日本の外食産業を牽引している。

フランスのランチといえば、ワインを飲みながら2時間かけるというイメージがあったが、そんな光景は2009年には見られなくなってしまった。不況下でのマクドナルドの1人勝ちはフランスでも同じだ。(続く)

□「COURRiER Japon (クーリエ ジャポン) 2009年 04月号」参照




cyberbloom

rankingbanner_03.gif
↑クリックお願いします

FBN25.png
posted by cyberbloom at 18:27| パリ | Comment(2) | TrackBack(0) | サイバーリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月14日

DV大国フランス

フランスのDV防止キャンペーンのCMは衝撃的だ。Je t'aime, un peu, beaucoup, passionnément, à la folie…と(愛してる、少し、とても、情熱的に、狂ったように)、愛情の表現の度合いが高まるにつれて、顔の傷が深くなっていき、最後に pas du tout (全然愛していない)と言って、死んでしまう(著作権の関係で音声が出ないようだ)。



ドメスティック・バイオレンス domestic violence, DV は、同居関係にある配偶者や内縁関係や両親・子・兄弟・親戚などの家族から受ける家庭内暴力のことで、夫婦や恋人のあいだの暴力よりも範囲が広い。Wikipediaによると、domesticは本来「家庭の」という意味だが、近年ではDVの概念は同居の有無を問わず、元夫婦や恋人など近親者間に起こる暴力全般を指す場合もあり、その意味でDVとはカップル間において一方が他方を暴力によって支配する状態を指す。本来は、ジェンダーバイオレンス gender violence と呼ぶべきものである。一方でフランス語では violence conjugale と言い、夫婦間の暴力に限定されているようだ。

フランスでは3日に1人がDVで亡くなっている。もちろん、DVは一部の特別な人々のあいだで起こることではない。DVは学歴・職業・社会的地位・収入を問わない、あらゆる階層・地域に起きている問題なのだ。

La violence conjugale(11 JUIN, TF1)

6月11日のTF1のニュースでちょうどDVのプチ特集をしていた。ニュースの内容を補足しながら解説してみたい。

フランスでは長い間、警察とカウンセラーとケースワーカーが一緒になって、DV被害者たちに対して「あなたが悪いんじゃない、あなたに責任があるんじゃない」と説得して、自分の身に起こったことを話させたり、必要な場合には訴訟を起こすように援助してきた。

ニュースでは妊娠して以来夫に殴り続けられている女性が出てくる。子供が生まれて今は4ヶ月。まわりに誰も証人がいない。自分の母親を家に呼んだが、夫はそのときだけ優しいふりをして、「これは初めてのことで、しょっちゅうあることじゃない。大したことじゃない」と母親に信じ込ませてしまった。今は部屋を別にして住んでいる。夫を愛していると思うがもう耐えられない。自分から結婚生活を破綻させているようにも思えるが、すでに関係は破綻していると。

暴力をふるわれても肉体的に愛していたりと、DVは罪悪感、恥辱、恐怖などの負の感情がともなう、人間関係の複雑さが凝縮した場である。DVは何年間にもわたり続くことがある。「別れてやる」という脅しは、妻を心理的に孤立させる効果を持つ。頼れるのは夫しかいない、「夫なしでは自分は無に等しい」、そう信じ込ませようとするのだ。夫は自分のもとに妻を引き止めておきたい。暴力をふるえる相手が欲しい。暴力によって相手を支配したいのだ。そういう夫にとっては妻は自分の所有物であることは自明なことのようだ。夫は多くの場合、警察に対して、「ちょっとはやったかもしれないが、暴力ではない。殴ったことはない」と主張する。この加害者意識のなさがDVにおいて最も特徴的である。それゆえに更生する意志はさらさらないし、自分が暴力をふるうのは妻のせいだと責任を転嫁することもある。DVにおいては、女性たちに語らせることが重要になる。あなたは自分の権利を主張できるし、そういうことをされるいわれはないのだと、必要な情報を与えて励ますことなのだ(以上がニュースの内容に関して)。

DV ドメスティック・バイオレンス スペシャル・エディション [DVD]数ヶ月前には、あるラップの歌詞が問題になっていた。その内容は、離婚された男が女性を罵倒し、肉体的な暴力行為を表現している(お前が火で焼かれるのか見たいとか…)。ラップには女性蔑視のイメージがつきものなのだが、そのビデオクリップがネットで配信され、反響を呼んでいた。こういう表現を放置すると、フランスで特に多いDVがさらに助長されかねないと危惧する声も多かった。

日本でも最近「デートDV」の被害が絶えないというニュースがあったが、やはり男性に加害者意識がないのが特徴のようだ。DVだけでなく、セクハラに関してもそれが欠如している場合が多い。最近、「壊れる男たち―セクハラはなぜ繰り返されるのか」という本も話題になっているが、例えば、上司と部下という権力関係を傘に着ているにもかかわらず、本当に愛してくれていると思い込み、訴えられてびっくりするんだそうだ。で、「あんた奥さんいるでしょ」って言われても、それとこれとは別と開き直るとか。





cyberbloom

rankingbanner_03.gif
↑クリックお願いします

FBN25.png
posted by cyberbloom at 22:47| パリ ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サイバーリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月11日

欧州議会選挙:フランスでは「ヨーロッパ・エコロジー」が大躍進

地球は売り物じゃない!―ジャンクフードと闘う農民たち■7日に投票が終了した欧州連合(EU)の欧州議会(定数736)選挙は、各国の中道右派政党で作るグループ、欧州人民民主党(EEP)が勝利し、議会第1勢力の座を維持した。
■これまでの開票結果によると、ドイツ、フランス、ポーランド、イタリアで与党の中道右派政党が勝利。社会党勢力が苦戦した一方、緑の党は健闘した。投票率は43%と過去最低で、金融危機の影響が特に大きかった一部の国では与党が敗北した。暫定結果によると、EEPが最多得票を獲得、緑の党も議席を伸ばした。一方、欧州社会党は最も議席を失った。
■極右勢力は、英国など一部の国で議席を獲得。ただ、全体として少数政党は予想ほどは振るわなかった。今回の選挙結果によって、金融規制システムの改革などの法案の通過がスムーズになる可能性が高い。
■欧州委員会のバローゾ委員長は7日遅く、選挙結果について「EUの政策を支持し、日々の懸念に対するEUの政策対応を求める政党と候補者の明白な勝利だ」と述べた。委員長は、フランスなどで緑の党が議席を獲得したことを受けて、気候変動問題に対処することを約束した。
■中道右派は、フランス、ドイツ、イタリア、ポーランドなどで勝利。一方、英国、スペイン、チェコ、ラトビア、ハンガリー、アイスランド、ブルガリア、エストニア、ポルトガル、スウェーデン、ギリシャ、スロベニアでは与党が敗北した。
(6月8日、ロイター)

欧州連合では最高意思決定機関として加盟国の首脳から構成される欧州理事会、立法機関として加盟国の閣僚から構成される欧州連合理事会、行政執行機関として加盟国から委員が1人ずつ選ばれる欧州委員会がある。

これらの機関に対して、欧州市民の代表として統制する機能を担うのが欧州議会である。最初は欧州議会に与えられた権限はごく限られたものだったが、マーストリヒト条約では共同決定手続きが可能となるなど、基本条約の修正のたびに、立法権限を強化している。いくつかの加盟国で批准に失敗し、発効が断念された欧州憲法では、欧州議会は欧州連合における代表民主制の体現者として、欧州連合理事会とともに共同立法権者としての地位が明記されていた。欧州議会の定数は722人で、もっとも多いのはドイツの99人。フランスはイギリスとイタリアに並ぶ72人を送り込んでいる。

