2010年02月19日

カナダ、ケベック州のウィンター・カーニヴァル

1894年に始まったケベック市のウィンター・カーニヴァルは、旧市街にある広大なアブラハム平原で繰り広げられる。マスコットキャラクターは雪の男の子「ボノム」。2010年の今年も1月最終の週末から始まった。2004年には−25℃の日があった記憶があるけど、今年は−3℃から−8℃で暖かいこともあって大勢の観光客で賑わい、先週末2月14日に閉幕した。私は10日深夜にケベック市に到着したので快晴の写真日和の日を逃してしまった。わずかに夕陽の彫像などが撮れたのみ。

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というわけで、カーニヴァルで人気の売店のご紹介。ケベックの早春の風物詩sirop d’érable(メープルシロップ)を収穫するcabin à sucre(砂糖小屋)が組み立てられた横で、雪を敷き詰めた台に煮詰めたシロップを落としてもらって、それをアイスクリームの棒のようなものに巻き取って食べる。口が寒さで感覚がないので口の中を噛まないように要注意。

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また、Queues de Castor(ビーバーのしっぽ)というチェーン店の同名のお菓子は、オタワやモントリオールでも馴染みのあるもので、小麦の全粒粉に砂糖、牛乳、バター、生クリーム、卵、バニラエッセンスなどを混ぜ、ビーバーの尻尾のような形にしてフライパンでたっぷりのカノーラ油か大豆油で焼いたもの。トッピングはシナモンシュガーやジャムやチョコレートなどで、メープルシロップが一番人気。寒いカーニヴァルで熱々をほおばるのは最高の幸せ。

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氷のカウンターで氷のショットグラスに注いで売られるのはcaribou(トナカイ)というお酒。赤ワイン75%と強いお酒(ウォッカ、ウィスキー、ラム、ジンなど)25%を混ぜてある。温めて砂糖とスパイスを入れてもいい。横に焚火の休憩所もあるけど身体の中から温まってくる。
 
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そり、スライダー、スノーラフティング、4基の露天風呂など家族やグループの笑い声、パーカッションのグループなどの生演奏、観客の手拍子が雪原の会場に響き、寒い中でも心が温まるお祭り。

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関連エントリー「メープルシロップの里を訪ねて(1)」
関連エントリー「メープルシロップの里を訪ねて(2)」




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2009年09月02日

カナダ、ケベック州東部、ガスぺジー地方

2009年夏のケベック市滞在も残りわずかになった8月14日。最後の小旅行で北へ。VIA鉄道が7月の終わりの3日間のストのお詫びに40%オフで年内有効の切符を発売し、友人の助けで運良く買うことが出来たゆえの夜行列車の旅。ガスぺジーは、大西洋岸のセントローレンス湾に突き出た半島で、1534年フランソワ一世の命を受けた探検家ジャック・カルチエが上陸し、フランスの国旗を立ててこの地の領有を示した歴史的場所である。山と森に被われているが、荒々しい断崖の海岸線の入り江に昔ながらの町や村がある。
 
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VIAのペルセ駅からは車で15分、高速バスのバス停からはペルセ海岸がすぐ目の前。ここは東端にある“ペルセ岩”でカナダでは有名な観光地。高さ88メートル、長さ430メートル余りの巨大な長方形の岩で、一部に穴があいている。朝日、夕日に輝くその姿は崇高で、思わず何枚も写真を撮ってしまう。断崖ギリギリのところに畑や古い建築様式の民家が点在し、白壁に赤や黄、青の屋根や窓枠の家々が美しい。

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夕方、ペルセ岩を望む突堤では、人々が並んで釣り糸を垂れる。擬餌でサバが次々と釣れるが、観光客以外でも持ち帰る人は少なくリリースしている。サバを食べる人は少なく、燻製が売られている程度。聞くと「アジアの食材だから…」との返事だった。沖合ではタラが釣れる。かつてはタラ漁で栄えた場所である。宿のご主人の船で朝5時からタラを釣りに出て、庭で一緒に三枚に下ろした。頭や内臓は食べないらしい。すべてを食べる日本のタラ鍋を自慢した。舌の煮込み料理があると聞いていたが、レストランのメニューでは見つけられなかった。代表的なものはシンプルなタラのムニエル。フランスのノルマンディー風にクリームソースがかかっているものが多い。川しかないケベック市やモントリオールと違って海に面していても、同様にタラ、鮭、鱒、カレイなど、食材とする魚種は少ないようだ。

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オマール(英語:ロブスター)やカニはケベック市やモントリオールでは高い食材だが、付近のキャンプ場のキャンピングカーの人達が買い物しているペルセのコープでは、大きなものがひとつ8.00カナダドルだった。宿のキッチンで、持参のお米を炊き、お味噌汁を作って、オマールにかぶりつく。次の日の夕食は地元の人のお勧めのレストラン「メゾン・ド・ペッシェ」(漁師の家)で。メインは鮭かタラを選べたが、タラのレモンソースのコース(37.00カナダドル)を。最初に出たポタージュには珍しく海藻が入っていた。帰りのVIA鉄道の車内レストランでもタラのバターソテーのコースを食べた(15.00カナダドル)。表面がカリカリでおいしかった。VIAの乗務員の人たち、同席の人たちとの会話が楽しかった。魚の加工工場を訪ねたが、会話を交わしたペルセの町の人々は温かく気さくで、また訪れたい場所。





