そのきっかけは2009年に初めて読んだ中原昌也の作品だった。ノイズ・ミュージシャンあるいは映画好きとしての彼は前から知っていたが、小説を読んだときはかなりの衝撃を受けた。作品の内容が不条理、というどころかストーリー性を求めること自体に意味がなく、話者が突然変わるなど小説のきまりごとと思い込まされている要素がことごとく無視されているのである。一方で全体が破綻のない冷静な文章で語られていて、そのギャップから生まれる得体の知れぬおかしさがたまらない。昨年文庫化された『名もなき孤児たちの墓』に入っている「点滅…」はついに芥川賞の候補にまでなったのは快挙だと思うが、やはり彼の作品は万人にはおすすめしない。「ワッケわからん。金返せ」とか言われそうだし・・
ジェイン・オースティンは、同じ作品でも新訳が出れば読むようにしているくらい大好きな作家で、なかでも『高慢と偏見』はいちばんのお気に入りなのだが、セス・グレアム=スミスの『高慢と偏見とゾンビ』はその名の通りゾンビもののパロディ小説である(より正確に言うとマッシュアップ小説と言うらしく、オースティンの原文そのものに文章を加える、という手法で書かれたものである(*))。内容も基本的には原作を踏襲して登場人物たちの恋愛を描きながらも、彼らの周囲に出没するゾンビたちに少林拳(!)で立ち向かうという荒唐無稽な内容なのだが、案外違和感なく楽しく読めてしまうのは、原作がもともと持っているアイロニーがうまく活かされているからだろうか。ところどころに散りばめられたお下劣なユーモアも苦笑を誘う。ハリウッドで映画化が決まり、一時はナタリー・ポートマンがエリザベス役との話があったのだが、どうやらこのキャスティングはポシャった様子で残念。*:マッシュアップとは既存の2作品を組み合わせることだそうなので、厳密に言うとこの表現も当てはまらない。
さて昨年は総じて町田康イヤーだった。それまでは文体が苦手そうで食わず嫌いだったのだが、本屋で『猫にかまけて』なんていうタイトルが目に飛び込んでくると、猫バカの身としては手に取らざるをえない。ひとたび本を開けば、その独特の言葉遣いとリズムの文章に取り込まれて、次々と他の作品も読み進むことになった。『猫に・・』は町田家に暮らす猫との日々を綴ったもので、それぞれ性格が違う猫たちの行動を面白おかしく読んでいたが、一見おどけたようなそれらのエッセイは、実はとても真摯な言葉でもって愛情深く描かれていることが次第にわかってくる。猫バカ本は多数あれど、個人的にベスト3に入るくらい好きになった。この本に出てくるゲンゾー君という猫さんが家の猫を思い出させて、読むのがとても楽しかったのだが、この本の続編『猫のあしあと』を読んだ今では、彼の写真を見るだけで目がうるんでしまう。今年に入ってからはまた反動でクラシックな小説を好んで読んでいる。只今は夏目漱石を再発見中。芥川賞を受賞した対照的な2人の作品も気になってます。
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23日、第63回カンヌ映画祭の各賞が発表されました。下馬評ではマイク・リー監督の Another Year(アナザー・イヤー)、アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の Biutiful (ビューティフル)、グザヴィエ・ボーヴォワ監督の Des Hommes et Des Dieux(人間たちと神々)、マチュー・アマルリック監督の Tournée (巡業)などの人気が高かったのですが、受賞結果にはちょっとしたサプライズがありました。
パルム・ドール:Lung Boonmee Raluek Chat (Oncle Boonmee celui qui se souveint de ses vies antérieures)(前世を呼び出せるブーンミーおじさん/アピチャッポン・ウィーラセタクン)
最優秀男優賞と女優賞は実力派の俳優たちが受賞しました。ジュリエット・ビノシュは感謝と喜びの言葉を述べるとともに、今回イランで拘束されており、審査員で参加するはずだったジャファル・パナヒ監督のネームプレートを手に彼の解放を祈りました。一方ハビエル・バルデムは同席していた恋人のペネロペ・クルスに感謝のキスを送り、会場はこの美しいカップルにやんやと喝采を送りました。