今回の選挙で最も注目を集めたのが、ダニエル・コン=バンディットDaniel Cohn-Bendit だ。彼は緑の党と、エコロジストと考えが近い人物たちをまとめ上げ、ヨーロッパ・エコロジー Europe Ecologie という名のもとで共闘した。

そしてヨーロッパ・エコロジーは今回の欧州議会選挙において大勝利を収めた。イル・ド・フランス選挙区でコン=バンティットとヨーロッパ・エコロジーはサルコジ大統領のUMP(中道右派)に次ぎ、社会党をしのぐ20,86 %を獲得。フランス全体では16,28 %という、エコロジストが未だかつて実現したことのない得票率で、社会党(16,48 %)とほぼ同率。誰がトップになるかでオブリとロワイヤルが内輪もめを続け、方向性が見えない社会党の受け皿になった形だろうか。「欧州委員会のバローゾ委員長は、フランスなどで緑の党が議席を獲得したことを受けて、気候変動問題に対処することを約束した」とあるように、かなりの発言権を得たことになる。

ヨーロッパ・エコロジーのリストの中には、マクドナルドの解体や遺伝子組み換え作物のゲリラ的刈り取りで知られ、実刑も食らっているジョゼ・ボヴェ(alter-mondialiste)の名前もあった。彼も今や欧州議会の議員だ。もともとカリスマ的でメディアの露出度も高かったが、今はテレビでひっぱりだこ状態。2002年に来日したとき、懇親会で直で話し『地球は売り物じゃない!』にサインをもらった(笑)。そのとき「日本は変われるんでしょうか」と聞いたら、Ça va aller, ça va aller と言っていた。

ダニエル・コンバンディットは68年(5月革命)の指導者のひとりであり、今回の勝利をニュースは「68年の夢の実現」と評していた。日本で言うと団塊世代、全共闘世代に当たるフランスの68年世代は新しい方向性を見出し、若い世代によりよい環境を残そうとがんばっているのに、日本の団塊世代は何をやっているんでしょうねー。若い世代につけを回して逃げ切ろうとしているようにしか見えないが、現在、日本郵政の西川社長の進退問題をめぐって孤軍奮闘している鳩山邦夫総務相は『環境党宣言』や『地球に恩返しする本。』という本も出していて、未来の子供たちとサスティナブルな社会のために最終的には環境党を結成する構想を持っているんだそうだ(本当にその気があるならさっさと自民党を出るべきだろう)。





cyberbloom

rankingbanner_03.gif
↑クリックお願いします

FBN25.png
posted by cyberbloom at 08:15| パリ ☔| Comment(0) | TrackBack(1) | サイバーリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月07日

分子調理法 gastronomie moléculaire

料理革命分子調理法は、88年に物理学者エルヴェ・ティス氏が中心となって提唱された、レシピを化学の知識で再解釈し、また化学の知識を積極的に料理に応用するという方法だ。例えば、チョコレートムースを分子レベルで解釈すると、必ずしも卵は必要なく、水と空気と脂肪分があればいいということになる。分子レベルで考えることでレシピの常識が覆されるのだ。

フランスのポワティエに子供の向けの科学テーマパーク、「フュチュロスコープ FUTUROSCOPE」があり、その中に分子ガストロノミーのレストランがある。15ユーロの子供用のキットもあり、実験感覚で楽しめるようだ。東京・青山に出店している三ツ星シェフのピエール・ガニエールは分子ガストロノミーを応用した独創的なレシピを公開しており、エルヴェ・ティスも協力している。写真の本は、ガニエールとティスのコラボレーション。物理学者が独創的なテーマを提案し、三つ星シェフが奇抜なレシピで応えるという形式をとっている。

□POITIERS-FUTUROSCOPE http://www.futuroscope.com/
□PIERRE GAGNAIRE A TOKYO http://www.pierre-gagnaire.jp/

スペインでは90年代の初めにフェラン・アドリアが分子調理法で名を馳せた。アドリアは「私は分子料理を作っているのはなく、料理は分子でしかないということ」と言っているが、分子調理法とは食物を加熱する段階で何が起こっているのか理解することである。去年、ミシュランの3つ星を返上したオリヴィエ・ローランジェは元科学者で、調理の際の多くの謎を解き明かした。なぜパンの皮は中身の部分よりも味があるのか、なぜ人間の母乳が牛乳よりも消化されやすいのか、どうして卵一個で24リットルのマヨネーズが作れるのか、なぜスフレを焼くときはすぐにオーブンに入れた方がいいのか、なぜブイヨンには最初ではなく最後に塩を入れたほうがいいのか、化学者は説明することができる。

液体窒素による瞬間凍結法を駆使するシェフ、ティエリー・マルクスは「化学がシェフに仕えることはあっても、逆ではいけない。化学に親しむのは大切なことだが、働きかけるのはシェフの側であるべきだ」と自戒をこめて言う。また「おいしいと感じるために必要なのは上質のセップ茸であり、質の悪いセップ茸に上質のセップ茸の香りをつけることではない」と安易な化学の応用に警鐘を鳴らす。「料理人はアーティストではなく、あくまで家具やオルガンを作ったりする職人と同じ。ベーシックな知をきちんと伝えることが重要になる」。マルクスがそう言うのは、料理には古典的なベースを学ぶことが不可欠であるにもかかわらず、分子調理法は技術や科学の力によってそれを省略して最先端の料理を学べると勘違させ、アーティスト気取りの若いシェフを生み出しがちだからだ。

□「分子調理法は料理の未来をどうかえるのか?」『クーリエ・ジャポン4月号』参照(この号には、村上春樹のエルサレム・スピーチが全文掲載、英文&日本語訳)




cyberbloom

rankingbanner_03.gif
↑クリックお願いします

FBN25.png
posted by cyberbloom at 22:53| パリ ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サイバーリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月05日

H&M Fashion against AIDS

先回、スウェーデンの新しいジャズについて書いたが、最近の「スウェーデン発」を代表するものにH&M (Hennes & Mauritz)がある。日本でいうとユニクロ的なアパレルメーカーだが、カール・ラガーフェルド、ステラ・マッカートニーら、有名デザイナーによるラインナップや、マドンナやカイリー・ミノーグとのコラボ商品も企画している。去年の9月13日、日本第1号店が銀座にオープンしたときは、5000人の行列ができたことがニュースになっていた。



同年の11月18日には第2号店の原宿店がオープンし、その際にはコム・デ・ギャルソン comme des garçons とのコラボ商品が先行発売されたことが話題になった。そして先月の28日、Fashion Against AIDS コレクションが発売!これは H&M が世界規模で展開するエイズ撲滅プロジェクトの一環で、同プロジェクトはファッション、音楽など各界を代表するセレブがエイズとの闘いを支援し、エイズに対する若者の意識を向上させるため、H&Mとチャリティー団体 Designers Against AIDS(DAA) が協力し、発足させたものである。