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2009年08月18日

カナダのケベック州から羽ばたく折り鶴

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ケベック州のモントリオール大学大学院に在籍中のナディンヌは、ケベック市のラヴァル大学で日本語を習い、2007年には奨学金で日本に半年間滞在しました。俳句が大好きで、その他にも日本の様々な文化に興味を示しています。広島を訪れた際に平和を願うしるしとしての千羽鶴に心惹かれて、2008年カンボジア、ラオス、ベトナムに旅行した際に、現地の恵まれない子供達に自ら折った鶴を手渡しました。2009年の今年7月にはフランス各地で同じように、多くの子供達に折り鶴を贈り、Deux ailes(二つの翼)という、下記のフランス語のホームページを開きました。モントリオールの仲間たちと一緒に鶴を折って配る、というこの控え目な友人の活動が受け入れられますようにと、また日本の方々にもこのことを知っていただきたく、投稿します。

http://www.deuxailes.org/index.html




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2009年08月10日

ヌーヴェル・フランス祭2009

毎年8月の最初の水曜日から日曜日に開かれている。期間中は17〜18世紀の装束の人で溢れる。ケベック州は、かつてフランスの植民地で、ヌーヴェル・フランスと呼ばれた。それゆえフランスの貴族、村人、商人、兵士、聖職者などに扮した人達が通りを練り歩いている。農業組合の売店ではケベック名産品の宣伝販売。売店木工、陶芸の実演や毛皮取引所を再現したブースなどでは観光客の質問に答えて歴史解説。合間にカメラを向けられて忙しい。旅行者も貸衣装や自前の衣装で、気軽にポーズを取ってくれる。パレードがあり、コーラスや楽器の演奏でダンスが始まる。兵士の行進、物売りの声、洗濯場のセットで水をまき散らしながらの女性同士のおしゃべりなどフランスの建築様式の石畳の通りの角々で寸劇が始まって人だかり。今年は子供の衣装が充実しているような気がする。お天気もまずまずの今年のヌーヴェル・フランス祭。明日は最終日。

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2008年09月23日

Ku-kla

カナダのサスカチュワン州のTrudyのレシピから、もうひとつ。

北米大陸の先住民の人たちにとって、木の実やベリー類は狩の獲物とともに重要な食料だったから、このKu-klaという名前も先住民の人たちの言葉から来たのかも、ということです。今年2008年7月19日、二人で、午後の3時間ほどで、これだけのサスカトゥーン・ベリーとラズベリーを摘みました。サスカトゥーン・ベリーは最盛期。ラズベリーは、場所によりますが、8月中旬ごろまで。サスカトゥーン・ベリーは低木で野生。取り放題なのです。ラズベリーはTrudyの畑で収穫。初取りで、ちょっと酸っぱかったです。十分に熟れるまで待つとおいしいけれど、枝から地面に落ちたり、鹿や小鳥さん達に食べられてしまいます。

Saskatoon 3.jpg

材料はグラム表示でないのですが、おおざっぱにしてもOKということで・・・。
        小麦粉       2カップ
        ブラウンシュガー  2カップ    
(*キャラメル味をつけたい時使う粗糖。メープルシュガー、黒砂糖、三温糖でも。)
        マーガリン     1/2 カップ
        シナモンパウダー  小さじ1〜2杯
        ベーキングパウダー 小さじ1杯
        塩         小さじ1/2杯
 
まず、以上の材料を、ボールで、まとまるまで混ぜ、1/2 の分量を耐熱皿に敷く。

その上に好みのベリー類を3カップ広げる。生地が甘いので、甘みの強いベリー類なら、ブラウンシュガーの量を控えてもいいと思います。ベリー類が少ない場合、小ぶりの皮つきのままの酸っぱいリンゴの刻んだのを混ぜる人もいます。

残りの半量に 
        サワークリーム   1/2カップ
        バニラオイル    少々
        卵         1個

以上を混ぜて、ベリー類の上にかぶせる。
あらかじめ、180度に温めておいたオーブンで30〜40分焼く。

Berries 3.jpg

粗熱が取れたら、切り分ける。アイスクリームと盛りあわせてもおいしい。


□「カナダに伝わるフランスの家庭料理スフレ」(同じTrudyさんのレシピ)



Sophie

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2008年08月24日

ケベック、ヌーヴェル・フランス祭り2008(食べ物編)

毎年8月のヌーヴェル・フランス祭りの期間中、ケベック州の16 の地域連合、約44,000人の農業生産者(畜産、酪農業を含む。)が加入するUPA(ケベック農業生産者組合)は、会場内に模擬店を出して、生産物の試食販売、宣伝に努めている。ここでも、農家の納屋風の屋台のカウンターにいる人、後ろで調理する人、材料の仕込みや補給に来る人、全員が17世紀にフランスから来てケベック植民地で働く人々の服装である。

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期間中のすべての特別の催し物のための入場券のメダルを10カナダドルで買い、そのメダルを見せて入場できる。試食はそれぞれ1カナダドルか1.25カナダドル。入場者でいっぱいだったが、売る人のチームワークが良かった。写真を快く撮らせてもらって、楽しく、おいしく味わった。

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1. Pâté de caribou トナカイの肉のパテ(写真上左)
2. Brochette de patates ジャガイモの串団子
3. Crêpe de sarrasin avec sirop d’érable
ソバ粉のクレープ、メープルシロップ(写真上右)
4. Oeuf sur le plat avec du pain 目玉焼きのバーガー
5. Truffe de lapin haché ウサギの挽き肉のトリュフ型
6. Boulette de boeuf grillée 牛肉のハンバーグの網焼き、
7. Saucisse roulée dans une crêpe
豚肉のソーセージのクレープ巻き(写真中)
8. Brochette de mouton grillée 羊肉の串焼き
9. Maïs bouilli avec du buerre 茹でたトウモロコシのバターかけ
10. Hors-d’oeuvre de fromage varié 各種チーズのオードブル
11. Cidre リンゴのお酒シードル
12. Sorbet au sirop d’érable メープルシロップのシャーベット
13. Fraise au chocolat イチゴのチョコレートかけ
14. Framboise  ラズベリー
15. Bleuet ブルーベリー(写真下)

bleuet.jpg*ブルーベリーのBleuetはケベック独特のフランス語。フランスのフランス語はmyrtille。





Sophie

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2008年08月18日

カナダ、ケベックのフランス語教育に捧げた半生

リュシエンヌ・ムサリー先生(79歳)は、レバノンのベイルートで生まれ育った。父親はパリに支店を持つ銀行家で、広大な敷地に大理石の建物、ステンドグラスの飾り窓のあるお城のような自宅で4人の姉弟の長女として裕福な生活を送った。自宅には良質の水が湧き出る大きな井戸が祖父母の代からあって、広く地域の人達に水を提供していた。地元の名士の家柄であったらしい。自宅やエジプトの別荘、南フランスの避暑地で、両親、祖父母、叔父叔母に囲まれた幼少時代の多くの写真が残っている。写真は、左からリュシエンヌ、母親、妹のミレイユ。
 