場内がいちばん湧いたのはマチュー・アマルリックが監督賞を受賞したときでしょう。4本目(初監督作品ではありませんでした・・すみません)の作品での受賞です。「ショーの世界へのラブレター」と評されたこの作品の華やかさは壇上で彼を囲む出演女優たちを見ればわかりますね。今回は彼を含めてフランスの作品や映画人が多くの賞を獲得しました。
最後に恒例のパルム・ドッグ賞はスティーヴン・フリアーズ監督の Tamara Drewe(タマラ・ドリュー)に出演したボクサー犬の Boss に、さらに審査員賞が監督週間に上映されたイタリアのMichelangelo Frammartino監督の Le Quattro Volte に出演したVuk (山羊飼いの犬:写真)に授与されました。Vuk君可愛いな〜。
第63回カンヌ映画祭が12日に開幕しました。今年コンペティションの審査委員長をつとめるのは、新作『アリス・イン・ワンダーランド』が日本でも好調なティム・バートン監督(左下の写真の左から4人目、写真をクリックして拡大してご覧下さい)です。開会式にはバートン監督を初めとする審査員の面々と、オープニングを飾ったオリヴァー・ストーン監督の『ロビン・フッド』に出演したラッセル・クロウ、ケイト・ブランシェット(今は亡きアレクサンダー・マックイーンのオリエンタルな雰囲気のドレスでレッドカーペットを歩く彼女は本当に美しかった!)などが登場して華やかな雰囲気に包まれました。
コンペにはその他アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ、マイク・リー、アッバス・キアロスタミ、ダグ・リーマン、ニキータ・ミハルコフなど有名監督の作品が数々登場しています。またフランスからの作品も多く選ばれているのも特徴的です。フランス勢で気になるのはグザヴィエ・ボーヴォワ Xavier Beauvois 監督の Des Hommes et Des Dieux(人間たちと神たち)。90年代、アルジェリアのとある修道院で平和に暮らすキリスト教とイスラム教修道士たちの物語で、スチール写真の美しさに惹かれました。また俳優のマチュー・アマルリックのおそらく初?監督作品 Tournée (巡業)。ストリッパーのチームをアメリカから引き連れてフランスを巡業してまわる男の話で、アマルリックは脚本も担当したうえ、主演もしています。俳優ではその個性が印象的な彼がどんな映画を作ったのか早く観てみたいですね。
「ある視点」部門は、大御所ジャン=リュック・ゴダールやマノエル・デ・オリヴェイラ監督から、カンヌの常連ジャ・ジャンクー、そして若手にいたるまで世界各国からヴァラエティに富んだ内容の作品が集められました。そのなかには日本の中田秀夫監督の作品も選ばれていますが、今回彼はイギリスからの出品。Chatroom(チャットルーム)と題されたこの映画は、アイルランドの作家 Enda Walsh の脚本によるインターネットをテーマにしたホラー作品だそうで、アーロン・ジョンソンをはじめイギリスの俳優が出演。スチール写真からすでにそそられます。

全米選手権2連覇で見事初のオリンピック代表となったジェレミー・アボット選手。もともと彼は音楽表現に優れていて、毎年素敵なプログラムを披露してきましたが、ビートルズの人気曲を使ったこのプログラムは、今シーズンのベスト・ショートプログラムだと思います。特に曲調が変わる部分から始まる2種類のステップシークエンスを滑り切ってスピンへ移行し、最後のあの「ジャ〜ン」という音で終わるまでの盛り上げ方が素晴らしい。彼は毎年雰囲気が変わるのだけれど、去年のロマンティックな王子様風から今年は爽やかな好青年風へと変わったのもこの曲に合わせてのことでしょうか。シーズン後半にかけてジャンプも安定してきたので、オリンピックではメダル争いに加わってきそうです。ちなみにコーチは日本人の佐藤有香さんです。