ジャパン・ツアーのために来日中のケイティ・ペリー Katy Perry も原宿店にて行なわれた Fashion Against AIDS コレクションの発売記念イベントに参加し、パフォーマンスも披露した。その様子はサイトを通して世界に発信された。FAA はケイティをはじめ、シンディ・ローパー、オノ・ヨーコ、キャサリン・ハムネットらがデザインを手がけており、100%オーガニック素材のアイテムの売上総額の25%はHIV・エイズ予防プロジェクトに寄付される仕組みになっている。

□H&M http://www.hm.com/jp/
□FAA http://www.hm.com/jp/#/faa2009/
H&M「ファッション・アゲインスト・エイズ」発売記念、ケイティ・ペリーがミニライブ開催(AFP,5月28日)

redipod.jpgFAAと似たプロジェクトで、2006年にグローバルブランド「RED」をブログで紹介した。これはU2のボノが中心になって考案されたブランド構築プロジェクトで、世界的なブランド企業がREDブランドの付いた商品を売り、その収益の一部が、世界基金支援(The Global Fund)に直接支払われる仕組みになっている。この基金は、アフリカのエイズ、結核、マラリアなど、恵まれない女性や子供たちを援助する組織として2001年発足し、各国政府、様々な市民運動団体、企業などが参加している。

発足当時にREDに参加していたのはアメリカン・エクスプレス、ギャップ、コンバーズ、ジョルジョ・アルマーニ。REDアメックスカードを使うと、使用額の1%がREDへ行く。ギャップはアフリカ製の赤いTシャツを販売。コンバースは特製シューズ。アルマーニのサングラスは「レッド・カプセル・コレクション」の第1号商品になった。サイトを見てみると、現在は、DELL、スターバックス、マイクロソフトなんかも参加しているようだ。

□RED http://www.joinred.com/
関連エントリー:グローバルブランド「RED」





cyberbloom

rankingbanner_03.gif
↑クリックお願いします

FBN25.png
posted by cyberbloom at 22:54| パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | サイバーリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月02日

スウェーデンの New Jazz と北欧の太陽(2)

cool forest compiled by Nils Krogh&Dealers of Nordic Music-DNM in Stockholm南に逃げている場合ではなかった。再び北の音楽の話に戻ろう。KOOPを世界的に有名にしたきっかけに、ユキミ・ナガノ Yukimi Nagano という女性ボーカリストの存在がある。スウェーデンのイェテボリ出身で、日本人インテリアデザイナーの父を持つ。彼女は KOOP の「SUMMER SUN」(夏の太陽)でヴォーカルを担当し、それが KOOP の世界的ブレイクのきっかけとなり、彼女自身も北欧を代表するヴォーカリストとして認知された。

KOOP-SUMMER SUN(featuring YUKIMI NAGANO)
HIRD-KEEP YOU KIMI(featuring YUKIMI NAGANO)

彼女の出身地、イェテボリは新しいジャズの才能が集中していて、クリストファー・ベルグのソロ・プロジェクト、HIRD(ヒルド)もそのひとつ。彼もまたユキミ・ナガノに魅せられた一人である。イェテボリはスウェーデンの工業都市で、首都ストックホルムに次ぐ第2の都市のようだ。そう聞くと、エレクトロなシーンが生まれるのもわかる気がするし、同時に独自の先鋭的な音楽シーンを生み出した他の工業都市を思い出させる。産業革命の中心都市だったマンチェスター(ファクトリー)とか、ルール工業地帯のデュッセルドルフ(クラフトワーク)とか、自動車産業で有名なデトロイト(テクノ)などだ。

スウェーデンは昔から気になっている国だが(昔 ABBA が大好きだった!)、さすがに行ったことがない。留学していた友人から時々スウェーデンの話を聞くが、日系のシンガーが活躍しているとか、スウェーデン語ではなく英語で歌っているとか、新しいジャズを通しても具体的なイメージを抱くことができる。HIRD のジャケットの凍てついたような月。HIRD のエレピの氷のように硬質な響きにぴったりだ。スウェーデンの寒さって尋常じゃないんだろうなあ。友人は北の方でマイナス30度を経験したと言っていたが、理解を超えたレベルだ。



動画は KOOP の野外ライブ。誰かが youtube のコメントに sadder than the cold damp swedish summer nite...と書き込んでいる。時期はまだ白夜の続く7月末で、20時から22時の時間帯のようだ。歌っているアーネ・ブルン Ane Brun はスウェーデンでも活躍するノルウェー人のシンガーで、ノルウェーのグラミー賞を受けた実績を持つ。

「北欧の夏の太陽」から思い出されるのが、ヴァルター・ベンヤミンの「北方の海」といエッセイである。ベンヤミンが北欧旅行したときに書かれたものだ。

「雲を破って太陽が姿を現すと、まったくひどいことになる。太陽は好意的である、とノルウェー語で言うことは、たぶんできない」(ちくま学芸文庫『ベンヤミン・コレクション3:記憶への旅』)。

北欧の夏の太陽はきっと弱々しいのだろう、と勝手な先入観を抱いてしまうが、ベンヤミンによると、1年のうち10ヶ月は闇に属し、太陽が来る残りの2ヶ月は、太陽は「物たちを怒鳴りつけ」、すべてのものは太陽の「所有物」となる。先の友人もこう証言する。北欧はふだんは暗くて「霧のなかで銃殺される」イメージをつくり出す上に、太陽が出てきたら出てきたで、夏の日差しは強いどころか熱くて痛いほど。これは意外だ。

オゾン層は北に行くほど薄くなっていくようで、その分太陽は紫外線の多い、剥き出しの光を放っているわけだ。一度パリで皆既日食を経験した。突然、夕方になったようにあたりが薄暗くなる同時に、太陽の光が油のようにギラギラし始めた。その感じに似ているのだろうか。

ベンヤミンの名前が出たところで再度、南に逃げる話に戻ろう。同じフランクフルト学派のアドルノやホルクハイマーはとっととアメリカに逃げたが、ベンヤミンは戦争が間近に迫っているのにパリでぐずぐずしていた。これも非常にオブセッショナルな感じがする。逃げ方が中途半端で、すでに自殺行為だ。戦争が始まって、まず敵国のドイツ人としてフランスで収容所に入れられ、パリ陥落を機に南に逃げるが、今度はユダヤ人としてナチスに追われ、スペインまであと一歩ってところで、もう逃げられないと覚悟して服毒自殺する。

南に逃げたが、それこそ北に逃げたような結末だ。北へ行きたいのか南に行きたいのかわからない、両義的な迷走ぶり。ベンヤミンは思想的にもつねに両義性を問題にしていたが、ベンヤミンに至って南北論が破綻してくる。ベンヤミンはスペインからアメリカを目指していたようだが、彼の地では西が重要な方角になる。アドルノやホルクハイマーはアメリカに悲観して、ベタな文化産業論を書くわけだが、ベンヤミンが生き延びていたら、それこそ両義性でもってアメリカを眺め、面白がったのでは、とよく言われるところだ。

cool forest compiled by Nils Krogh&Dealers of Nordic Music-DNM in Stockholm
オムニバス ニルス・クロー
BMG JAPAN (2009-05-27)
売り上げランキング: 20108
おすすめ度の平均: 5.0
5 KOOPで有名な
北欧CLUB JAZZのコンピ
5 北欧ジャズの傑作




cyberbloom(thanks to belle-voile)

rankingbanner_03.gif
↑クリックお願いします

FBN25.png
posted by cyberbloom at 17:55| パリ ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サイバーリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月01日

スウェーデンの New Jazz と北欧の太陽(1)