Lucienne02.jpgリュシエンヌは、パリの大学を出てベイルートでミッション・スクールの教職に就いた。パリでルームメートだった一人がフランス系カナダ人であった。カナダをはじめ、広い世界を見たいと思いが募っていたところ、職場の上司から縁談を勧められ、断るには外国に行くしかないと知人を頼って領事館に飛び込んだ。通常手続きに5年かかると言われた時代に、特別な計らいで3週間後に出発、フランス語の幼児クラスの教師として派遣されることとなった。条件は家族の誰かが同伴することであった。1歳半違いの妹ミレイユを説得し、1956年に、二人で見知らぬ土地ケベックにやって来た。共に午前と午後にクラスを持ち、きれいなフランス語を話すことで、学校の看板になり、ケべック市の多くの人が顔を覚えてくれたらしい。

働くためにではなく、広い世界をちょっとだけ見にカナダに来たつもりが、一年後に父が亡くなり、家を建てて母を呼び寄せ、3人の暮しとなった。母に家事を任せて昼間に語学学校で教え、夜に大学院に通い、姉妹ともにフランス語教育の分野で博士号を取り、ラヴァル大学に職を得た。フランスで受けた教育を取り入れた授業を行ったので、希望する学生が年ごとに増えた。ミレイユは無類の猫好きで、1匹だった猫が、やがて25匹になって、最初に建てた家は手狭になり、ラヴァル大学に近い今の広い家に引っ越した。母はケベックに来て14年後、76歳で亡くなった。その後、家事に専念してくれていたミレイユは病に倒れ、12匹の猫を残して1999年に69歳で亡くなった。スイスに住み、国連の仕事をしていた4歳下の弟ミシェルは毎年のように訪ねて来ていたが、昨年亡くなった。彼が数年前にパソコンで編集した、家族のルーツが分かる写真集がリュシエンヌの手元に残る。また、ベイルートからの世帯道具は大切な思い出の品々である。
 
Lucienne01.jpg送り出してくれた父、共に暮らしたやさしかった母、仲の良かった妹弟、家族同然の猫達が次々と召され、3年前にラヴァル大学の職を辞し、今は6匹の年老いた猫との暮らしである。ドイツに住む末の妹とミシェルの妻は、ケベックに訪ねて来る様子がない。独り身を憂いながら、ミレイユの愛した猫達を大事にし、母が好きだった庭を手入れしておくのが日々の心の支えである。「人生は神様からの贈り物。でも、それには毒が入っている。」リュシエンヌが語る今の心境。重い一言である。
 
青空市場で今が季節のブルーベリーを買って訪ねた日(写真、下)、帰り際に指輪を下さった。リュシエンヌ先生!弱気になってはダメ。まだまだお話を伺いに来ますよ。猫の日記も続けて下さいね。

Chère Lucienne, bon courage! Je reviendrai.




Sophie(2008年8月ケベックにて)

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2008年08月15日

17世紀の衣装であふれるケベック、ヌーヴェル・フランス祭り2008

フランス王のルイ14世がケベックを王領植民地にする以前、フランスのサミュエル・ド・シャンプランが今のケベック市に植民地を創設したのは1608年のことであった。今年は、その400年のお祝いの年で、ケベック市では次々とイベントが行われ、中でも毎年夏に開かれるヌーヴェル・フランス祭りのために、例年より多くの人がケベックを訪れていて、レストランの並ぶ通りは、夜遅くまで明るく賑やかである。

Quebec city 2008 073.jpgquebecfete05.jpg

ヌーヴェル・フランス祭りの期間中、旧市街のフランスの建築様式の街並みに特設された、観光案内のブース、また、レストランの前に立って案内する人をはじめ、スタッフは17世紀の衣装で観光客をもてなす。観光客も負けじと様々な格好でお祭りを盛り上げるのが、言わばメインイベント。でも、今年は、とにかくお天気が良くなくて、冷たい雨に出足が鈍りがち。8月5日の初日、夕方7時からのパレードは、運よく晴れたのだが、私は、友人宅に近い最終地点近くで待ったため、日が暮れて暗くなり、写真が撮れなかった。その後、毎日のように雨が降り続いた。

quebecfete03.jpgquebecfete04.jpg

そして、願いがかなって、最終日の8月10日は見事に晴れた。カップルや家族、グループで楽しむ姿が多かった。(写真、左上)。街角で、兵士姿の若い男の子達はクールな表情でたむろしているので、アルバイトかも知れない(写真、右上)。豪華なブルジョワ風のものは貸衣装で、「写真に撮って欲しい」オーラがあって、愛嬌を振りまいてご満悦(写真、左下)。村人風の地味なものは自前の衣装かも知れない(写真、右下)。毎年参加するつもりなのか、ここでしか着られないと思われるものがよく売れていた。貸衣装は1日料金で借りるより、期間中通して借りるほうが割安なのだが、雨に降られて着る日数が少なくなって、今年は高くついたかもしれない。
 
13日〜24日はケベック博覧会、22日にはセリーヌ・ディオンの野外コンサートが開かれるなど、まだまだ400年記念の行事は目白押しである。




Sophie (2008.8.11ケベックにて)

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2008年08月11日

モントリオールのポーランド料理店で

モントリオールはカナダの最大の商工業都市ゆえに移民の人々が多く、本物の各国料理が食べられるところ。ベーグルの有名店 Viateur がある通り、東欧系の人々の住宅地近くにある“BATORY”というお店で食べたのは・・・

◆BARSZCZ UKRAINSKI (1人前、2.75カナダドル)

 Soupe aux betteraves avec légume。

 野菜とビーツのスープ

BARSZCZ UKRAINSKI.jpg

*じゃがいも、キャベツ、金時豆、ニンジン入り。ビーツは千切りで、その色でピンクに染まったスープ。サワークリームが入っている。

◆POLSKI TALERE  (2人前、16.95カナダドル)

Chou farci, boulettes de pomme de terre
Avec gulash, pierogi, saucisse et ragout de choucroute.