もともとフランスの選手でしたが、トリノオリンピック出場をめぐるいざこざからイタリアへ移住し、そこから急に頭角を現してついにイタリア代表にまで上り詰めたサミュエル・コンテスティ選手。コーチと振付けは奥様だそうで、まさに愛の力が実を結んだのでしょう。彼はいつもユニークなプログラムで会場を沸かせてくれますが、今回もカントリー風の出で立ちでブルース音楽をバックに、エキシビションのような楽しい演技を披露してくれます(アンデスの音楽を使ったフリーも個性的)。豊かな表情に加えてダイナミックなジャンプも魅力で、観客を味方につけるのがうまい選手です。
カナダ選手権で2位に入り、オリンピック出場を果たしたヴォーン・チッパー選手(名字の表記にちょっと迷いましたが、選手権では「チッパー」または「チップール」と聞こえるアナウンスがされていました)。すごい速さで滑ってきては豪快なジャンプを飛び、168センチの身長がひとまわりもふたまわりも大きく見えるダイナミックな演技をする選手です。彼のようなガッチリ体型のパワフルスケーターは今の男子選手ではあまり見られないので、ジャンプを決めてグイグイ押してくれば逆に目立つ存在となるでしょう。荒削りな部分も見られ、繊細さには欠けるかもしれないけれど、今季の「ハーレム・ノクターン」といったムーディーなジャズ音楽を使ったプログラムでは彼のよさがうまく活かされています。
スウェーデン代表となったアドリアン・シュルタイス選手は、金髪のソフト・モヒカンと口ピアス姿でシニアの大会に登場してきたときから、ちょっと気になる選手でした。外見も個性的ながら、プログラムに使う曲も他の選手とは少々異なっています。今季のフリーでは、マッシヴ・アタックといったエレクトロニカやヒップホップ系の音楽を組み合わせたものを使用していて、特にエンディングに聞こえるクレイジーな笑い声が印象的。彼自身もこういう曲が好みのようで、クラシックや映画のサントラを使ったプログラムよりもこういう音で滑っているときのほうが生き生きとして見えます。ルックスと比べると、演技はまだ薄味、という感じなんですが、これからも自分のキャラクター色を押し出したプログラムを期待しています。
怪我による1年のブランクを経て高橋大輔選手がこのフリープログラムを滑ったとき、全身からスケートができる喜びがあふれているように見えて、思わず目頭が熱くなってしまいました。以前は自ら語っていたように「エロカッコいい」路線だったので、イタリアのフェデリコ・フェリーニ監督の名作「道」のサントラを選んだのは少々意外でしたが、彼のコミックな一面が新たに開拓されていて、演技者としてさらに深みが増したように思います。映画の内容に沿うように、大道芸人のパントマイムを織り込んだこのプログラムは、ちょっと物悲しく、でもしみじみとあたたかいニーノ・ロータの音楽にしっくりマッチしていて、何回見ても大好きなフリー演技です。あとは4回転ジャンプが決まってくれたら・・
アメリカ代表は10代の若い2選手に決まりましたが、その1人長洲未来(ながすみらい)選手はご両親が日本人ということもあり、私たちにも親近感がわく選手。「パイレーツ・オブ・カリビアン」のあのおなじみのメロディーに合わせて、屈託のない笑顔でのびのびと滑る彼女を観ていると、こちらも元気がわいてきます。ここ1、2年で身長が急激に伸びたために、昨年はジャンプに体を合わすのに苦労していたようでしたが、今季はそれも調整し、スラリと長い手足を逆に武器にしていよいよ実力を発揮してきました。美しいスパイラルや軸のぶれないスピンにぜひご注目ください。
4年前のトリノ・オリンピックで、ショートプログラムで次々とジャンプを決め、フリー演技の最終滑走グループに残ったエレーネ・ゲデバニシビリ選手。当時はあまり知名度はなかったものの、その愛くるしいルックスが記憶に残った人も多かったはず。今回もグルジア代表で出場です。プログラムには明るくてかつ色っぽい感じの曲がよく使われていて、彼女の溌剌とした演技や健康的なセクシーさにぴったりです。最近はジャンプに失敗が多いので最終成績が今ひとつなのですが、決まってくれば上位をおびやかす存在になるでしょう。