Waltz for Koopジャズはアメリカ発祥の音楽なのだが、1940年代当時は人種差別の影響で正当な評価を得られなかった。黒人が関わっている音楽というだけで白人社会から敬遠されていたのだ。一方でヨーロッパはいちはやくジャズをひとつの芸術として受け入れてきた。とりわけスウェーデンとフランスでアメリカとは違った形でジャズが花開く。1949年、23歳のマイルス・デイヴィスがパリで開かれた国際ジャズ祭に招かれ、ジャズが芸術音楽として高く評価されていることを実感し、アメリカに帰りたくなくなる(ジュリエット・グレコと恋に落ちたせいもある)。またマイルスが音楽を担当した「死刑台のエレベーター」など、ジャズはフランス映画とも深く結びつく。

一方で、才能に溢れた若いジャズマンがスウェーデンに渡り、当地のミュージシャンたちと共演し、録音した音源がたくさん存在する。バンドリーダーにソロ作品を録音することを禁じられたり、彼らのアメリカでの活動はけっこう縛りがかかっていた。そこでヨーロッパで創造的な憂さを晴らしていたのだ。

直接的な人脈のつながりはないにせよ、伝統的なジャズのスイング感を受け継いだ新しいジャズがある。とりわけスウェーデンの新しいジャズの動きを世界に知らしめたのが KOOP だ。KOOP はジャズDJのマグナスとピアニストのオスカーによるユニットで、精緻なエレクトロニック・ジャズを展開している。



KOOPの「アイランド・ブルース」(Koop Islandsに収録)のビデオクリップはスタイリッシュな映画仕立てになっているが、映像には、ムーラン・ルージュ Moulin Rouge やフォリー・ピガール Folies Pigale が映っていて、舞台はパリの歓楽街だということがわかる。最後のシーンはブーローニュの森っぽいし、曲もアコーディオンを使ったミュゼット風の味付けだ。つまりフレンチでスウェディシュ。最近この表現はオシャレであることの最大の賛辞になっている。

メロディーはメランコリックだが、リズムは軽やかにスウィングしている。英語の歌詞はシンプルだが、陳腐に聞えない。むしろこの言い方しかないってほど洗練されていて、しっくりくる。ビデオの冒頭にも登場するが、KOOP のふたりはいつもちょっと垢抜けない感じのゲイのメイクをしている。

このビデオのこの救いようのなさ、行き詰まり感がスウェーデン的、あるいは「北方的」なのかもしれない。決して逃げ道がないわけではない。自分を追い込んでしまうオブセッションが問題なのだ。ストーリーが断片的ではっきりしない分、救いようのなさだけが純粋に伝わってくる。

北に向かうこと。これは芸術にも深く関わる問題だ。詩人や芸術家は「北の果て」でのたれ死にする。あるいはそうすることに憧れる。世界の果てを、朽ち果てていく自分の肉体によって確認するのだ。到達すべき何か、触れるべき先端があるというオブセッション。それによって自分から逃げ道を奪い、自分を追いつめるが、決してそこに到達することはない。

The Complete Uppsala Concertそういう意味で、ドイツもまた北の方角にある。決して手に入らないものを求めてさすらう若者の姿を描くシューベルトの「冬の旅」や、晩年ヨーロッパに留まり、ベルリンで亡くなった芸術家肌のジャズマン、エリック・ドルフィーなんか思い出す。最近の映画では、刑務所でロック・バンドを結成した4人の女囚が逃避行を続けるロードムービー「バンディッツ」も印象的だった。

「北へいくやつといえば、いつものたれ死にだ。この定式はある種、寓話的ですらある。誰でも北に向かった逃亡者はさいはての港に追い詰められ、霧のなかで銃殺される場面を知っているだろう。そして、南へ向かった逃亡者が浜からモーターボートで去ってゆき、くやしがる追跡者をあとにする場面を知っているだろう」(『シミュレーショニズム』椹木野衣)

バンディッツ」のラストシーンはまさに港である。ロックバンドを始めた人間はこういう結末を迎えるしかない。レオス・カラックスの「汚れた血」の主人公アレックスもまた生きたまま空港にたどり着けない。行き場のない感情を抱えてアンナは衝動的に灰色の空の下を駆け出す。

一方、モーターボートで逃げ去るシーンと言えば、「ルパン3世」を真っ先に思い出す。「ルパン3世」の痛快さは主人公たちの盗みの手際の良さよりも、彼らが決して捕まらずに逃げおおせることにある。「ルパン3世」はアルセーヌ・ルパンの孫という設定だが、イタリア映画の南の血が多分に入っている。いまだ詩なんて言っているやつは放っておいて、南に逃げよう。ランボーも詩を捨て、南に向かったではないか。

地中海に面した南仏の空の青は、パリのそれとは全然違う。あの吸い込まれそうな色にすでに救われた気持ちになる。ドイツにはバカンスの海がない。スペインのマジョルカ島に行ったときに驚いたのだが、そこはドイツ人バカンス客の植民地と化していた。スペイン語表記と同じくらいのドイツ語表記であふれていた。日本人にとってのハワイのようなものなのだろう。マジョルカ島のマジョリティーは「不凍港」(不凍海水浴場?)を求めるドイツの南下政策の結果なのだ。


Waltz for Koop
Waltz for Koop
posted with amazlet at 09.06.01
Koop
Palm Pictures (Audio (2002-07-09)
売り上げランキング: 32141
おすすめ度の平均: 5.0
5 Koopとその未来について
5 近年のCLUBJAZZの方向性を決定
5 唯一無二のクラブジャズ
5 いやほんとすごい
5 癒されます。。。




cyberbloom(thanks to belle-voile)

rankingbanner_03.gif
↑クリックお願いします

FBN25.png
posted by cyberbloom at 20:19| パリ ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サイバーリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月28日

「路面電車ルネッサンス」

路面電車ルネッサンス (新潮新書)路面電車の再生がなぜ21世紀の街づくりに必要なのか。日本においてそれは可能なのか。路面電車をナイーブな思想や感情論からではなく、いかに経済合理性にかなっているかを著者は訴えている。経済合理性とは、限りある資源を最も有効に活用し、私たちの生活における満足度を最大にしてくれるという観点である。

確かに路面電車をめぐる世界の流れは変わった。クルマ社会の邪魔者として街から姿を消しつつあった路面電車が、21世紀の都市交通に不可欠であることを疑う余地はなくなりつつある。クルマ社会にどっぷり漬かっているアメリカでも変化が起こっている。自動車メーカーも時代の先を読み、路面電車の開発や生産に参入しているのだ。音楽の都ウィーンにはポルシェがデザインした路面電車が颯爽と走っている。

自動車に乗るメリットとはなんだろうか。何よりもそれはプライベートな空間を楽しめることにあるだろう。また目的地に好きなときに最短の経路で到達できる自由さがある。乗っている自動車で社会的なステータスを誇示できると思っている人もいるだろう。

一方で自動車の非効率性に目を向けてみよう。自動車はつねに渋滞を免れないが、それは自動車の占有面積が原因である。1人当たりの占有面積は普通乗用車でバスの15倍あり、都市部では広い駐車スペースが必要になる。もうひとつの非効率性は、自動車はエネルギーの消費に対して輸送量が小さいことにある。1人当たりに換算して相対的に多く排出される自動車の排気ガスは、大気汚染という局所的な問題から地球温暖化というグローバルな問題に格上げされている。