ロール・キャベツ、じゃがいも団子、グーラッシュ(牛肉と野菜をパプリカで味付けしたシチュー)、牛肉の煮込み、ソーセージ、塩漬けキャベツの煮込み。

POLSKI TALERZ.jpg

*じゃがいも団子は3種類、中身がマッシュポテトとチーズ、牛肉のミンチ、と中身なしの円盤形。


BARSZCZ UKRAINSKI の薄いピンクのスープは、ビーツ(砂糖大根)で、ほんのり甘くやさしい味。中身の野菜は、崩れるほどの柔らかさ。

POLSKI TALERE は、ソーセージの塩味が強かったが、あとは、ソフトな味。じゃがいもが、モチモチ、ツルンとした食感の団子の生地になったり、中身になったり、とバラエティに富んでいて食欲をそそった。塩漬けキャベツの煮込みは甘酸っぱい味。盛り合わせの味のバランスに満足したランチ。パンもおいしかった。(2008.7.29)


□BATORY 115 Saite Viateur West, Montreal, Quebec (Tel.514-948-2161)




Sophie

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2008年08月01日

カナダに伝わるフランスの家庭料理スフレ(soufflé)

カナダで、フランス語圏であるケベック州以外の地でも、フランスの伝統料理は家庭で受け継がれている。西部のサスカチュワン州 Meota 村に住む Trudy に、フランス系の母方の祖母から伝わるレシピ集から作ってもらった。
 
souffle02.jpgラべージ・チーズ・スフレ (4〜6人前)

材料:
  バター・・・45グラム
  小麦粉・・・45グラム
  牛乳・・・250 cc
  粉からし・・・少々
  ラべージ・・・60グラム
  熟成チェダーチーズ・・・250グラム
  卵・・・5個

*ラべージは薬草、セロリの葉で代用できる。卵は黄身と白身を分けておく。

作り方:
souffle04.jpg  1.オーブンを190度に温めておく。
  2.平鍋(ソースパン)を火にかけ、バターを溶かす。
  3.小麦粉を振りいれ、弱火で十分に炒める。
  4.別の鍋で牛乳を温めて、少しづつ注ぎ、滑らかになるまで混ぜる。
  5.粉からしとラべージの刻んだものを混ぜる。
  6.おろしたチーズを加え、チーズが溶けるまで、よく混ぜる。(写真上)
  7.鍋を火から下し、黄身を入れて混ぜる。
  8.ボールで白身を固く泡立てる。
  9.泡立てた白身を、泡が壊れないように、鍋に混ぜ入れる。
 10.バターを塗ったスフレ容器に注ぎ入れ、35分焼く。(写真中)
 11.表面がこんがり焼けたら、出来上がり。(写真下)
 12.すぐに皿に取り分け、食べる。


souffle05.jpg



Sophie

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2008年07月27日

カナダ各地のフランス系の人々

カナダのサスカチュワン州の州都Saskatoonから170キロ北のJack fish湖畔のMeota村に住む友人Trudy Iversonは、フランス語を話す。

Meota 2008 047.jpg

聖職者であった父方の祖父の兄Paul Esquirol(1867~1925)は、南フランスAveyron県のLicou村から、海を渡り1906年にサスカチュワン州の、この辺りに自らの教会を開いた。フランスから運ばれた教会の鐘は現存する。Paulの二人の弟、Martin(Trudyの祖父:1872~1935)とHenri(1887~1967)は、翌年Paulを頼って入植し、それぞれ道路工事や賄いに従事しながら、土地を買い、納屋代わりの小屋を建て、石ころだらけで頑強な雑草のはびこる土地を牛馬で延々と耕し、僅かづつ麦を植えた。フランスから妻を迎え、農場には乳牛、鶏、豚を飼った。冬の嵐、積雪には、人も家畜も薪ストーブで耐えた。入植当時はフランス系同士で助け合い、やがて、イギリス系の親切な入植者からは英語を習得した。Trudyの祖父母Martin & Maria Esquirolが、雨風に強い、ペンキで塗られた、家具もある、虫よけの網戸もある住宅を建て、自動車を手に入れたのは、1928年頃である。Henriの末娘(Trudyの叔母)のEmilienne(1928~)が、一家のことを書いている。
 
一方、Trudyの母方の先祖Gagné家は、もっと古くにフランスから渡ったと察せられる。教会の台帳によると、Prudent Gagné(1815~?)は、ケベックのセントローレンス河のクードル島で生まれ、シャルルボワで結婚した。漁業に従事していたとみられる。妻のElénoreの父親Duchèsneは、イギリス軍との戦争の舞台であったアブラハム平原の土地を所有していたAbraham Martinの子孫である。Prudentの息子(Trudyの曽祖父)Zacharie (1852~?)の妻Denice Guitéの先祖は、1670年ごろにアイルランドから沿海のアカディ植民地に渡って来た。Zacharieの息子で Trudyの祖父、Edmond Gagné(1887~1944)は、ケベック州のガスペ半島のマリアで生まれた。製材業に従事した後、太平洋横断鉄道敷設の募集を知り1909年にアルバータ州に移動、さらにサスカチュワン州に移り、郷里のマリアで教師であったRébecca(1892~1944)と結婚、Jackfish湖畔Meotaに農場を開いた。写真(下)は1912年の結婚式の時のもの。Edmondの息子(Trudyの母の弟)のVictor(1915~)が、父親から伝え聞いた、20エーカーの農地と4頭の農耕馬でスタートした貧しいながらも楽しかった日々のことや、家族の消息、自らの生活について書いている。
 