スケート技術で常に高い評価を得ているイタリアのカロリーナ・コストナー選手。びっくりするほどのスピード感と女の子らしい振付けが魅力的なスケーターです(コスチュームもいつも素敵)。彼女はいつもその可憐な雰囲気に合うクラシック曲を選ぶことが多いのですが、今季のフリープログラムではバッハの「G線上のアリア」とヴィヴァルディのチェロ・コンチェルトを選びました。ゆったりしたストリングスをバックにすると、逆に彼女のスピードがより感じられるようです。彼女もジャンプに苦しみ、イタリア代表になれるかすらも危ぶまれる状況でしたが、1月の欧州選手権で優勝してようやく代表に決まりました。この上がり調子のままでオリンピックに臨んでほしいです。
以前、
ショパンの名曲でニンフのように軽やかに滑っていた浅田真央選手が、今季このラフマニノフの曲を選択したとき、果たしてこの「重々しさ」を彼女が表現しきれるのだろうかと不安でした。昨季から彼女は同じ旋律が繰り返される、悪く言えば「一本調子の」曲をフリープログラムに使用しているのですが、それは「動ー静ー動」といったわかりやすい構成の曲を敢えて避け、微妙な音の変化をいかに演技で表現するかという挑戦でもあると思うのです。オリンピック・シーズンであっても、今の状態に甘んぜず、常に新しいことに果敢に挑む彼女の姿勢には本当に感服させられます。その成果がバンクーバーで遺憾なく発揮されますように。
第1章の冒頭から、スケールの大きな映像が目前に迫ってきて、何が次に起こるんだろうと自然とワクワクさせられる・・ ぽつりと建つ家の横で洗濯物を干したり、薪を切ったりする人々や、その家から草原へ駆け出していく少女をとらえた場面を見ていると、舞台はフランスであってもこの作品が西部劇へのオマージュであることがしみじみとわかってくる。
待望のジャームッシュの新作は、ロードムーヴィーというおなじみのスタイルでありながら、これまでになく抽象的で難解な作品であり、ファンの間でも好き嫌いが分かれたようである。事実、ネット上に載せられたいくつかの感想を見ても、あまり好ましいものがなかったし、一緒に観に行った家人ですら横の席で何度かウトウトしていたほどである。
80歳を過ぎてさらに活動が加速化しているイーストウッド監督、次から次へと映画を撮影しているが、それがどれも一定のレベルを保っているのがすごい。投稿させてもらった『チェンジリング』もよかったが、現代のアメリカが抱える諸問題をこんなにもさりげなく取り込み、無理に力むことなく軽やかに描ききったこの作品は、今まで観た彼の作品のなかでもベスト3に入る(アメリカでは2008年公開なのだが、なんでこの映画が昨年のオスカー候補になっていないのか??)。あんな結末を迎えたにもかかわらず、観終わった後は実にすがすがしい気分だった。とくに今回は脚本が秀逸で、会話の場面の多くが記憶に残っている(なかでも床屋のシーンはどれもよい)。







まずはコンペティション部門に出品され、脚本賞を受賞したロウ・イエ監督の「スプリング・フィーバー Nuits d'ivresse printanière」から。夫が青年と浮気をしているのではないかと疑う妻に雇われた探偵は、次第にこの二人の男の関係に魅了され、恋人ともどもその官能的な狂気に巻きこまれていく・・という多分にエロティックな内容ですが、嫉妬と妄想の描き方に秀でていて、同性愛版「突然炎のごとく」のようだという高い評価も見られます(一方で観客受けは今ひとつみたいですが)。ロウ・イエ監督は前作「天安門、恋人たち」が、その激しい性描写のため、本国中国で上映禁止となっており、今作も検閲の目を逃れつつ撮影が行われたのだとか。それでも果敢にタブーに取り組もうとする監督の姿勢は、カンヌでも注目を集めました。
久々に長編作品を発表したオーストラリアのジェーン・カンピオン監督。19世紀イギリスの詩人、ジョン・キーツとファニー・ブラウンの恋物語を描いた「ブライト・スター Bright Star」は、ファニー役のアビー・コーニッシュの演技も含め、批評家からも観客からもおおむね好意的に受け入れられたようです。美しい詩を生みだした若い二人の恋というロマンティックな内容に加え、スチール写真がどれもこれも美しく、監督独特の鮮やかでフワフワした映像がこれらからも想像できます。大きなスクリーンでじっくり観たい映画ですね。