加えて交通事故のコストがある。道路交通事故の経済的な損失は年間3−4兆円と言われている。これらに対してドライバーは自動車保険を払っているが、人命が失われることによる本人の悔しさと遺族の悲しみは決して計ることができない。それに比べ、鉄道の死傷者数はその500分の1にすぎない。

確かにこれまでは居心地が悪くスピードの遅い路面電車に押し込められることを考えれば、自動車の自由なプライベート空間はかえがたいものだった。つまり、自動車ほどの満足度を与えてくれる交通手段は他になく、自動車の効用性が高かったのである。

portram01.JPG

しかし近年の路面電車の輸送量、速度、車内設備は昔のチンチン電車とは全く別のものである。柔軟に路線の設置ができ、高架、地下、道路上と神出鬼没だ。アクセシビリティーも良く、低床車がバリアフリーを可能にし、高齢者、障害者が乗降しやすい。また運行頻度を上げることが可能になり、待たずに乗れて、しかも空いているときている。さらに建設コストが安い。地下鉄や高架を走る電車は一から作らなければならないので、建設コストが高くつく。路面電車は既存の鉄道を利用することもできる。サンディエゴやナントでは貨物線を再利用してコストを下げた。

ヨーロッパやアメリカでは自動車中心のライフスタイルが郊外化を促進し、中心街が廃れ、環境や治安が悪化した。多くの地方都市は自動車を運転できる人のための街でしかない。自動車を持たない人には極めて住みにくい。つまりそれは市民としての最低の権利であるシビルミニマムを満たしていないことになる。自動車の利用を前提とした地方都市の姿は、社会的に見て非効率で、サステナブルではない。環境や高齢化に対応できていないからだ。

社会構成員のすべてが自動車を使いたいわけではない。多様な好みに対する多様な選択肢が必要なのだ。また街を利用するのはそこに住む人々でだけではない。観光やビジネスで訪れる人々もおり、住人とって不便ということは外来の人々にとっても不便な街ということなのだ。外から来る人々のことを考えることは観光の振興にもなり、街の魅力を高めることにもつながる。

路面電車によって一変した街のひとつに、アメリカのポートランドがある。街作りと一体となった公共交通の整備が構想され、予定の高速道路の建設を取りやめ、その資金によって路面電車を復活させた。その結果、ポートランドはアメリカで住みやすい街 No.1になった。MAXという名の路面電車の駅前を中心に街が生まれ、脱クルマ化が進んだ。郊外の自然を守りながら、中心街の求心力を維持し、コンパクトな街を作るというやり方だ。

strasbourg1.JPG

フランスでの路面電車の復活を論じるにはストラスブールを避けて通れないだろう。ストラスブールでは自動車を締め出すことに反対する商店街と街の環境を重視する市民が対立していた。1989年の市長選で路面電車の建設の是非が争点になり、路面電車推進派のカトリーヌ・トロットマンが地下鉄推進派を破って当選。彼女がリーダーシップを発揮し、商店街や自動車団体と対話しながら、市民レベルでトランジットモール化と路面電車の建設を公表。3年後の1994年に流線型の未来型の路面電車がストラスブールを走ることになる。

新しい車両はベルギーのデザイナーが設計した。ヨーロッパの技術の粋を集め、車輪の軸をなくし、道路面から床下までわすか34mmの低床車を実現した。そこには路面電車は街の景観の一部であるというコンセプトがベースにあり、停留所から軌道敷までが街のデザインなのだ。オム・ド・フェール( Homme de fer )広場の停留所を覆う大きなガラスのリングはストラスブールのシンボルになっている。ストラスブールの衝撃的な変貌は世界中の都市のアーバンデザインに影響を与えた。フランスではその後、モンペリエ、リヨン、オルレアンでも路面電車が開通し、その有効性が証明されることになる。つまりはデザイン性によって街が変わり、市民の意識が変わるということなのだ。

□写真上、富山市のライトレール(筆者撮影)
□写真下、ストラスブールのユーロトラム(この写真は Manchot Aubergine さんからいただきました)

関連エントリー「楽しい路面電車(1) モータリゼーション」
関連エントリー「楽しい路面電車(2) LTR」
関連エントリー「楽しい路面電車(3) 世界の路面電車」




路面電車ルネッサンス (新潮新書)
宇都宮 浄人
新潮社
売り上げランキング: 138494
おすすめ度の平均: 4.5
4 時代の流れか…
5 公共交通のあり方を考えさせられます
5 路面電車は時代とともに進化している
5 これからの街づくりの一指針として。
4 交通政策を議論するための必読書




cyberbloom

rankingbanner_03.gif
↑ライターたちの励みになりますので、ぜひ1票=クリックお願いします!

FBN22.png
posted by cyberbloom at 22:29| パリ ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サイバーリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月23日

「マリー・アントワネット」あるいは「小悪魔AGEHA」(2)

2年くらい前のことだが、金髪を上に盛るように結い上げ、お姫様のようなピンクのドレスを着て授業に出てくる学生さんがいて、「一体これは何だろう」とずっと思っていた。その後、彼女と話す機会があり、ジーザス・ディアマンテ Jesus Diamante というブランドを知った。

マリー・アントワネット (初回生産限定版) [DVD]ソフィア・コッポラの映画「マリー・アントワネット」は想像もしなかった影響を日本に及ぼした。影響というよりは映画そのものが具体化され、物質化されることになる。それが姫系と呼ばれるファッションであり、それを引っ張るのがジーザス・ディマンテである。ブランドが繰り出すラインナップの中でも、マリー・アントワネットの名を冠したワンピース、「アントワーヌワンピ」と「マリーワンピ」は発表されて2年以上が経つが、根強い人気のアイテムである。アントワーヌワンピは映画の中でマリー・アントワネットがヴェルサイユに入るときに着ていた水色(=サックス、フランス王家の色)のドレスがモデルになっている。

マリー・アントワネットのサブカル化はすでに日本で起こっている。誰もが知っている1970年代のカルト・マンガ「ベルサイユの薔薇」である。池田理代子の原作は、1974年に宝塚歌劇団によってミュージカルになり、この女性だけの歌劇団の最も大きな成功となった。宝塚歌劇団は「ベルサイユの薔薇」を2000回も上演し、これまでに400万人以上の日本女性たちが喝采を送った。

一方、映画「マリー・アントワネット」は悲劇の王妃の物語よりも、ドレスや靴やお菓子などのモノにスポットを当て、それを匂い立つ生モノのように映し出した。紙の上の線によって描かれるマンガの記号的な世界とは対照的である。欲望の形も大きく異なっている。それは悲劇の物語の主人公にロマンティックに同一化するのではない。あくまでモノの「かわいさ」への共感であり、最終的にはそれを手に入れ、身につけることにつながっていく。

映画のようにキルスティン・ダンストが代表してマリー・アントワネットになり、それをみんなが鑑賞するという形式は、特権者が代表するという近代のシステムである。そのシステムの中では物語という表象を通して背後にある理念を理解することが重要だった。しかし、姫系ファションにおいては誰もが即物的にマリー・アントワネットになる。共和主義者たちはマリーを打倒すべき象徴としてギロチンにかけたが、マリーになりたいと望むすべての女性をアントワネット化するほうがずっとラディカルだ。それを可能にしたのが個人の欲望をピンポイントで満たしてくれる日本の洗練された消費主義である。