Esquiro.jpg

現在、Trudyの父親Elie(96歳)のフランスのEsquirol家の故郷では、いとこ一家が、築400年の石造りの家に200年前から住み、Gaillacワインの葡萄畑を耕し、Roquefort用の羊brebrisを育てて暮らしている。Trudyと両親は、1975,1986,2000年に訪れ交流を深めている。Trudyは、うろこ状の屋根の石板を一枚もらって帰って、それに触れてみるのが、ルーツに思いをはせる時だと言う。また、母親Estelle(90歳)のGagné家のフランス語を話すいとこが付近に住み、思い出話をする時間も彼女にとっては貴重である。カナダの平原3州のひとつ、どこまでも畑の広がるサスカチュワン州、Jack Fish湖畔は、開拓者の人々の夢を映して、豊かに実る畑がある。彼らを訪ねた日、辺りは、菜種油用のカノーラの黄色一色に彩られていた(写真上)。’08年7月Meotaにて。




Sophie

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2008年07月24日

ケベック州を訪ねて-モントリオールとケベックシティ

カナダでも有数の都市であるモントリオールを訪れたのは9月中旬。紅葉シーズン真只中とはいえませんでしたが、道中のバスからは少し色づきかけた木の葉や牧草が一面に広がる風景も見られ、その美しさに目を奪われることもしばしばありました。

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モントリオールはパリやニューヨークと肩を並べるほどのファッションの町ということで、初日はダウンタウンでウィンドウショッピングを楽しみました。ダウンタウンには、道路を挟んだ両側にたくさんのお店が並んでおり、夜になってもショッピングを楽しむ若者や観光客で賑わっていました。

FRENCH BLOOM NETでも紹介されていましたが、朝食には本場モントリオールのもちもちベーグルを食べることができました。ベーグルにも硬さやもちもち感でいろいろなタイプがあるようですが、モントリオールのベーグルは形がひらべったく、かなりハードなタイプでした。具材はクリームチーズとトマトという大変シンプルなものでしたが、かみ締めていると小麦の香ばしさや甘さが口の中に広がって大変おいしかったです。

マリア聖堂や旧市街地にも足を運び、マリア聖堂では運よく朝のミサを見学することができました。ミサを見学するのは初めてだったのですが、とても本格的なものでした。特にパイプオルガンの演奏や聖歌は本当に素晴らしかったです。聖歌に至ってはオペラを聴いているのかと思うくらいで、圧倒される同時にとても厳かな気分になり、ミサが終わった後もしばらくボーっとその余韻に浸っていました。こうやってじっくりと味わえるのは時間に制限がない一人旅の醍醐味ですね。

さらに、旧市街地の名所のひとつであるノートルダム大聖堂にも入りました。北米最大規模ということで、蝋燭がメインの薄暗い照明の中で、豪華な装飾やステンドガラスがとても美しく印象的でした。

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モントリオールから高速バスで東へ向かい、北米唯一の城壁都市であるケベックシティに到着。ケベックシティはユネスコの世界歴史遺産都市にも選ばれた大変歴史ある街です。日が暮れてから到着したためその日はホステルに着いてすぐに寝てしまったのですが、次の日外にでて町の景色を見たときの感動は今でも忘れません。その日はとても天気が良く、城壁にそって高台に上るととても美しい風景が広がっていました(写真中)。

大都市と呼ぶにふさわしかったモントリオールとは違い、ケベックシティはよりヨーロッパ的な町に感じました。町自体はそれほど大きくないので、主要な観光名所は徒歩でも1日で回れます。私はヨーロッパに行ったことがないので実際がどうなのかはわかりませんが、私の中のイメージの“ヨーロッパの町”にぴったり当てはまるようなところでした。また、天気が大変よかったため、色彩に富んだ町並みがより美しく、そしてよりかわいらしく思えました(写真下)。

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旅の最終日の夜にレストランに入ろうということになったのですが、お店選びが大変でした。ガイドブックに載っている伝統的なカナディアン料理のお店もあったのですが、カリブーの肉やウサギの肉がメインだったので少し抵抗があり、結局違うお店に決めました。せっかくだったら現地の料理に挑戦すべきだったのにと今になって思うのですが…。ただ、実際に入ったお店は店員さんがとても陽気な人ばかりで、とても楽しく食事ができました。

もちろん様々な「人との出会い」もありました。例えば、モントリオールのホステルで同室だったある就職活動中の女性― いい人なのにいびきがひどすぎて…まくらで耳を覆っても一晩中眠ることができず、ある意味一生忘れることができない出会いでした。また、高速バスの隣に座っていたビジュアル系バンドの格好をした女性― 意外にもとてもフレンドリーな人で、食べていたドーナツを私に分けてくれたことをきっかけに会話が弾みました。フランス語なまりでかなり聞き取りにくい英語でしたが、私の下手な英語も一生懸命理解しようとしてくれたおかげで、なぜか地球温暖化や酸性雨といった話まですることができました。




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2008年01月14日

フランスの王様とカナダのケベック

カナダの東部海岸地方では、10世紀ごろのヴァイキングの到来後、ヨーロッパの大航海時代の1497年に、イングランド国王のもと、ジョン・カボットが、ケープ・ブレトン島とニューファンド島を発見した。

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フランスでは、国王フランソワ1世(在位1515−1547)の命を受けたジャック・カルティエが、1534年にフランスのブルターニュ地方のサン・マロの港から出航、ニューファンド島を探検し、プリンス・エドワード島を発見した。そして、さらにセントローレンスの河口、ガスペ半島に到達し、十字架を建ててフランスの領有として、付近を「ヌーヴェル・フランス」(Nouvelle France)と名付けた。カルティエは翌年、現在のケベック州都ケべック市(仏語:Ville de Québec、英語:Quebec city)、さらにモントリオール島付近まで河を遡り、越冬している。