お次はコンペ外の映画から。今年はシャネルを取り上げた映画が数本作られましたが、カンヌでもフランスのヤン・クーネン監督による「ココ・シャネルとイゴール・ストラヴィンスキー Coco Chanel et Igor Stravinsky」がクロージング作品として上映されました。すでに名声を獲得したココ・シャネルが、ロシア革命のためにパリに逃げてきたストラヴィンスキーの家族を自分の別荘にかくまったことで、二人の間に恋が芽生える・・というもので、批評家筋にはウケが悪いようですが、観客には好評です。何といっても、シャネル役にアナ・ムグラリス(彼女自身シャネルのイメージ・キャラクターでした)、ストラヴィンスキー役にマッツ・ミケルセン(「007 カジノ・ロワイヤル」で血の涙を流す悪役だった人です)、という魅力的なキャスティングがこちらの興味をそそります。カンヌのレッド・カーペットでもこの麗しき二人は華々しいオーラを放っていました。
監督週間に出品されたジョン・レクアとグレン・フィカーラによる「アイ・ラヴ・ユー・フィリップ・モリス I love you Philip Morris」は実話をもとにしたコメディーで、妻子もちの詐欺師が刑務所で同じ房の男と恋に落ちてしまい、一緒に脱獄をしようとする物語。先行して上映されたサンダンス映画祭でも大いにウケたそうです。ブラック・コメディ「バッド・サンタ」を手がけたコンビによる映画で、おまけにこの二人の男を演じるのがジム・キャリーとユアン・マクレガーということですから、毒が効いていて相当楽しそう。ヨーロッパでは秋に公開ということですから、日本でも今年中にお目にかかれるかもしれませんね。
カメラ・ドール(新人監督賞):Samson and Delilah(ワーウィック・ソーントン)
最優秀女優賞:シャルロット・ゲンズブール(作品:Antichrist/ラース・フォン・トリアー)
授賞式のクライマックスは特別功労賞にアラン・レネ監督が選ばれたときです。ヌーヴェル・ヴァーグの時代から現在に至るまで独自のスタイルを追求してきた、86歳のこの監督が登場すると、会場ではスタンディング・オベーションが。今回の作品 Les herbes folles は、クリスチャン・ガイイの小説 L'incident を映画化したもので、「小説にはおかしな要素はないのに、映画になったらどこかユーモラスになった」のだそう。出演した女優が「私、監督に恋してしまったの。結婚したいわ!」と語ったくらいですから、人としても大変魅力的なのでしょう。



スー・チーは多くの台湾映画に出演しているほか、リュック・ベッソン製作の「トランスポーター」にも出演。アーシア・アルジェントは映画監督ダリオ・アルジェントの娘で、自らも作品を監督することもありますし、女優としても個性的(彼女を画像検索していただくと、その大胆さがおわかりになるとお思います)。ロビン・ライト・ペンは「フォレスト・ガンプ」の想い人、といったら分かる方もおられるでしょうか、昨年の審査委員長ショーン・ペンの奥さんでもあります。何だか今回の審査員は女優パワーが強力そうですね〜。
さて、審査員に個性的な名前が並んだのに比例するかのように、コンペティション部門に選ばれたのも錚々たる面々です。カンヌ常連のなかでもオリジナリティ豊かな作品を作る映画人たちがずらりと集まりました。ペドロ・アルモドバル、ジャック・オディアール、ミヒャエル・ハネケ、アン・リー、ケン・ローチ、ギャスパー・ノエ、パク・チャヌク、クエンティン・タランティーノ、ジョニー・トー、ツァイ・ミンリャン、ラース・フォン・トリアー・・・、こっちが圧倒されそうな豪華メンバーだし、中身も濃そう。常連とはいえ、アルモドバル、ハネケ、チャヌク、タランティーノ、ノエ、フォン・トリアーあたりの名前に問題作やぶっとんだ衝撃作が飛び出してきそうな不穏な感じがするのもいい(笑)。そのほかジェーン・カンピオンやイザベル・コイシェ(菊池凛子主演で東京が舞台だそう)といった女性の監督や、フランスの大御所アラン・レネの作品も選ばれています。
昨年カンヌ映画祭のコンペティション作品に選ばれたクリント・イーストウッド監督の「チェンジリング」を観ました。