ソフィア・コッポラは、18世紀のフランスの宮廷と80年代の英国のポップチューンを組み合わせているが、それらのあいだには何の関係もない。ストーリーの展開の代わりにコラージュのようにモノを並べ立てる。それだけではシーンが動かないので、80年代のポップチューンを使って時間軸を作り、リズムを与える。私たちの注意はスクリーンの背後にあるものに向かわない。ただモノが全面化し、つねにモノの現前につなぎとめられている。ピンクやサックスの色に、魅惑的なフォルムやラインに、想像の中で感じる素材の質感、匂いや味に。画面の中で自足してしまうから、映画ではなく、ビデオクリップにしか見えないのだ。そういう映画から姫系ファッションはさらにモノだけを純粋に切り出している。

このファションは男性へのアピールでもないし、「ただかわいいからとしか言いようがない」と先の彼女も言っていたが、姫系ファッションの豪奢さは、外部の人間には理解しにくいものだろう。そのあいだには絶対的な壁がある。東宏紀の言葉を借りれば、それは小さな物語ということになる。小説や映画やアニメやゲームといった物語コンテンツは社会全体で共有可能なリアリティーを表現する媒体として機能しておらず、ただ消費者の感情や感覚を的確に刺激する「小さな物語」として、個別に消費されている。姫系ファッションの「かわいい」は彼女たちの感覚をピンポイントで射止めているのであり、オタクの「萌え」やケータイ小説の「泣ける」と、同じように理解できるのだろう。

ちょっと古い記事だが、今年の2月、アメリカの「タイム誌」に姫系ファッションのことが紹介されていた。タイトルは「落ち目の経済の中で着飾るお姫様たち」。その一部を適当に訳出してみた。このシーンの概観を知るには良い記事だ。


小悪魔 ageha (アゲハ) 2009年 05月号 [雑誌]東京の原宿の中心にある明治通りを歩いている3人の少女たちが、かわいい高い声でおしゃべりしている。ときどき、それはくすくす笑いになる。彼女たちは東京にある若者ファションの聖地でショッピングを楽しんでいる10代のグループで、18世紀のプリンセス・スタイルをまとったマンガのヒロインのような服とアクセサリーを身につけている。

「お父さんが私に言ったわ。一体どうしてしまったんだ?って」ワタナベ・マユカは笑いながら言った。彼女は17歳の高校生で、大きなリボンと3つのピンクの薔薇のついたヘアバンドをしている。彼女の友だちの、タカハシミキは18歳。彼女のファションはシンデレラからインスピレーションを受けている。「みんなわたしのことを見るわ。ときどき指さしたりする。一度電車で、小さな子供が私を見て、ほら、妖精がいるよ!と叫んだわ。ちょっとびっくりしたけど、気にしなかった。だって私は着たいものを着ているだけだから」。

茨城県の北にある日立から来ている21歳のウェートレス、ナガミネ・サナエは友だちと一緒にジーザス・ディアマンテへの巡礼に行くために電車に2時間乗らなければならない。ジーザス・ディアマンテは姫系ファションをプロモートする先端のブランドのひとつで、フリルのついたパステルカラーのドレスと巻き毛のヘアスタイルで知られている。パートタイムの仕事で稼いだお金で、少女たちはジーザス・ディアマンテのお店に向かう。「私はJDのデザインが好き。私をパワーアップしてくれるから」

jd001.jpg姫系ファションはアメリカの映画監督、ソフィア・コッポラの「マリー・アントワネット」にインスピレーションを受けたようだ。それはルイ16世の退廃的な宮廷生活を斬新に解釈している。若い日本の女性たちは18世紀の貴族たちの服装にいっせいに飛びつき、それは一時的な流行からひとつのムーブメントにまで成長した。そのファション・リーダーは歌手の浜崎あゆみである。また姫系ファッションは35万部を売る独自の雑誌「小悪魔ageha」を擁している。ソフィア・コッポラの映画がひとつの波を作ったとすれば、ジーザス・ディアマンテ Jesus Diamante はそれに乗る準備ができていた。ジーザス・ディアマンテは2001年に設立され、最初はフランスの女優、ブリジッド・バルドーを継承した豪奢な路線(この時期は上品な令嬢路線。バルドーが写真集で着ていたワンピをモデルにしたBBワンピというのがあった)だったのが、「マリー・アントワネット」にインパクトを受け、「マリーワンピ」(写真)のような商品を急いで導入したのだった。胸の大きなリボンを強調したドレス、ファーの襟と袖のついたシンデレラ・コートもそうである。

イマダ・サトシ(どこかの大学の先生)は姫系ファッションは満足のいかない日常生活に対する反応だという。女の子たちはヴァーチャルと現実世界のボーダーを取り去っているのだと。彼女たちは別の自己表現の形を望み、もっと意味のある生き方を探している。命運の尽きたヨーロッパの貴族のファションを通して生きる意味を探すことは、ビジネスによって動いている現代の日本文化に対する抗議のひとつの形なのかもしれない。

しかし、それは確実にジーザス・ディアマンテをしこたま儲けさせている。現在、会社は4つの店を経営し、2007年の半期で14億円を稼ぎ出している。ドレスは1着5万から6万円で、コートに至っては15万円に跳ね上がる。平均的な客はまるでお姫様のように1ヶ月に10万円使う。中には40万円使う客もいる。客の大半は10代から20代半ばまでだが、30代、40代の客もいる。

カスタマー・ロイヤルティー(「○○を買うなら××」と決めている顧客が持つ心理的状態)は、カルト化しているファション・ムーブメントにおいて簡単に手に入る。会社は販売員に店舗とウェブ上のモデルになることを求め、その結果、販売員にファンがつくことになった。販売員の中で最も人気があるのはミゾエ・ケイコ、24歳。新宿店の従業員で陶製の人形のような完璧なルックスだ。「みんな私のことをプリンセス・ケイコと呼ぶわ。そう呼ばれるのは好きじゃないし、どうしていいかわからないけど、みんなそういうふうに見てくれるなら、私は自分の役割を果たさなきゃと思うの」。彼女は「小悪魔ageha」のレギュラー・モデルでもあり、ときどきテレビにも出演する。「毎日私は女の子であることをとても楽しんでいるわ。私は偶然プリンセスになった普通の女の子にすぎないけど、世界は私の思い通り。私は最もラッキーな女の子」。そう言う彼女はフリルのついたピンクのドレスを着て、パーフェクトなカーリーヘアに大きな花のアクセサリーをつけている。「私はいつもプリンセス・ファションを楽しみたいし、歳をとってもピンクを着るわ」

「小さな女の子はみんなプリンセスが好き。どんな女の子も一度はプリンセスの真似をしたし、ピンクやフリルが好きだったことがあります」。ジーザス・ディアマンテのデザイナーのチノミ・ユリは言う。「買ってもらったフリルのついたドレスを着たとき、私はとても幸せでした。それを着れるのは特別な機会だけでしたが、その興奮を覚えている大人たちはきっといます。私は彼女たちに私たちのファションを着ることでそれを思い出して欲しいのです」

プリンセス・ハウスの社長、ホソミ・タカコは彼女の顧客たちに「天蓋つきのベッドでハンサムな王子様のキスで目覚めることはすべての女の子の夢です」と付け加えるが、彼女の顧客たちは18世紀のヨーロッパの宮廷を真似て彼らの生活空間を作り変えたがっている。