1608年、アンリ4世(在位1589−1610)の意向に従って、サミュエル・ド・シャンプランが、ケベックに植民地を建設した。フランスでは当時、貴族の栄誉を表すのに毛皮の礼装用帽子が流行していた。北米大陸のビーヴァーは、毛が密ゆえに、その毛皮は上質だった。ケベック植民地は、主に毛皮交易の居留地となった。1642年に出来たヴィル・マリー(のちのモントリオール)の毛皮交易所は、五大湖にまで水路で辿れることから、先住民との取引の中心地となり、フランスの探検家の拠点になった。

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「太陽王」と呼ばれたルイ14世(在位1643−1715)の時代に、フランスは絶対王政の最盛期を迎える。ルイ14世は、ヴェルサイユ宮殿を建てたことで有名だが、植民地にも大掛かりな投資を行い、1663年には「ヌーヴェル・フランス」を王領直轄地とした。ルイ14世にとって、植民地は重要なフランスの財産であり、関心事だった。植民地は、五大湖周辺から、さらにミシシッピー川流域に拡大した。その一部であった現在のアメリカの州、ルイジアナは、ルイ14世の名に因んでいる。ケベック市の旧市街、Place Royale(王の広場)は、毛皮交易所のあった場所でケベック市発祥の地。その中心には、ルイ14世の若き胸像がセントローレンス河の方を向いて建っている(写真、上)。毎夏8月初めの「ヌーヴェル・フランス祭り」の期間には、フランスの建築様式の建物に囲まれた旧市街は、ルイ14世時代の衣装を着た人達で賑わう。フランスの貴族、聖職者、村娘、薬草売り、毛皮商人など(写真、中下)。貸し衣装あり、自前ありで、ケベックの住民、観光客が一緒に、古き良き「ヌーヴェル・フランス」時代を偲んで楽しい時を過ごす。

quebec-louis04.jpgルイ15世(在位1715−1774)は、曽祖父ルイ14世の積極政策を引き継ぎ、ヨーロッパでの戦争に参加して、領土の獲得に励んだ。ヨーロッパでの英仏間の緊張は、やがて、北米の地で、オハイオ川の支配をめぐって、1755年にフレンチ・インディアン戦争として勃発、1760年のイギリス軍勝利により終結した。1763年パリ条約で、フランスは「ヌーヴェル・フランス」を失った。しかし、1774年のケベック法でイギリス支配下のフランス系住民の宗教の自由・言語が守られ、イギリス連邦加盟国カナダのケベック州においては、公用語はフランス語で、フランスの文化、生活習慣が、今も息づいている。



Sophie

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2007年11月27日

モントリオールのベーグル

「北米のパリ」と呼ばれる、カナダのフランス語圏ケベック州の都市、モントリオール。ここでの代表的な食べ物のひとつに、ドーナツ状のパン「ベーグル」がある。フランスとは直接関わりがないけれど、ケベックで「パリ風のクロワッサン」と肩を並べているのが「モントリオールのベーグル」。市内には、年中無休、24時間営業の、家族でやっている店が多くある。中でも人気の店は、”St.-Viateur” と”Fairmount” 。どちらも1957年の創業。写真はSt.-Viateurにて今年8月下旬の午後11時すぎ。煌々と電気が灯り、作業はフル回転で、お客が途切れなかった。

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「ベーグル」は、もともとは中央ヨーロッパ、おそらくはポーランドが発祥の地といわれ、東欧系ユダヤの人々に受け継がれてきた。北米大陸には、1880年代に移民によって伝わり、大きく分けて2つに進化した。十分膨れて張りのある硬い表面で、ぷっくり可愛いニューヨーク・ベーグルと、不揃いな、ごつごつした素朴な外形だけど、もっちり感のあるモントリオール・ベーグル。

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ニューヨーク・ベーグルのほうは、麦芽と塩を使った生地で、茹でた後、オーブンで焼く。モントリオール・ベーグルは、麦芽と卵の生地で、塩は使わない。成形し、蜂蜜を入れた湯の中で茹でてから、薪の窯で焼いている。ニューヨーク・ベーグルは、レーズン、ブルーベリー、クランベリー、玉ねぎ、カボチャなど混ぜ込む材料のヴァリエーションで種類は多く、味とともに色の違いが楽しい。日本のベーグルのほとんどは、ニューヨークタイプのようだ。モントリオール・ベーグルの9割がたを占めているのは、プレーンな中身に、炒っていない艶やかな白ゴマかケシの実を表面にびっしりとまぶしたもの。焼きたての、その香ばしさが、たまらない。焼き上がりのベーグルから剥がれたゴマとケシの実でいっぱいの台は、私には幸せな眺め。店頭売りは12個、1ダースが単位。

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モントリオール郊外に住む友人宅では、大量に買って冷凍保存している。半分だけ食べたい時のために、また子供たちがナイフを使わなくていいように、2枚におろしてから冷凍している。別の友人は、そのまま冷凍したものを、食べる時に電子レンジで1分間解凍後に2枚におろしている。2枚おろしは食パン用トースターで焼ける。ゴマとケシの実の香ばしさが戻る。クリームチーズを塗るのが定番だけど、ベリー類のジャム、ピーナツバター、チョコレートペースト、メープルシロップ、何でもOK。スーパーで売ってるクリームチーズにスモークサーモン、レッドピーマン、ブルーベリーなどを、それぞれ混ぜたカラフルなスプレッドはサンドイッチ用や甘いのが苦手な人に。真っ白の山羊のチーズかモッツァレラチーズと、トマトとバジルをオリーブオイル・バルサミコで和えたもののイタリアンのトッピングは、色も香りも食欲をそそる。(食べてる途中の写真で失礼!)