暗めの色調のざらりとした画面に、20年代の風景が映し出され、そこへ細身のアンジェリーナがこれまたほっそりした素敵なデザインの20年代ファッションを着こなして登場すると惚れ惚れしますが、ここでの彼女は決して「美しいセレブ女優」として撮られているわけではありません。彼女の気の強そうな大きな目は目深にかぶった帽子の下に隠され、遠目ではすぐには誰かわからないくらいです。
クリスティンを支援するブリーグレブ神父役のジョン・マルコヴィッチは、警察の不正を明るみにすることにやっきになる姿が神父に見えないし、これまでの役柄のイメージが強すぎてうさんくさく見えてしまいました。一方でその他の脇役は、主にテレビで活動する俳優が多かったようですが、なかなかよいキャスティングだったように思います。特に後半から登場するゴードン・ノースコットを演じたジェイソン・バトラー・ハーナーの天真爛漫な表情と澄んだ瞳(最初に登場する場面の爽やかなこと)は、物語の顛末を知った後では深く複雑な印象を残しました。
一昨年のカンヌ映画祭で「ゾディアック」が高く評価されたデヴィッド・フィンチャー監督の最新作「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」を観に行きました。
ベンジャミンとデイジーの恋物語を軸に、彼を取り巻く人々との挿話がちりばめられ、彼の家が老人ホームだったということが象徴するように、特に「別れ」の場面に重きが置かれています。とりわけ彼と「親たち」ー実の父親であるバトン氏、育ての母親、そして人生の師ともいえるキャプテン・マイク(ジャレッド・ハリス)ーとのエピソードは胸打たれるものばかりです。
日本ではブラッド・ピットの主演が強調されているようで、アカデミー賞でも主演男優賞の候補になっていますが、彼の演技はそれほど・・という感じに見えました(もちろん悪くはなかったし、ビジュアル的には文句はないですが)。一方でケイト・ブランシェットの奔放なバレリーナ、ティルダ・スウィントンの陰のある人妻など、女優陣の存在感が大きかったです。とりわけ印象的だったのは、慈悲深く心から息子を愛する母親クイニーを演じたタラジ・P・ヘンソンで、アカデミー賞でも助演女優賞にノミネートされています。
各国の映画誌が続々と昨年度のベスト10を発表していますが、今回はフランスの映画誌「カイエ・デュ・シネマ Les Cahiers du cinéma」が選出した映画作品10本をご紹介しましょう。
1. Redacted (「リダクテッド 真実の価値」)/Brian De Palma(写真)
1. Le Silence de Lorna (「ロルナの祈り」)/Luc et Jean-Pierre Dardenne(写真)
中国返還前の香港へ留学していた筆者が、中国内部を友人と二人でバックパックを背負って鉄道旅行した記録。若さゆえの無謀な計画に挑んだものの、1980年代中国の融通のきかない交通事情から生じた、快適な旅行に慣れた私たちには思いもつかない問題が次々とふりかかり、次第に疲れ果て二人の仲も険悪になっていく。カメラマンとして独り立ちしている今だから、その頃を冷静に見つめ直すことができるのでしょう。彼女の文章はごつごつとしていて無骨でとっつきにくいのですが、それだけに噛みごたえがあって、味も濃いです。中国という国がそんな彼女を引き寄せるのもわかる気がします。
絵本作家でもある佐野さんのエッセイは毒があって、おかしくてたまらない。毒は毒でも金井美恵子のような知性に裏打ちされたプライドから出てくるものではなくて、もっと人がもともと持っている本能的なもので、読んでいてもすうっと自然に体に入ってきて、スカーッといい気分になる不思議な毒なのです。実の母に冷たい仕打ちを受けていた少女時代、二度の離婚、そしてガンで医者に余命わずかと宣告されている現在と、「大変ですねえ」と思わず同情の声をかけてしまいそうになる人生を歩みながらも、そんな薄っぺらい同情心を蹴散らすような痛快な文章で、逆にこちらを圧倒するようなパワーを彼女は発しています。母親についてのエッセイ『シズコさん』と並行して読むのをおすすめします。
まず