経済が沈滞した日本において、花嫁に貴族の生活を提供できる王子様は絶滅危惧種である。しかし、マリー・アントワネットの取り巻きのように、姫系の女の子たちはあたかもバブル経済の中に生きているように消費を続けている。


Princesses Preen in a Pauper Economy
By Michiko Toyama Tuesday, Feb. 03, 2009
Time World


「命運の尽きたヨーロッパの貴族のファションを通して生きる意味を探すことは、ビジネスによって動いている現代の日本文化に対する抗議のひとつの形なのかもしれない」と、誰かが姫系ファッションを評しているが、どこかで雨宮カリンが自分のファッション(雨宮の場合はゴスロリ)はオジサンたちをひかせるための、オジサンたちから身を守るための戦闘服と言っていた。確かに姫系ファッションは日本のビジネスと日本的組織を体現するオジサンたちとは最も相容れない、「水と油」的なものである。彼らはオタク系文化にはそれなりに馴染みがあるだろうし、ケータイ小説も小説の一種として理解するかもしれないが、姫系ファッションには完全に跳ね返されるだろう。

「マリー・アントワネット」あるいは「小悪魔AGEHA」(1)



cyberbloom

rankingbanner_03.gif
↑クリックお願いします

FBN25.png
posted by cyberbloom at 22:41| パリ | Comment(6) | TrackBack(2) | サイバーリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月20日

Democracy Challenge & YouTube Symphony Orchestra

youtube のトップページで見つけたのだが、米国政府主催で「民主主義動画コンテスト」というのをやっている。米国政府主催というのがひっかかるが、コンテストで日本のユーザーが決勝に進出したようだ(ファイナリストは18人)。決勝に進んだのは谷山さんの動画 Democracy & Obama City。3分という時間制限の中でうまくメッセージを伝えている。面白いと思えば、あなたも投票が可能だ(6月15日まで)。



4月にもyoutubeを活用した企画 YouTube Symphony Orchestra についての記事が International Herald Tribune (April 17, 2009) に載っていた(元ネタはNY Times)。オンライン上でオーケストラメンバーを募集し、世界中から3000人以上の音楽家が演奏ビデオを投稿して、30ヶ国以上から 96人が選ばれたそうだ。そして4月15日、N.Y.のカーネギーホールでコンサートが行われた。プログラムは幅広い作品からの抜粋で構成されていて、演奏家も既存のプロ・オーケストラの輪から離れて集結したようだ。

youtube は他にも今まで繋がらなかった部分をつないで新しい音楽シーンを生み出している。youtube 経由だとやはり若い演奏家が多いのだろう。クラシックの世界なんてコネや古い慣習も幅を利かせているだろうから、それらを断ち切った新しい人材による新しい編成が可能になるのだろう。メンバーのインタビューのあとにブラームスの交響曲第4番(第3楽章)が始まるが、何だか新しい時代の幕開けの音楽のように聞こえてしまう。オーケストラは音楽だけでなく、指揮者を中心に演奏者たちが集うというイメージによってもひとつの調和を演出しているが、それに youtube が重ね合わされることで、ネット上の広がりさえも取り込んでしまう。



YouTube Orchestra Melds Music Live and Online :The You Tube Symphony Orchestra performed at Carnegie Hall in New York City on Wednesday night
(New York Times, April 16, 2009)
So, after all the buzz about the YouTube Symphony Orchestra altering the audition process forever, after months of interactive computer chat about the world’s first collaborative online orchestra, after 96 winning players were selected from among the more than 3,000 musicians who submitted audition videos and were brought to New York for a group summit and Carnegie Hall concert, how did the YouTube Symphony Orchestra finally play?

2つの動画を見ているといろんな感慨が押し寄せてくる。新しいリアルの作られ方とも言えるし、既存のヒエラルキーを突き崩すフラットな動きに、何か希望のようなものも湧いてくる。一方で、ネット上の共通言語はやはり英語であり、メッセージを発信するには英語が不可欠であることも痛感せざるをえない。





cyberbloom(thanks to belle-voile)

rankingbanner_03.gif
↑クリックお願いします

FBN25.png
posted by cyberbloom at 16:09| パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | サイバーリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月08日

宮崎駿とサン=テグジュペリ

人間の土地 (新潮文庫)『星の王子さま』は2005年1月に翻訳出版権が消失したおかげで多くの新訳が出版され、物議をかもしたが、その重要なシーンのひとつになったと言われる1935年のリビア砂漠での飛行機墜落事故の体験は、サン=テグジュペリの『人間の土地』の中で語られている。重要なシーンとは、砂漠に墜落した飛行士の目の前に星の王子さまが現れ、Dessine-moi un mouton!と呼びかけるシーンのことである。

宮崎アニメの中でも最も印象的なシーンは飛行シーンだと誰もが認めるところだろう。「風の谷のナウシカ」、「天空の城ラピュタ」、「紅の豚」などの飛行シーンで私たちは独特のスピード感と浮遊感を味わうことができるが、飛行シーンのあるなしにかかわらず、宮崎アニメにおいて魅力的なキャラ以上に重要な役割を果たしているのが、「自在な速度」である。そして速度が急激に切り替わる瞬間が最も素晴らしいカタルシスをもたらすのだ。

サン=テグジュペリと言えば、第二次大戦中の1944年に偵察のミッションを受けてコルシカ島を飛び立ったまま行方不明になっていたが、2003年7月に機体の一部が海底から引き上げられ、そこに記されていた製造番号によってサン=テグジュペリの乗っていたものと特定された。そして翌年、飛行機の残骸は、パリの北方、ル・ブルジェ空港の一角にある「航空宇宙博物館」に移された。しかし、サン=テグジュペリがなぜ死んだのか、エンジンの故障なのか、操縦ミスなのか、自殺なのか、その問いは宙吊りのままだったが、去年の3月、元ドイツ軍パイロット、ホルスト・リッパート氏が「私がサン=テグジュペリを撃った」とラ・プロヴァンス紙に証言した。リッパート氏は1944年7月31日、南仏ミルの飛行場を出発、トゥーロン付近でマルセイユ方向へ向かう米国製P38ライトニング戦闘機を発見したという。

「接近して攻撃を加え、弾が翼に命中した。機体は一直線に海へ落ちた。機内からは誰も飛び出さず、パイロットは見なかった。それがサン=テグジュペリだったことを数日後に知った。サン=テグジュペリの作品は大好きだった。彼だと知っていたら、撃たなかった」

「航空宇宙博物館 Musee de l’Air et de l’Espace」の「サン=テグジュペリ・コーナー Espace IWC-Saint Exupery」(飛行機の残骸の写真あり)

夜間飛行 (新潮文庫)1998年5月9日に放送された NHKのドキュメンタリー「世界わが心の旅・宮崎駿 ― サン=テグジュペリ紀行 〜南仏からサハラ」(DVD化されている)で、宮崎駿はサン=テグジュペリが通った郵便航路、トゥールーズ〜ブエノスアイレス間のうち、モロッコのキャップジュビー飛行場までの行程をたどっている。宮崎駿はこの取材旅行にひどく感銘を受け、帰ってからスケッチをかき、それがサン=テグジュペリの『人間の土地』『夜間飛行』(新潮文庫)のカバーに使われている。『人間の土地』には取材旅行のあいだに記した文章「空のいけにえ」があとがきとして収載されている。「空のいけにえ」とは印象的なタイトルだが、いかに宮崎駿が空にとりつかれていたかを的確に表すものだろう。

