うちのテレビが壊れてからというもの、諸処の事情で日々ニュースはネットで、さらにTF1(フランスの民放テレビ局)をブロードバンドで視聴することになりました。しかしながらなぜこうも報道内容が違うのかと時々愕然としてしまいます。国策の違いとはいえ、フランスのテレビでは人権福祉観点のニュースが目立ちます。ちなみにTF1は2チャンや3チャンと比較して民営放送のためバラエティー色が強いと言われています。チベット問題にかなりの時間が割かれ、ついでに中国でも報道のされ方、中国による占領の歴史も。そして即座にパリで人権擁護デモ!
フランスの国内では住宅問題がクローズアップ。家主から追い出されないように、みんなでデモをしている。立ち退き言い渡された人々のインタビュー。家賃が払えないとしても、いかなる人も路上に放り出されるべきではないという国民的コンセンサス(それを共有するために機能しているマスコミのメッセージ)。そしてそれが選挙の第一の争点になっている。
ティーンを含む学生のための職業展開催の話題もありました。
とどめは10年以上牢屋に入ってた姉と一度もそれをたずねて行かなかった妹が再び家族となって生きはじめる、という新作映画の紹介。
どーです。この日だけでもフランスという国が人権・福祉をどれだけ考えているかというメッセージがてんこ盛りです。しかしながらこうしたマスコミの教育効果を考えると日本もある意味成功していると言えるのかもしれません。
翻って日本の今日のニュース(ネットですが。テレビはどーですか?)。
政治関連から拾ってみると…
日経平均1万2000円割れ
道路会計からタクシー代支出
社保庁労組、ヤミ専従で不正
日銀人事案(だってねー)
知事提唱事業で絵画購入
などなど…
防衛省問題もう消えてるね。
あ、暴動を「文化的虐殺」と非難ってチベットの事件かな。何のことかわからんやん…(汗)
しかしながらこうやって「ガス抜き」ばっかやってるツケって、国というシステムがマジ機能しなくなることですよね。本当に怖いのは個人のライフデザインができなくなること。個人のレベルでも怖いですが、国というシステムが機能不全に陥るんだけど。
フランスでも40歳あたりで出産妊娠する方が増えているそうで、これ自体は、現代のキャリアデザインから考えるとこうならざるを得ない。でも、日本では、自分の親世代の老後、自分のキャリア(っつーか日々の食い扶持)、さらに「自分の老後」まで考えないといけません。なぜなら国は一切面倒見てくれないから。人権福祉はくそ食らえ、老人貧乏人、はよ死ね、と日々メッセージを出すのに余念のない国だから。直接は言ってないにせよ、ガス抜きのつもりで出している記事は「国は無能です、何もできませんというメッセージと等価なのだから。日本が「企業福祉」「家族福祉」(byもやい)を崩壊させてきた経緯をマスコミは一切伝えず、日々逃げ切り世代の年金・退職金の額、官僚・公務員の不正を垂れ流すだけ。なんでそういうことが可能なのか、システムの不備について考えるのがマスコミの仕事だろーに。高収入なんだから、少しは頭つかえっちゅーの。
社会学者の宮台真司氏が癌のお母様のターミナルケアに奔走されて、金とコネを使っても(しかも東京)最後の1週間しか受けさせてあげれなかったことをして、「この国は文明国か」とはき捨てるようにおっしゃっていました。容態の落ち着いたお母様との1時間の会話が可能になったことによって「共同体の死」が確保された、と。しかしながら氏も言います。「私のときはもはやこれだけの親族が集うことなんてありえない、半分、いや3分の1がいいとこだろう」と。
折りしもうちでは、父が国の無策(未必の何とか?)からC型肝炎になり先も長くないしなーということで、残った家とお母さんのの今後を話し合うため、家族会議。子どもは3人。何とか皆結婚はしているものの、孫1人…(汗)少子化の意味ってこんなところにあったのかーっといまさらながら愕然とします。自分の「共同体の死」を考えるどころか病院すらもはや入れなくて、野垂れ死にするかもっていう。
で、少子化の原因は?彼ら逃げ切り世代の年金、退職金の影でリストラ、ワープア(低賃金長時間労働 or 仕事がないこと)、過労死自殺の若年層の屍。退職金に関しては、退職手当債を起債して、次世代に借金を残してまで団塊世代の公務員の退職金を確保する自治体が多いのにはびっくり(特に千葉県、田中康夫ニュースで知った)。なんで退職金なんて期待薄な世代がそんな借金をかぶらなきゃいけないわけ?
