2009年08月24日

黒カナリアのぶらりアイルランド一人旅(2) ダブリン幻影

ダブリンは雨だった。雨が時折ぱらつくのに湿気を感じさせないこのドライさはなんだろう。つけたリップクリームがすぐさま乾いていく乾燥ぶりである。空港の表示から何からゲール語の下に英語表記というところからして他の英語圏の国にはない特殊な感じが漂う。全体の印象はチャコールグレイ(写真、上)。人も街もくすんでいる。スコットランドに似ているといえば似てるけど、あの石造りの苔むした重厚さはない。独立運動下破壊されたこともあり、結構建物は新しいものが多いのだ。小さな街なので時差ぼけがまだぬけないからぼちぼちにしとこうと思うのについ歩いてしまう。

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ヒストリカル・ウォーキング・ツアーに参加してみた。名門トリニティカレッジ(写真、下)の歴史学科の院生が案内してくれるツアーである。日本人はわたしだけ。今回これが多かった。まあいつものことなんだけど。

博士論文を執筆中という緑の瞳も涼しいB女史は、話し出したら止まらないというアイルランド人について自らジョークを飛ばしつつ、実にクリアに関係箇所を訪れながら解説してくれ、歴史オタクっぽいアメリカ人の男の子の細かい質問もさばき見事なガイドぶりだったが、わたしはアイルランドに来る前に、一応下調べにと司馬遼太郎の「街道を行くシリーズ」の「アイルランド紀行」を読んでいた。それとまあ見事に同じなのである。そりゃあ歴史なんだから語る人によってしょっちゅう違ったらまずいのだが、イギリスに対する積年の恨みやじゃがいも飢饉による餓死と移住、血の日曜日を経ての北アイルランド分断と、国の苦難の記憶をこんなにも若い世代が当たり前のように滑らかに語るというあたり、さて太平洋戦争でアメリカと日本は敵でしたー「ウソー!」と驚く学生が少なくない日本との差はどうだろう。確かに彼らの場合完全に独立してからまだ日が浅く未だに北アイルランドを巡ってすっきりしていない事情はあるにしても、いささか日本の歴史教育は大丈夫かと疑問を抱いてしまう。それにしても苦難の歴史を日本人にもわかりやすくまとめた司馬遼太郎がさすがというべきか、博論書くだけあるとベスをほめるべきか。

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さてこの日の夕食はなぜかイタリアン。やたらイタリアンのお店が多かったように思う。イタリアにも移民したのかしらん? EUから避暑に観光客が詰め掛けてダブリンはすごい混みようである。雨で冷え込むイマイチの天気のこの夜も、テンプルバーの辺り (Bによると、規模は違うけどNYでいうとソーホーに当たる)はすごい人ごみである。料理にはあまり期待していなかったアイルランドだが、意外や各国料理が楽しめる。アイリッシュは当然ながら、タイ、インド、フランス、中華、そして和食。この日のイタリアンも美味でした。

この後は無料のアイリッシュダンスを見たがなかなか見事なものだ。中心で踊る女の子は細くて緑の瞳が美しく、男の子は赤毛にちょっと妖精っぽいそばかすの青年。これを見るとやはりリバーダンスを本場で見なければという気がしてくる。

しかしここでも日本人は一人である。同じテーブルにきた女の子たちはスペイン人で英語があまり話せない。客はアメリカ人が結構多くて、ミュージシャンに「ウェルカムホーム!(アメリカは最大の移住先)」と言われていた。なんとなく自分が場違いな気もしてくる。

この日ホテルに帰ったら金曜の夜ということもあってか夜中一時半までへったくそながなり声のカラオケパーティでうるさくて眠れなかった。受付に電話しても「今日は金曜ですからねえ・・・もうすぐバーが閉まりますから」と実にのんきな返事。着いたときに、地下にカラオケバーがあると知り嫌な予感はしたけれど、前の晩は木曜なのでそんなにうるさくなかったのだが・・・・便利な立地のホテルも考え物です。




黒カナリア@あんな映画こんな映画+一人旅

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posted by cyberbloom at 11:20| パリ | Comment(0) | TrackBack(0) | こんな映画あんな映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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