
というわけで、カーニヴァルで人気の売店のご紹介。ケベックの早春の風物詩sirop d’érable(メープルシロップ)を収穫するcabin à sucre(砂糖小屋)が組み立てられた横で、雪を敷き詰めた台に煮詰めたシロップを落としてもらって、それをアイスクリームの棒のようなものに巻き取って食べる。口が寒さで感覚がないので口の中を噛まないように要注意。
また、Queues de Castor(ビーバーのしっぽ)というチェーン店の同名のお菓子は、オタワやモントリオールでも馴染みのあるもので、小麦の全粒粉に砂糖、牛乳、バター、生クリーム、卵、バニラエッセンスなどを混ぜ、ビーバーの尻尾のような形にしてフライパンでたっぷりのカノーラ油か大豆油で焼いたもの。トッピングはシナモンシュガーやジャムやチョコレートなどで、メープルシロップが一番人気。寒いカーニヴァルで熱々をほおばるのは最高の幸せ。
氷のカウンターで氷のショットグラスに注いで売られるのはcaribou(トナカイ)というお酒。赤ワイン75%と強いお酒(ウォッカ、ウィスキー、ラム、ジンなど)25%を混ぜてある。温めて砂糖とスパイスを入れてもいい。横に焚火の休憩所もあるけど身体の中から温まってくる。

そり、スライダー、スノーラフティング、4基の露天風呂など家族やグループの笑い声、パーカッションのグループなどの生演奏、観客の手拍子が雪原の会場に響き、寒い中でも心が温まるお祭り。

□関連エントリー「メープルシロップの里を訪ねて(1)」
□関連エントリー「メープルシロップの里を訪ねて(2)」
Sophie@カナダ-ケベック便り
↑クリックお願いします



















*ブルーベリーのBleuetはケベック独特のフランス語。フランスのフランス語はmyrtille。
リュシエンヌは、パリの大学を出てベイルートでミッション・スクールの教職に就いた。パリでルームメートだった一人がフランス系カナダ人であった。カナダをはじめ、広い世界を見たいと思いが募っていたところ、職場の上司から縁談を勧められ、断るには外国に行くしかないと知人を頼って領事館に飛び込んだ。通常手続きに5年かかると言われた時代に、特別な計らいで3週間後に出発、フランス語の幼児クラスの教師として派遣されることとなった。条件は家族の誰かが同伴することであった。1歳半違いの妹ミレイユを説得し、1956年に、二人で見知らぬ土地ケベックにやって来た。共に午前と午後にクラスを持ち、きれいなフランス語を話すことで、学校の看板になり、ケべック市の多くの人が顔を覚えてくれたらしい。
送り出してくれた父、共に暮らしたやさしかった母、仲の良かった妹弟、家族同然の猫達が次々と召され、3年前にラヴァル大学の職を辞し、今は6匹の年老いた猫との暮らしである。ドイツに住む末の妹とミシェルの妻は、ケベックに訪ねて来る様子がない。独り身を憂いながら、ミレイユの愛した猫達を大事にし、母が好きだった庭を手入れしておくのが日々の心の支えである。「人生は神様からの贈り物。でも、それには毒が入っている。」リュシエンヌが語る今の心境。重い一言である。





ラべージ・チーズ・スフレ (4〜6人前)
1.オーブンを190度に温めておく。


ルイ15世(在位1715−1774)は、曽祖父ルイ14世の積極政策を引き継ぎ、ヨーロッパでの戦争に参加して、領土の獲得に励んだ。ヨーロッパでの英仏間の緊張は、やがて、北米の地で、オハイオ川の支配をめぐって、1755年にフレンチ・インディアン戦争として勃発、1760年のイギリス軍勝利により終結した。1763年パリ条約で、フランスは「ヌーヴェル・フランス」を失った。しかし、1774年のケベック法でイギリス支配下のフランス系住民の宗教の自由・言語が守られ、イギリス連邦加盟国カナダのケベック州においては、公用語はフランス語で、フランスの文化、生活習慣が、今も息づいている。



メープルシロップには、まず、サトウカエデの幹にドリルで穴を開け、5センチ長さの差込口のある直径1センチの透明な青色のチューブを差込む。チューブは、落葉樹の森を縦横に縫い、太陽の光を透かしている。樹液は重力によって連結した太いチューブに流れ、運搬用樽に収穫される。また、砂糖小屋に直結しているチューブもある。この方法には傾斜が必要なため、砂糖小屋は森の低い場所に建っている。採取されるのは1本の木の糖分の10分の1で、寿命を縮めたり、成長を妨げる量ではなく、幹の穴の数も制限している。シーズンが終われば、穴は、ゆっくりと自然の力で塞がる。
外のテーブルでは昼食の準備。持参したサラダ、マリネ、何種類ものチーズ、ハム、フランス風のパン、ワインが並べられた。出発前に生地を仕込んだ、そば粉のクレープを交代で焼く。17世紀フランスからケベックに渡来した移民のふるさとブルターニュ風。半量が焼きあがったころ、メープルシロップの出来立てが中央に置かれた。熱々を贅沢にかけたクレープは、ケベックの味。
今季のケベック州は2月になってから大雪が続いて、ケベックシティの旧市街周辺も、まだまだ雪国の佇まいだった(写真、上)。前日のボタン雪の嵐が止んで一転、澄み切った青空が広がり、風は冷たいものの、春を思わせる陽光の射す朝を迎え、車に食料を積み込み出発した。1時間あまりの後、アスファルトの高速道を降り、雪解けでぬかるんだ小道を進むと、木立の中に、煙突から蒸気が空に向かって勢いよく上がる緑の屋根、白い壁の建物が現れた(写真、下)。2年前に電気系統の故障から火災にあって、その後に新築されたという、友人の実家の真新しい砂糖小屋である。
サトウカエデは、カナダと合衆国の一部に生育する。昔、この地の先住民であるアメリカインディアンは、サトウカエデの樹液をリスが吸っていたのを見た。さらに、戦闘用の斧でサトウカエデの木を伐った時、樹液がしたたり落ちたので、それを容器に集め、焚き火にかけた鍋で煮詰め、メープルシロップを作った。1534年フランスの探検家ジャック・カルチエがセントローレンス河をたどって上陸以来、フランスの植民地内で先住民とフランス人は毛皮貿易などを通して友好関係を保ちながら暮らしてきた。メープルシロップの製法も先住民から伝えられた。