もちろん、低位水準方式(年金や福祉的な支給を低い方に合わせていくやり方)で、福祉水準を切り下げていくのは自殺行為。年金受給世代もそれなりのお金があってこそはじめて子どもに後の面倒を頼めるわけです。それを隠蔽するかのような連日の日本の報道。道路会計からタクシー代支出とか、官僚のアラ探ししかマスコミは報道しない。
今起きているホントに肝心なこと。この国のシステムの機能不全、そしてライフデザインの問題。
noisette@ダマされない人生
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サルコの仲良しだらけで、政権ベッタリのTF1をマスコミとしてすばらしいと思っているとしたら、それこそダマされてます。挙げられたニュースの中には、結局、フランス政府に対する批判に結びつきかねないものは一つもないですよね。
「ダマされないニュース」という題名との対比で、失礼ながら笑ってしまいました。
コメントありがとうございます。
う〜ん、確かに誤解を与えるような表現をしたかもしれないですね・・・
「人権擁護」をするTF1は、国策に逆らっていて、マスコミとして賞賛するに値する、と私が書いたように取られたようですが、「国策に逆らって」ということはまず書いてないと思います。むしろ、「国策に合致した」報道ということを「国策の違いでしょうが」という部分で示したつもりです。
ご指摘の通り、TF1はバラエティ的な側面もあり、(まさにおっしゃるとおり)ベーシックなフランスの現政権の「国策」が透けて見える、という点でこそ興味深い、ことは十分承知しております。ここは本筋から離れるため説明をちゃんとしておりませんでしたね。確かに最近は露骨に「原子炉」「軍用機」の中国等への売り込みを報道するようになりましたし、日本人的にはげっとくる報道も増えたように思います。(しかし同時にそのような振る舞いによってフランス国内における支持率は急降下してますがね。)
日本では、現政権の(揚げ足取り)批判をすることだけが単純にマスコミの役割と思われています。もちろん特にテレビはどこの国でも政権のプロパガンダの機能があるということは、言わずもがなですので、もしかしたら日本でのこのガス抜き報道も(意図はどうあれ)そういう結果をちゃんと生んでいるのかもしれません。
しかしながら(TF1は人権擁護報道をすることによって、政府批判をしていてエライ、と私が言っているかのように解釈をされたようですが、そのようなことは全く言っておりません。的外れな批判でおちょくられると悲しいです(涙))、いかに政権がかわろうとも、国家共同体を維持するための一貫した理念を(良い悪いではなく)、TF1ですら、あるいはTF1だからこそ、示しているという点において、マスコミがもうひとつ重要な機能を果たしていると思うのです。
フランスではもう一方で、マスコミがベーシックな国の政策に対する国家としての市民的コンセンサスを確認するという役割も(日本よりは)機能しており、この方が国家管理としてはより高等な戦術である、と言いたかったのです。「フランスという国は人権福祉をこんなにも考えており、当然国民のそれも保障するよう最大限に努力している」というメッセージを出すこと、そのことによって結果的に国民の側からも現政権に対し最低限の縛りがかかり、国の対応如何で国への信頼を強化することができるということが、国家のシステムの維持には、よりリーズナブルな戦略であると思うのです。
まあ、ここではもう少し単純に、こと貧困・人権問題に関しての日本の対応があまりにもお粗末過ぎるって言いたかったんですよ。だって、国家予算の占める福祉関係費用の割合は上げずに(さらに馬鹿なことにそういう議論のベースとなる情報すらマスコミは言わずに)、医療福祉関係費用の削減(母子加算・老齢加算・定率減税廃止、後期高齢者医療制度導入、生活保護基準切り下げ)、消費税アップ。さらにこうした国家システムの問題をモラルにすりかえてごまかす。こうしたやり方ではいつまで経っても市民的コンセンサスは取れず、国民として国に寄与しようという、日本への忠誠心は薄れるばかりだと思うのです。それなのに、コンセンサスを取ることに努力するどころか、国家としてどのようなメッセージを出したいのかわからないような報道を垂れ流し、ますます国の無能さをアピールする日本のマスコミに対して、やはり苛立ってしまいます。まあ、ホントに無能なんだからって言うしかないとしたら、もはやこれってマスコミの問題じゃないのかもしれませんね。
このようにつっこんでもらうと、自分が勝手に書いてたつもりになってたことが、いかにちゃんと伝わるように書いてなかったか(そもそも肝心なことちゃんと書いてないやん!自分、みたいな)、自分の表現力不足がよーくわかりますね(汗)
自分の考えを改めてまとめることができて良かったです。どうもありがとうございました。
時間ができたら、もっと記事を書こうと思っているので、これからも「ダマされない人生」、よろしくお願いします!!
でも、「TF1は人権擁護報道をすることによって、政府批判をしていてエライ」と書いてあると読んだわけではないです。仰りたいことは大体わかっていたのですが、TF1を全然疑ってないように見えたので、フェアネスの点でどうかなと思いました。
「政権ベッタリのTF1」と書いた理由は、サルコジ大統領の政策は格差を増大させる方向を志向しているのは明らかなので(と私は判断しているのですが)、その彼と極めて親しい関係にあるTF1が本当に人権・福祉を重視しているかどうかはあやしい、ということを示唆したかったのです。
たとえば、他国や他人の人権を批判するのは簡単ですし、そうやって批判していると自分は良い存在に思うことができるので、ある意味「心地よい報道」にもできます。たとえ報道されていない人権問題が国内にあったとしても、人権に十分に配慮している気にもなれます。ちょっとイジワルな見方かな(笑)。
日本のマスコミは仰るとおり問題がありますね。日本の報道はニュースショーになっていて、人目は引くけどどうでも良いものが多く報道され、地味だけど詳しくやるべき報道が削られているように思います。たとえば、毎日のように殺人事件が長々と報道されますが、それはショッキングと言えばショッキングですけど、被害者や遺族がおかわいそうに、早く犯人を捕まえましょうね、ということでしかないです。人口当たりの日本における殺人数は、フランスの三分の二、アメリカの六分の一、韓国の半分なのに、殺人に関する報道をしている時間はそれらの国より明らかに長いと思います。
http://en.wikipedia.org/wiki/List_of_countries_by_homicide_rate
あと、普通のニュース番組でスポーツ関係に費やす時間や、キャスターとコメンテーターのくだらない感想(解説のつもりか?)もやけに長いです。その一方で、noisetteさんが挙げられたような報道はされないわけですね。
今回はこの辺で。また読みに来ます〜。