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ケベックシティに住んでいた時は、車で3時間のモントリオールからベーグルを仕入れている”Epicerie J.A.Moisan” が私のお気に入りだった。1871年J.A.Moisan によって北米最初の食料雑貨店が見いだされ、同じ場所で当時の面影を残しながらリニューアルされて続く店。アンティックの食器棚や引き出しにパッケージを並べたクラシックな店内に、飾らない外見のモントリオール・ベーグルが、しっくりきていた。



Sophie

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2007年10月07日

カナダ・ケベック州の郷土料理はフランスの味

カナダのフランス語圏であるケベック州の家庭に伝わる料理の多くは、17世紀にフランスからの入植者によって持ち込まれた。シュゼット・クイヤール著の『忘れられたケベックの伝統料理』(ISBN:2-920368-00-1)には、それら数々のレシピが紹介されている。「忘れられた」という表現は一種のユーモアで、ケベック州のフランス系の家庭では静かに受け継がれている。ケベックの人々は、家族や知人の誕生日や記念日に集って、ワインとともに料理をじっくりと味わい、遅くまでお喋りに興じ、ケベックの古い民謡を合唱する。家庭に代々伝わる食器が出され、先祖に思いをはせる貴重なひと時である。この本は、伝統料理によって、「おじいさんへの敬意」を忘れず、「おばあさんの料理の匂い」を守ろうと、今の時代の人に語りかけている。

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フランス語のsouper(夜食)が英語のsupper(夜食)の語源であるように、かつてフランスでは、具沢山のスープとフスマ入りのパン(全粒粉のパン)が、仕事の後の遅い食事であった。この本には穀類、野菜、根菜、豆類に、塩蔵の鱈や焼いた肉の残りを入れたスープなどが紹介されている。そして、田舎風のパンには、イチジク、アンズなどのドライフルーツや木の実を入れたものなどがある。バター、クリームなど乳製品を使ったソースのかかった料理は、今のフランス料理でもよく見られる(写真1)。焼き菓子の項には、ガレット(クレープの原型)、タルト、ビスケットなどがある。乳製品、りんごなどの材料は、移民の人々の出身地、フランス北部のノルマンディー地方の特産物である。さらに、牛や豚の脳みそが、懐かしい祖国フランスのチーズの味に似て代用品にしていたゆえか、日本の鯛の兜煮、マグロの兜焼きにあたるような、tête fromagée(豚の頭肉のゼリー寄せ)、tête de veau(子牛の頭の焼き物)がある。他には新鮮な内臓を固めて作る黒いboudin(ソーセージ)など。開拓農民の暮らしを支えてきた食生活がわかる。

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伝統料理の中でも、今もケベックでよく食べられているのは、tartière(タルト)。牛肉、豚肉、チキン、サーモンなどの種類があり、それぞれ相性のいい野菜やソースと一緒にパイ生地の中に詰めて焼いたものである。家庭でも作られるが、春にリンゴの花が咲く酪農の盛んなオルレアン島のものは特に人気がある。フランスのブルターニュ地方のサン・マロは、16世紀に探検者ジャック・カルチエが北米への船を漕ぎ出した港だが、そこを旅した折、近くの惣菜店で食べた上面に編目の飾りのあるサーモンパイはこの原型であるかも知れない。魚料理は、そんなに多くは紹介されていない。それは、セントローレンス河に面したケベックの近くでは、川を遡る鱒や鮭が主で、鱈など大西洋の魚は冷蔵技術の導入前には塩蔵や干物、燻製などの加工品のみだったから。また、ケベックを代表する農作物ジャガイモは、厳冬の地で保存可能な命の綱の主食材で、各家庭では種芋を何よりも大事に保管した。しかし、アンデス原産のジャガイモがフランスで食べられるようになったのはルイ16世以降の時代。17世紀のケベック植民地時代にはなく、19世紀初めにアイルランドからの移民によって伝わったものである(写真2は農家の直営市場にて)。

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ちなみに、ケベックシティの旧市街にある、伝統のレシピで郷土料理を出すレストラン「Aux Anciens Canadiens」の建物は1675年に建てられた(写真3)。17世紀の衣装のウェイトレスが給仕してくれる。豆の煮込み、ミートパイ、茹でたジャガイモ、豚の脂身の塩漬けなどの盛り合わせの一皿は、圧巻(写真4)。

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Sophie

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2007年06月09日

カナダ・ケベック州の早春 メープルシロップの里を訪ねて(2)

quebec04.jpgメープルシロップには、まず、サトウカエデの幹にドリルで穴を開け、5センチ長さの差込口のある直径1センチの透明な青色のチューブを差込む。チューブは、落葉樹の森を縦横に縫い、太陽の光を透かしている。樹液は重力によって連結した太いチューブに流れ、運搬用樽に収穫される。また、砂糖小屋に直結しているチューブもある。この方法には傾斜が必要なため、砂糖小屋は森の低い場所に建っている。採取されるのは1本の木の糖分の10分の1で、寿命を縮めたり、成長を妨げる量ではなく、幹の穴の数も制限している。シーズンが終われば、穴は、ゆっくりと自然の力で塞がる。

平均的に、1シーズンに1本から35〜50リットルの樹液が採取され、1〜1.5リットルのメープルシロップが出来上がる。この砂糖小屋の1日の収穫量は、少ない日で600リットル、通常は1200リットルで、4000リットルまで対応できる。集められた樹液は、まず浸透膜によってシロップと純水が50%対50%に分けられる。かすかに黄色味を帯びたシロップは、口に含むとうすい砂糖水のよう。ステンレス水槽の中で青く澄む水は、瓶詰めにして酒類を割る水として出荷される。

そして砂糖水は104℃で時間をかけて煮詰められ、最終的に、水分の95%が除かれ、糖度は66%以上になる。煮詰めることで独特の風味と色が加わり、琥珀色の液がドラム缶に溜まっていく。辺りはカラメルの様な香ばしさに包まれる。テイスティングと称して木のヘラをかざし、熱いシロップを受けて口に運ぶ。大人も子供も、その場所から離れられない。


quebec03.jpg外のテーブルでは昼食の準備。持参したサラダ、マリネ、何種類ものチーズ、ハム、フランス風のパン、ワインが並べられた。出発前に生地を仕込んだ、そば粉のクレープを交代で焼く。17世紀フランスからケベックに渡来した移民のふるさとブルターニュ風。半量が焼きあがったころ、メープルシロップの出来立てが中央に置かれた。熱々を贅沢にかけたクレープは、ケベックの味。

