2010年01月07日

セントラムに乗ってみた

12月23日、富山市でセントラムが運行を開始した。セントラムとは市の中心部を周回する環状線を走る路面電車の通称だ。一周3・4キロの所要時間は約20分。路面電車としては初めての上下分離方式を採用し、軌道整備や車両購入は富山市、運行は富山地方鉄道が担当した。環状線は以前存在したが、路面電車の衰退にともない昭和49年に廃止されていた。

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30日に私も、にわか鉄ちゃんに変身して、小鉄を連れてセントラムに乗ってみた。車体には大きなDEBUT(デビュー:仏語)の文字が。沿線には三脚付のカメラを構えたマニア風の人たちの姿もがチラホラ見える。車内は子連れの家族でにぎわっていて、とりあえず話題の電車に乗ってみようという感じだった。

31日に正月の買い物にデパートに出かけた際にもセントラムに乗ってみた。そのときはガラガラだった。その日は大雪警報が出ていて、朝から雪が降りしきっていた。やはり雪が降るとみんな自家用車を使うのだろうか。確かに足元が悪くなると、ドアツードアで動きたくなる。雪景色の中を走るセントラムの姿は、「ここはストラスブールか」(笑)と見まがうほどで、カメラに収めたかったのだが、その日はデジカメを持っていくのを忘れてしまった。

富山市は路面電車によって街を活性化させている地方都市のモデルになっている。かつての赤字ローカル線あとに次世代路面電車、LRT(Light Rail Transit)をすでに導入していて、他県の地方自治体の視察も絶えない。とにかく車体のデザインがカッコいい。どこにでもあるような地方都市の風景を突き抜けるようなデザインだ。美しいデザインが見慣れた風景と組み合わさることでモンタージュのような異化作用もある。ローカルなものがグローバルに突き抜ける。地方都市の方が首都よりもヨーロッパに近いのだと思わせてくれる。

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富山市が参考にしたのが、フランス東部の町、ストラスブールだ。ストラスブールのユーロトラム構想には、電車は街の景観の一部であるというコンセプトがベースにある。停留所から軌道敷までが街のデザインになっている。オム・ド・フェール Homme de fer 広場の停留所を覆う大きなガラスのリングが象徴するストラスブールの衝撃的な変貌は、世界中の都市のアーバンデザインに影響を与えた。フランスではその後、モンペリエ、リヨン、オルレアンでも路面電車が開通し、その有効性が証明されることになる。つまりデザイン性によって街が変わり、市民の意識が変わるということなのだ。

田舎は車がないと生活できない。刷り込まれたようにうちの親なんかもそう言うが、モータリゼーションによって車がないと生活できないように仕向けられたにすぎない。アメリカでは自動車会社が鉄道会社を買収して、鉄道を潰した。そうやってクルマしか使えない社会に改造していった。モータリゼーションとは車しか使えないように、社会やライフスタイルを変えていくことだ。日本の地方都市の郊外化にもこの力学が強く働いている。

ヨーロッパやアメリカでは自動車中心のライフスタイルが郊外化を促進し、中心街が廃れ、環境や治安を悪化させた。多くの地方都市は自動車を運転できる人のための街でしかない。自動車を持たない人には極めて住みにくい。つまりそれは市民としての最低の権利であるシビルミニマム civil minimum を満たしていないことになる。自動車の利用を前提とした地方都市の姿は、社会的に見て非効率で、サステナブルではない。環境や高齢化に対応できていないからだ。高齢化に対応するためにも、行政サービスを効率化するためにも地方都市は構造をコンパクトにする必要がある。

社会の構成員のすべてが自動車を使いたいわけではないし、使えるわけではない。多様な好みや立場に対する多様な選択肢が必要なのだ。また街を利用するのはそこに住む人々でだけではない。観光やビジネスで街を訪れる人々もいる。住人とって不便ということは外来の人々にとっても不便な街ということだ。外から来る人々のことを考えることは観光の振興にもなり、街の魅力を高めることにもつながる。

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ストラスブールでは「トラムか地下鉄か」を選択する市長選挙があり、市民が自らの意志としてトラムを選択したという決定的な出発点がある。そういう市民の一般意志が政治に反映され、市民は決定されたことに関しては協力する。日本にいるとそういう明快な政治の手続きが奇跡のように思えてしまうが、日本では路面電車が導入されるとしても、それはあくまで行政主導である。先見性のある首長や企業を持てるか否かにかかっている。一般的にシビルミニマムという概念にも馴染みはないだろう。

車を運転する近親者や街で耳にした声を聞くと、相変わらず路面電車を自動車の障害物と考えている人も多いようだ。早速、セントラムと自動車の接触事故も起こっていた。しかし、こうして富山市は貴重な公共の財産を得たわけで、路面電車に対する様々な考え方をローカルメディアや広報で提示していくしかないのだろう。自動車に乗りたいという欲望は終わらないだろうが、ちゃんとした理屈があれば人は動くのである。富山市が市民とのコンセンサスをどうやって取っているのか、市民に対する広報活動はどうなっているのか、そのうちFBNでも取材・調査をしてみたいところである。

動画でセントラム




cyberbloom@サイバーリテラシー

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posted by cyberbloom at 22:27| パリ 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | サイバーリテラシー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私も鉄ちゃんというわけではないのですが、昔SimCityという都市開発ゲームをやっていた影響で、公共交通システムや公共交通政策に興味があります。

富山は非常に先進的な取り組みを行っていますよね。LRTが全世界的に見直されている中でも、日本ではLRTを敷こうという自治体はなかなか現れないようです。だいぶ前になりますが、バスに転換されたから良かったものの、岐阜市内を走る名鉄の路面電車も廃止されましたし、最近では堺市で、LRT敷設計画を掲げた現職市長が人気の知事(私は嫌いですが)の息のかかった、子飼いの新人候補に敗れ去りました。新市長は大阪市営地下鉄の四つ橋線延伸を掲げているようですが、大阪市も絡んでくることですし、建設予算が桁外れに変わってくるでしょうから、この計画は進まない可能性もありますね。

日本ではLRTだけでなく、バスなどについてもシビルミニマムの観点から公共交通を考えることがまだまだ少ないように感じます。最近では地方自治体などによって過疎地区などへのコミュニティバスなどシビルミニマムを確保しようという政策も行われるようになりましたが、地方自治体の財政が苦しい中で、病院などとは違い、特に公営交通には黒字であることを求める人も多いようです。もちろん黒字で悪いはずはないですし、高コスト体質、大ざっぱな需要予測とそれに基づいた過剰な設備…など経営上、体質上改善すべき問題点もあるとは思いますが、公営交通は民間企業ではないのだからこういった黒字至上主義はいかがなものかと思いますね。

公営企業にしても、民間企業にしても、公共交通インフラを担う企業の責任感は非常に強いものがあると思います。国にはもっと新しくLRTなどの公共交通システムを導入する際に建設費の大幅な補助など積極的な支援をするのはもちろん、既存の公共交通を守るための補助ももっと拡充してほしいものです。
Posted by Jardin at 2010年01月16日 13:28
jardinさん、コメントいつもありがとうございます。そういうゲームがあるんですね。セントラムの写真を見て、日本じゃないみたいとか、こんな街に住んでみたいと反響が大きかったのですが、どの街も簡単に導入できる代物ではないようですね。新たな試みとして、NPOがコミュニティーバスを運営しているケースもあるようです。新聞に載っていました。
Posted by cyberbloom at 2010年01月21日 20:09
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