なぜ日本の中年女性はハンカチ王子だの、ちょっと前ならヨン様だのを前にすると見事に少女化するんだろう?「年下の男にいれあげる」ーというねっとりした欲望など存在していないかのようなー実際はしてるんだろうけどー子供っぽいというか、乙女状態へ突入である。
もちろん実際には乙女になぞなるわけがないので、あくまでも自分たちの頭の中にしか存在しない乙女になっているわけなのだけれど。どうみても大人の女が年下の男を欲するとかって感じじゃないのである。日本文化の若ければ若いほどいいという影響か、若いーといわれる時期を過ぎてから「母」ではなくて、大人の女になっていく人というのはなかなか日本人には少ないような気がする。だから年下―といってもせいぜい松島菜々子か長谷京がタッキーに入れあげるのが精一杯なのだ。その点キョンキョンが一人、気を吐いている…か?
フランスは中年男が若い娘にのぼせるのは当たり前、しかし「年下男にいれあげる」パターンも結構好きな国なのでは。そこにはちゃんと大人の女が存在している。
エマニュエル・ベアールがそんな大人の女を演じた「かげろう」。ちょっとショックだった。ベアールがデビューした頃は本当に「天使降臨」って感じだったのだ。ふわふわの金髪に大きな潤んだブルーアイズ。歩いていても足に羽が生えてるんじゃないのというくらいで、実際天国から落ちてきた天使を演じたことも。
そんなベアールも年をとった。とったけど良い年のとり方で、生身の人間になったというか、人造人間みたいなアジャーニと違って、「かげろう」の中では地に足がついた生身の大人の女になって、人生の岐路に不意に現れた青年(ギャスパー・ウリエル)に戸惑う。
時代が本来は出会うはずのない二人を出会わせる。第二次大戦下、都会から逃れてきた子連れの女は麦畑で空襲に会い、不意に現れた青年に救われ、住人が疎開した家で勝手に暮らし始める。乱暴に振舞うかと思えば女や子供たちのために鶏を盗んできたり、大人ぶってみたかと思えば子供のように甘えてみせる。反発しながらも青年を慕う息子。青年の不意のプロポーズ。静かな田舎にも常に漂う死の気配。
二人の微妙な距離は立ち寄った帰還兵の存在によって急接近する。ついに結ばれる女と青年。
暗い森で青年は何度もマッチをする。
「なにしてるの?」
「女の身体を見てみたいんだ」
この台詞が後で効いてくる。赤い下着、追い詰められたような目つき。謎が解けたとき、女の目に、心に浮かぶのは・・・
生と死は隣りあわせでも、死と性は反対のもののような気がする。この映画でも戦争という「死」が常に存在しているからこそ「性」に惹かれていく人間がいとおしい。
考えてみればそんな緊張感が今のここにはないから、みんな性を感じさせない乙女に戻れるのかもしれない。
ポニーキャニオン (2005/07/06)
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お勧めのフランス映画です^^黒カナリア@あんな映画こんな映画
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