作業場の端では、このメープルシロップを、さらに別の電気鍋で111〜117℃に上昇するまで、かき混ぜないで煮詰めている。そして、きれいな雪を固めて敷いた台(仏語:Palette)に窪みをつけて、この濃いメープルシロップを落とす。鼈甲飴のようなトフィー(仏語:Bonbon au caramel dur)である。ガイドブックで見たのは、観光客が横に並び、アイスキャンデーの棒状のもので巻き取っている写真だった。ここでは、ご飯しゃもじ大のサイズ。わんこそばのように次々に落としてもらい、豪快に巻き取って口に運ぶ。皆の幸せな笑い声が森に響く。

そして、その濃い液を急速に冷やしながら撹拌すると、クリーム状のメープルバターの出来上がり。メープルシロップは糖分、カリウム、ナトリウム、カルシウム、ビタミンB1・B2を含み、脂肪を含まない。「バター」という言葉は、アップルバター(ジャムより濃いもの)と同じく、単に濃縮されたものを指す言葉でもあるようだ。最近はメープルスプレッドとも表示されている。


お腹が満たされると、アイヌの楽器ムックリに似た口琴、縦笛、ミニのシンバル、蛙の形の打楽器が取り出され、即興の合奏。楽器を手にしない人は踊る。友人達は、腰にサッシュを巻いていたり、帽子を被っていたり、どこか民族衣装っぽい格好に見える。長い冬を抜けて、春を迎える祭事を心から楽しんでいる、ケベックのフランス系の人達。彼らケベコワの合言葉 ”Joie de vivre”(生きる喜び…人生を楽しく!)は、ここにも健在である。



Sophie

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2007年06月01日

カナダ・ケベック州の早春 メープルシロップの里を訪ねて

北米最大のフランス語圏であるカナダのケベック州は、世界のメープルシロップ(仏語:Sirop d’érable)の80%を出荷している。州都ケベックシティ(正式名はケベックであるが州の名前との混同を避ける意味で、こう呼ばれることが多い。)周辺は、サトウカエデの豊かな森が広がり、「砂糖小屋」(仏語:Cabine à sucre)と呼ばれるメープルシロップの作業所が点在している。マイナス35℃という厳しい寒さを越して色鮮やかなカエデなどの紅葉の雄大な景色は、ケベックの秋の風物詩で日本人観光客もツアーに多く訪れる。先ごろ3月末から2週間この地に滞在した私は、プレシスビルにある砂糖小屋に遠足に出かけた。


quebec01neige.jpg今季のケベック州は2月になってから大雪が続いて、ケベックシティの旧市街周辺も、まだまだ雪国の佇まいだった(写真、上)。前日のボタン雪の嵐が止んで一転、澄み切った青空が広がり、風は冷たいものの、春を思わせる陽光の射す朝を迎え、車に食料を積み込み出発した。1時間あまりの後、アスファルトの高速道を降り、雪解けでぬかるんだ小道を進むと、木立の中に、煙突から蒸気が空に向かって勢いよく上がる緑の屋根、白い壁の建物が現れた(写真、下)。2年前に電気系統の故障から火災にあって、その後に新築されたという、友人の実家の真新しい砂糖小屋である。

この辺りのメープルシロップ農家は、毎年1月末から準備を始める。夜は氷点下で、昼の気温が、ようやく0℃を上回る2月下旬に、冬の眠りから覚めたサトウカエデの樹液は、芽吹きに向けて活発になる。そして、昼間の気温が3〜5℃の日が数日続く3月中旬から4月中旬に繁忙期を迎え、5月14日に仕事納めとなる。気温が上昇し、新芽が出てからは、味の良い樹液は採れない。友人の実家では、28000本のサトウカエデから樹液を採取している。自然林で、幹の太さ、高さも様々で、樹齢は150年から200年のものが多い。樹液が取れるまでに約40〜60年かかっている。春の雪解けの頃、成長期に幹に蓄えられた澱粉が酵素の働きによって糖分に変わる。そして、糖分は根元から吸収された水分に溶けて樹液となり、成長エネルギーとして導管内を流れる。それを採取して濃縮したものがメープルシロップである。色や品質によって5段階3等級がある。


quebec02maple.jpgサトウカエデは、カナダと合衆国の一部に生育する。昔、この地の先住民であるアメリカインディアンは、サトウカエデの樹液をリスが吸っていたのを見た。さらに、戦闘用の斧でサトウカエデの木を伐った時、樹液がしたたり落ちたので、それを容器に集め、焚き火にかけた鍋で煮詰め、メープルシロップを作った。1534年フランスの探検家ジャック・カルチエがセントローレンス河をたどって上陸以来、フランスの植民地内で先住民とフランス人は毛皮貿易などを通して友好関係を保ちながら暮らしてきた。メープルシロップの製法も先住民から伝えられた。

19世紀後半になって道具の改良、牛から馬車へと運搬手段の変化、さらに1970年代初めの技術の大幅な革新によってカナダのメープルシロップ産業は活性化した。しかし、シロップを煮詰めて作る基本の工程は今も同じである。ケベックのフランス系の人々にとっては、まだ雪の残る砂糖小屋に友人親戚が集って、メープルシロップの収穫を祝い楽しむのは早春の風物詩であり、恒例の伝統行事となっている。



Sophie

PROFILE:頭の中で手順を追いながら、料理のレシピ本を読むのが大好き。フランスの料理の単語への興味は、フランス文化から歴史へ。そしてただ今はカナダ東部のフランス植民地時代に心惹かれています。フランス、カナダ(特にケベック)、二つの国を繋ぐ歴史の舞台を訪れるたびに新しい発見があり、写真記録を残しています。フランス語の研修の場としても注目のケベックを少しづつご紹介します。


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