当時の宮崎駿は、「もののけ姫」(1997年)の大ヒットをよそに、自分の作品の方向性に疑問を感じ、スタジオジブリの引退宣言をしたところだった(もちろん「千と千尋の神隠し」で復帰するのだが)。心の師匠であるサン=テグジュペリの軌跡を直接たどり直すことで、自分の作品に対する姿勢を立て直す意味もあったのだろう。

番組の内容はこのHPに詳しく書かれています

このHPが取り上げている印象的なエピソードに、「宮崎駿はパリから旅の出発点になるトゥールーズまで、複葉機アントノフAN2機で飛行した。このアントノフなんですけれども、真っ赤な複葉機なんです。もしかして取材陣、宮崎駿監督が「紅の豚」のマルコになる、という画を撮りたかったのか?(笑)」というのがあるが、これはぜひ見てみたい絵だ。

宮崎駿にとってサン=テグジュペリと同じくらい重要なフランス人がいる。漫画家メビウスMœbius である(現在、来日中)。ふたりは相互に影響を与え合い、友人でもある。2004年12月から2005年4月にかけて「宮崎駿とメビウス Miyazaki et Mœbius 」展がパリで開かれ、開会式にはふたりそろって出席した。メビウスは自分の娘にナウシカという名前をつけている。

□オススメ関連本『サン・テグジュペリ (Century Books―人と思想)』稲垣直樹著




cyberbloom

rankingbanner_03.gif
↑クリックお願いします

FBN25.png
posted by cyberbloom at 21:55| パリ ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サイバーリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月07日

ロック温故知新−英仏プログレ対決(2) イエスVSアトール

今回紹介するのは、「フランスのイエス」と呼ばれたアトール Atoll(=環礁の意)。彼らのセカンド・アルバム『夢魔 L'araignée-Mal 』はフレンチ・ロックの傑作として今も語り継がれている。アルバムの聴きどころは、タイトルにもなっている組曲「夢魔」。4楽章(?)構成で21分に及ぶ。タイトルの原義は「悪の蜘蛛」。ボードレール Charles Baudelaire あたりからインスパイアされたのだろうか。ロックバンドの構成にバイオリンが加わり、サウンドに決定的な色合いを与えている。ちょっとオカルティックな始まり。美しくも不安をかきたてるようなバイオリンの先導によって徐々にテンションが高まっていき、やがて視界が開け、高原状態に至るような曲の展開がなかなか良い。フランス語のボーカルも違和感はない。



アルバムには Cazotte No.1 というフュージョンの傑作も収められている。前のアルバムからメンバー・チェンジがあり、テクニック的にも格段に向上し、高度なアンサンブルと白熱したインタープレイが可能になった。タイトルは、幻想小説の先駆者と言われ、「悪魔の恋」(学研M文庫『変身のロマン』に収録)という作品で知られるフランスの18世紀の作家、ジャック・カゾット Jacques Cazotte から来ているのだろうか?ボードレールといい、カゾットといい、プログレは文学ネタにも事欠かない。

組曲「夢魔」
組曲「夢魔」
posted with amazlet at 09.05.07
アトール
ディスク・ユニオン (2002-12-24)
売り上げランキング: 173108
おすすめ度の平均: 5.0
5ユーロプログレを代表する名盤
5ユーロロックのひとつの到達点
5驚愕の1枚
5聞き応えのあるフレンチプログレ


一方、イエスというイギリスのバンドの名を初めて聞く人もいると思うが、イエスは Yes であって、Jesus ではない。彼らの代表作といえば『こわれもの Fragile 』(1972年)と『危機 Close to the edge 』(1973年)が挙げられるだろうが、『こわれもの』は「ラウンド・アバウト」や「燃える朝焼け」という名曲を含みながらも、各パートの色をそれぞれ出した実験的な曲が半分を占めている。一方、メンバーの個性が衝突しながらも見事に融合した、精巧な建築物さながらの2つの組曲+1曲で構成される『危機』の完成度の著しい高さをみれば、やはりイエスの最高傑作と呼びたくなる。個人的にはパトリック・モラーツ(key)が参加した『リレイヤー Relayer 』も捨てがたい。下のライブはこのアルバムが出た1975年のライブ。曲は「危機 Close to the edge 」。同ライブで演奏された『リレイヤー』の名曲「錯乱の扉 The gates of delirium 」も必聴!(しかし両曲とも肝心なところで途切れている。続きはCDかDVDを買ってくださいってことか)



先ほど建築物の比喩を出したが、イエスのスタイルは構築型のプログレシッブ・ロック。曲は長いが、インプロビゼーション=即興演奏によって展開するのではなく、曲の細部まで作りこんであり、構成としてはクラッシックに近い。ライブでも曲をアルバムのままに再現する感じだが、あれだけの曲を一糸乱れぬ形で再現できる演奏力があってこそだ。ジョン・アンダーソンの歌詞には、普通のロックが扱うような恋愛とかセックスとか車などという下世話で具象性が高いネタは一切出てこない(そういえば、反捕鯨の歌があったな)。ひたすら抽象度が高く、安易に消化されない硬質な言葉を積み上げ、イエスの音楽にさらなる至高性を上塗りするのだ。

youtube にはイエスの最近の映像もたくさんアップされている。脱退した初期メンバーたちも一堂に会して、臆面もなく過去の名曲を披露しまくる Unionツアーをしょっちゅうやっているようだが、アクションやコスチュームがあまりにダサくてトホホな気分にさせられる。それにオヤジバンドを通り越し、すでにジジバンドの領域である。全くプログレッシブ(=進歩的)ではないプログレッシブ・ロックとはまさにこのことだ。

「燃える朝焼け Heart of the sunrise」なんて盛り上がりまくっている。この曲はヴィンセント・ギャロの映画「バッファロー66」の意外な場面で使われたり、日本のドラマで流れたりしていたので(おそらくギャロの使い方をパクったのだろう)、若い人も聴いたことがあるかもしれない。

FragileClose to the EdgeRelayer

アトールの『夢魔』のジャケットがちょっとグロくて、インパクトはあるが、個人的には苦手なタイプの絵。もしかしたらロジャー・ディーンを意識しているのかもしれないが、あのイラストの洗練度には遠く及ばない。イエスといえばロジャー・ディーンのジャケット(↑)が真っ先に思い浮かぶ人も多いだろうが、それはイエスのイメージの一部を確実に担っていた。

初めにアトールを「フランスのイエス」と紹介したが、フランスでそう言われていたわけではなく、日本で紹介されたときの便宜的な呼称だったのだろう。実際、アトールとイエスは似ても似つかない。イエスは、聴けばイエスだとすぐにわかる、誰も真似ができない孤高の音世界を作り出してきたし、アトールに関して言えば、セカンド・アルバムの時点で理想的なメンバーとアイデアが偶発的に結集され、一瞬のひらめきのような作品を生み出したのだ。

次回はキング・クリムゾンVSエルドン。

Close to the Edge
Close to the Edge
posted with amazlet at 09.05.07
Yes
WEA Japan (2003-08-25)
売り上げランキング: 17755
おすすめ度の平均: 5.0
5ボーナストラックが楽しい
5おいおい勘弁な
5親しみやすさと高尚さと
5イエスらしい作品ですね?
5やはりこのアルバムが最高






cyberbloom

rankingbanner_03.gif
↑クリックお願いします

FBN25.png
posted by cyberbloom at 20:42| パリ ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サイバーリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。